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屋内より出でて最初に目に入ったのは、青い空と降り注ぐ陽光だった。 機械的強化の為された視覚は瞬時に受光量を調節、周囲の場景を的確に捉える。 それは物理的とも思える巨大な不可視の力となって、ギンガを圧倒した。 彼女の眼前に拡がるは、巨大な都市。 広大な森林公園を挟んで林立する摩天楼の群れだった。 視界に映る範囲内では、それらの建造物は最も低いものでさえ500mは下るまい。 霞み掛かる事もなく異様なまでに澄み切った大気の中、灰色の森が延々と拡がる様は圧巻だった。 その光景を呆けた様に見つめるギンガの背中に、聞き慣れた少女の声が掛けられる。 「お待たせしました、ギンガさん」 振り返れば、声の主は背後の建物、即ち医療施設を出てこちらへと歩み寄って来るところだった。 キャロ・ル・ルシエ。 旧機動六課、ライトニング分隊フルバック。 第6管理世界アルザス地方出身、竜召喚士。 使役竜フリードリヒ及び真竜ヴォルテールの2騎を従え、更に補助系魔法に長けた後方支援特化型の魔導師。 六課解散後は自然保護隊へと復帰し、パートナーであるエリオと共に第61管理世界スプールスでの職務に就いていた。 だがスプールスは隔離空間発生の際、ごく初期に於いてその内へと呑まれてしまう。 その事実に、キャロとエリオを知る誰もが彼等の生存を悲観し、絶望した。 2人は優秀な魔導師だが、クラナガンと本局を襲ったバイドの脅威から判断するに、とても抗い切れるものではないと思われたのだ。 無論、望みを完全に捨て去った訳ではなかったが、それが絶対であるとの確信は決して伴ってはいなかった。 戦闘収束直後からクラナガン西部区画での活動に当たり、その被害の凄惨さを目の当たりにしていたギンガなどは、特に諦観の念が強い者の内に入る。 事実、民営武装警察を名乗る2人から管理世界の住民が多数生存している事実を聞かされるまで、ギンガは第61管理世界の人員は現地住民もろとも全滅した可能性が高いと判断していた。 元々の人口が比較的少数である上に、管理局公認の小規模自治組織が存在する為に武装局員はキャロとエリオを含め200名程度しか配備されていなかった事もあり、組織的な抵抗すら困難ではないかと考えていたのだ。 だがこの瞬間、現実として彼女は生きてギンガの前に存在していた。 「乗って下さい。会談の場所までは30分程です」 キャロはギンガを促しつつ、エントランスの目と鼻の先に停められた車へと歩み寄る。 数年前、第97管理外世界の自家用車をモデルに製造され、流行となったランドクルーザータイプに似た形状の車両。 見慣れないデザインのそれは管理世界のものではなく、元々この都市に放置されていたものらしい。 慣れた様子で運転席に着くキャロに戸惑いつつも、ギンガは助手席へと乗り込んだ。 明らかにサイズの合わないステアリング・ホイールに、まさか本当に運転するのかと危ぶんだギンガだったが、その懸念は直後に解消される。 「コートニー・ヒルズ8013、無条件」 その言葉がキャロから放たれるや否や、フロントガラスに「The destination was set」という文字列が表示され、しかし同時に「Please install the seat belt」との文字列が浮かんだ。 だが、車体が動き出す訳でもなく、表示に変化が現れる訳でもない。 訝しむギンガに、運転席のキャロから声が掛けられる。 「シートベルトです、ギンガさん」 言われて漸く表示の意味に気付いたギンガは、少々慌しくシートベルトを装着した。 文字列が消え「Start」との表示が現れると、車体はゆっくりと加速を開始する。 ステアリング・ホイールは動かないが、身体への負担をまるで感じない見事な軌道でカーブを描く車体。 医療施設の敷地を出で、やがてハイウェイへ入ると公園を貫いて都市を目指す。 流れゆく緑の場景、前方のビル群を半ば呆けつつ眺めるギンガ。 そして公園を脱するまであと僅かという処で、発車時から沈黙を保っていたキャロが言葉を発した。 「これだけは覚えておいて下さい。此処では管理世界と第97管理外世界、双方の勢力間で協力体制が築かれています」 ギンガは迫り来るビル群から視線を引き剥がし、自身の隣に座するキャロを見やる。 彼女は記憶の中のそれよりも幾分大人びた表情で、フロントガラス越しの場景を眺めていた。 暫し間を置き、ギンガへと視線を移す事もなく、続ける。 「攻撃隊と武装警察との戦闘が続発した事で、魔導師に対する警戒感が強まっています。外部の状況については既に聞き及んでいますが、此処では切り離して考えて下さい」 「何を言って・・・だって彼等は!」 その言葉に、思わず食って掛かるギンガ。 しかし直後、こちらを向いたキャロの眼を見るや否や、ギンガは気圧された様に口を閉ざす。 ガラス球の様な冷たさを湛えた、無機質な眼。 凡そ感情といったものを感じ取れぬその眼光に、ギンガは見覚えがあった。 凍り付く彼女を無感動に見据えたまま、キャロは言葉を紡ぐ。 「先の戦闘により武装警察側に死者が出ています。私達と彼等は一月に亘って相互理解と防衛態勢の共同構築に努めてきましたが、今回の事例で僅かながら互いの間に軋轢が生じているんです」 「それは・・・」 「彼等は質量兵器を用いてはいますが、本来の護衛対象である旅客船団乗員と分け隔てなく管理世界の住民を救助し、保護してきました。当然の事ですが、管理局の質量兵器に対する姿勢も理解した上で。 このコロニーの機能を回復し、各種生産プラントを再稼働させ、食料と居住空間を提供した。初めは少なからず抵抗を訴える声も在りましたが、それも次第に薄れていきました。私達と彼等の間には、確かな信頼があったんです・・・昨日までは」 キャロは其処で言葉を区切り、正面へと向き直った。 彼女の声色に、責める響きは全く無い。 にも拘らず、ギンガは確かな拒絶を感じ取っていた。 凡そ嘗ての戦友に向けられるものではない、無機質な負の感情を。 「タイミングも悪かった。ギンガさんを始めとする攻撃隊の面々を保護した直後から、捜索隊によって保護される、或いは自力で此処へ辿り着く被災者の数が爆発的に増え始めたんです。 昨日までは4000人だった被災者の数は、僅か12時間で38000人を超えました。外部で、何かが起きている」 車両はビル群の隙間へと侵入し、速度を落とす事なく走り続ける。 ハイウェイに他の車両の影は無く、対向車と擦れ違う事もない。 だが高架道路の下には複数の車両とそれらの周囲に散在する人影、頭上にはビル群の隙間を縫う様にして飛行するヘリや強襲艇の影が見受けられた。 本来の人口には遠く及ばないまでも、それなりの数の人間がこの都市を居住空間として利用しているらしい。 そして、それらの中には管理世界住民のものである影も、少なからず含まれているのだろう。 「非戦闘員の殆どはミッドチルダ以外の管理世界から転送されたものです。多くは第97管理外世界の人員を警戒していますが、現状で質量兵器を用いる事については比較的寛容でした。戦力が絶対的に不足している以上、仕方のない事だと。 ところが、新たに加わった管理局員の一部が、周囲の被災者を扇動し始めたんです」 「扇動?」 ハイウェイを降りるべく、車両は車線を変更する。 都市部への侵入直前まで周囲に拡がっていた森林は、どうやらこの巨大施設を再稼働させた際に何らかの処置で以って回復させたものらしく、その効果は都市部の街路樹までは及んでいないらしい。 周囲に点在する街路樹はいずれも朽ち果てており、都市内部には一切の緑が存在しなかった。 「ミッドチルダを破壊し多くの人々を無差別に殺戮した存在が、第97管理外世界で建造された質量兵器である事を忘れてはならない。既に十分な数の魔導師が揃った以上、質量兵器で武装した違法組織による庇護下に留まる必要はない、と」 「・・・その主張が間違っているとでも?」 ギンガは再度、車外の場景から引き剥がした視線をキャロへと向ける。 知らず険のある声を発してしまったが、キャロは全く動じた素振りを見せない。 彼女はギンガの声を無視するかの様に、自身の言葉を紡ぐ。 「幸いな事に、早くから此処に居る局員や非戦闘員の多くに関しては、その呼び掛けに呼応する様子はありません。これまでに構築した共同防衛体制の重要さは皆が認識していますし・・・」 「襲撃当時にミッドチルダ以外の管理世界へ赴任していた、或いは元々ミッドチルダと縁遠い局員にとって、地球軍の脅威はバイドのそれと比して然程の問題ではない。ミッドチルダ以外の世界にとっては、それこそ地球軍と事を構えるメリットがまるで無い」 言葉を遮り、ギンガが確信を突くかの様に発言する。 キャロは再度言葉を紡ごうとするでもなく、口を閉ざして前方を見つめ続けていた。 「ミッドチルダを除く殆どの世界は、第97管理外世界との相互不干渉策を支持している。直接的な被害を受けた訳でもない彼等にしてみれば、バイドと地球軍が互いに潰し合ってくれるのならば関わり合いにならないのが一番。 そして早くから第97管理外世界の勢力と協調関係にあった貴女達からしてみれば、後から合流して一方的に武装勢力との協調体制を非難する私達は目障りな・・・いいえ」 緩やかな下り坂の先、円を描く様に建ち並ぶ高層ビル6棟の中央底部、階層状大型モール。 その最深部に位置する大規模ロータリー交差点へと差し掛かった車両は減速。 他に走行する車両も無い中、律儀に中央帯の周囲を回り始める。 「それ以上に、危険な存在だった。デバイスを押収して、戦闘能力を奪う程度には」 フロントガラスに「Caution」の表示。 こちらが侵入してきた路線とは異なる方面から、巨大な鉄塊が交差点へと侵入してくる。 それは無限軌道ではなく、何らかの機関で以って路面より僅かに浮上する事で移動する、一種の戦車の様なものらしい。 濃緑色に塗装された巨体は幅50m以上もある複数車線をほぼ完全に埋め尽くしつつ、機関が発する振動によりギンガ達の車両を揺らしながら中央を周回、出現時とは異なる方面へと姿を消す。 同時にこちらの車両が速度を上げ、戦車の出現した方面へと進路を取った。 ギンガは窓の外に拡がる灰色の景色へと視線を移して頬杖を突き、呟く。 「変わったわね、キャロ」 加速する車両の前方上空を横切る漆黒の影、その側面には其々に異なる色の小さな人影が2つ併飛行している。 武装警察の強襲艇、そして空戦魔導師。 相容れない筈の2つの勢力に属する者達が、決定的に異なる互いの速度を合わせつつ見事な編隊を組んで空を翔けていた。 「貴女だけじゃない、エリオも。たった2年で・・・それとも、この一月の間かしら。随分と人の死に対して無頓着になったみたい。貴方達だって、クラナガンの惨状を知らない訳ではないでしょうに」 前方、停車した8輪装甲車の傍に複数の人影。 漆黒のアーマーに身を包んだ数人は肩から質量兵器を下げており、彼等と言葉を交わしているほぼ同数の人影は明らかにバリアジャケットを纏っていた。 視界へと映り込むその光景に、ギンガの胸中へと言い様の無い暗い感情が滲みだす。 「31万人が死んだわ。何の罪もない人々が、31万も。原形を留めている遺体なんかほんの一握り、今だって死者の数は増え続けてる。まだ六課に居た頃、休日に貴女とエリオが遊びに行ったショッピングモールだって跡形もなく吹き飛んだのよ」 装甲車の傍を走り抜ける車両。 デバイスを通じて投射されているのであろう空間ウィンドウを、実に自然な様子で覗き込む魔導師と武装警察人員の姿が、ギンガの意識を黒く侵してゆく。 「スバルが貴方達に教えたアイスクリームショップも、ティアナが教えてくれた洋服店も・・・みんな、みんな瓦礫と灰になったわ。何もかも、其処に居た人々もろとも。六課に居た局員やその家族だって、数え切れないほど亡くなっている」 前方上空を横切る、複数のコンテナを抱えた2機の大型輸送ヘリ。 ギンガにとって見た事もない奇妙な形状の機体、その前方を先導する様に飛んでいる機種の異なる大型ヘリは、明らかに管理局のものだ。 これもまた先程の強襲艇と空戦魔導師同様、一糸乱れぬ編隊飛行を続けている。 「私達の街・・・貴方達の街でもあったのよ。貴方達が命懸けで戦い、護った街。誰も彼もが傷付きながら、決して諦めずに戦って護り抜いた街だった。少なくともそれ相応の愛着はあると思っていたのだけれど」 不当な言い分だという事は解っていた。 彼等はこの一月、外部からの支援を受けられぬこの閉ざされた空間の中で必死に足掻き、生き抜いてきたのだろう。 抵抗の術を持たぬ非戦闘員を護る為に、それこそ公然と質量兵器を用いる勢力とすら協調して。 外部の現状を知ったところで彼等がそれに感けている暇は無く、これまで共に戦い抜いてきた武装警察との敵対を選択する筈もない。 そんな事は疾うに理解している、そのつもりだった。 「どうやら勝手な思い込みだったようね。貴方達にとってクラナガンは、一時的に身を寄せていた場所に過ぎなかったのかしら」 それでもギンガは、自身の口を突いて出る言葉を抑える事ができない。 眼を閉じる度に瞼の裏へと浮かび上がるクラナガンの惨状が、此処で沈黙する事を良しとしない。 都市を蹂躙する鋼鉄の巨獣と巨人の軍勢、忌まわしき戦闘機の群れが意識へと纏わり付いて離れない。 それら全ての事象が、第97管理外世界の勢力の存在を是としない。 彼等との協調を図る管理局員が存在している、その事実を許容する事ができない。 「汚染された地球製の兵器による被害を受けたから、私達が第97管理外世界を敵視しているとでも思っているの? 残念だけど違うわ。彼等が、地球軍がクラナガンと本局で何をしたか、貴女だって知っている筈よ。 地球軍は民間人への配慮なんか一切しなかった。クラナガンを巻き込みながら砲撃を続け、それだけで数万の人々を虐殺したのよ。これでもまだ・・・」 「2億です」 唐突に放たれる、キャロの声。 彼女が口にした数字が何を意味するのか、ギンガは咄嗟に判断できなかった。 だが、続く言葉に彼女の意識が凍り付く。 「これまでに判明している犠牲者の数ですよ、ギンガさん。スプールスだけで約160万、他の世界も合わせると2億2000万前後になります」 絶句するギンガ。 キャロはそんな彼女へと視線を向け、醒めた声で続ける。 「順当な数値でしょう? スプールス単独での人口はごく少数ですが、41の世界の総人口は14億に達します。初期に壊滅した第122管理世界だけでも3億もの住民が居た。こうなる事は容易に予測できた筈です」 淡々と述べられる正論に、ギンガは返す言葉を見付ける事ができない。 無論の事、管理局も隔離空間内部に於ける人的被害を予測してはいた。 だがそれは、数十万という単位での話だ。 僅か一月の間に犠牲者数が億単位にまで達している等という事実は、完全に予測の範疇を超えていた。 「この数値も、恐らくは死亡している、と間接的に判断を下す事ができた予測上のものに過ぎません。現状では約12億人が生死不明となっていますが、これも形式上の表現です。実際には既に死亡しているか、或いは汚染生態系の一部になっているでしょう」 真っ直ぐにギンガの目を見据えるキャロの視線には、如何なる熱も宿ってはいない。 少なくとも、ギンガにはそう思えた。 凍り付くのではと錯覚する程に無機質な視線を外す事なく、彼女は機械の如く冷静に言葉を紡ぐ。 「スプールスでは隔離空間発生から24時間で43万人が死亡。残る117万の犠牲者は其処から私達が転移するまでの6時間で発生しました。主な死因は負傷及びバイドによる生体汚染。いずれも汚染された原生生物による居住区への襲撃によるものです」 「原生・・・」 キャロのその言葉を、ギンガはすぐに理解する事ができなかった。 スプールスの原生生物が高度な知性を有している事は、管理世界に於いて広く知られている。 言わばキャロの使役竜であるフリードリヒと同等の知性を有する個体が数多く生息し、それらが互いの生息域を過剰に侵す事なく高度な共存形態を構築しているのだ。 多種多様な種に亘って構築された、人類のそれとは異なるスプールス独自の疑似社会体制。 現地住民もまた体制の一部として組み込まれていたが、原生植物の大量枯死から始まった32年前の生態系変異を阻止した事から、彼等は更に管理局員をも共存に相応しい存在であると認識。 以来、原生生物と現地住民、そして管理局との間には良好な関係が築かれていた。 そんな彼等が居住区を襲い住民を殺戮した等と、すぐに信じられるものではない。 「抵抗は・・・?」 「200名ばかりの魔導師と非武装の次元航行艦2隻で何ができると思います? 隔離空間の発生直後、軌道上から全土に「何か」が落着しました。その2時間後にはありとあらゆる生命体が変異し、各地の居住区を襲い始めたんです。 防衛線を築く事も、取り残された民間人の救助さえもできなかった。自分達の居住区に立て篭もりながら、数時間前までは意志の疎通さえ可能だった生命体が津波の様に襲って来るのを只管に迎え撃つ事しかできなかった。 巡回ではよく一緒に空を飛んでいた翼竜の一団や、何時もフリードとじゃれていた水竜の子供達もその中に居た。エリオ君が密猟団を撃退して取り返した卵から孵ったオオガラスの雛も、以前に私が保護したシトカオウルの親子も居た。 リンカーコアと識別用マーカーで辛うじて判別できるだけの、眼も耳も体毛も無い、体内に無数の寄生虫を宿した化け物になって」 淀みなく繋がる言葉の羅列に圧倒され、ギンガは沈黙する。 平静に語り続けるキャロだが、その内容は異常極まりない。 クラナガンのそれを遥かに超える犠牲者数、狂った原生生物による襲撃、魔導師達が為す術もなく籠城戦へと追い込まれた事実。 だが続く言葉は、更なる衝撃をギンガへと齎した。 「髪の先ほどの羽虫も、植物でさえ脅威になった。勿論、人間だって例外じゃありません」 「え・・・?」 「襲って来る敵性体の中には、現地住民や管理局員のバイタルを発するものが少なからずありました。襲撃時の外観からは予測も付きませんでしたが、後の解析の結果から元は人間だったものの集合体と判明しました」 車内に沈黙が落ちる。 ギンガは言葉もなく自身の隣に座する少女を見つめるが、キャロは前方へと視線を戻しそれ以上を語ろうとはしない。 何時しか車両はとあるビルの周囲を回り、地下へと続くトンネルに向かう路線へと進入していた。 どうやら、このビルが目的の場所らしい。 褐色の光が照らし出すトンネル内部へと車両が進入した直後、漸くギンガは言葉を絞り出す。 「その、人だった汚染体は・・・」 「排除しました」 返された答えは、簡潔なものだった。 躊躇いながらも、ギンガは更に問い掛ける。 「貴女も、それを?」 暫しの沈黙の後、キャロは首を横に振る。 何処か安堵を覚えつつ、しかしギンガにはもうひとつ気掛りな事があった。 「・・・エリオも?」 返答は無い。 車両は広大な地下駐車場へと入り、速度を落としつつガラス張りのエントランスへと向かう。 ドアが開き、車両はそのままエントランス内部へと進入。 其処で漸く、キャロは口を開いた。 「エリオ君は・・・」 そして、紡がれる言葉。 それはギンガの意識に、歪な楔となって打ち込まれた。 「沢山、殺しました。私の、代わりに・・・」 エントランスを抜けた先、吹き抜け式のホール最下層。 車両が停止し、目的地へと到着した事を告げる表示が浮かび上がる。 「・・・会場は144階です。誘導に従って下さい」 掠れた声。 目前のステアリングホイールを虚ろに見つめる、竜召喚士の少女。 ギンガはそんな彼女へと掛けるべき言葉を見付ける事も出来ずに、エレベーターフロアからこちらへ歩み寄る局員と武装勢力人員、その姿を見つめる事しかできなかった。 * * 沈黙が満ちる部屋の中、彼女は只管に耐えていた。 この会議室へと入室して以降、一時も薄れる事のない緊迫感は多大な圧力となって彼女を苛んでいる。 見知った顔が少ない事もそれに拍車を掛けていたが、何よりも彼女の精神を蝕んでいたのは焦燥と困惑だった。 そもそも意識が回復した約4時間前の時点からして、彼女の置かれた状況は異常なものだったのだ。 意識を失う前に目にした最後の光景は、ユニゾンした自身の主の視界を通して意識へと焼き付く、異形の砲口より放たれた発砲炎の閃光。 ところが目覚めた直後に視界へと映り込んだ光景は、透明なシリンダー越しに彼女を見つめる局員と、その背後に立つ白衣を纏った人物の姿。 シリンダーはすぐに開放され、混乱する彼女に対し局員は状況説明を始めた。 曰く、攻撃隊は甚大な被害を受けながらも、ティアナの作戦により大型敵性体の撃破に成功。 直後に現れた2機のR戦闘機に対し、攻撃隊は非敵対的接触を試みた。 しかしこの時、敵性体は完全に沈黙してはおらず、攻撃隊を背後より奇襲。 これに対しR戦闘機は波動砲による攻撃を実行、その余波によって攻撃隊までもが被害を受け、更に地球軍歩兵部隊との戦闘を経て生存者全員が拘束されたのだという。 だが、解らないのは此処からだ。 生存者は地球軍の強襲艇へと搭乗させられたが、行き先が告げられる事はなかった。 しかし離陸より約30分後、突然の警報音と共に強襲艇は着陸。 其処から更に2時間程が経過した頃、地球軍兵士のそれとは僅かに異なる装甲服に身を包んだ一団と共に、数名の局員が乗り込んできたのだという。 混乱する一同に対し彼等は、自身等が隔離空間内に於ける生存者である事、地球軍とはまた異なる第97管理外世界の勢力との協調体制にある事を告げ、生存者の居住域となっている廃棄スペースコロニーへと向かう事を宣告。 そして目的地へと到着したものの押収されたデバイスが返却される様子はなく、実質上として彼女達は一部局員と武装勢力との共同監視下にあるという。 彼女は報告の内容に混乱しつつも、主や家族、そして他の生存者達の安否を尋ねた。 幸いな事に武装勢力の有する高度な医療技術により、若干強引な処置ではあったが大多数は命を取り留めたという。 その言葉に安堵したのも束の間、彼女は武装勢力との協調体制にある局員により会談への出席を求められた。 どうやら他にも多数の局員や民間人が保護されているらしく、不必要な衝突を避けるべく武装勢力側が状況説明の場を設けたらしい。 そうして、コロニー端部の施設からこのビルへとヘリによって移動したのが、約20分前の事だ。 会談の場となった144階のホールには、宙空に浮かぶホログラムの企業ロゴを囲む様に設置された環状のテーブル。 其処には既に十数名の局員が着席しており、ある者は警戒の色を隠そうともせずに、またある者は冷静に会談の開始を待っていた。 彼女は自身の名が表示されたウィンドウの許へと歩み寄り、その席に腰を下ろして周囲の様子を窺う。 その時に気付いたのだが、隣の席に浮かぶウィンドウには彼女が良く知る人物の名が表示されていた。 未だ空席の其処に着くべき人物の到着を待ちながら、彼女は重苦しい沈黙に耐え続ける。 「リイン曹長?」 その時、漸く待ち侘びた声が耳に届いた。 背後へと振り返れば、其処には見慣れた紫の髪。 「ギンガ・・・」 ギンガ・ナカジマ。 旧機動六課スターズ分隊フロントアタッカー、スバル・ナカジマの姉。 彼女が呆然とこちらを見つめ、立ち尽くしていた。 しかしすぐに表情を改め、毅然として自身の席へと歩み寄り腰を下ろす。 そして、小声で言葉を紡ぎ始めた。 「・・・ご無事で何よりです、リイン曹長」 「ギンガこそ、無事で良かったです・・・やっぱり、貴女も彼等に・・・?」 「・・・ええ」 ホールの壁際に立つ武装勢力人員と局員の姿を視界へと捉えながら、リインはギンガへと問い掛ける。 数秒ほどその場の面々を見渡していたギンガだったが、やがて無難な話題を切り出した。 「その姿を見るのは久し振りですね」 「流石にいつもの格好って訳にはいきませんから」 ギンガの言葉通り、今のリインの姿は通常の妖精の様なものではない。 人間の子供とほぼ同じ大きさにまで変化した、魔法技術体系を有しない管理外世界に於ける活動時の姿を取っている。 ギンガはリインの言葉に軽く頷きながらも、真に問い掛けたい事柄は別にあるらしく、何かを探す様に視線を周囲へと彷徨わせていた。 やがて決意したのか、恐る恐るといった様子で声を発する。 「あの・・・八神二佐は、どちらに・・・?」 その問いにリインは、暫し言葉を失った。 恐らくギンガは、各攻撃隊に於いて実質上の指揮官に当たる局員が一堂に会しているこの状況で、リインの主であるはやての姿が無い事を訝しんでいるのだろう。 だが、リインが口籠った理由ははやての事ではない。 報告として耳にしたものではあるが、ギンガの姉妹ともいえる少女達の安否こそが問題だった。 「・・・マイスターはやては今、医療施設で治療を受けています。多分、私は代理として呼ばれたんでしょう」 「ヴィータ三尉やザフィーラは? 確かシャマル先生も・・・」 「3人とも治療中らしいです。それと・・・」 数瞬ばかり言い淀むも、リインは心を決めて言葉を紡ぐ。 どの道、いずれは伝えねばならない事なのだから。 「・・・スバルと、ティアナも。他にもセインとノーヴェが治療を受けていると・・・」 「それって・・・!」 ギンガが身を乗り出し掛けるも、その言葉が最後まで続く事はなかった。 ホール外への扉が閉ざされ、それとは別に開放された扉から、灰色の野戦服に身を包んだ人物が入室してきた為だ。 白髪交じりの黒髪を短く刈り詰めたその男性は、外見から判断するに40台後半といったところだろうか。 軽く室内の一同を見渡しつつ、足を止めずに声を発する。 「お待たせしました。では、始めましょう」 環状テーブルに沿って座する20名程の局員、その対面の席へと歩み寄った男性は、腰を下ろす事なく再度その場の全員を見渡した。 その手には資料らしきものは何1つ携えられていない。 全ての情報は、恐らくは電子的強化を施されているであろう、その頭脳の内部に収められているのだろう。 知らず視線に敵意が籠もる事を自覚するリインだったが、その先に位置する男性は至って平静に言葉を紡ぎ始めた。 「既に聞き及んでおられる方も含め、改めて自己紹介を。PSC「ランツクネヒト」第11独立大隊指揮官ハシム・アフマド、階級は中佐です」 PSC「ランツクネヒト」。 聞き慣れない単語、そして古代ベルカ史を学ぶ中で耳にした単語が重なった事で、リインは数瞬ほど自身の記憶を辿る。 そして思い出したのは、第97管理外世界に於いて報道を通じて耳にしたアルファベットの羅列。 「PMC」或いは「PSC」と呼称される組織、民間軍事請負企業。 続く「ランツクネヒト」とは、古代ベルカ史の一時期に於いては聖王に仕える近衛騎士団に冠された名だ。 恐らく第97管理外世界に於いては、ヨーロッパに関連する何らかの名称なのだろう。 そんな事を思考するリインを余所に、アフマドと名乗った男性の声は続く。 「ご存じの通り、我々は時空管理局体制下に於いて第97管理外世界と識別される惑星の未来、即ち22世紀の地球文明圏に属する勢力です。遡る事68日前、第88民間旅客輸送船団護衛の任務に就いていた我々は、バイドによりこの人工天体内部へと強制転送されました。 最初の管理世界被災者との遭遇は40日前の事です。我々は彼等を保護し、情報交換を開始しました」 テーブル中央のホログラムが変化し、無数の情報が表示される。 同時にリイン自身の眼前にもウィンドウが出現し、その上に幾つかのタッチパネルが表示された。 その中の1つ「Link M-Device system」と表示された青いパネルが点滅している。 同時に隣に座するギンガの目前へと、背後から何かが差し出される様子が目に入った。 「え?」 呆けた様なギンガの声。 何事かとリインはそちらへ視線を移し、次いで自身の目を疑う。 ギンガが呆然と見つめているそれは、何と待機状態のブリッツキャリバーだった。 咄嗟に他の面々を見やると、彼等もギンガ同様に返却されたデバイスを前に呆けている。 何の意図があって、と思考に沈むよりも早く、アフマドの声が響いた。 「バイド体を利用した魔力増幅機構は押収させて頂きましたが、貴方がたのデバイスを返却します。起動し、ウィンドウ上の点滅しているパネルを通じてデータリンクを実行して下さい」 リインはホールの壁際に控える局員達を視界の端へと捉え、成程、と納得した。 デバイス及び並列思考については、局員の協力を得て解析済みらしい。 この返却の意図も、口頭での説明より並列思考を用いての情報取得の方が時間的に早い、との判断だろう。 デバイスの支援を得て情報を一挙に取得し、個々の並列思考能力を用いて状況を理解せよという訳だ。 「正気か・・・?」 「御心配なく。優秀な管理局員と我が隊員が控えております」 局員の1人が零した言葉に対し、アフマドは悪びれる様子もなく答える。 もしこの場でデバイスを用いて敵対行為に移行すれば、彼等に協力する局員の非殺傷設定の魔法により昏倒、それで通用しないのならば質量兵器により射殺する用意があるという意味の返答だろう。 脅しではない。 その時になれば、彼等は躊躇なく砲撃を放ち、引き金を引くのだろう。 「30分後から質疑応答の時間を取ります。では、どうぞ」 その言葉の後、アフマドは目前の席に腰を下ろした。 どうやら情報を得ない事には、これ以上の状況の進展は望むべくもないらしい。 だが、やはり警戒心が先立つのか、誰1人として操作を実行しようとはしない。 此処は先ず、自身が安全性を確かめるべきだろうか。 少なくともユニゾンデバイスである自身ならば、他の局員よりは情報処理能力に秀でている。 自身の能力が何処まで通用するか定かではないが、少なくとも通常の魔導師以上には情報戦に対応できるだろう。 熟考の結果、リインは自身の姿を通常の状態へと戻す。 身体変化に自身のリソースを割いている余裕は無い。 何より、アフマドの言葉を信用した訳ではないのだ。 全くの無防備では、ある瞬間に前触れなく思考中枢を掌握される可能性もある。 僅かに躊躇い、しかし最大限の警戒を以って、リインはパネルに掌を触れた。 「曹長・・・?」 「・・・大丈夫」 膨大ながら、必要事項のみを的確に選別された情報の奔流。 リインが感じ取ったのは、それだけだった。 特に異状もなく、正常に機能する並列思考で以って情報を確認してゆく。 そうしてリインは自身と生存者の置かれた状況を、提示された情報の中で正確に把握した。 第88民間旅客輸送船団人員、2518名。 PSCランツクネヒト第11独立大隊人員、821名。 合流した地球軍人員、67名。 保護された次元世界民間人、34701名。 保護された次元世界軍事組織人員、3160名。 保護された管理局員、1704名。 確認済み生存者総数、42971名。 合流後の戦闘及び捜索中に於ける現在までの死者・行方不明者総数、894名。 生存者の所属を確認しつつ、同時にリインは周囲の環境についても情報を紐解いてゆく。 しかしその内容は、俄には理解し難いものだ。 その最たるものが、この人工天体の構造と規模である。 天体は多層構造から成っており、基本的に廃棄物から成る外殻の内部に第1層、続いて広大な空洞を挟んで第2層と続く。 現在のところ第5層までが確認されており、其々の層の厚さは400km前後。 これらの層は各種兵器生産プラントであり、地球圏及び次元世界の兵器を基に大規模な模倣を行っている。 空洞はこれらの基となるオリジナル、及び生産された兵器群の保管空間らしい。 更には兵器群の外部への転送開始点、侵入者迎撃用の戦闘空間をも兼ねているという。 空洞の幅は700km前後であり、一部ドーム状の隔離空間、シャフトタワーを除き各層を繋ぐ構造物は存在しない。 つまりこの天体は、空洞状の巨大な球形構造物を更に巨大な球形構造物が覆い、それが連続して1つの巨大人工天体となっているのだ。 ランツクネヒトによる分析では、この天体はダイソン・スフィアと呼称される、小規模の恒星を内包した一種のエネルギー供給施設ではないかという。 建造者がバイドか、それとも汚染された未知の超高度文明かは定かではないが、提示された情報を信用するのならば少なくとも22世紀の地球によるものではない。 外部より転送された被災者、及び合流した地球軍人員からの情報によれば、天体直径は約1,426,000kmとの事。 各層の通過には厳重な防衛設備、及び大規模な艦隊戦力による防衛陣を突破せねばならず、浅異層次元潜航を用いての通過を除いては試みた例がない。 異常なまでの防衛体制から、この天体は兵器生産以外にも「何か」を護る為の大規模なシェルターとしての役割を担っていると、ランツクネヒトはそう分析している。 次に、生存者達の居住空間だ。 この都市は、西暦2166年の地球圏に於いて「リヒトシュタイン都市群」と呼称される宇宙都市を構成していた14基のスペースコロニー、その行方不明となった6基の内1基であるらしい。 ランツクネヒトは第3空洞にてこのコロニーを発見、占拠。 汚染を警戒しつつ機能を回復し、各種生産プラントを再稼働。 これにより大気及び食糧問題は解決する事となったが、防衛体制に関しては絶対的な戦力の不足という問題があった。 そこで彼等は、第3空洞に存在する複数の施設を奪取する作戦を敢行、兵器生産プラントを含む4つのコロニーを占拠し、それらを緊急用推進システムで以って移動させコロニー群を形成。 周囲に有り余る資源を用いて「アイギス」と呼称される防衛人工衛星を大量生産し、これをコロニー群の周囲に配備しているという。 流石に詳細なスペックは明らかにされていないが、長射程・超高速の戦術核弾頭搭載宙間迎撃用ミサイル、更に長距離狙撃型光学兵器を搭載した機動衛星らしい。 完全にオートメーション化された生産ラインを昼夜問わず全力稼働させている為、現在までに894基が生産され、内450基がコロニー群防衛に就いているという。 残るアイギスは第3空洞全域に於ける制圧戦に赴いており、新たに生産されたものについては順次前線へと送り込まれ続けている。 そして、こちらの戦力だ。 ランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団は数隻の輸送艦を有していたが、これらの有する武装は決して強力なものではない。 しかし彼等は16機のR戦闘機を有しており、これらを中心に転送後初期の戦闘を潜り抜けてきたのだ。 「R-11S TROPICAL ANGEL」 嘗て第4廃棄都市区画での戦闘に於いて、その異常な機動性を以って局員を追い詰め、更にガジェット群に対し圧倒的な暴力を叩き付け殲滅した赤い機体群。 恐らくはその同系統に位置するであろう、酷似した構造的特徴を持つ機体。 彼等はこれを用いてコロニー群に迫るバイドを殲滅し、同時に第3空洞周辺に転送された被災者達を発見、救助隊へと連絡していたのだ。 それだけではない。 合流した地球軍の中にも、複数機のR戦闘機が含まれていた。 「R-9A4 WAVE MASTER」「R-9AD3 KING S MIND」「R-9C WAR-HEAD」「R-9/0 RAGNAROK」「R-9E2 OWL-LIGHT」「TL-2B HERAKLES」「R-13B CHARON」 どの機体も名称以外の情報は一切記されてはいないが、R戦闘機の例に漏れず異常な戦闘能力を有しているのだろう。 魔導師はどうか。 先ず管理局員1704名の内、戦闘可能な魔導師の数は1425名。 そして各世界の軍事組織人員3160名の内、確認済み戦闘可能魔導師の数は343名。 合計1768名の内、Aランク以上は496名。 悪くない数だ。 更に軍事組織人員の内1508名は魔導兵器、或いは質量兵器の扱いに精通しており、中には機動兵器の運用に携わっていた者も居る。 それらの兵器そのものも少なからず転移している為、防衛体制は異常とも取れる程に厳重なものだ。 他にも十数隻の戦闘艦が存在し、コロニー群の防衛に当たっている。 信じ難いのは、これ程の戦力を有しているにも拘らず、天体脱出の作戦計画が殆ど構築されていなかった事だ。 主な要因は、バイドの常軌を逸した物量である。 天体外部へと脱出する為には、2つの空洞と3つの層を突破せねばならない。 しかしこの2ヶ月、敵戦力の駆逐に成功したのは第3空洞の一部に於いてのみ。 この上、第2空洞と第1空洞、及び第3層から第1層までの敵防衛陣を突破するには、明らかに戦力が足りない。 よって彼等は、偵察を目的とした浅異層次元潜航を除き、各層の通過を実行した事例は無いという。 このコロニーに存在する被災者及び管理局員はいずれも、偵察任務中の機体によって発見されたか、第3層、第4層からの自力での脱出に成功した上で、幸運にも制圧任務に当たっていたアイギスによって発見された者達らしい。 更に、外部の状況が殆ど不明という事実も、脱出作戦の立案に大きな影を落としていた。 外部からの新たな転送被災者が数多く保護され、更に地球軍部隊との合流を果たした事で多くの情報が得られたが、それは此処12時間での事だ。 それ以前の外部の状況は、第2空洞での戦況悪化及び対浅異層次元潜航兵装を搭載した敵艦艇の出現もあり、ほぼ全ての情報が不明だった。 遵って地球軍、或いは管理局部隊の到達を待ち、その上で外部と連絡を取り脱出作戦を立案するという、謂わば籠城戦が開始される事となる。 しかし約8時間前、事態は更なる悪化を遂げた。 ある時点を以って、一切の浅異層次元潜航の実行が不可能となったのだ。 人工天体内部全域の浅異層次元に於いて、大型艦艇をすら粉砕する程の空間振動波が検出され続けているという。 幾度か探査機を送り込んだものの、その全てが潜航開始と同時に破壊される為、衝撃波発生源の特定は疎か正確な影響範囲すら判明してはいない。 現時点で確実となっているのは、浅異層次元潜航を用いての脱出が不可能となった、その一点のみである。 最後に、外部の状況だ。 12時間前、隔離空間は異常拡大し、確認済み次元世界全域を呑み込んだ。 しかし拡大はそれに留まらず、今もなお遠方へとその範囲を拡げている。 隔離空間内部へと転送された各惑星は異常距離にまで接近し、恒星と人工天体とを結んだ直線上に分布する形で、特定の一方向へと拡がる形で存在。 これが如何なる意味を持つのかは判然としないが、恒星を始点として人工天体と続き、更に各惑星がその先に散在するという円錐、若しくは円柱状の形態となっているらしい。 空間拡大が始まった12時間前から浅異層次元潜航が封じられる8時間前に掛けては、主に人工天体と各惑星までの空間、そして各惑星間の平均50,000kmという僅かな隙間を縫って艦隊戦が展開されていたという事実が、新たに保護された被災者及び地球軍人員の証言によって明らかとなっている。 これも俄には信じ難い事だが、次元世界の全保有戦力が戦線に加わっているにも拘らず、バイドとの戦闘は事実上の膠着状態にあるとの事。 ランツクネヒトもこの情報の真偽を疑ったが、空洞内に存在していた敵艦艇群の殆どが消失したという偵察結果が報告されていた事もあり、証言が真実であると結論付けた。 即ち、人工天体内部の敵戦力はその殆どが外部へと転送され、内部の防衛戦力は手薄になっている可能性が高いという事だ。 此処までの情報を確認すると、リインは一旦、全てのウィンドウを閉じる。 そうして暫し黙考した後、新たに1つのウィンドウを展開。 其処には、この12時間以内に保護された管理局員の名が、余す処なく記されていた。 リインはその中から複数の名を検索、詳細を表示する。 表示された検索結果を目にするや否や、彼女は有りっ丈の力で歯を食い縛った。 「はやてちゃん・・・!」 八神 はやて二等陸佐、重傷。 損傷臓器の培養完了、移植シーケンス実行中。 左腕部及び左脚部骨格、移植シーケンス実行中。 聴覚神経系、修復率94%。 「ッ・・・!」 次から次に表示される名と、その容体。 表示された情報に目を走らせる度、リインは自身の血の気が失せてゆく感覚を明確に認識する。 「そんな・・・」 ティアナ・ランスター一等陸士、軽傷。 治療完了。 ヴィータ三等空尉、軽傷。 治療完了。 シャマル非常武装局員、重傷。 損傷臓器の培養完了、移植シーケンス完了。 ザフィーラ非常武装局員、重傷。 極めて高い自己修復機能を保有、経過観察中。 まるで壊れた機械を修復するかの様な、無機質な単語の羅列。 リインの意識を凍て付かせるには、これだけでも十分だ。 しかし、それ以上に許容できない報告が、其処には記されていた。 セイン非常武装局員、小破。 戦闘機人の保有する自己修復機能調査の為、経過観察中。 チンク非常武装局員、中破。 フレーム損傷部位交換完了、有機組織回復経過観察中。 ウェンディ非常武装局員、中破。 フレーム損傷部位交換完了、有機組織回復経過観察中。 「・・・ッ」 「ギンガ・・・」 テーブルの軋む音。 自身の隣へと視線を投じれば、待機状態のブリッツキャリバーを手が震える程に握り締め、仇敵を前にしたかの如くウィンドウを見据えるギンガ。 其処に何が記されているかは、リインも良く理解している。 そして、ギンガの胸中に渦巻く感情が、如何なるものであるかも。 そのウィンドウには、彼女の肉親の状態を表しているとは到底思えない、残酷な言葉だけが表示されている。 スバル・ナカジマ一等陸士、大破・機能停止。 解体調査・解析完了後フレーム交換、再起動シーケンスへ移行。 現在の新規フレーム構築率、74%。 ノーヴェ非常武装局員、大破・機能停止。 解体調査・解析完了後フレーム交換、再起動シーケンスへ移行。 現在の新規フレーム構築率、68%。 恐らくはすぐにでも立ち上がり、視線の先に座する男へと襲い掛かりたいのだろう。 ギンガは瞳の色こそ変わってはいないが、その胸中には殺意が渦巻いているであろう事が容易に見て取れる。 だが、強靭な精神と冷徹なまでに現状を伝える理性が、立ち上がろうとする身体を抑え込んでいるのだ。 確かに文面そのものは非情以外の何物でもないが、冷静に考えれば全員が助かるという意味でもある。 少なくとも、今すぐに此処で事を構える必要性は無い。 たとえ此処で敵対を選択したとして、変化があるとすればこのホールに双方の死体が溢れ返る事になる位のものだろう。 ギンガもそれを理解しているからこそ、必死に自身を抑えているのだ。 「・・・時間です。では、質問があればどうぞ」 アフマドの声がホールに響く。 半透明のウィンドウ越しに砂漠気候下居住民の特徴が色濃く現れた顔を見据え、リインは小さなその拳を握り締めた。 その整った顔には、悲壮なまでの決意が宿っている。 この男には、問い質すべき事が山ほどあるのだ。 簡単に終わらせはしない。 少しでも有利な状況を保ち、彼等が持ち得るあらゆる情報を吐かせる。 その程度の成果さえも得られなければ、傷付いた家族に合わせる顔が無い。 そうして質疑応答に臨むべく、ウィンドウを閉じようと腕を伸ばすリイン。 だが掌がパネルに触れる直前、新たな情報が表示された事に気付く。 ウィンドウが掻き消える一瞬前に、最新の情報である事を示す赤の明滅を伴った文字の羅列が現れたのだ。 そしてリインは、その内容を正確に読み取っていた。 登録情報更新。 高町 なのは一等空尉、重傷。 損傷臓器の培養完了、移植シーケンス完了。 培養皮膚移植率、61%。 脊髄損傷部修復率、43%。 * * 背後から響く、ドアのモーター音。 入室者の気配を感じ取りつつも、彼女はその場を動こうとはしなかった。 表向きは興味を示す素振りも見せず、しかし警戒は怠らずに相手の発言を待つ。 だが掛けられた声の主を特定するや否や、彼女はその警戒心すら捨て去って注意の範疇からその人物を外した。 「お話があります、ティアナさん」 彼女は答えない。 無言のままに眼前に並ぶ十数個のポッド、その内2つを見つめ続ける。 灰色の金属製ポッドは内部を窺う事はできないが、ティアナはその中にあるものが何かを知っていた。 そして、何が行われているのかも。 「重要な話があります。一緒に来て下さい」 「勝手に喋れば良い」 今度は一言だけ返し、再び沈黙する。 排出パイプ内を通る廃液の色は確認用の小窓から確認できるが、今は澄んだ無色の液体が流れていた。 4時間前には鮮烈な真紅の色が流れていたのだが、それも徐々に薄れ今やほぼ保護液のみが排出されるばかりである。 微動だにせず小窓を見つめ続けるティアナの背に、更に言葉が投げ掛けられた。 「貴女と同時に保護された局員の一団が、協力を拒んでいます。指揮官の指示が無い限り、独断での協力はできないと。八神二佐が治療中である旨を伝えましたが、今度は貴女の指示に従うと」 「分かった」 即答し、椅子より立ち上がる。 背後へと歩み寄る足音。 ティアナは自身の肩越しに掌を翳す。 「クロスミラージュを」 手渡されるカード、待機状態のクロスミラージュ。 ティアナは左手にそれを受け取ると念話を繋ぎ、ごく短く指示を発した。 『こちらランスター。これより私達はランツクネヒト・管理局合同部隊指揮下に入る。以上』 了解、との言葉が返された事を確認すると、彼女は念話を切る。 その内容を傍受していたのだろう、すぐさま背後から言葉が発せられた。 「賢明な判断に感謝します、ティアナさん」 その言葉が終わるか否かというところで、クロスミラージュをワンハンド・ダガーモードへと変貌させ、背後へと振り抜く。 突然の近接攻撃行動に、しかし背後の人物は見事に対応してみせた。 僅かに1歩退がり、紙一重でダガーモードによる魔力刃の旋回範囲外へと逃れると、その手に持つデバイスの切っ先を精確にティアナの喉許へと突き付け、それ以上の動きを封じる。 鋭い切っ先が微かに喉許の皮膚を掠める感覚に戦慄しながらも、彼女は次の動作に移る事すらできなかった右手のクロスミラージュ、ツーハンドモードへの移行に伴い出現したそれを握る指に力を込め、有らん限りの敵意を込めて眼前の人物を見据えた。 だが、その人物はまるで動じた素振りを見せず、ごく平静に言葉を紡ぐ。 「デバイスを下ろして下さい」 「黙れ」 微かにクロスミラージュを揺らすと、全く同時に喉許へと鋭い痛みが奔った。 まるで隙が無い。 この瞬間にティアナが採り得る如何なる行動よりも早く、デバイスの切っ先が彼女の喉を食い破るだろう。 その事実へと思考が至って尚、ティアナはデバイスを退こうとはしなかった。 代わりに、自身へとデバイスを突き付ける相手の顔を真っ向から見据え、吐き捨てる様に呟く。 「随分と胸糞悪い顔をする様になったじゃない、エリオ」 燃える様な紅い髪、ティアナとほぼ同じ背丈。 感情の窺えない瞳、節くれ立った傷だらけの指。 記憶の中に残るその姿とは懸け離れた、ティアナの知らないエリオ・モンディアルが其処に居た。 「もう一度言います。デバイスを下ろして下さい、ティアナさん」 「・・・派手に弄ったものね。本当にそれがストラーダとは思わなかったわ」 エリオが発した再度の警告を無視し、ティアナは自身の喉許に突き付けられたストラーダを備に観察する。 白亜の槍は元の優美さを失い、剥げ落ちた塗装の代わりに無数の傷が鈍色の表層部を覆っていた。 更に、短期間の内に違法な改造を重ねたのか、明らかに以前とは異なる造形が複数箇所に見受けられる。 特に顕著なのが各部推進ノズルであり、ヘッドブースター、リアブースター、サイドブースターのいずれもが以前とは異なる外観となっていた。 サイドブースターは新たに追加された装甲板の下部に内蔵されているのか、推進用魔力噴出口の機能は装甲板上に開けられた十数個の穴が担っているらしい。 ヘッドブースター及びリアブースターは完全に別個のユニットと化しており、長方形のボックスが2つ重なった様なユニット内部から覗く計6基の平面ノズルは、恐らくは高度な推力偏向機能を備えているのだろうと予測できる。 総じて各部位は、以前と比較してかなり大型化していた。 どうやらスピーアフォルムの近接格闘戦能力を切り捨て、デューゼンフォルムの大推力による突撃能力に特化させた改造らしい。 そしてカートリッジシステムには、攻撃隊から鹵獲したものか「AC-47β」が装着されている。 眼前に立つエリオは、2年前の彼では満足に構える事すらできなかったであろうそれを片腕のみで操り、まるで自身の腕と一体化しているかの様な自然体で以って穂先を彼女へと突き付けていた。 ストラーダ自体の近接戦闘能力は失われても、エリオ自身の技量と体力がそれを補っていると見た方が正解だろう。 「最後の警告です。デバイスを下ろし、待機状態に戻して下さい」 形勢が悪過ぎる。 そう判断し、ティアナはクロスミラージュを待機状態へと戻した。 それを確認したエリオも穂先を引くが、ストラーダを待機状態へと戻す事はしない。 用心深い事だ、などと思考しながら、ティアナは再びポッドへと視線を戻す。 「・・・気に入りませんか、地球軍との共闘は」 「大いにね」 エリオの問いに対し、間髪入れずに返すティアナ。 その言葉に偽りなど無く、彼女は現状を心底より忌々しく思っていた。 エリオもその言葉が真実であると判断したのか、数秒ほど沈黙する。 そして再度、その真意を問い掛けた。 「理由はクラナガンの件ですか? それとも本局?」 「・・・それもあるわね」 「では、質量兵器の運用?」 「理由の1つではあるわ」 「地球軍との交戦で、攻撃隊に死者が出た事・・・」 「アタシが気に入らないのはね・・・エリオ」 エリオの言葉を遮る、ティアナの声。 彼女はポッドから視線を外す事なく、毅然と言葉を返す。 だが、固く握られたその拳は、抑え切れない感情に震えていた。 「其処まで知っていながら、平然とアイツらとの共闘を諭すアンタ達の事よ」 返答はない。 2つのポッド下に展開された、小さなウィンドウ。 其処に表示された「Analytical sequence」のゲージが端まで達すると同時、表示が「Complete」に変化し室内に警告音が響いた。 ポッド下部がゆっくりとスライドし全体が横倒しになると、そのまま奥の壁面へと格納されてゆく。 1つ目のポッドに続き2つ目が格納され搬入口が閉じられると、搬出された2つのポッドの隙間を埋める様に残りのポッドがスライド、端の壁面から新たに2つのポッドが搬入された。 そうして、オートメーション管理された全ての作業が終了すると、室内には静寂のみが残る。 それを見届けてなお、ティアナはその場を動こうとはしなかった。 「心配しなくても、2人はすぐに戻ります。あと2時間といったところです」 「そうね。彼等は「修理」が得意みたいだから」 「それが理由ですか?」 ティアナは振り返り、エリオを見やる。 その心中には敵意と蔑意とが渦巻き、彼を嘗ての戦友であると捉える意識などは微塵も残ってはいない。 先程の様にデバイスを構える事こそないが、余程に意識して自制せねば今にも掴み掛かってしまいそうだった。 「砲撃に私達を巻き込み、銃撃で3人を殺し、スバルとノーヴェをバラバラにした。それに飽き足らず、今度は2人を分解しての解析調査」 「治療の為です」 「脳髄を取り出して、丸ごと新しい身体に入れ替える事を治療って言うのならね」 辛辣な言葉を吐き捨て、エリオの目を見据える。 彼の様子に動揺は見受けられない。 全くの無表情のまま、クロスミラージュによる近接攻撃範囲外から、ティアナに対する警戒を続けている。 「詭弁だわ。アイツらは言っていた。修復し、再起動させると。地球軍もランツクネヒトも、スバル達を兵器としか見ていない。幾らでも換えの利く消耗品だと思っている」 「ティアナさん」 「見ていた筈なのに。スバル達が一緒に笑い合っている所を見ていた筈なのに。今だって、チンクやウェンディ達がどんな振る舞いをしているか見ている癖に。普通の人間と何も変わらないって知っている癖に!」 「ティアナさん」 「その事を知っている癖に! アンタ達はそれを受け入れている! スバル達が人間じゃないって言われているも同然なのに!」 「なら、此処に居て下さい」 その酷く醒めた声にティアナは、一瞬の事ながら心中で荒れ狂う敵意さえ忘れた。 対するエリオは相変わらずの無表情だが、それは平静さを保っているという以前に、その瞳が作り物めいてさえ見える。 彼はティアナの言葉に込められた意味のみを読み取り、しかしそれに伴う心情の一切を受け流しているかの様だ。 そんな印象を裏付けるかの様に再度、冷酷な問いがティアナへと放たれる。 「ティアナさんが僕達を敵視しているという事は解りました。先程は了承して戴けましたが、恐らくは行動を共にしていた攻撃隊の皆さんも同様でしょう。それで、どうします」 「どう、って・・・」 「妥協も共闘もできないというのならば、それでも構いません。強制はしないし、その権限もない。脱出ルートの確保まで、非戦闘員と一緒に此処で待機していて下さい。無論、デバイスは再度押収させて戴きますが」 「・・・本気なの?」 「こういった主張をしているのは、ティアナさんだけではないんです。何があっても協力はしないという部隊もあれば、それでは済まずに警告なしでこちらの調査部隊に攻撃を仕掛けた部隊もある。 幸い、過半数の局員は現状に対してある程度の理解を・・・というよりも、妥協を選択してくれました。彼等はこの天体を脱出する、非戦闘員を護るという二点に於いてのみ、ランツクネヒトと地球軍との共闘を了承している。 勿論、彼等を信頼した訳でもなければ、敵ではないと認識を改めた訳でもないでしょう。要は生存の為に、お互いを利用し合う関係です」 そう語りつつ、エリオはストラーダをバリアジャケットの背面へとやり、其処に固定した。 改造にランツクネヒトの技術者が関わっていたのか、待機状態への移行機能が損なわれているらしい。 持ち運びの為、バリアジャケットに固定用アタッチメントを設けた様だ。 自身の背丈ほどもあるストラーダを背負いながら、エリオは自身の首筋へと手を添えると凝りを解す様に頭を動かしつつ、幾分柔らかくなった声で言葉を紡ぐ。 「僕達の様に早くからランツクネヒトと協調関係にある人間は、今さら彼等を切り捨てる事なんかできない。それをするには、彼等に対して恩義があり過ぎる。だから、その辺りは大目に見てくれると助かります。 そして確かに、彼等はスバルさん達を一種の生態兵器と看做している。でもそれは差別的な認識というよりは、彼等の職業病みたいなものです」 「何が言いたいの」 「彼等にとっては魔導師も戦闘機人も、それどころか自分達でさえ兵器みたいなものだという事です。戦闘機人は言わずもがな、生身で宙を飛び未知のエネルギー攻撃を放つ魔導師も一種の兵器。 自分達に至っては、R戦闘機を始めとする各種機動兵器を動かす為の部品みたいなものという認識なんでしょう。彼等にしてみれば、人間を治す事も機械を直す事も一緒なのかも」 大した事ではないとばかりに放たれた言葉に、ティアナは衝撃を受けた。 自身が兵器である、若しくは単なる一部品である等と意識しつつ、それを受け入れる事ができる者などが存在するのか。 彼等は嘗ての一部ナンバーズの様に、意図して情報を制限されていた訳でもなく、社会と接する機会が無かった訳でもないだろう。 にも拘らず、エリオの言葉を信じるならば、彼等は自身が無機質な機械部品であるという認識を、人間としてのアイデンティティーと同時に併せ持っている事になる。 スバルも、その事で随分と悩んだ事があると、JS事件の後に吐露してくれた事があった。 だが彼等は、それをごく自然に受け入れている。 自身が人間であり、そして同時に強大な兵器の一端を成す部品と同様の存在でもあるという事実を、当然の事として認識しているのだ。 そうでなければ、他者を自己と同様の兵器として看做す事などできる訳がない。 自身が人間であり兵器である事が当然であるからこそ、他者を兵器の一種と看做す事ができるのだ。 其処に葛藤が無かった、とは言い切れない。 それを断言できる程、ティアナは彼等を知らない。 エリオの言っている事も彼の主観であり、彼等が実際に持つ認識とは掛け離れたものかもしれない。 だが実際、彼等はスバル達への治療行為を修復と言い切った。 ティアナはスバル達を人間であると捉えている。 この事実がある以上、彼女が真に彼等の存在を受け入れ、認める事はない。 そして、それを受け入れるエリオ達、その思想と行動を認める事も決してないだろう。 「理解できないなら、それでも構いません。ただ、僕達はこの一月、彼等と一緒に戦い抜いてきた。貴女達が彼等を認められなくても、僕達は彼等の力を認めている。彼等の倫理観が歪んでいる事も、そうでなければ生き残れなかった事も知っている。 でも皆が皆、それを受け入れられる訳じゃない事も理解しています。ですから、ティアナさん。貴女は僕達を理解する必要はない。ランツクネヒトも、地球軍の事も理解する必要はない。ただ、生きて此処から脱出する為に、利用するに値する存在だと認識してくれれば良いんです」 その言葉はこれまでの葛藤が嘘の様な自然さで、それこそ異様なまでに抵抗なくティアナの意識の底へと落ち着いた。 エリオの語った内容は正しく、R戦闘機との交渉に臨む前にティアナが思考していた、地球軍に対するスタンスそのものだ。 彼等を、彼等と協調するエリオ達を認めるべく妥協する事も、そして解かり合おうとする努力も必要もない。 必要な事は、彼等が強大な戦力を有し、限定的ではあれこちらに対し協力を求めているという事実を理解する事だ。 少なくともこの勢力下に於いては、地球軍も勝手な振る舞いはできない筈。 唯でさえ微妙な緊張を孕んでいる現状を掻き乱す様な事があれば、局員以前にランツクネヒトが黙ってはいまい。 地球軍の有する7機のR戦闘機はランツクネヒトの指揮下にあり、ランツクネヒトは一部局員と密接な協調関係にある。 自身等は彼等に戦力を提供する傍ら、彼等の戦力を利用すれば良いのだ。 彼等はこちらの戦力を、少なくとも四六時中に亘って警戒する程度には評価している。 こちらで得た情報では、保護された攻撃隊の中には僅か11名で大型汚染体を6体と無数の汚染体群を同時に相手取り、その全てを殲滅して退けた部隊すらあった。 そしてティアナ達も例外ではなく、強大な汚染体を魔導師の独力で撃破した実績がある。 彼等としてもR戦闘機を始めとする機動兵器群を有しているとはいえ、バイドを撃破し得る程の戦力を放置しておく余裕は無いと考えられる。 自身等が生き残る為に、そして非戦闘員を護る為にバイドと戦えば、それが彼らとの共闘となるのだ。 今この瞬間、ティアナを始めとする局員に求められているものは、相互理解によって結ばれる人間関係ではない。 この天体を脱出するまでの、上面だけの軽薄な協調体制。 それで良いのだ。 如何に受け入れ難い手段によるものであろうと、スバルとノーヴェは助かり、なのはやはやても急速に快方へと向かいつつある。 彼等を理解する役割は、エリオ達を始めとする現状の協調体制を築いた者達が担うべきものだ。 自身等は彼等を利用し、次元世界被災者と共に生き抜く事だけを考えれば良い。 生き残る為に、利用し尽くす。 地球軍を、ランツクネヒトを、エリオ達を。 徹底的に利用して、使い潰すのだ。 「・・・何をすれば良いの」 絞り出す様な、ティアナの声。 それは消極的ながら、エリオからの要請を受け入れた事を意味していた。 対する答えは、すぐに返される。 「現在、第3空洞の制圧はほぼ完了しています。想定外の事態が発生しない限りは、36時間以内に脱出作戦が開始される予定です」 其処でふと、ティアナは疑問を覚えた。 エリオの言葉は、数時間前にランツクネヒト側から提供された情報に矛盾している。 彼女の知る限りでは、天体脱出の目処は全く立っていなかった筈だ。 その疑問を、そのままエリオへとぶつける。 「脱出計画はまだ白紙のままなんじゃなかったかしら?」 「R-11S 4機と80基のアイギスを投入しての強行偵察の結果、メインシャフトタワー周辺域の防衛艦隊が消失している事が分かったんです。シャフトを通じてアイギスによる広域偵察を行ったところ、第2空洞の敵戦力も殆どが消えていた。第1空洞も同様です」 「どういう事かしら」 「ランツクネヒトは、空洞内部の敵戦力が天体外部へと転送されたものと考えています。今頃は恐らく、全次元世界を含む管理局艦隊、そして地球軍艦隊と交戦中でしょう」 エリオは問いに答えたが、それでティアナの抱える疑問の全てが氷解した訳ではない。 寧ろ、更に訊ねるべき事が増えただけだ。 「そんな状況で外部へ脱出して大丈夫なの? 最悪、脱出直後に敵の大規模艦隊と遭遇する事も考えられるわ」 「それについてはアイギスがカバーします。当然ながら地球軍もこちらに気付くでしょうし、何より僕等には切り札がある」 「切り札?」 その奇妙な言葉に、ティアナは表情を顰める。 20を超えるR戦闘機に、今この瞬間でさえ数を増し続ける数百基の防衛人工衛星、500名近い高ランク魔導師。 この上、更なる強大な戦力となり得るものが、このコロニーに存在するというのか。 そんな思考が如実に浮かんだ彼女の表情をどう取ったのか、エリオはウィンドウを開き何事かを小声で呟く。 そしてウィンドウを閉じ、ティアナへと背を向けると、首を捻って彼女を促した。 「丁度、ヴィータ副隊長達が移動したところです。僕等も行きましょう」 「何処へ?」 ドアへと向かうエリオを追い掛け、ティアナは歩き始める。 記憶の中のそれよりも長大となったストラーダ、それを背負うロングコート状のバリアジャケット。 ふと、寂しさにも似た微かな感情に襲われ、その背中を見つめていた彼女の目前で、エリオは肩ごと背後へと振り返る。 ドアの傍らに浮かんだキーウィンドウ上に、そちらを見る事もなく指を走らせながら、彼はその口に薄く笑みを浮かべた。 「悪魔の巣に、ですよ」 * * 悪意の巣窟。 その施設に対しヴィータが抱いた印象は、正にその一言に集約されるものだった。 今頃はリインやギンガを含む指揮官クラスの面々に対しランツクネヒト側より幾度目かの会談が開かれているであろう中、彼女を含む数名は居住空間となっているコロニーを離れ、シャトルによってこの得体の知れない軍事コロニーへと訪れたのだ。 目的は1つ、ランツクネヒトと一部局員の言う、切り札とやらの正体を知る為である。 「URANUS-Orbital BIONICS LABORATORY CODE-BESTLA」 コードネーム「ベストラ」。 それが、この巨大軍事コロニーの名だ。 提示された情報によればこの研究施設は、西暦2134年に発生した「バイドの切れ端」による木星ラボ消失事件の発覚直後に天王星衛星軌道上へと建造され、以降30年以上に亘ってR戦闘機及びフォース開発の中心基地として機能していたという。 その後、フォースに関する研究開発の中心は冥王星衛星軌道上へと建造された新たな大規模研究施設へと移されたが、R戦闘機の開発については変わらずベストラが中心基地として機能し続ける。 西暦2162年には、研究資材として搬入されたバイド体の制御に失敗し施設の85%が有機質細胞群によって侵食・汚染され、更に施設内にバイド生態系が構築される重大な事故が発生したが、これは翌年の第一次バイドミッションに於いて戦線投入されたR-9A ARROW-HEADによる制圧対象となった。 そして施設奪還後も数多の機種を生み出し続け、対バイド戦線に多大な貢献を続けていたベストラだったが、その歴史は唐突に、誰もが予期しなかった形で閉じられる事となる。 西暦2170年12月25日、午後6時00分。 降誕祭の終了と時を同じくして、ベストラは異層次元の果てへと消えた。 非常用追跡衛星群は機能を停止しており、転移先の空間座標を特定する事は叶わなかった。 犠牲者数11519名。 内7000名以上がR戦闘機、またはフォースの開発に携わる職員だった。 その精確な転移時刻と防衛艦隊に対する情報操作の痕跡等から、調査機関はバイドによる汚染ではなく人為的要因による転移、それも長期に亘る計画の末に実行された集団的内部犯による破壊的行為であると断定。 無論の事ながら、軍上層部はこの事実を隠蔽せんと画策した。 ところが、複数のネットワークを通じ遠方よりベストラ消失の瞬間を収めた映像が流出、其処に浮かび上がった数々の不審点から、民間及び軍内部でもベストラ職員による破壊工作説が有力視され始める。 情報の流出元は防衛艦隊所属の一部R戦闘機パイロット達と判明、諜報部が身柄を押さえるべく彼等の滞在する居住区を訪れるも、既に全員がナノマシンによる自殺を果たした後だった。 彼等がベストラ職員と交友を持っていた事実は判明していたが、それ以上の情報は全てが消失、事件の真相は迷宮入りとなる。 彼の職員等が何を思い、この巨大施設を道連れにしての死を選択したのか。 ヴィータには、それが理解できる気がした。 彼等は多分、恐ろしくなったのだ。 バイドが、ではない。 自身等が生み出したもの、自身等の意思を離れ暴走するそれらが恐ろしくなったのだ。 このベストラで開発された対バイド兵器群は、異層次元を含む地球圏全域にて大規模な生産ラインが設けられていた。 それらは無尽蔵に兵器を、R戦闘機を生み出し続ける。 混迷する対バイド戦線に、軍はR戦闘機に対しより強大な力を求めた事だろう。 ベストラはその要求に応え、常に新たな力を創造し続けた。 しかしその力もバイドの圧倒的攻勢、汚染能力、何よりも物量を前にして、然程の期間を置かずに潰えてしまう。 軍は更に強大な力を求める。 ベストラはそれに応える。 バイドは自殺的な攻勢でその力を排除する。 軍はより破滅的な力を求める。 ベストラはそれに応える。 バイドは侵食と汚染を以ってその力を奪い取る。 軍は何よりも絶対的な力を求める。 ベストラはそれに応える。 バイドは人智を超えた物量でその力を押し潰す。 そんなサイクルを繰り返す内に、ある瞬間、ふと彼等は気付いてしまったのだろう。 自身等の生み出すそれが、バイドに匹敵する邪悪となっていた事に。 希望の象徴ではなく、絶望の産物である事に。 全てを侵し、汚染し、喰らう、異層次元の果てより具現化した悪夢、バイド。 追い詰められた人類の足掻き、反撃の鏃として生み出された力、R戦闘機。 一瞬たりとも進化と増殖を止めぬバイドに引き離されまいと、彼等は人類の有する英知の全てを注ぎ込んで開発を続けた。 それは、一時的に拮抗する事はあれど、優位になる事など決してない瀬戸際の戦い。 だが、自身等の生み出した力がバイドのそれに酷似、或いは全く同様の存在となってしまった事に気付いた時、彼等の心中は如何なるものであっただろう。 彼等の倫理観は歪んでいる、それは間違いない。 提示された情報の内容からも、それは疑い様の無い事実だ。 だがそれも切迫した状況と、常軌を逸した狂気とに曝されたが故の事なのだろう。 狂気と相対する為に正気を捨て、自らもまた狂気の徒となる。 そうする事で、人は自身の精神を護るのだ。 だが、彼等は気付いた。 気付いて、失った筈の正気を取り戻してしまった。 自らの生み出したものを前に、人が至ってはならない領域へと踏み入った事を認識してしまったのだ。 だからこそ彼等は、苦悩の末に死を選ぶに至った。 全てを道連れに、この施設に存在する何もかもを消し去る為に。 だと、いうのに。 遥か異層次元の彼方、この悪意だけが集う闇の中で、それは発見されてしまった。 既に全ての職員が死に絶えた中で、悪意の集約体だけが生き永らえるこの地獄の大釜、その蓋が開放されてしまった。 何としてでも生き残らんとする、生命ある者達の手によって。 「・・・既に制御ユニットの培養が開始されており、これらの機体は各機に搭載されるユニットの調整完了と同時に実戦投入される事となります」 ヴィータの目前で言葉を紡ぐのは、ランツクネヒトの人員ではない。 それは紛れもなく管理局員、それも指揮官クラスの魔導師だ。 彼女は立て板に水を流すかの如く、淀みない口調で自身の背後に並ぶ兵器群のスペックを語り続ける。 「・・・まさかそのユニットは、人の姿をしているのか?」 「いいえ、培養されるのは飽くまで情報処理系統のみです。既に素体が遺伝子レベルでの調整を受けている為・・・」 傍らの局員が放った問いも、それに対する返答の内容も、どちらもヴィータの意識の端を掠めるのみで、その中心を捉えるには至らない。 彼女の意識は、完全に別のところへと囚われていた。 説明を続ける管理局員、その背後に並ぶ機体群に。 「これらは全て無人機として運用されます。パイロットに関する対汚染防御面での問題、更に敵生産プラントより回収されたあちらの機種については、バイドによる模倣である事を考慮し・・・」 それらは、余りにもおぞましい存在だった。 黒地に黄色の塗装が施された実験機、灰色の塗装が施された大型の機体はまだ良い。 その2機は単に整備中であり、数人の技術者が機体の周囲で何らかの作業を行っている。 だが、他の4機種はそうではなかった。 それらが正真正銘のR戦闘機であると説明されてはいたが、とても信じる気にはなれなかった。 先の2機種の様に金属製の台座へと固定され、無数のケーブルと複雑な機器によって調整を受け、レーザースクリーンによって全体を検査されていれば、一切の迷いなく現前の存在をR戦闘機と呼称される兵器の一種であると認識できただろう。 だが、それらは違った。 完成された兵器であると認識するには、余りにも醜悪に過ぎた。 「何だよ・・・これ・・・!」 緑掛かった半透明の半物理防御スクリーンを備えた、濃紫色の機体。 スクリーン下には醜悪な有機組織が息衝き、接続された十数本のチューブからは得体の知れない液体がスクリーン内部へと送り込まれている。 脳髄にも、甲虫の背にも見える有機組織は常時、僅かながら縦に伸縮を繰り返していた。 それは明らかな生命活動、呼吸をしているかの様にも見える。 巨大な植物の種子、或いは寄生虫の一種にも見える機体。 その表層には申し訳程度の機械部品しか見受けられず、機体の殆どが植物体の有機組織で構築されていた。 僅かな機械部品は武装・航行補助の類というよりも、観測機器の様なものらしい。 その機体は計4機、其々が薬液に満たされた巨大な培養槽の中、外界から完全に隔絶されて其処にある。 蔦状、球状の植物器官が密集した機体。 こちらは先の機体以上に機械部品が少なく、機体後部に位置する円盤状の器官から前方へと絡まり合うかの様に蔦が伸び、それらの周囲を複数の球状器官が取り囲んでいる。 球体は胞子嚢にも、腐敗した肉腫の様にも見えた。 この機体もまた、先程のそれとは異なる色の薬液に満たされた培養槽の中、特殊な人工光の照射環境下にて外界より隔離されている。 「以上の様に制御ユニットの培養に成功した事で、これまで戦線投入が不可能だったこれらの機体を運用する事が可能となり、天体脱出に於いて重要な・・・」 そして、何よりも。 ヴィータの正面、閉鎖された対汚染防御障壁。 直接に内部を窺う事はできず、障壁の前に展開された巨大なウィンドウを通して、その機体の全貌が浮かび上がっている。 他の3機種と比しても、明らかに巨大、明らかに邪悪な影。 機体各所の機械部品は装甲としての機能を併せ持っているらしいが、同時に内部の肉塊を封じる為の拘束具の様にも見て取れる。 そして、その印象は決して気の所為などではなく、事実ウィンドウ上には「Control Rate」との項目があり、90%台から僅か40%台まで、機体各部について複数の制御率が表示されていた。 しかもそれらの数値は完全に固定されてはおらず、リアルタイムで変動を続けている。 この機体は、完全な制御下にある訳ではない。 ベストラ所属のR戦闘機開発陣は暴走直前の肉塊、恐らくはバイド体であるそれを、フォースではなく機体構築に利用した。 僅かでも制御に狂いが生じれば即座に人類へと牙を剥くであろう悪魔を、その悪魔と同一の存在であるバイドに対する力として変貌させたのだ そして、気付いたのだろう。 自身等が生み出したものは、R戦闘機などではないと。 それは決して、希望などではないと。 彼等は、気付いたのだ。 自らが生み出したものは、バイドそのものなのだと。 ウィンドウ上に、新たに複数の表示が出現する。 それらは各機体に搭載される制御ユニットが、正式に決定された事を告げるものだった。 表示された各機体名、そして2種類のユニット名に、ヴィータは震える様な声を吐き出す。 「こんなの・・・あんまりだ・・・!」 その表示の意味を理解した攻撃隊員の間に、明らかに憤りを含んだ声が拡がり始めた。 だが、それを眺める局員は、僅かたりとも動揺する素振りを見せない。 同じ局員同士の間に存在する、残酷なまでの認識の隔たり。 漸くそれを理解したヴィータは、これ以上は何も目にしたくはないとばかりに、その瞼を下ろした。 否が応にも脳裏へと反芻される複数の名に、自身の心中が黒く染まりゆく事を実感しながら。 Unit「TYPE-02」 「TL-2B2 HYLLOS」Stand-by. 「BX-T DANTALION」Isolating. 「B-1A2 DIGITALIUS II」Isolating. Unit「No.9」 「R-13T ECHIDNA」Stand-by. 「B-1B3 MAD FOREST III」Isolating. 「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」Isolation release. 警報、金属音。 再び開かれるヴィータの視界。 その視界に映るは、徐々に格納されてゆく障壁。 人類の希望の地にして、絶望の生まれた地、ベストラ研究所。 職員達の絶望と共に発動した、破滅への転送より4年。 決して開かれる事の無い筈であった悪魔の檻は、今まさにヴィータの眼前で開放されようとしていた。
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それは紛れもない衝撃となり、攻撃隊の間を駆け巡った。 異層次元ポイント19667305、高度文明都市制圧任務。 管制に当たっていたR-9E2が齎した、とある報告。 『「アトロポス」より「マサムネ」。目標「Μ」よりICBMの発射を確認、上昇中・・・第2弾の発射を確認。共に第2格納ユニットからの発射』 『マサムネよりアトロポス。第1格納ユニットの稼動は確認できるか』 『・・・いいや、稼動は確認できない。先の不明勢力による攻撃の際に、何らかの異常が発生した可能性が高い。弾道弾、尚も上昇中』 突如として出現したバイド汚染兵器群、その中核たる大型機動兵器。 2164年の「サタニック・ラプソディー」にて暴走、極東の1都市を壊滅させ、最終的に3機のR戦闘機により撃破された筈のそれ。 軌道投下型局地殲滅ユニット「モリッツG」。 惑星規模でのバイド生態系破壊を目的とした、機械仕掛けの怪物。 陸上小型空母にも匹敵する巨体に、実弾兵器、波動兵器、大陸間弾道弾、極め付けに戦艦搭載型波動砲ユニットを流用、惑星中心核破壊機構までをも搭載した、嘗ての地球軍に於ける切り札。 第一次バイドミッション終了と共に地球衛星軌道上の要塞「アイギス」へと、他の対バイド兵器群、そして「英雄」R-9Aと共に封印された巨獣。 皮肉にも汚染された「英雄」を介し、屠るべき敵によって中枢を侵され、護るべき人類へと牙を剥いた哀れなる生贄。 『目標Μ、中央都市区画外縁部到達まで30秒』 『マサムネより全機。弾道弾、解析終了。第1弾、ゼクフレーク・アフリカン・アームズ社製、VD-55。80Mt級純粋水爆弾頭搭載。第2弾・・・』 『アトロポスより全機、弾道弾ロスト! 浅異層次元潜行!』 『ナカジマ・インダストリー社製、MIRV・TA-105。20Mt級核弾頭12基搭載。共に軍の改修により異層次元航行機能が付加されている』 『733よりマサムネ、長距離支援はどうなっている?』 混迷を深める戦況。 バイドによる模倣の結果か、オリジナルのそれを上回る戦闘能力を以って攻撃隊を圧倒する、最早旧式となった筈の殲滅兵器。 攻撃隊独自の判断によって、一時的な協力態勢を敷く事となった不明勢力。 この時点で、当初の作戦目標である不明勢力の無力化は、既に作戦継続が不可能なまでに瓦解していた。 何より、バイド係数が明確に検出される存在、それが目前に現れたのだ。 バイドか否かも判然とせぬ存在との戦闘を継続するより、確実な汚染体と判明した存在の排除こそが、彼等にとっては遥かに優先されるべき事柄である。 『マサムネより733、長距離支援は実行不能。目標Μからの広域ジャミングにより現在、軌道上からの砲撃ができない状況にある。更に弾道弾撃墜の為、部隊は各都市上空へと展開中。繰り返す。長距離支援は実行不能』 『「ダブル・タップ」よりマサムネ。各機、各都市上空へと到達した。弾道弾の予想転移時刻と、各都市に対する目標選定確立を教えてくれ』 『マサムネ、了解。データを転送する。浅異層次元潜行開始時の歪曲反応から算出した結果、第1弾の転移確立は北部86.76%。第2弾、中央都市区画93.87%。他都市区画への転移確立はデータを参照しろ』 『受信した・・・予想転移時刻まで90秒。各機、チャージ開始。MAXループ』 『目標Μ、都市外縁部に到達・・・突入。繰り返す。目標Μ、突入』 何より、事前情報と現状の食い違いが大き過ぎた。 情報に関しては異常とも思える程に敏感なR戦闘機群パイロット達にとって、既にこの作戦は失敗が確定されているも同然である。 3基の大型砲塔以外には、これといった兵器も確認されなかった巨大都市。 司令部の調査結果とは異なり、僅かにも検出される事のないバイド係数。 都市を無数に逃げ惑う、バイド汚染環境下に存在する筈の無い「人間」の姿。 攻撃隊を襲った、未知のエネルギーによる砲撃。 機械による補助を受ける様子も無く、文字通りの「生身」で飛翔する「人間」。 杖から、槍から、掌から放たれる、低集束波動砲にも匹敵する威力を秘めたエネルギー砲撃。 これだけでも十二分に理解を超える、余りに異常な状況だった。 それに加えてバイドの出現。 これで、事前情報に基く作戦行動を継続できると考える方が異常だ。 故に攻撃隊は、独自の判断を以って作戦内容を変更した。 不明勢力との非武力的接触に始まり、バイド汚染体に対する共闘。 上手くいく筈などないと思われたそれは、奇跡としか言い様のない結果を生み出した。 言葉を交わす事もなく、機体の挙動から次の行動を予測し合わせる不明勢力。 攻撃の発動を察知し、その援護へと回る攻撃隊。 即席とは思えない的確な相互支援により、実に60機を超える第7世代ゲインズ、そして大量の自爆兵器を30分足らずでほぼ壊滅状態へと追い込む事に成功したのだ。 しかし、それで事態が収束した訳ではなかった。 モリッツG、惑星破壊プログラム発動。 追撃に当たった部隊の全滅。 波動砲の一斉射、そして不明勢力からの砲撃を立て続けに受けたにも拘らず、それらを耐え抜いた強固な装甲。 プログラム停止後に発射された、2発の弾道弾。 状況は悪化の一途を辿っていた。 『マサムネより全機、聞け。これよりダブル・タップが弾道弾を迎撃する。交戦エリア内のバイドを殲滅後、攻撃隊は目標Μを追撃、これを撃破せよ。なお、不明勢力との交戦は可能な限り避けよ。以上』 しかし、彼等は知っている。 今現在の状況は、決して「最悪」などではない。 未だ、諦める必要などないのだ。 何故なら。 『ダブル・タップより各機、予想転移時刻まで10秒』 対バイド戦に於ける「最悪」の状況。 自信がその状況にある事を、当事者が知り得る事は決して無いのだから。 『5秒前・・・3・・・2・・・1・・・』 「生きて」、或いは「人間」としてそれを知り得るのは常に、それを観測する「第三者」なのだから。 『警告! 軌道上に大質量物体の転移を確認!』 * * 「マジかよ・・・」 隣で呆然と呟かれる声を余所に、狙撃手はスコープ越しに映る人型兵器の頭部センサーへと照準を合わせる。 と、向こうも此方に気付いたか、センサーの光が僅かに動いた。 しかし、人型兵器が反応するより僅かに早く、彼の指へと力が込められトリガーが引かれる。 過去に用いられていた質量兵器である狙撃銃を模したデバイス、ストームレイダーの銃口より放たれた魔力弾は、通常のそれを遥かに凌ぐ威力・弾速を以って標的へと達した。 弾体は装甲の僅かな隙間を縫い、比較的脆弱なセンサー群を貫通、その中枢に至るまでを引き裂き、掻き乱し、食い千切る。 此方へと向けられようとしていた砲身の動きが止まり、空中で硬直する人型兵器。 瞬間、地上からの砲火と不明機体の砲撃が、その巨体を細切れへと変えた。 続けて、標的をガジェットに移す。 残る十数機の内、上空の不明機体群へと機首を向けているものを選定。 その機体後部へと、魔力弾を撃ち込む。 ガジェット、不明機体へと突撃を開始。 しかし、遥か上空の不明機体がそれを受ける筈もなく、難なく躱された上で質量兵器を撃ち込まれ爆散。 それを見届けるやデバイスを下ろし、呟く。 「移動だ」 「あ?」 突然の発言に、天へと上り行く2発の質量兵器を呆然と見上げていた空戦魔導師は、間の抜けた声を上げた。 だが続く言葉に、彼の意識が一瞬にて覚醒する。 「こっちの位置に気付かれた、逃げるんだよ!」 「最初からそう言え!」 すぐさま狙撃手の身体を抱え、窓から空中へと身を躍らせる魔導師。 首都航空隊の生き残りだけあって、人1人抱えても飛行に支障は無い。 ビルの間を滑空する様に高速で降下し、2kmほど先のショッピングセンターを目指す。 直後、先程まで身を潜めていたビルが、2機のガジェットによる突撃を受けて吹き飛んだ。 周囲のビルすら巻き込むその壮絶な爆発に、魔導師は肝を冷やす。 あと数秒、ビルから飛び出すのが遅ければ、そのままあの爆発とビルの倒壊に巻き込まれていただろう。 「・・・冗談じゃねぇ」 「おい、何処に行くつもりだ? 左だ、左! 証券会社のビル、18階の外壁窪み!」 「まだやるつもりかよ!?」 悲鳴の様な声で愚痴を零しつつ、しかし指示通りに進路を変更する魔導師。 証券会社のビル外壁へと辿り着き、その壁面に沿って垂直上昇。 狙撃手の言葉通り、18階には僅かに2m程の外壁の窪みがあり、2人は其処へと滑り込んだ。 狙撃手はすぐさま身を横たえ、デバイスを構えるやスコープを覗き込む。 発砲。 遥か彼方、1機の人型兵器がまたもや動きを止める。 地上・空中からの集中砲火、爆発。 照準を次の標的へ。 「・・・今ので14機目だ。もう良いんじゃないか、グランセニック?」 呆れと共に、嘗ての同僚へと声を投げ掛ける魔導師。 それに対し狙撃手、ヴァイス・グランセニックは憤りを込めた怨嗟の声を漏らす。 「んな訳ないだろ。畜生、よくも俺の愛機を・・・オーバーホールしたばかりだったんだぞ、クソが」 同じ隊に所属していた頃でも、数える程にしか聞いた覚えのない罵りの言葉。 聞くに堪えない言葉を口にしつつ、しかしその目は何処までも冷め切っている。 そんなヴァイスを観察しつつ、魔導師は小さく溜息を吐いた。 数年のブランクを経て、現場へ復帰したとは聞いていた。 しかし、その狙撃の腕はどうしたものか。 エースと呼ばれた数年前と比較しても、鈍るどころかより精密さを増しているではないか。 飛行する目標、しかも特定の箇所を、よりにもよって無誘導の弾体で撃ち抜くなど、もはや人間技とは思えない。 管理局部隊のみならず、不明機体群も敵の動きを封じている者の存在に気付いたのか、自分達を狙う敵を優先的に排除し始めた程だ。 だというのに、この男が此処に居る理由ときたら、とても褒められたものではない。 曰く、「クソッタレどもに墜とされた愛機の仇討ち」との事らしい。 不明機体群による襲撃時、武装隊を第4廃棄都市区画まで輸送したまでは良いものの、クラナガンへの帰還中にガジェットの襲撃を受け機体を損傷。 それでも姿勢を立て直し、命辛々クラナガンへと辿り着いてみれば、其処は無数のガジェット及び人型兵器、そして管理局部隊と不明機体群が入り乱れる戦場と化していた。 ヘリに対し機動性の面で圧倒的優位を誇るガジェットの攻撃すら掻い潜ってみせたヴァイスではあったが、流石に傷付いた機体での戦域突破は不可能だったらしい。 ガジェットか、或いは管理局部隊による誤射かは不明だが、流れ弾に敢え無く被弾。 ビルの谷間、比較的大きな交差点へと不時着、脱出。 直後に人型兵器が放った砲撃が付近のビルへと着弾、崩れ落ちるビルの残骸に呑み込まれヘリは大破、さらば愛機。 余りといえば余りの状況に、聞いていて憐れみの情さえ浮かんだものだ。 あれだけの弾幕を掻い潜り、なお且つ本人は無傷で此処に居るのだから、その操縦技術と状況判断力には感嘆するばかりだというのに、同時にその不運さに関しては最早笑うしかない。 それでいて本人は、偶然に遭遇した自身を足代わりにクラナガン西部区画を飛び回り、人型兵器とガジェットを相手にゲリラ戦を展開しているのだから、ある意味ではエースオブエース以上の化け物ではないか。 既に14機の人型兵器、そして21機のガジェットを撃破しているにも拘らず、本人はまるで満足する様子がない。 かといって不満を感じさせる訳でもなく、ただ淡々と引き金を引き続けている。 地震が起きようと、質量兵器が発射される轟音が響こうとも、自らの意思に基く行動を除き、決してスコープから目を逸らす事のないこの男。 こいつは、機械か何かか? 「・・・15機目」 そんな事を考えつつも、撃墜数のカウントを続ける魔導師。 次の標的を探すヴァイスの頭を少々力強く叩き、既に敵影が存在しない事を告げる。 「終わりだ、終わり。敵は全滅、分かってるか?」 「・・・もう少し優しく教えてくれても、罰は当たらないと思うんだけどな?」 不機嫌そうに頭へと手をやるヴァイスを、苦笑しつつ宥める魔導師。 しかし、それでもスコープから目を離さなかったヴァイスが、訝しげな声を上げた。 「・・・ん?」 「何だ? 増援か?」 「いや・・・」 スコープを覗き込んだまま、暫し何かを見つめるヴァイス。 しかし、ややあって目を離すと、疲れた様に呟く。 「あぁと・・・見間違いだと思うんだが」 「はぁ?」 要領を得ないその言葉に、魔導師もまた戸惑う様な声を返す。 再度スコープを覗く事、数秒。 ヴァイスは、再び疲れの滲む声を放った。 「紅い不明機の上に、な? 知ってる奴が乗っかってた様に見えたんだが・・・」 * * 呆然と、空を見上げる。 爆炎、そして白煙の筋を残し、一直線に天へと昇りゆく、2基の弾道弾。 絶望にも似た感情と共に放たれた叫びは轟音に掻き消え、網膜を焼く光は雲の合間へと溶け込む様に消えた。 誰もが前進を止め、その身を凍り付かせたかの様に上空を仰いでいる。 『高町ッ!』 そんな中、大型機動兵器追撃隊の全員、その意識へと響く声。 その声は指揮官たるなのはの覚醒を促し、現状への次なる対応を迫るものだった。 「あ・・・」 『呆けるな、高町! 追うんだろう!? さっさと指示を出せ!』 同僚のその声に、なのはは一瞬にして我を取り戻す。 こんな所で立ち止まっている暇は無い。 何としても、クラナガンへの到達だけは阻止せねばならないのだ。 もし地上本部を破壊されれば、ミッドチルダに駐留する全管理局部隊の中枢が麻痺する事となりかねない。 否、地上本部が健在であったとしても、一般市民の被害はどれ程のものになろう。 そして其処には、自らの親しい者達、大切な我が子すら含まれるのだ。 それを改めて認識するや否や、なのはは躊躇う事なく指示を下した。 『皆、追うよ! 距離を詰め次第、砲撃! 推進部を狙って!』 『了解!』 すぐさま飛行を開始する追撃隊。 その速度は、忽ちの内に大型機動兵器のそれを超えた。 空翔る12の人影はクラナガンへと向かう巨獣の背を追い、業火を噴き出すそのエンジンノズルを破壊せんと距離を詰める。 敵を射程内に収め、簡易直射型砲撃を叩き込み、ノズルを破壊。 それこそが、追撃隊の狙いだった。 距離さえ詰めれば、敵の動きを封じる事ができる。 しかし、そんな彼等を嘲笑うかの様に、巨獣はノズルより噴き出す業火を更に巨大なものへと変えた。 大型機動兵器、再加速。 「・・・ッ!」 『大型機動兵器、更に加速! 噴射炎の衝撃が、こっちに・・・!』 『駄目です、一尉! 噴射炎と煙の規模が大き過ぎます! 直線経路での追跡は不可能です!』 好ましくない状況報告ばかりが、次々に飛び込む。 それでも諦める事無く加速を続ける追撃隊だったが、続く地上本部からの報告は最悪のものだった。 『弾道弾、失索! 2基とも見失いました!』 「どういう事!?」 その考えられない報告に思わず、念話ではなく声を上げてしまうなのは。 しかし、オペレーターは彼女以上に混乱しているのか、声を荒げて報告を続ける。 『次元断層です! 弾道弾の進路上に次元断層が発生、2発とも虚数空間へと消えました!』 『じゃあ、まさか・・・』 『恐らく、虚数空間を通じての次元跳躍攻撃と思われます!』 次元跳躍攻撃。 その言葉に、誰もが絶望を深める。 管理局の技術であっても実現には困難を極めるその現象を、あの兵器は魔法体系すら用いずに制御しているというのか。 しかも跳躍に用いられた空間は、魔法の力及ばぬ虚数空間。 最早、弾道弾を探知する術は無い。 それが何時、何処に姿を現すのか。 自分達には知る術が無い。 例え頭上にそれが現れたとして、知り得る頃には既に手遅れだろう。 それでも、飽くまで追撃を続行する追撃隊。 足掻こうが諦めようが結果は同じだというのなら、最後まで足掻き切ってやる。 そんな刹那的思考に突き動かされるままに、大型機動兵器を左右から挟み込む様にして噴射炎を回避しつつ、ノズルを簡易砲撃の射程内へと収めるべく接近する彼等。 しかし、遂にその巨体を射程内へと収めるかという寸前、彼等の眼前へと無数の青い光弾が迫り来る。 大型機動兵器からの砲撃、誘導光弾。 「くっ!」 すぐさま砲撃、光弾を迎撃するなのは。 周囲の面々も各々に砲撃を放ち、自らを狙うそれらを叩き墜とす。 しかし、その一瞬が致命的な隙を生み出してしまった。 大型機動兵器、更に加速。 クラナガン西部区画外縁部へと迫る。 そして。 『大型機動兵器、西部区画に突入!』 轟音。 西部区画のビル群へと、大型機動兵器が激突する。 振動。 外縁部を取り巻くハイウェイを打ち崩し、建ち並ぶビルへと突入しては進路上の全てを薙ぎ倒し、燐光纏う光弾を無数に撃ち放ってはより広範囲に破壊を撒き散らす。 閃光。 ノズルから噴き出す炎が一瞬窄み、しかし次の瞬間、これまでとは比べ物にならないまでに巨大な業火が、爆発そのものと化して解き放たれる。 衝撃。 周囲数十棟のビル群が軒並み粉砕され、その崩壊は波となり更に広範囲へと拡がってゆく。 そして巨獣は、その前方に立ちはだかる全てを打ち砕きつつ、中央区へと最後の突進を開始した。 『大型機動兵器、中央区へと向け侵攻中! 周囲の部隊はこれを迎撃せよ! 何としても此処で撃破しろ!』 西部区画に展開する陸士部隊の指揮官が、全方位の念話を用いて叫ぶ。 都市のあらゆる箇所から光弾と砲撃が大型機動兵器へと襲い掛かるも、その動きを止めるには至らない。 最早「壁」としか言い様のない程の弾幕を無視するかの様に突入、被弾しつつも速度を緩める事なく突撃を続行する。 「危ない!」 咄嗟に叫ぶなのは。 追撃隊が散開するや否や、寸前まで彼等が位置していた空間を押し潰す様にして、上空から巨大なコンクリート塊が落下した。 大型機動兵器の突撃によって、上空へと巻き上げられたビルの残骸である。 大小様々なそれら無数の残骸は、大型機動兵器の通過跡から扇状に拡がる範囲へと降り注いでいた。 空を埋め尽くす程のそれらを全て迎撃する訳にもいかず、追撃隊は遂にその進路を変更。 大型機動兵器の左右後方から、長距離砲撃を試みる。 西部区画へと侵入した人型兵器及びガジェット群は既に、展開した管理局部隊と不明機体群により殲滅されていた。 術式の展開中に狙い撃たれる心配は無い。 『6人ずつ、左右から連続砲撃! 回避する空間を塞いで当てるよ!』 追撃隊、四度砲撃態勢へ。 魔法陣を展開、各々のデバイスを構える。 しかし此処で、なのはは現状の重大さに気付いた。 もし、この砲撃を大型機動兵器が回避したら? 非殺傷設定を解除された、12発の大威力砲撃魔法。 それらが、大型機動兵器の更に前方、中央区へと直撃したら? 其処には展開した管理局部隊のみならず、逃げ遅れた民間人も多数存在する事だろう。 まず間違いなく、多数の犠牲者を出す事態となる。 自惚れる訳ではないが、自身を含め追撃隊の面々は、いずれも砲撃魔法に特化した魔導師だ。 その砲撃の威力は、目前で陸士部隊が放っているものとは比較にならない。 それも射程の短い簡易砲撃ではなく、長距離砲撃魔法。 誤って市街へと着弾すれば、人型兵器の砲撃にも劣らぬ被害を生み出してしまう。 「・・・ッ」 構えたレイジングハートの矛先が、僅かにぶれる。 なのはの躊躇いを感じ取ったのか、同僚がすぐさま念話を繋げた。 『高町、どうした?』 『駄目・・・撃てない・・・!』 『何だって?』 『駄目だよ・・・だって・・・だって外したら、クラナガンが・・・!』 その言葉に、追撃隊の全員がその事実に思い至る。 脳裏を過ぎる光景は、先の砲撃時に大型機動兵器が見せた、その巨体に見合わぬ回避行動。 まず間違いなく、数発は回避されるだろう。 つまり砲撃を敢行した場合、前方の市街地に被害が及ぶ事は、この時点で確定しているのだ。 その現状に、砲撃を放つに放てない追撃隊。 そんな彼等を余所に陸士部隊の攻撃はより苛烈さを増し、更には上空に展開する9機の不明機体群までもが大型機動兵器へと砲撃を放ち始めた。 無数の魔力光と砲撃の光が荒れ狂い、巨獣の姿を呑み込む。 しかしそれでも、巨獣はその推進部への致命的な被弾を避け、速度を些かも緩める事なく突撃を続けていた。 既にその巨体は至る箇所から業火を噴き出し、巨大な火球となって周囲に炎を撒き散らしている。 にも拘らず、ビル群を文字通り粉砕しつつ更に加速するその姿は、見る者に生物としての本能的な恐怖を叩き付けるものだった。 『・・・撃ちましょう、一尉』 追撃隊の1人が、呟く。 何を、と問い返そうとすれば、それよりも早く同意の声が放たれた。 『撃とう、高町』 『おい!』 『私も・・・撃つべきだと思います』 『ちょっと、本気!?』 次々に上がる同意の、そして戸惑いの声。 なのはは、呆然とそれらの声を聞く他なかった。 『あの化け物が中央区に侵入したら、被害は砲撃の比じゃない。たとえ砲撃による被害が発生するとしても、化け物の動きを止める事ができれば全体の被害は最小限に止められる。それに・・・』 一旦、言葉を区切り、再度続ける。 『・・・連中の砲撃を、中央区に浴びせる事だけは避けるべきだ』 青い光が、中空を奔る。 不明機体群の砲撃は上空から放たれている為、今のところそれらが中央区へと直接の被害を齎す事は無いが、大型機動兵器の通過跡周辺は完全に吹き飛んでいた。 大規模集束砲撃魔法にも匹敵する威力を持った、質量兵器による砲撃。 陸士部隊は既に不明機体群の行動原理を心得ているのか、大型機動兵器の進路を避ける様にして遠距離からの攻撃を行っているが、だからといってその事実が救いになる訳ではない。 あれ程の破壊を生み出す砲撃が中央区へと降り注げば、それこそクラナガン全人口の半数が犠牲となりかねないのだ。 それだけは、何としても避けねばならない。 苦渋に満ちた声に、理論立てて反対する言葉を持ち得る者は居ない。 それを理解できるからこそ、なのはは一言、レイジングハートに照準補正の確認を行った。 「・・・レイジングハート」 声が返される事はない。 レイジングハートは無言のまま、標的のイメージを主の意識へと送る事で応えた。 2度と外しはしない、自分を信用しろ。 そんな意思が込められた、無言の後押し。 レイジングハートを通して意識へと反映される、赤く染まった視界に映り込む巨獣の背を睨み据え、なのはは決断した。 『・・・撃つよ、準備して』 『・・・了解』 環状魔法陣、展開。 照準が、大型機動兵器のノズルを捉えた。 気付かれている。 それは間違いない。 このまま撃てば、ノズルの破壊と同時に数発の砲撃が中央区を襲う事となる。 上昇して高度を稼ぐ暇は無い。 それ以前に、少しばかり上昇したとして、中央区を射線上から外せる程の射角を確保できる距離でもない。 不明機体より放たれる砲撃ですら、ノズルへの着弾を避ける大型機動兵器の機動性。 全ての砲撃を目標へと着弾させる事は不可能だ。 回避される事を前提に、左右の空間を塞ぐ様に発射する他無い。 全てを承知の上で、なのはは集束を開始する。 後に責任を問われるとしても、首都が崩壊してしまえば追及さえ行えない。 何より、ヴィヴィオの事を思えば、その事実さえも受け止められた。 「ディバイン・・・」 そして、遂にトリガーボイスが紡がれようとした、その瞬間。 追撃隊の頭上、遥か高空に1条の閃光が奔った。 「・・・ッ!?」 『何だ!?』 何事か、と身構える面々。 数秒後、地上本部からの通信が入る。 『本部より全局員へ。クラナガン及びミッドチルダ北部上空にて次元断層発生、弾道弾の転移を確認。しかし・・・』 口篭るオペレーター。 続きを促す他部隊の声を聞きつつも、なのはは大型機動兵器から視線を逸らす事はなかった。 しかし、続く予想外の言葉に、彼女の意識が瞬間的に硬直する。 『弾道弾2基、共に撃墜されました・・・長距離砲撃です!』 直後、遥か上空より1条の青い光が奔り、クラナガン西部区画へと突き刺さった。 正確には、其処を突き進む大型機動兵器、その脚部ユニットの1つへと。 巨大な鉄塊が爆ぜる凄まじい轟音が響き渡り、大型機動兵器の前面で爆発が発生。 直後、その機動が明らかに揺らぎ始めた。 やや左寄りに重心を置き、進路を直線に保とうとするかの様に後部を左右へと振る。 どうやら左前方の脚部ユニットが、その機能を停止したらしい。 機動の揺らぎと共に、大型機動兵器の速度が目に見えて落ち始める。 『・・・一尉!』 『もう少し待って! 機動が不安定すぎる!』 これを好機と、数人が砲撃を放とうとする。 しかし、なのははそれを押し止めた。 右へ左へ、不規則に揺れ動く大型機動兵器を狙い撃つには、距離が開き過ぎている。 これでは砲撃を放ったところで、半数が着弾すれば良いところだろう。 『術式を中断して! 距離を詰めるよ!』 レイジングハートの構えを解き、幾度目かの追撃へと移るなのは。 残る面々も、すぐさまその後に続く。 安全な射角を確保すべく、徐々に高度を上げつつ大型機動兵器の背を目指す追撃隊。 その視線の先、再び天空より撃ち下ろされた閃光が、左後方の脚部ユニットを撃ち抜いた。 光は巨獣の脚のみならず、その下のアスファルト、さらには地下構造物までをも貫いたらしい。 地震と紛うばかりの振動、そして轟音が周囲へと響き渡る。 噴き上がる粉塵。 大型機動兵器の全体が、左側面へと傾く。 完全に接地した前後の脚部を軸に、進路が左へと逸れ始めた。 ここぞとばかりに、周囲のビル群から簡易砲撃魔法及び射撃魔法が雨霰と放たれ、巨獣の装甲へとその牙を突き立てる。 そして、好機を見出したのは不明機体群も同じ。 上空からは絶える事なく質量兵器の雨が降り、レーザー・ミサイル・砲撃と、空を覆わんばかりの攻撃が、大型機動兵器へと雪崩を打って襲い掛かる。 前方、そして後方を除く、全方位からの飽和攻撃。 着弾の毎に、大型機動兵器の各部装甲は次々と粉砕され、その下部からは業火と黒煙を噴き、至る箇所で小爆発を繰り返していた。 しかし、それ程の攻撃であっても、その侵攻を止めるには至らない。 魔法、質量兵器の如何を問わず数十発の砲撃、そして数千・数万発の光学・実弾兵器及び魔力弾の直撃を受けながらも、再度加速してゆく火達磨の巨獣。 未だ健在であるらしき2門の砲からは無数の誘導光弾を放ち続け、ノズルから噴き出す業火は更に膨れ上がる。 逸れゆく軌道を、想像を絶する巨大な推進力を以って修正し、機能の停止した左側面の脚部ユニットを人工物に覆われた地表へと数mも食い込ませたまま、追撃隊を振り切る程の加速を見せる大型機動兵器。 焦燥と共に、追撃隊が飛行速度を上げた、その瞬間だった。 『・・・ッ!? 高町、化け物が!』 『分かってる!』 大型機動兵器の脚部ユニットから、巨大なアンカーが地表へと打ち込まれる。 ノズルから業火を噴き出したまま、発生する推進力に逆らっての急制動。 直後に、上部装甲が後方へと稼動する様が、追撃隊各員の視界へと飛び込んだ。 その光景をこれまでに三度目撃している彼等は、すぐに状況を理解する。 大型機動兵器、主砲発射態勢。 「何を・・・まさか!」 なのはの脳裏に、最悪の予想が浮かび上がる。 彼女の視界、遥か前方に聳える、巨大な建造物。 天を突かんばかりの超高層タワービルと、その周囲を取り囲む数本の巨大なビル。 時空管理局地上本部。 「ッ・・・撃ってッ!」 反射的に叫び、ショートバスターを放つなのは。 追撃隊各員、陸士部隊までもがそれに追随し、簡易砲撃魔法と射撃魔法とが、津波となって大型機動兵器へと襲い掛かる。 しかし、距離の関係から追撃隊の砲撃は着弾前に減衰を始め、巨獣の装甲へと痛手を与えるには至らない。 陸士部隊の砲撃も、分厚い側面装甲を完全に貫くには至らず、ただ破片を散らすのみに止まっていた。 上空の不明機体群は、狂った様に撃ち放たれる誘導光弾の弾幕を前に、回避行動を取らざるを得ない状況に追い込まれている。 現状に於いて大型機動兵器の砲撃を阻止できる者は、なのはの視界内には存在しなかった。 「駄目・・・ッ!」 続け様にショートバスターを放ちつつ距離を詰めるも、有効射程を外れた砲撃は空しく装甲を叩くだけ。 陸士部隊の砲撃がより苛烈さを増し、誘導光弾を処理した不明機体群が攻撃を再開するも、大型機動兵器の主砲発射態勢を解除するには至らない。 徐々に色濃くなる絶望に、悲痛な叫びが漏れんとした、その時。 遥か彼方、大型機動兵器の更に前方。 宙を滑空する巨大な鉄塊が、なのはの視界へと飛び込んだ。 縁を金色に彩られたブロックが、2つ連なったその造形。 ブロックの合間から伸びる、長大な柄。 それは紛う事なく、長年に渡り彼女の友が振るい続ける、見慣れたアームドデバイス。 グラーフアイゼン・ギガントフォルム。 「え・・・」 呆けた声と共に彼方の空間、大気に薄く滲む柄に沿って視線を滑らせるなのは。 その行き着く先には、鉄塊と並飛行する深紅の不明機体。 明らかに満身創痍と分かる、その姿。 左主翼は折れ、一方の尾翼が脱落し、右側面には何らかのパーツをもぎ取られたかの様な痕が残っている。 漆黒のキャノピー左側面には、無数の傷が刻まれた巨大な盾。 グラーフアイゼンの柄は、その盾の裏から水平方向に突き出し、伸長していた。 不明機体は自身の損傷を意に介する様子もなく、大型機動兵器の正面から突撃を掛ける。 そして、不明機体と大型機動兵器、両者の相対距離が1500mを切ったかと思われた、その時。 ハンマーヘッドが後方へと振り被られると同時、不明機体は突如として軌道を捻じ曲げ、まるでカタパルトの如くその速度を移し与えられた純白の影を宙へと放る。 それは、正しく人影だった。 なのはにとっては、十年来の友人。 親友の家族にして、幾度も互いの背を預け合った仲間。 本来は深紅である騎士甲冑を、家族との融合の証である純白へと変えた、小さな影。 誇り高き古代ベルカの勇、ヴォルケンリッターが1人。 「ヴィータちゃん!?」 鉄槌の騎士、ヴィータ。 『・・・ぁぁぁッ!』 それは錯覚か。 それとも無意識の内に、念話として放たれたものか。 いずれにせよ微かなものながら、それは確かになのはの意識へと飛び込んだ。 咆哮。 ひとつの身体から放たれた、2つの声。 有りっ丈の魔力、そして強化された身体能力を開放する為の、裂帛の気合。 後方へと回されたハンマーヘッドが、不明機体より与えられた加速もそのままに振り抜かれる。 但し、ギガントフォルムから通常繰り出される、「振り下ろし」の攻撃であるギガントシュラークとは異なり、左側面からの「横薙ぎ」に。 既に10mを超えていた柄が更に伸長、200mを優に超える長さとなる。 徐々にその旋回範囲を拡大、建ち並ぶビル群の屋上を削りつつ、更に巨大化するハンマーヘッド。 それは想像を絶する加速と共に、主砲の発射態勢を維持し続ける大型機動兵器、その右側面へと迫る。 そして、大型機動兵器の前面から、眩く青い閃光が迸った、その瞬間。 ハンマーヘッドが分厚い装甲を打ち据え、空間が爆ぜんばかりの光と衝撃音を生み出した。 「ぅあああぁぁッ!?」 全身を襲う衝撃、そして鼓膜を破らんばかりの衝突音に、なのはは堪らず悲鳴を上げる。 周囲の様子を探る余裕も無く、それでも何とか瞼を上げると、大きく体勢を崩した大型機動兵器の姿が視界へと映り込んだ。 青い光、鼓膜を叩き続ける轟音。 主砲より放たれた光の奔流が、彼方の空へ、地上本部へと伸びている。 中央タワー、そして周囲のタワーを呑み込む、膨大な量の粉塵。 間に合わなかったのか? 絶望している暇は無かった。 大型機動兵器へと突撃を仕掛ける、深紅の不明機体が視界へと映り込んだ。 見間違う訳がない。 その機体こそが、数瞬前までヴィータを乗せていたのだから。 機体下部の筒状ユニットへと集束する、青い光の粒子。 恐らくは、砲撃を浴びせるつもりなのだろう。 一方で、グラーフアイゼンの一撃により、大型機動兵器は移動を再開「させられて」いた。 横殴りに襲い掛かった凄まじい衝撃に脚部ユニットのアンカーが耐え切れず破損、砲撃態勢にあった最中にもノズルから噴き出し続けていた業火の推進力によって、地表への固定が解かれると同時、弾かれる様にして突進を再開したのだ。 但しその進路は、中央区へと至る軌道からは大きく北へと逸脱している。 グラーフアイゼンの接触時に機体が弾かれた事、そして左側面の脚部ユニットが機能を停止している事などから、右方向への進路変更が困難となっているらしい。 そして、数瞬後。 不明機体が遂に、大型機動兵器後部へと喰らい付いた。 襲い掛かる瓦礫の雨を意に介する様も見せずに突き破り、巨大な尾を形成する業火の根元、エンジンノズルへと肉薄する。 上下2つのノズルが四方へと不規則に稼動、噴射角度を変え不明機体を炎に包もうとするも叶わず。 紫電の光を纏った「杭」が、下部ノズルを文字通りに「粉砕」していた。 遅れて轟く、「杭」が分厚い装甲を穿った際の鈍い音、そして爆発音。 ノズル下方のシールドがエンジンユニット諸共、木端微塵に吹き飛び、無数の金属片と火球を周囲へと撒き散らす。 ノズルのみならず、下部エンジンユニット全体の破壊を成し遂げた不明機体はしかし、その際に起こった巨大な爆発から逃れる事は叶わず、爆風と衝撃に煽られ吹き飛び、付近のビル群へと突っ込んだ。 恐らく、数棟を貫通したのだろう。 幾つかのビルが崩れ落ち、崩壊には至らないまでも大量の粉塵に呑まれる建造物が続出する。 『やった・・・!』 念話を通じ、誰ともなく発せられた言葉がなのはの脳裏へと響いた。 見れば、エンジンの1基を失った大型機動兵器は、目に見えて速度を落とし始めている。 今が、好機。 『現在の速度を維持! 集束砲撃の射程まで近付くよ!』 限界を訴える身体の軋みを無視し、更に加速。 エンジン1基のみの推力では空戦魔導師を振り切る程の速度を得る事もできず、巨獣と追撃隊の距離が加速度的に縮まりゆく。 更には、西部区画へと展開していた航空隊、そして陸士部隊までもが大型機動兵器の追撃を開始。 後方より襲い来る無数の高速直射弾を回避する事もできず、次々に被弾する大型機動兵器。 続けて、上空の不明機体群が放った10基を超えるミサイルが着弾、上部エンジンユニットのシールドを破壊した。 大型機動兵器は半壊したノズルを右方向へと稼動、推力変更により進路変更を図る。 しかし、横合いから放たれた陸士部隊の砲撃魔法がエンジンユニットへと直撃するや否や、推力の制御が不可能となった巨獣は蛇行するかの様な機動を始めた。 どうやら直線軌道を保とうと試みているらしいが、損傷したユニットは稼動に支障を来したらしく、進路の揺らぎは大きくなる一方。 必然的に侵攻速度は大きく低下し、追撃隊との距離を大幅に縮める事となる。 そして、遂に。 追撃隊は巨獣を、集束砲撃魔法の射程内へと捉える事に成功した。 距離を詰め、しかし飛行速度を緩める事なく、目標の完全な包囲を狙い翔け続ける。 大型機動兵器上空より、追撃隊全員の集束砲撃魔法を叩き込み、破壊する。 それが、彼等の狙いだった。 砲口より放たれる誘導光弾を、上空より降り注ぐ光学兵器の雨が消し飛ばす。 不明機体群の射線を塞がぬ様、大型機動兵器を左右から追い越すべく二手に分かれる追撃隊。 しかしその眼前で、予想外の事態が発生した。 轟音が響き、ノズルから噴き出る炎がより巨大化。 同時に大型機動兵器の全体が左側面へと傾斜を深め、機能停止状態となった前後の脚部ユニットを深く地表へと食い込ませる。 そして。 「・・・ッ!?」 『嘘だろ!?』 左脚部ユニットを軸として、大型機動兵器の巨体が180度旋回、一瞬にして前後を入れ替えた。 鈍く赤い光を放つコアが、迂闊にも自らの狩場へと足を踏み入れた猟犬を嘲笑う獣の瞳の様に、驚愕する追撃隊の面々をその表面へと映し出す。 その上部には、己を追い詰めんとする者達を排除せんと展開する、巨大な砲口。 「しまっ・・・」 即座に射角の外へと逃れようと試みるも、到底間に合わない事は彼等自身が良く解っていた。 その砲口より放たれる、余りにも巨大な光の奔流。 数瞬後にはそれに呑み込まれ、跡形も無く消え失せる事となる。 しかし、質量兵器の無慈悲な光が、彼等を襲う事は無かった。 「な・・・」 爆発。 追撃隊の眼前で、青い光を放つ砲撃を受けた大型機動兵器の主砲が、着弾時の衝撃と共に爆発・四散したのだ。 間違いなく、不明機体からの砲撃。 だが、なのはが、追撃隊が驚愕したのは、砲撃のタイミングではなく。 衝撃に吹き飛ばされながらも、確かに知覚し、視界へと捉えたもの。 第97管理外世界に於いては制御する術が存在せず、況してや感知する事さえ不可能である筈の力。 「・・・魔・・・力?」 「質量兵器による砲撃」に秘められた、異常なまでに高濃度・高密度の魔力。 そして、弾体の着弾時に発生した「幻影」。 空間へと直接投影されたそれは、有り得る筈の無いものを映し出していた。 それは、1冊の本。 忘れる筈も無い、忘れる事などできない、悲しく、しかし大切な記憶。 多くの犠牲と怨嗟の果てに、希望と絆を残し天へと消え去った、英知の集約体。 幸せだと、世界で一番幸せだと、優しく微笑んで逝った祝福の風、その人を宿していた1冊の魔導書。 その名を。 「どうして・・・あれが?」 ロストロギア「闇の書」。 『高町!』 幾度目かの声に、なのはは混迷を深める思考を振り払った。 今は、考えるべき時ではない。 目前へと視線を戻せば、主砲の在った位置から炎を噴き出す、大型機動兵器の姿。 破壊された砲身を格納し、コアの上下に据えられた砲門から無数の誘導光弾を放ち始める。 しかし、それを防ぐべく、追撃隊が新たな動きを起こす事はない。 代わりに、周囲から放たれる魔力弾と、上空から降り注ぐ光学兵器が、発射される傍からそれらの光弾を撃ち払う。 クラナガン西部区画。 この地へと展開する全戦力が所属を問わず、たったひとつの目的を果たす為に集結を始めていた。 たったひとつ、この世界に存在する事すら許されぬ、狂気の産物を屠る為に。 大型機動兵器、エンジン再点火。 しかし、直上より降り注いだ2条の光が、残る脚部ユニットを撃ち抜く。 爆発、ユニットが機能を停止。 続けて周囲より、簡易砲撃魔法の嵐が襲い掛かる。 上部エンジンユニット、爆発・四散。 大型機動兵器、誘導光弾の発射速度上昇。 追撃隊の周囲を2機の不明機体が旋回、眼前に障壁を展開し、誘導光弾の直撃を防ぐ。 そして、機は熟した。 大型機動兵器の上空に浮かぶ、12の人影と8機の不明機体。 魔力光と青い光が、其々デバイスと機首に集束する。 決然たる思い、そして不屈の心を秘めた、魔法の光。 無限なる憎悪、そして狂気に満ち満ちた、科学の光。 先陣を切ったのは、魔導師だった。 「スターライト・・・」 膨れ上がる光。 集束砲撃魔法。 なのはは躊躇う事無く、その破滅的なまでに凝縮された力を解き放つ。 「ブレイカー!」 閃光。 炸裂する12の光。 邪悪なる鉄塊を押し潰さんと、全方位より巨獣へと襲い掛かる魔力の砲撃。 「ブレイク・・・」 そして、2度とは外さないと。 此処で終わらせてみせると。 今度こそ、逃がしはしないとの意思と共に解き放たれた、12発の砲撃と。 「シュート!」 同時に放たれた、不明機体群による8発の砲撃が、大型機動兵器を呑み込んだ。 荒い息。 誰もがやっとの事で浮遊している状態の中、途切れ途切れの念話が交わされる。 『やった・・・の・・・?』 『まだ・・・確認できない・・・』 砲撃の1分程前に、砲撃の炸裂範囲を完全に離脱した陸士部隊が、徐々に着弾地点へと接近を開始する。 あれほど巨大な目標なのだ。 狙いさえ気にしなければ、1km先からでも高速直射弾を撃つ事は可能である。 実際、彼等もその手法を取っていたのだろう。 上空に浮かぶ追撃隊への誤射は気に留める必要が無く、只々濃密な弾幕で以って大型機動兵器からの攻撃を封じ切ってみせたのだ。 簡易砲撃魔法を放っていた魔導師は航空隊に属する局員か、余程機動力に長けた陸士だったらしい。 あれだけの短時間で、全員が炸裂範囲外へと脱していた。 地上局員の能力は、本局が把握しているより遥かに優秀だ。 『今度こそ終わっててくれよ・・・』 自らの砲撃、そして不明機体群の砲撃が着弾・炸裂した際の衝撃により吹き飛ばされ、砲撃地点から数百mも後退する事となった追撃隊。 業火を噴き上げる巨大な火口と化した眼下のビル群を眺め、油断なくデバイスを構え続ける。 ガジェット、そして人型兵器群と管理局部隊との交戦域からは離れていた為、この地区に関しては戦闘の初期に避難完了が宣言されていた。 局員の見落としが無ければ、民間人の被害は無い筈だ。 大型機動兵器が攻撃を再開したとしても、一切の躊躇なく砲撃を叩き込める。 問題は、その為の魔力もカートリッジも、既に使い果たされている事だけだ。 「お願い・・・もう動かないで・・・」 呟く様に零れる声。 哀願の思いすら込められた祈り。 果たして、その言葉を聞き留めたものか否か。 立ち上る業火の中から、微かな機械の駆動音が響いた。 『・・・いい加減にして!』 『不死身か、コイツ!』 魔力の付加により形成された突風の壁が、視界を塞ぐ業火を吹き散らす。 掻き消される炎の中から現れたのは、装甲は剥げ落ち、2基の砲が存在していた箇所から絶えず炎を噴き上げ、半壊したコアから禍々しい光を零しつつ、それでも稼動を停止してはいない大型機動兵器の姿。 そして機能回復に成功したらしく、先端が上空へと向けられた左腕部ユニット。 大型機動兵器、弾道弾再発射態勢。 「そんな・・・魔力は、もう・・・」 呆然と紡がれる言葉。 最早隠そうともせずに、絶望をその表情へと浮かべる魔導師達。 砲撃魔導師に魔力は残されておらず、魔力が残る者は決定打となり得る砲撃を放てない。 不明機体群が何らかの行動を起こすかと思われたが、それより早く、なのはの後方で大規模な魔力集束が発生する。 『集束砲撃? 誰が?』 『魔力素を無差別に集束してやがる・・・こんな事が有り得るのか?』 『陸士419より航空隊、まだ魔力を温存していた奴が居るのか? 何処の所属だ、この化け物は!』 化け物。 飛び交う念話の中に混じるその言葉に、なのはの背を冷たいものが奔る。 彼等が何を言わんとしているのかは、彼女にも良く分かっていた。 背後から感じる、凄まじいまでの重圧感。 不明機体群や大型機動兵器へと相対した際に抱いたものとは異なり、より明確な感覚として迫り来るそれ。 自身の切り札を優に超える、単体の魔導師としては有り得る筈の無い超高密度集束。 自らが放った桜色の魔力光を含む、無数の色に輝く魔力素が、流星の様に背後へと流れゆく中、なのははゆっくりと後方へ身体を廻らせる。 其処に、1機の不明機体の影があった。 漆黒のフレーム。 濃紫色の奇妙な装甲。 試験管を思わせる直線的なキャノピー。 「まさか・・・さっきの砲撃・・・」 『・・・何だ、あの機体』 『アイツ・・・魔力を・・・!』 数瞬後、暴力的なまでに高密度集束された魔力が、青い閃光となって不明機体より放たれた。 一瞬にして視界を駆け抜けた砲撃は、見掛け上では通常の不明機体砲撃と差異は無い。 しかし、それに秘められた膨大な魔力は異常な重圧となり、確かに魔導師達の感覚へと襲い来る。 そして、弾体が大型機動兵器左腕部ユニットへと着弾した、次の瞬間。 「・・・ッ!」 炸裂する衝撃波の中に浮かぶ光景は、緑の髪の女性、その腕に抱かれた黒髪の赤子。 「リン・・・!」 喉を突いて出た声は、爆発音と全身を襲う衝撃に掻き消された。 次いで発せられるのは悲鳴のみ。 またもや数十mもの距離を吹き飛ばされ、漸く体勢を立て直した頃に視界へと飛び込んだのは、脱落した左腕部ユニットと、機体下部から青い光を放つ大型機動兵器の姿。 振動音が中空を満たし始める頃には、誰もが状況を理解していた。 大型機動兵器、最後の抵抗だ。 『まただ! 地震が始まった!』 『死なば諸共、って訳ね・・・!』 誰もが、最早欠片ほどにしか残ってはいない魔力を振り絞り、大型機動兵器のコアへと止めを放つべくデバイスを構える。 上空の不明機体群までもがそれに続こうとした、その時。 低く、憤怒に燃える声が、発声と念話の双方として、魔導師達の意識へと飛び込んだ。 『いい加減に・・・』 聞き覚えのある声に、なのはが振り返る間すらなく。 『くたばれええぇェェッッ!』 次の瞬間、追撃隊の足下を掠める様にして、一方の面が砕けた巨大なハンマーヘッドが、高速にて地上へと打ち下ろされた。 大型機動兵器を叩き潰す様に、直上より叩き付けられるグラーフアイゼン・ギガントフォルム。 地震の振動が掻き消される程の衝撃と轟音。 金属の拉げる異音が響き渡り、同時に耐久限界を超えたらしきグラーフアイゼンが砕け散る。 その舞い散る欠片の中を、1基のミサイルと、同じく1機の不明機体が翔け抜けた。 深紅の機体。 大型機動兵器のエンジンユニットを破壊した際、爆発によって吹き飛ばされビルへと叩き付けられた筈のそれ。 主翼、垂直尾翼、盾。 それら全てを失いながらも、鋼の巨獣へと突撃する紅い弾丸。 恐らく先立って放たれていたのだろう、大型ミサイルがコアへと直撃、膨大なエネルギー輻射による爆発が空間を埋め尽くし、巨獣の動きを封じ込める。 その隙を突き、不明機体は一気に加速。 自らが放ったミサイルより放射されるエネルギーにより機体が焼かれる事すら厭わず、爆発の中心を突き抜け一瞬にしてコアへと肉薄する。 なのはは、確かに聞いた。 否、なのはのみならず全ての魔導師が、念話としてそれを耳にしたのだ。 小さな、本当に小さな声。 しかし、確かな自信と信頼の込められた、力ある言葉。 鉄槌の騎士が放った、たった一言の言葉。 『ぶち抜け・・・!』 その言葉に応えるかの様に射出された「杭」が、コアの外殻から中枢までを諸共に貫いた。 * * 刺突兵装がコアを打ち抜く、鈍く重い音。 大型機動兵器の全体が一瞬、痙攣するかの様に振動した後、周囲には耳が痛くなる様な静寂が立ち込めた。 『やった・・・のか?』 ハンマーヘッドが砕けたグラーフアイゼンの柄を握り締めたまま、ヴィータは誰かが呟いた言葉を脳裏の内で反芻する。 本当に仕留めたのか。 あの化け物を、あの巨大な鋼鉄の怪物を、仕留める事ができたのか。 何らかの手段で以って、反撃に移るのではないか。 考え得る種々の可能性を想定し、それらへの対応策を構築。 しかし答えが導き出されるより早く、破壊された大型機動兵器のコアから離れ、深紅の不明機体が上昇を開始する。 眼下の巨獣を気に留める様子もなく、機首を反転させるその機動に、ヴィータは漸くグラーフアイゼンを握る手の力を抜いた。 「・・・はぁ」 『やっと・・・終わりましたね・・・』 「・・・ああ・・・ッ!」 リィンの言葉に同意を以って答え、今更ながら襲い掛かる腹部の痛みに呻く。 傷自体は小さいとはいえ、レーザーが身体を貫通したのだ。 本来ならば、すぐさま後方搬送となる筈の重傷。 しかし上手く臓器を避けての貫通である上、更に巨大な鎌状の近接兵装に貫かれても戦闘を継続できる程の耐久力を持つヴィータである。 行動に多少の支障こそ来すものの、致命傷という訳ではなかった。 『ヴィータちゃん!?』 『ああ・・・なのはか・・・』 『どうしたの、その傷!? まさか・・・』 『ガジェットだよ・・・ちょっと、ドジっちまった』 『ちょっとって・・・!』 心配していた相手からの通信。 念話ではあるが、その声から判断するにそれほど無茶をした訳ではなさそうだ。 逆に心配される側になってしまった自分自身の状態が可笑しく、ヴィータは傷に響かぬよう抑えた笑いを漏らす。 その頃になって、漸く事態を悟った管理局員達の間から、零れる様に歓声が上がり始めた。 それは徐々に拡がりゆく速度を増し、遂には熱狂を持った叫びと化す。 微動だにしない大型機動兵器の残骸と、その上空を旋回する不明機体群。 最早、敵も味方もなかった。 只々、強大な敵を完全に、今度こそ完全に打倒した喜びに、誰もが歓声を上げ続ける。 たとえ後に、失われた者達の記憶に苛まれる事になると理解はしていても、今は只管に勝利の歓喜へと身を任せていた。 そんな様を半ば呆けた様子で眺めていたヴィータだったが、自身の傍へと寄る白い影の存在に気付き、我を取り戻す。 「ヴィータちゃんっ!」 「・・・よう」 それは、自らヴィータの許へと赴いて来たなのはだった。 多少の怪我を負ってはいるものの、特に無理をしている様子も感じられないその姿に、ヴィータとリィンは内心で安堵の息を吐く。 「もう・・・こんな無理して・・・ッ!」 「オメーに言われちゃお終いだな」 「茶化さないで! 酷い傷なんだよ!?」 ヴィータの物言いが余程気に入らなかったのか、烈火の如く怒りの声を上げるなのは。 しかし声を荒げつつも、その動作は傷の具合を確かめる事に余念がない。 相変わらず人に対して過保護な奴だ、などと考えていると、ヴィータは何かが自身の体から抜け出る感覚を覚えた。 続けて意識へと飛び込んだ声は、この戦闘中に聞き慣れた直接的に意識へと響くものではなく、空気の振動としてのもの。 八神家の末っ子、リィンフォースⅡの声だ。 「全くです、ヴィータちゃんは無茶しすぎです!」 「お前だってユニゾンしてたんだから同じだろ・・・平気なのか?」 「平気じゃないです! それでも、お腹に穴の開いてるヴィータちゃんよりはずっとマシです!」 どうやら、こちらも相当お怒りらしい。 忽ちなのはと歩調を合わせ、2人掛かりで説教を始める。 2人が本当に自分を心配している事が分かるからこそ、ヴィータはばつが悪そうに謝る事しかできない。 と、その時。 突然、ヴィータは前方へと目をやると、2人を庇う様に進み出た。 何事か、と同じ方向へと目を向けた2人の視界に飛び込んだものは、同高度に浮かぶ巨大な深紅の不明機体。 即座にレイジングハートを構えようとするなのはだが、ヴィータは腕を彼女の前へと翳す事でそれを制止する。 「ヴィータ・・・ちゃん?」 「止めろ、なのは」 驚きと共にヴィータを見やるなのは。 しかし彼女はリィンと共に、敵意の感じられない瞳で以って目前の不明機体を見つめていた。 満身創痍、としか言い様のない様相の不明機体もまた、何をするでもなく3人へと機体左側面を向けたまま、恐らくは重力制御機関の甲高い音を響かせている。 そのまま奇妙な沈黙が流れる事、数十秒。 ヴィータが、何かしらの言葉を発しようとした矢先、全方位への念話が管理局部隊の間を駆け巡った。 『おい、見ろ! 本部が!』 その言葉に、3人が一斉に地上本部の方角へと振り向き、そして息を呑んだ。 先程まで地上本部全体を覆っていた粉塵は、地上本部に残る魔導師達によって除去されたらしく、既に彼方へと散っている。 視界を遮るものが無くなり、現れたのは無傷の中央タワー。 そして半ばから折れ、完全に倒壊した周囲2つのビル。 外縁部を覆う大出力魔力障壁は、あの砲撃の前には僅かなりとも障害足り得なかったらしい。 中央タワー近辺のビルは、比較的狭い範囲での崩壊となったらしいが、問題は外周に位置する巨大なビルだった。 あろう事か、地上本部内の敷地内ではなく、外縁部の都市に向かってビルが倒壊していたのだ。 恐らくは、数十棟の民間ビルが巻き込まれたであろうそれは、余りにも凄惨に過ぎる光景だった。 中央区の避難は比較的速やかに済んだ筈だが、しかしあの有様では複数の避難所そのものが、膨大な量の瓦礫によって押し潰されている事だろう。 「間に・・・合わなかった・・・?」 リィンが、呆然と呟く。 何かを言い掛け、しかしヴィータはその言葉を呑み込んだ。 その隣では、なのはも同様に。 ヴィータは、そしてリィンは、確かに間に合ったのだ。 あの時、あと数瞬でもグラーフアイゼンでの一撃が遅れれば、大型機動兵器の砲撃は中央タワーを直撃していただろう。 たとえ戦闘に勝利したとしても、本部を失えばその後の救助活動すら満足に行えはしない。 彼女達は最良の結果を残した。 2人は「間に合った」のだ。 それは、この場に居る誰もが認める事だろう。 だからといってその事実が、当事者たる2人にとって何の慰めになるというのか。 「ヴィータちゃん、リィン。本部に繋がなきゃ分からないよ。前にシャーリーも言ってたでしょ? 避難所はアルカンシェルでも撃ち込まなきゃ壊れない、要塞並みの強固さだって」 「・・・うん」 返す声に、何時もの覇気は無い。 しかし、僅かなりとも希望が出てきたのだろう。 徐々に瞳が力を取り戻し、純白から深紅へと戻った騎士帽を被り直すヴィータ。 リィンもまた、その肩で軽く頭を振り、毅然とした様子を取り戻す。 微笑みを浮かべつつ、そんな2人を見つめていたなのはであったが、視線がその向こうに浮かぶ不明機体へと到るや否や、忽ち表情を険しくした。 「・・・闇の書」 微かな呟きに、なのはの顔を見上げるヴィータ。 その視界へと映り込む上空、不規則に飛び交う不明機体群の中に、漆黒と濃紫色に彩られた1機の姿があった。 ヴィータとリィンは、彼女が何を言わんとしているかを理解する。 あの砲撃だ。 ギガントシュラークを叩き込む寸前、大型機動兵器の正面へと出現した幻影。 荒れ狂う強大な魔力輻射の中、浮かび上がった人影は、彼女達が良く知る人物だった。 現在よりも幾分若く感じられる容貌ではあったが、間違いない。 その腕に抱かれていた赤子は、その息子だろう。 そして「闇の書」の名が、今此処でなのはの口から出るという事は。 恐らくは、自分達とあの不明機体がこちらへと向かっている僅かの間に、既に1度、例の砲撃が放たれたのだろう。 その際に現れた幻影が、「闇の書」を映し出したという事か。 訳が分からない。 明らかに異常な量の魔力素を、いとも容易く制御してみせた不明機体。 空間中の無属性魔力素はおろか、不特定多数の魔導師から散布された魔力素すら、無差別に集束して砲撃と成したその技術体系。 着弾時に出現する幻影、其処に映し出される、有り得る筈の無い存在。 彼等は何者なのか? 何処から、何を目的に現れたのだ? もうひとつの第97管理外世界からの来訪者だというのならば、ミッドチルダを襲う理由は? あの漆黒の機体に用いられている魔法技術体系を、何処から手に入れた? 何故、彼等が「闇の書」や「彼女」の事を知っている? 『・・・こ・・・本部・・・願い・・・軌道・・・』 突然のノイズ。 局員達の傍らに、空間ウィンドウが展開される。 出力者表示には、地上本部の文字。 しかし画面にはノイズが走り、途切れ途切れの音声のみが発せられるばかりである。 やはり中央タワーにも、何らかの被害が発生しているのだろう。 すぐさま複数の局員が、本部の現状を問う言葉を投げ掛ける。 しかし返されるのは、奇妙な単語の羅列ばかりであった。 「本部、さっきから何を」 『こちら本部、警告!』 流石に不審を抱いたヴィータが、自身も問いを発した、その時。 状態回復した通信から、悲鳴の様なオペレーターの声が発せられた。 『軌道上よりクラナガン上空への大質量物体転移を確認! 総数218! クラナガン上空まで5秒!』 「・・・転・・・移?」 何を言っているのか、と言わんばかりに発せられた言葉は、不意に上空から襲い掛かった轟音によって掻き消された。 直上からの強烈な衝撃波を受け、対応すらできずに落下を始める魔導師達。 比較的高高度に位置していた者はまだしも、低高度を浮遊していた者は体勢を立て直す間も無く、ビル群の屋上へと叩き付けられる。 バリアジャケットを纏っている為、そう簡単に命を落とす事はないだろうが、しかし軽傷で済む程度のものでもない。 一体何が、と上空へと視線を向けるヴィータ、リィン、なのは。 そして視界へと映り込んだ光景に、3人は文字通り凍り付いた。 船だ。 遥か上空に、船が浮かんでいた。 1隻ではない。 20隻以上の船が、悠然と空を舞っていた。 その周囲、更に複数の巨大な影が、次々に出現する。 10隻。 20隻。 30隻。 次々に転移を終え、一部の船は通常空間への実体化に伴い衝撃波を撒き散らす。 管理局艦艇のそれとは異なり、実体化に際し発生する衝撃発生現象。 技術的な事は門外漢であるヴィータにさえはっきりと解る、明らかに管理世界の技術体系とは異なる次元間航行技術。 しかし、それらを除くほぼ全ての船。 それらの姿に、ヴィータは見覚えがあった。 彼女だけではない。 恐らくはリィンも、そしてなのはも。 知っている筈なのだ。 自らが搭乗し、或いは記録映像として目にしたそれら。 そして2人が知らずとも、遥かなる古の時代、霞む記憶の果てに。 確かに残る、その船の姿。 嘗てベルカの、ミッドチルダの空を覆い尽くし、幾多の次元世界を焦土と化した船の群れ。 L級次元航行艦を含む、管理局旧主力艦艇群。 古代ベルカ及びミッドチルダ、両陣営各種戦闘艦。 時代を問わずに混在する、民間輸送船及び旅客運搬船、更には特殊作業船。 次元世界に於ける、いずれの時代にも合致しない造形の艦艇。 それらが入り混じり、200隻を超える巨大な艦隊を形成していた。 そして、艦隊の中央。 不自然に開けた空間に、その船は現れた。 空間中央に展開する、次元空間へと繋がる「ゲート」。 猛烈な勢いで周囲の大気を取り込み、異様な色彩が揺らめくその空間から、巨大な艦体が亡霊の如く姿を現す。 「あ・・・ああ・・・」 「嘘・・・でしょう・・・?」 「そんな・・・だって・・・だってあれは・・・」 濃紺青と黄金の外殻。 王の威容を誇るかの様に鋭く突き出した艦首。 艦体後部に備えられた、計13基のメイン・サブブースター。 狂気の科学者、そして盲執に取り付かれた老人達の手によって現代へと蘇った、アルハザードの遺産とも言われる戦船。 管理局の設立以前、先史時代に於いて、既にロストロギアとの認識の下にあった、最大にして最悪の質量兵器。 数多の歴史学者・神学者・考古学者が追い求めながらも、終ぞその存在に至る事叶わず、世界の脅威として管理者達の前へと再臨した、その艦の名こそ。 「あれは・・・消し飛んだ筈なのにッ!」 王の産まれ落ちし地にして、王の眠りし地、「聖王のゆりかご」。 「何でだッ! 何でッ!」 絶叫するヴィータ。 リィンはただ呆然と、なのはは絶望の表情すら浮かべ、天を見上げる。 地上に存在する全ての者が、ただ呆然と天空の艦隊を見つめる中、不吉を知らせる金属音が轟いた。 「あ・・・」 ハッチが、開く。 管理局の、ベルカの、ミッドチルダの、不明勢力の。 全艦艇、200を超える次元航行艦のハッチが、耳障りな金属音を空中へと轟かせつつ、開放される。 そして、数秒後。 「・・・畜生・・・ッ!」 その全てから、自爆型のガジェットが解き放たれた。 『・・・終わりだ』 局員の誰かが放ったその念話に、答える者は居ない。 今更、逃げようとする者も存在しない。 そんな事をしても結果が同じである事は、此処に居る誰もが理解していた。 魔力は、もう残されてはいない。 アインヘリアルは、既に破壊されている。 本局への増援要請も間に合わない。 何より、文字通り空を埋め尽くす程のガジェット群など、たとえ魔力が残されていたとしても抗えるものではない。 魔導師と言えど人間。 全てを呑み込む鋼の津波の前に、人間は余りにも無力。 少なくとも、クラナガンを消滅させる為に、5分は掛からないだろう。 そして、更に。 「ぐっ・・・!?」 「ッ・・・AMF・・・また・・・!」 「嘘・・・飛べな・・・」 全身を襲う圧迫感。 先程のものとは比べ物にならない、異常な出力のAMF。 飛翔魔法の維持すら困難となった魔導師達が、次々に地へと墜ちてゆく。 それは、なのはやリィン、ヴィータも例外ではなく。 翼をもがれ、空から引き摺り下ろされる鳥の様に、3人はゆっくりと高度を下げてゆく。 「こんな・・・ところで・・・」 「ヴィヴィオ・・・っ!」 やがて、遥か上空を旋回していたガジェット群が、一斉にその進路を変更する。 地表へ、ただ地表へ。 目標も、目的も、何ら特別な意図の存在しない、ただ破壊に至る為の進路。 数千機のガジェットが、クラナガンへと突撃を開始する。 迫り来るガジェットを視界へと捉えながら、ある者は悔しさを、またある者は全てを受け入れた穏やかさを以って、滅びの瞬間を待っていた。 それはヴィータも同じ。 既に左右の2人すら意識の外へと追いやった彼女は只々、主への不忠を悔いていた。 はやてを生涯守り通すとの約束すら貫けず、その友も、家族すらも守れなかった、自身への悔恨。 「ごめん・・・」 その一言が、口を突いて零れる。 そして、ガジェット群の後部装甲が吹き飛び、ノズルより業火が噴き出した瞬間。 光が、全てを呑み込んだ。 目が眩み、鼓膜が轟音に麻痺し、突き抜ける衝撃、硬い壁か地表に叩き付けられる衝撃とが、連続してヴィータを襲う。 何が起こったかも解らず、自身が生きているのか、死んでいるのかすら解らない。 意識があるという事から、まだ自分は生きているのだと気付いても、目の眩みは治まらなかった。 耳も聴こえず、一切の音が拾えない。 しかし全身を通して伝わる感覚から、自身が何処かのビルの屋上か、もしくはアスファルトへと叩き付けられたのだという事は理解できた。 数秒後、漸く回復してきた視界に映るのは、隣に横たわるなのはと、同じく2人の間に横たわるリィンの姿。 共に意識は無い。 軋みを上げる身体を起こし、何とか上空を見上げれば、其処には変わらず浮かび続ける「ゆりかご」の威容。 しかし。 「あ・・・れ・・・?」 何かが。 何かがおかしい。 先程までとは、何かが違う。 その違和感が何か、暫しヴィータは空を見上げ続け。 「ガジェット・・・居ない・・・船も・・・」 数千機のガジェット、そして艦隊を構成する200隻以上の艦の内、数十隻が抉り取られたかの様に「消失」している事実に気付いた。 「何だよ・・・何なんだよ、一体・・・」 呆然と呟くヴィータ。 艦隊には、まるで大規模な砲撃が突き抜けた後の様に、直線状の間隙が生じていた。 しかしその間隙の大きさは、少なく見積もっても数kmはある。 一体、何が起きた? やがて「ゆりかご」を含む残存艦艇は、再び開かれた「ゲート」へと消え、奇跡的に残ったらしき数十機ばかりのガジェットが突撃を開始する。 不明機体群により撃墜されてゆくガジェット群だが、数機がこちらへと進路を変え、ノズルから火を噴いた。 「・・・ヤバい!」 咄嗟になのはとリィンを掴み、ビルの屋上を離れようとするヴィータ。 しかし1歩を踏み出した瞬間、膝から力が抜け、その場へと崩れ落ちた。 「な・・・!」 驚愕に声を上げるヴィータ。 彼女の身体は、最早限界だった。 先程、屋上へと叩き付けられた際の衝撃は、バリアジャケット越しであっても、確実に彼女の身体へと打撃を与えていたのだ。 罅割れたコンクリートの上へと倒れ、迫り来るガジェットを呆然と見つめる。 不明機体群は上空にて戦闘中。 管理局部隊が展開してはいるが、戦える状態にある者は居ないだろう。 今度こそ、終わりか。 「・・・殺るなら一思いに殺れってんだ、バーカ」 恐らくは最後になるであろう悪態を吐き、全身の力を抜いたヴィータの視界に。 ガジェットと彼女達の間へと割り込む、深紅の不明機体の姿が飛び込んだ。 「え・・・」 爆発。 ガジェットの直撃を受け、吹き飛ぶ不明機体。 ヴィータの頭上を飛び越え、数百m後方のビルへと突っ込む。 上空に残るは、飛び散る爆炎の残滓のみ。 「何で・・・」 不明機体が4機、轟音と共に上空を横切る。 濃蒼色の機体、褐色のキャノピー。 ヴィータは知る由も無いが、あの魔力を操った機体と共にクラナガン上空へと侵入し、遥か高空にて人型兵器との戦闘を繰り広げていた機体。 「何でだよ・・・」 更に3機、漆黒の影が大気を貫く。 これも彼女の知るところではないが、艦隊の出現直後、新たに転移した3機の不明機体。 鮮やかな群青の光を放つ球状兵装を機首へと備え、4つの小型球状兵装を引き連れ翔ける、実体化した影の如く禍々しい黒。 「何で・・・庇ったりなんか・・・」 やがて、ガジェットの姿が消え、不明機体もまた何処かへと飛び去った。 残された管理局部隊は、何者も存在しない空を、呆然と見上げるばかり。 立ち上る黒煙と粉塵のみが、白と黒、2つの色を以って空を染め上げていた。 「ちくしょう・・・」 透明な雫、そして赤い雫。 2つの雫が、コンクリート上に弾け、染みを作る。 零れ落ちる声は、悔しさか、遣る瀬無さか。 「畜生ォォォォッッ!」 廃墟と化したクラナガン西部区画に、ヴィータの叫びが木霊した。 新暦77年10月27日、14時45分。 ミッドチルダ中央区画、首都クラナガン。 戦闘、終結。
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2011/08/11 配信終了しました! R-TYPE TACTICS II 体験版ダウンロード方法 R-TYPE TACTICS II 体験版ダウンロード方法WiFi環境がある人 WiFi環境が無い人 公式ページからダウンロード ※R-TYPE TACTICSⅡ体験版をプレイするには、PSPのバージョンを5.51以上に する必要があります。体験版のデータにはPSPのアップデート情報は入っていない ので、バージョンが足りない方は、必ずPSPのアップデートを一緒に行いましょう。 WiFi環境がある人 とにかくPSPでインターネットできるようにしてください。 方法はWiFiルータの説明書読むなりぐぐるなりしてください。 接続できるようになったらPSPのインターネットブラウザを起動します。 ハートのアイコン(ブックマーク)の中の「PSP®」を開きます。 「体験版・ビデオ・壁紙ダウンロード→」リンクを開くと下のようなページが表示されます。 右柱の体験版リンクからR-TYPE TACTICS IIを探しましょう。 WiFi環境が無い人 PlayStation Spotを設置してるお店へ行きましょう。(設置店一覧) PSPのWiFiスイッチをONにしてPlayStation Spotを起動します。 無事接続できるとブラウザが起動して下のようなページが表示されます。 右柱の体験版リンクからR-TYPE TACTICS IIを探しましょう。 公式ページからダウンロード 10/1より公式ページからダウンロード可能となったようです ただし "メモリースティック デュオ" 、 "メモリースティック PRO デュオ" といった記録媒体と 市販のUSBケーブル(Mini-Bタイプ) 市販の記録メディア用リーダー/ライター パソコンの記録メディア用スロット のいずれかが必要です 詳しい内容は公式ページ ttp //www.irem.co.jp/rtt2/index.htmlにて
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その恐ろしい衝撃は、外殻崩落跡から出現した2体目の666、それを撃破した直後に襲い掛ってきた。 十数分前、Aエリア近辺外殻で発生した核爆発。 40kmもの距離を隔てて展開する魔導師、そして強襲艇を始めとした各機動兵器群に多大な被害を齎したそれとは、判然とはしないながらも何かが異なる衝撃。 宙空に浮かぶ強襲艇の重力偏向フィールド、エネルギー障壁と共に複合展開された不可視のそれを容易く打ち破り、爆風と錯覚する程の勢いで全身を打ち据える。 吹き飛ばされた身体が強襲艇の側面へと打ち付けられるかに思われたが、機体が瞬間的に上昇した事でその事態は避けられた。 20mほど吹き飛ばされ、フィールド外へと逸したところで体勢を立て直したなのはは、バリアジャケットの防音機能すら貫いた轟音に表情を顰めつつ念話を飛ばす。 『今のは!?』 『分からん! 核ではないみたいやけど・・・』 その問いに返されたはやての念話は、なのはのそれと同様に焦燥を色濃く含んでいた。 本来ならばコロニーを脱出する輸送艦内の人員、或いは防衛艦隊から何らかの報告が在っても良い筈なのだが、先程の核爆発からというもの輸送艦群は全て沈黙したままだ。 そして防衛艦隊の7隻も、アイギスの汚染と所属不明艦艇の接近を告げる警告を最後に、一切の連絡を絶っている。 頭上で激しく瞬く光を見る限り全滅してはいない様だが、400基を超えるアイギスに包囲された状態から何隻が生還できるものか。 1基のアイギスに搭載されている戦術核は5発。 既に各爆破地点に於いて120基のアイギスが撃破されている事を考慮しても、1400発以上もの戦術核がコロニーを包囲している計算となる。 現状で防衛艦隊とそれに属する機動兵器群が壊滅すれば、このコロニーのみならずベストラまでもが核による飽和攻撃を受ける事となるだろう。 先の1発以降、コロニーに戦術核が着弾した様子は無い。 この事からも艦隊の奮戦は疑うべくもないが、それも長くは保たないだろう。 コロニー周辺にはシュトラオス隊のR-11Sが4機、戦術核迎撃の為に展開している。 艦隊からの警告が齎された直後、コロニー内より現れた4機は誘導照射型波動砲の一斉砲撃により、頭上へと展開する40基のアイギスを瞬く間に殲滅して退けた。 これにより、コロニー外殻へと展開する部隊は戦術核とレーザーの脅威を免れ、現在まで666との交戦を継続する事ができたのだ。 他の2箇所の爆破地点に於いては、一方はペレグリン隊、残る一方はアクラブとヤタガラスがアイギスを殲滅した。 彼らは今、輸送艦群とベストラの防衛に当たっている。 各種兵器および資源、食料生産を担う3つのプラントに関しては、既に放棄が決定したとの報告が在った。 アイギス群が汚染された今、それら全てを護り抜くには戦力が絶対的に不足している為だ。 艦隊と行動を共にしていたであろうゴエモンとの通信は途絶している。 ゆりかごとの交戦中になのはが目にしたものと同じ、青白い巨大な爆発が闇の彼方で発生していた事から推測するに、恐らくはR-9Cと同様の戦略攻撃を実行したのだろう。 その破滅的な威力は彼女も良く理解してはいたが、それは同時に圧倒的な力を有するR戦闘機が、それ程の攻撃を実行せざるを得ない状況へ追い込まれている事を意味してもいるのだ。 戦況は極めて悪い。 加えて原因不明の衝撃。 満足に情報を得る事もできず、外殻に展開する人員は例外なく混乱の直中へ陥ろうとしていた。 そして独自に分析を試みる猶予さえ無く、次なる凶報が意識へと飛び込む。 『シュトラオス2より総員、警告。第2爆破地点より666出現、総数3。高速離脱中』 『こちらシュトラオス3、国連宇宙軍所属艦艇のコロニー突入を確認した。目標、未だ健在。繰り返す、目標健在』 シュトラオス隊からの警告。 直後、周囲の大気を切り裂く異音と共に、巨大な影が頭上の空間を突き抜ける。 咄嗟に視線を向けるも、闇の中で瞬く閃光以外の何かをその先に見出す事はできなかった。 だが、警告は更に続く。 『シュトラオス1、第3爆破地点に666、2体の出現を確認した。目標はコロニーより高速離脱中』 『逃げ出したのか?』 なのははレイジングハートを構えたまま、油断なく周囲へと視線を奔らせた。 だが、コロニー外殻上に於いて戦闘が行われている様子は無い。 闇の彼方、全方位より響く重々しい爆発音と衝撃波だけが、周囲の大気を絶えず震わせている。 一体、何が起きているのかと不審を募らせるなのはの意識へ、各方面から更に複数の報告が飛び込んできた。 『ビクター2、突入艦艇を視認した。艦体後部が外殻から突き出ている・・・こいつはヨトゥンヘイム級だ。見える範囲でだが、損傷が酷い。ゴエモンにやられたのか』 『Aエリア港湾施設、外殻部が閉鎖されている。内部に輸送艦艇8隻を確認』 『冗談じゃない、12000人が閉じ込められている計算だぞ!』 『こちらアクラブ。輸送艦群、第1陣の7隻がベストラへ到達。第2陣は5隻が航行中、1隻撃沈、1隻が推進部を損傷し漂流中』 複数の情報を並列思考で以って処理しつつ、なのはは傍らのはやてを見やる。 果たして予想通り、彼女は片手を額へと当てつつ表情を顰めていた。 はやては他を圧倒する魔力量と出力を有しているが、同時に並列思考等の分野に於いては苦手を抱えている。 この瞬間でさえ次から次へと飛び込んでくる情報を処理し切れず、脳に若干の負荷が掛っているのだ。 普段は思考へと入り込む情報量を適切に調節しているのだが、現状では全ての情報を処理すべく、負荷を承知で苦手な高速処理に力を注いでいるらしい。 気遣う言葉を掛けようとするなのはだが、それより早くヴィータからの念話が飛ぶ。 『地球軍の艦って事は、汚染体か? このコロニーもヤバイんじゃないか』 『それは専門家に訊くのが一番やな・・・ほら』 呟く様なはやての念話に続き、なのは達の傍らへと展開されるウィンドウ。 其処にはコロニーへと突入した艦艇のものらしき構造図が立体表示され、その複数個所が赤く点滅している。 次いで意識へと飛び込む、新たな報告。 『簡易スキャン終了。目標艦艇、機能健在。しかし損傷が激しく、システム凍結状態。汚染の為か、非常処理プログラムが発動しない』 『つまり?』 『ゴエモンは任務を果たしたらしい。目標艦艇、自動修復プログラムを発動中。艦内よりリペアユニットの展開を確認した』 なのはは目を凝らし、Aエリア方面を見やる。 流石に40km先に突き出す艦艇構造物を捉える事は出来なかったが、恐らくは巨大なそれがコロニーへと突き立っているのだろう。 滲む焦燥を押し隠し、勤めて無感動に念話を紡ぐ。 『破壊するべき・・・かな?』 『だとしても、余裕が在ればこそだろう。あの艦とアイギスはともかく、666を放っておく訳にもゆくまい』 『どういう意味だ』 返されたザフィーラの言葉に、問い返すヴィータ。 見れば、人型となり頭上の闇を見上げる彼の顔には、焦燥の入り混じった忌々しげな表情が浮かんでいた。 視線を動かす事もなく、彼は続ける。 『奴等が向かったのは生産プラントの方角だ。バイドが何を企んでいるのかまでは分からないが、碌な事でないのは明らかだろう』 その言葉が終るかどうかというところで、意識の中へと響く警告音と共にウィンドウが開く。 点滅する赤いそれには、黒々とした「WARNING」の表示が浮かんでいた。 呆けた様にそれを見やるなのはへと、三度ザフィーラからの念話が届く。 『そら、始まったぞ!』 『アクラブより総員、警告! 各種プラント周辺域、偏向重力発生! プラント群が移動を開始、コロニーへと接近中!』 途端、なのはは自身の血の気が引いてゆく事を自覚した。 傍らを見れば、はやてとヴィータも同様らしい。 2人は呆然と、頭上に拡がる闇の果てへと視線を向けていた。 そして、なのはがそんな2人を見やる間にも、念話と通信が慌しく乱れ飛ぶ。 『どういう事だ? 化け物は何を企んでいる!』 『こちらヤタガラス、目標を確認した。プラント群、更に加速。コロニーへの衝突まで340秒』 『こちらペレグリン4、資源生産プラント外殻に666を確認した。目標は完全に取り付いて・・・プラント防衛システムの起動を確認、攻撃を受けている!』 『聞こえるか? こちらはコロニー防衛艦隊、駆逐艦バロールだ! 食量生産プラントに取り付いた666を確認、攻撃を試みるもアイギス群の妨害により接近できず! プラント移動中、このままではコロニーに衝突する!』 数秒ほど呆け、なのはは666の意図を理解した。 同時に、その余りの凶悪さに戦慄する。 666はコロニーを内部から崩壊させる事を断念し、3つのプラントによる質量攻撃へと移行、膨大な質量によって3方からコロニーを押し潰す心算なのだ。 『プラントの位置は!?』 我に返ると同時、なのははレイジングハートの矛先を宙空へと突き付ける。 デバイスを通して闇を探るも、迫り来るプラントの影を見出す事はできない。 彼女は再度、念話のみならず声すら張り上げて目標の位置を問うた。 『位置情報を! 早く!』 『無駄だ、距離が在り過ぎる! 砲撃魔法が届く距離じゃない!』 『こちらハリアット! 魔導師総員、デバイスに目標のイメージを送る!』 直後、レイジングハートを通じて視界へと表示される、赤い光の線で構築された巨大建造物。 未だ彼方ではあるが、確実に迫り来るその影。 拡大表示されたプラント、その絶望的なまでの巨大さに、なのはは震える様な吐息を漏らす。 『・・・大き過ぎる』 『30kmもあるんや、魔導師でどうこうなる大きさやないで・・・』 となれば、防衛艦隊に属するL級かR戦闘機、或いは各種機動兵器群によって対処するしかない。 だが今、それらは汚染されたアイギスと、同じく汚染されたらしきプラントの防衛システムにより、目標に対する攻撃態勢へと移行する事ができずにいる。 戦術核の迎撃に就いているシュトラオス隊は、コロニーを離れる訳にはいかない。 動けるのは魔導師を含む、コロニー外殻へと展開中の部隊だけなのだ。 だが、そんななのはの焦燥を嘲笑うかの様に、次なる凶報が齎される。 『ビクター2より警告! 突入艦艇、推進部からの発光を確認!』 『目標艦、再起動! 推進部、噴射炎を視認した!』 弾かれた様にAエリア方面を見やるなのは。 視線の先、遥か前方のコロニー外殻に、青白い巨大な光源が出現していた。 同時に周囲の大気を通じて伝わる、足下のコロニーを震わせる振動。 『待てよ、おい・・・まさか』 『突き破る気!?』 直後に障壁を突き抜ける、壮絶な破壊音。 聴覚のみならず全身を震えさせるそれに、なのはは思わず身を竦ませた。 しかし彼女は誰よりも早く念話を飛ばし、突入艦艇の現状を確かめる。 『ビクター2、目標艦の様子は!?』 『・・・目標、更にコロニー内部へ侵入・・・対称面の外殻を突き破って離脱、加速中!』 『シュトラオス隊、追撃を!』 『戦術核が絶えず飛来している、追撃は不可能!』 突入艦艇、コロニーを貫通し離脱。 驚異の一端が、再び戦域へと舞い戻ったのだ。 R戦闘機群は、其々が展開する位置での防衛戦闘を放棄する事ができない。 目標艦艇との距離が離れれば、長距離砲撃による一方的な攻撃を受ける事となるだろう。 だが、それを追撃し得る戦力が存在しないのだ。 『ベストラよりコロニー外殻展開中の総員へ、緊急』 怒号の様な念話が飛び交う中、ベストラからの通信が意識へと飛び込む。 どうやらベストラへと到達した輸送艦群の第1陣、其処に乗り込んでいたランツクネヒトがあちらに司令部を移したらしい。 何かしらの解決策が齎されるかと期待するなのはだったが、通信越しに放たれた言葉は非情なものだった。 『0518時を以ち、司令部は居住コロニー「リヒトシュタイン05」の完全放棄を決定した。総員、直ちに当該コロニーより離脱せよ。宙間移動能力不搭載の機動兵器は全て破棄、パイロットは魔導師と共に強襲艇へ』 『どういう事だ! コロニー内の生存者は!?』 『コロニー外部の人員を優先、内部の生存者救出は時間的猶予の面から不可能と判断した。プラントとコロニーの衝突を待ち、こちらから戦略核弾頭を搭載した宙間巡航弾を撃ち込む』 戦略核。 その単語を聞き留めた瞬間に、なのはは悟った。 司令部はコロニー内部の生存者諸共、666を含む汚染体を殲滅するつもりなのだ。 思わずレイジングハートの柄を握る手に力を込めるなのはの傍らで、はやてが悲鳴の様な声を張り上げる。 『戦略核って・・・輸送艦はどうなるんや、8隻も閉じ込められてるんやで!』 『大体そんな物が在るなら、さっさとプラントに撃ち込めば良いだろうに!』 『現状では巡航弾を迎撃される可能性が高く、更に言えばそちらのコロニー及びベストラも炸裂時の効果範囲内だ。こちらは既に移動を開始している。 プラント群とコロニーの衝突後、プラント防衛システムの停止または損傷、及びベストラの安全圏への離脱を以って攻撃を実行する』 『ふざけるな! カルディナにアルカンシェルを使わせるか、R戦闘機に攻撃を命じろ! 波動砲でも核融合でも、プラントを破壊するには十分な筈だ!』 コロニー防衛に当たる人員の1名が叫んだ言葉に、司令部は数秒ほど沈黙した。 その僅かな間にも、遥か頭上に位置するプラントのイメージは、少しずつ崩壊しながらこちらへと接近してくる。 胸中へと沸き起こる焦燥に我知らず歯軋りしつつも、なのはは一語一句すらも聞き逃すまいと通信に意識を傾けた。 そして、司令部からの返答が届く。 『艦隊は戦術核の迎撃で手一杯だ。カルディナはアルカンシェルの連続砲撃によりアイギスを牽制している為、現在の座標から動く事はできない。ペレグリン隊はベストラ周辺で、アクラブとヤタガラスは輸送艦群第2陣の周囲で戦術核を迎撃中だ。 シュトラオス隊もそちらを離れる事はできない。コロニー周辺に展開していたアイギス群を殲滅した際とは状況が違う。残存するアイギス群は高機動戦術を採っており、各機は排除に梃子摺っているのが現状だ。よってプラントへの攻撃は不可能。 繰り返す。総員、直ちに現任務を放棄し、コロニーからの離脱を開始せよ』 なのは達の眼前、先程まで行動を共にしていた強襲艇が頭上より現れた。 機体側面のハッチが開き、その場の4人を招き入れるかの様に機内に明りが点く。 その赤い光を見据えながら、なのはは傍らの親友とその家族へと、ごく短い問いを発した。 『従う?』 『まさか』 返された言葉はそれだけ。 だが、十分だった。 視線を合わせる事すらせずに、なのはは前方へと飛翔する。 強襲艇の機体を飛び越し、更に加速。 『こちら高町、港湾施設内の輸送艦救出に向かいます!』 『グレイン、同じく』 『こちら八神、高町一尉に同行する』 『ビクター2、これより閉鎖部の破壊を試みる。強襲艇の連中、その気が在るのなら手を貸してくれ』 可能な限りの速度で宙を翔けるなのは達の頭上を、より飛翔速度に特化した数名の魔導師と、数機の強襲艇を含む機動兵器群が追い抜いてゆく。 それらの影が目指す先は1つ、輸送艦群が閉じ込められているAエリア港湾施設だ。 前方では既に無数の光が瞬いており、障壁越しにも鼓膜を叩く轟音が徐々にその音量を増す。 『もう始めている連中が居るな』 『単純に壊せば良いって訳やないで。ヴィータ、暴走したらアカンよ』 『分かってるよ!』 交わされる念話を意識の端へと捉えつつ、漸く視界へと映り込んだ港湾施設外殻部は、その数箇所から噴火と見紛うばかりの爆炎を噴き上げていた。 機動兵器群と魔導師達が8箇所の地点に分散しており、其々の集団が外殻へと激しい攻撃を繰り返しているのだ。 なのはは滞空する最寄りの魔導師、何処かしらの次元世界の軍服型バリアジャケットを纏った男性の肩を叩き、念話で以って問い掛ける。 『現在の状況は?』 『見ての通りだ。外部ロックユニットは全て破壊した。後は内部に8箇所、非常用のユニットが在るらしい。そいつを壊せばハッチは緊急開放されるそうだ』 『それで、問題は?』 『魔導師では外殻をぶち抜く事ができないんだ。この辺りは特に強度が高いらしく、さっきから何度も集束砲撃を撃ち込んでいるが表面を削るのが精々だ』 そう念話を交わしつつ、彼は200mほど離れた地点に位置する戦車型の機動兵器を指した。 見ればその兵器は、アンヴィルの主砲に匹敵する魔導砲撃を、連続して外殻へと撃ち込み続けている。 周囲から響く轟音の為に聴覚が麻痺しており、今の今までその存在に気付く事さえできなかったのだ。 爆炎と共に噴き上がる外殻の破片を見やるなのはの意識に、男性の念話が続けて響く。 『流石にあれ位の兵器ともなると、何とか外殻の破壊はできる。ただ機体数が少ないし、余りやり過ぎるとハッチ内の輸送艦まで巻き込んでしまう』 『他の兵器は? あの戦車以外にも、かなりの種類が在っただろ』 『専門家じゃないから詳しい事までは解らないが・・・対空兵装の半数は威力不足、対地・対艦を含むその他の兵装は威力過剰だそうだ。結局のところ、魔導師以上に強力な魔導砲撃を放てる程度が丁度良いらしい』 『・・・目も当てられんわ。つまり質量兵器は殆ど役立たずって事か?』 『そういう事だな。あれが外殻を吹き飛ばすのを待って、後は俺達がロックを破壊するしかない』 『でも、それじゃあ・・・』 『ああ、間に合わん』 その言葉を最後に男性は念話を切り、頭上へと視線を向けた。 なのはもそれに倣い、迫り来るプラントを見上げる。 先程よりも更に圧迫感を増したそれは、あろう事か外殻の其処彼処から無数の砲火を周囲の空間へと放ちつつ、明らかにこのコロニーへと接近しつつあった。 そして再度、司令部からの警告が発せられる。 『繰り返す。0518時を以ち、司令部は居住コロニー・リヒトシュタイン05の完全放棄を決定した。総員、直ちに当該コロニーより離脱せよ。宙間移動能力不搭載の機動兵器は全て破棄・・・』 『黙ってろ司令部! 10000人を見捨てられる訳がないだろう!』 『プラントと当該コロニーの衝突後、戦略核による攻撃を実行する。繰り返す・・・』 『外殻を貫通した! 魔導師隊、ロックを破壊しろ!』 機動兵器からの通信。 弾かれる様に飛翔へと移り、なのはは破壊された外殻の上へと移動した。 そうして周囲へと拡がりゆく粉塵の中央へと狙いを定めると、レイジングハートの矛先へと魔力の集束を開始する。 周囲の魔導師が起こしたものか、一陣の突風が粉塵を跡形も無く吹き散らした。 それを見届け、宣言。 『こちら高町、撃ちます!』 轟音、放たれる桜色の光条。 破壊された外殻の奥、デバイスを通して青く発光する様に表示されたロックユニットへと、強大な集束砲撃魔法が突き立つ。 目標の破壊を確信した直後、レイジングハートが無機質に攻撃の結果を告げた。 『The target is not destroyed』 「嘘・・・」 思わず小さな呻きを漏らし、なのはは未だ健在なユニットを拡大表示する。 明らかに損傷はごく僅か、機能が損なわれている様子はない。 想像を遥かに超える強固さに、なのはは信じ難い思いでレイジングハートを強く握り締める。 『・・・こちら高町、砲撃を撃ち込むも目標健在・・・思ったより硬い!』 『こっちもだ! 2発撃ち込んでもまだ壊れない!』 100mほど離れた地点、やはり同じ様に2名の魔導師が、破壊された外殻部の上でデバイスを構えていた。 直後に青い光条が撃ち下ろされるも、どうやら結果は芳しいものではなかったらしい。 焦燥を色濃く含んだ念話が、全方位へと放たれる。 『少しは壊れましたが、完全な破壊は無理です! もっと人手が要ります!』 『くそ、何でこんな不必要に硬いんだ!?』 『非常時に汚染体を封じ込める為だ。長くは保たないが、艦隊が到達するまでの時間は稼げる』 『それで跡形も無く吹き飛ばす訳か』 傍らへと並んだはやてが、すぐさまラグナロクの砲撃体勢に入る様子を視界の端へと捉えながら、なのはもまたスターライトブレイカーの砲撃体勢へと移行。 集束を開始し、狙いを僅かに修正する。 はやてがユニット上部を狙っている為、彼女は砲撃同士の干渉を避けるべくユニット下部を狙うのだ。 そして、砲撃。 純白と桜色の魔力光が4条、同時にロックユニットへと突き立つ。 噴き上がる魔力の爆炎。 直後に飛び込む、歓喜と焦燥の双方を含む念話。 『ロックユニットの破壊を確認! 残り7基!』 『こちらも破壊した! 繰り返す、目標破壊!』 『残り6基!』 『畜生、どうやっても間に合わない!』 三度、なのはは頭上を仰ぐ。 視界に映るプラントの影は、更に巨大なものとなっていた。 迫り来る膨大な質量の壁。 その現実を改めて認識した瞬間、なのはは自身の背が凍ったかの様な、得体の知れない冷たさを覚えた。 「駄目・・・」 微かな声。 始めはそれが、自身のものであるとは思いもしなかった。 だが再度に同じ声が聞こえた時、漸くなのはは自身が小さな呟きを零している事に気付く。 「来ないで」 『衝突まで120秒!』 なのはは見た。 見えてしまったのだ。 迫り来るプラント外殻、既に表層の構造物すら見えるまでに接近したそれ。 その、ほぼ中央に取り付いた、腫瘍の如き異形の肉塊。 蠢く触手に埋もれる濃紺青の装甲、汚染体666。 「来ないで・・・!」 恐怖からではなく、絶望からでもなく。 ただ懇願のみから、なのははその言葉を紡いでいた。 足下のコロニー、その内部に閉じ込められた12000人の非戦闘員。 通信すら回復しない今も、彼らは恐怖に打ち震えながら救助を待っているのだろう。 なのは達がこの場に留まっているのは、単に彼らを助けたいが為だ。 汚染体との戦闘を積極的に選択する意思など、微塵も在りはしない。 だから、だからこそ。 「放っておいて・・・!」 構うな、放っておいてくれ。 通じる筈もないという事は理解しながらも、なのははそう祈らずにはいられなかった。 非戦闘員を助けたい、それだけなのだ。 だというのに何故、バイドは其処までして非戦闘員の殲滅に拘るのか。 何故、666はベストラを狙わない。 何故、防衛艦隊との戦闘に加わろうとしないのだ。 『衝突まで90秒!』 『高町、こちらへ来い!』 ザフィーラからの念話。 振り返れば、彼ははやてとヴィータを背後に庇う様にして、迫り来るプラントを見上げていた。 離脱は間に合わない。 かといって膨大な質量に抗う事もできない。 2人を庇っているのは、反射的な行動によるものだろう。 レイジングハートを握り直し、なのはは改めて頭上を見据えた。 そうしてプラント外殻に取り付いた666へと狙いを定め、魔力の集束を開始する。 恐らくは皆、同じ思考へと至ったのだろう。 コロニー外殻の至る箇所で魔力集束が発生している事を、なのははリンカーコアを通して感じ取っていた。 あらゆる機動兵器がプラントへと砲口を向け、更にはランツクネヒトの強襲艇でさえ離脱する様子はなく、ウェポンベイを展開してプラントへと機首を向けている。 なのはが、彼等が成さんとしている事は、唯1つ。 「やるしかない・・・!」 最後まで抗ってやる。 最終的には圧倒的な力に蹂躙されるのだとしても、刹那の時まで抵抗してやる。 護るべき人々を見捨て、敵を前に逃げ出したりなどしない。 バイドが彼らの生命を奪うというのなら、対価としてバイドの生命を貰い受けるまでだ。 『来やがれ、クソッタレ!』 『発射、発射!』 ブラスタービットを展開、暴力的なまでの膨大な魔力が、5つの魔力球へと集束する。 徐々に膨れ上がる魔力球、その桜色の光に霞む様にして、プラントの影が浮かび上がっていた。 周囲では長射程を有する機動兵器群が、ミサイルや砲弾、魔導砲撃を一斉に放ち始める。 なのはもそれに続かんと、魔力球の中心へとレイジングハートの矛先を突き付けた。 「スターライト・・・」 魔力球が、より一層に眩い光を放つ。 そして、なのはが暴発寸前の圧縮魔力に指向性を与え、迫り来る666へと向かい解き放つ直前。 トリガーボイスを紡がんとした、正にその瞬間に。 「ブレイカー・・・!?」 プラントが、無数の閃光に呑まれた。 「な・・・」 直後、なのは達の頭上へと強襲艇が躍り出る。 慣性制御フィールド内に侵入した事を感じ取った瞬間、壮絶な衝撃が全身を打ち据えた。 薄れゆく意識を危ういところで繋ぎ留め、なのはは周囲を見渡す。 その時、視界の端に何かが映り込んだ。 強烈な光の奔流の中、遥か彼方に浮かぶ灰色の影。 一瞬後には消えてしまったが、確かに存在したそれ。 それが何であったかを思考する暇さえ無く、新たな念話が意識へと飛び込んだ。 『アイギス、制御系回復! 繰り返す、アイギスの制御を奪還した!』 * * 『何が起きたの・・・?』 呆然とした様子を隠す事もなく紡がれる、キャロの念話。 フリードの背でそれを受けつつ、エリオは遥か頭上に拡がる爆炎の壁を見据えていた。 今もなお拡がりゆくそれは、本来ならばこのコロニーをも呑み込んでいた筈だ。 だがその事態は、実際には起こり得ない。 襲い来る爆炎は全て、このコロニーを守護していたR戦闘機によって消し飛ばされたのだ。 「DELTA-WEAPON」 R戦闘機、精確にはフォースに標準搭載された、戦略級広域空間殲滅兵装。 攻撃および敵性体を分解・吸収した際、フォースへと蓄積される膨大なエネルギー。 これをバイド体により増幅し一挙に解放する事で、限定空間域の物理法則、更には管理世界すら知り得ない異層次元に於ける空間法則にすら干渉し、プログラムされた事象を同一空間上へと具現化するという、空間干渉型ロストロギアに匹敵する純粋科学技術。 当然ながら詳細な理論までは開示されておらず、また開示されたとしても理解できるとも思えないが。 シュトラオス隊の4機、R-11Sが発動したデルタ・ウェポンは、周囲の空間に核融合反応を強制励起させるタイプだ。 破滅的な総量と密度を以って広域を襲うエネルギー輻射は、如何なる装甲・防衛手段であっても破壊を免れる事はできない。 汚染体は言うに及ばず、戦艦等の大型兵器群であっても致命的な損傷を被る程の爆発。 如何な超大型建造物たるプラントであろうと、この爆発の前には旧式の外殻装甲パネルに覆われただけの脆い鉄塊に過ぎない。 況してやその残骸など、瞬く間に消滅してしまう。 『アイギスだよ。プラントを核攻撃したんだ』 エリオは見た。 迫り来るプラント目掛け突き進む、無数の青い光点。 その全てが、戦術核を搭載したミサイルの噴射炎だった。 制御を奪還されたアイギス群が、防衛目標であるコロニーへと向かう3基のプラントを止めるべく、一斉に戦術核を放ったのだろう。 尤も、秒速500m超という速度で迫り来る全長30kmものプラントを外部から完全に破壊する事は、如何な核兵器と云えども不可能。 そこでアイギス群は、プラント内部からの破壊を選択したらしい。 恐らくは先んじてレーザーによる砲撃を行い、それによって破壊された外殻の内部へと戦術核を撃ち込んだに違いない。 閃光が発せられた瞬間にエリオは、プラントが内部から弾け飛ぶ様を確かに目にした。 そうして飛来する無数の残骸、そして核爆発の衝撃と熱線をシュトラオス隊が、コロニーを巻き込まぬよう発動範囲を極限まで抑えたデルタ・ウェポンで迎撃・消去したのだ。 未だ眩む両眼を瞼の上から揉みながら、エリオは安堵の息を吐く。 全く、幸運としか云い様が無かった。 エリオ達は外殻での戦闘に一切関与していない。 否、できなかった。 つい先程まで、コロニー内部で様子を窺っていたのだ。 コロニー内部で偏向重力の渦が発生して以降、エリオとキャロはBエリアから動く事ができなかった。 強襲艇への避難が間に合わず、構造物内部へと侵入して状況の変化を待つ他なかったのだ。 幸いな事に2人の傍にはフリードが居た為、本来の姿に戻ったその背に乗ってトラムチューブ内を移動。 Cエリアのシャトル・ポート内で、襲い掛かる偏向重力に耐え続けていたヴォルテールの許へと辿り着く事ができた。 そしてコロニー内から666が離脱した隙を突いて脱出するつもりだったのだが、崩落に次ぐ崩落でポートからの脱出に時間が掛ってしまったのだ。 何とか力技で道を切り開き、輸送艦が閉じ込められているAエリア港湾施設を目指したものの、施設内部へと侵入する事は叶わなかった。 仕方なくAエリア構造物の端に開いた崩落跡、不明艦艇が突入・離脱した際に穿たれた巨大な穴から外殻上へと向かう最中に、プラントを破壊した核の光が視界へと飛び込んだという訳だ。 外殻での戦闘に関与できなかった以上、エリオ達がこの瞬間に生きているという現実は、彼らの力が及ばぬところで決定されたという事に他ならない。 それを決定したのは外殻で戦闘を行っていた部隊でも、R戦闘機群でもなかった。 全てを決定付けたのは制御を回復したアイギス群であり、戦闘に当たっていた人間の意思に依るものではないのだ。 無論、ベストラか防衛艦隊の人員が、何らかの方法でアイギスの制御権を奪還した事も考えられる。 しかし、それを確かめる方法が無い以上、幸運であったと云う他ない。 少なくとも、エリオ自身はそう考えている。 そして幸運にも拾った生命、特にキャロのそれが無用な危険に曝される事は、今の彼にとって最も忌むべき事態だった。 『このまま外殻へ出よう。すぐに強襲艇が迎えに来る』 『迎えって・・・輸送艦はどうするの?』 『僕等が何かするより、ランツクネヒトの救出部隊に任せた方が早いし確実だ。外の部隊と合流したら、その足で・・・』 『待って!』 エリオの言葉を遮り、キャロが念話で以って叫ぶ。 突然のそれにエリオは、彼が背に乗るフリードと並んで上昇するヴォルテール、その掌の上に膝を突いているキャロを見やった。 彼女は崩壊した階層構造の一画を指し示し、続ける。 『ねえ、あれ・・・ティアナさんじゃないかな』 その言葉にエリオは、キャロが指す方向を注視した。 見れば、崩落した階層の1つ、壁面に寄り掛かる様にして立つ複数の影が在るではないか。 そしてその中には、見覚えの在るデザインのバリアジャケットが紛れていた。 エリオは無言のまま自らが騎乗する使役竜の背を叩き、フリードは正確にその意を酌んで人影の方向へと飛翔する。 少し近付けば、はっきりと判った。 キャロの言葉通り、影はティアナを含む3名の局員だったのだ。 コロニー構造物内は未だに人工重力が機能しているらしく、3名はコロニー中心へと頭部を向ける形で佇んでいる。 即ちエリオ達から見て、天地が逆転した状態という訳だ。 人工重力の影響域、その直前まで崩落面へと接近したフリードの背から、エリオは声を投げ掛けた。 「御無事で何よりです、ティアナさん」 『・・・アンタ達もね。見た感じ掠り傷1つ無さそうで、羨ましい事だわ』 返されたのは音声による返答ではなく、念話を用いてのもの。 どうやら喋る事すら億劫らしい。 尤も、それは見た目からして容易に判別できる事実だったのだが。 「・・・崩落に巻き込まれたんですか?」 『そんなところよ』 ティアナの全身は、至る箇所が血に塗れていた。 特に酷いのは右大腿部で、傷を押さえる掌の下から止め処なく血液が溢れ続けている。 他2名もかなりの負傷が見受けられ、一刻も早く応急処置を施さねば危険だろう。 「今、キャロを呼びます。すぐに治療を受けて下さい」 離れた位置に待たせたヴォルテール、その掌の上のキャロへと合図を送る。 まだ完全にコロニー外部へと脱した訳ではなく、構造物に遮られた念話の接続が回復していない。 外殻の部隊に繋がるか否かも既に試したが、結果は失敗に終わった。 ランツクネヒトの用いる通信ならば問題は無いのだろうが、生憎とコロニーのシステムは既に沈黙しており、更に言えばエリオもキャロも疑似的に構築された念話として通信を用いているに過ぎない。 よって、距離が離れている以上、意思の疎通はハンドシグナルで以って行う他ないのだ。 「ティアナさん、その怪我・・・!」 「・・・大した傷じゃないわ。出血が派手なだけ」 接近してきたヴォルテール、その掌からティアナ達の許へと移動したキャロは、すぐさま医療魔法による応急処置を開始した。 ティアナの希望により、処置は他の2名から行うらしい。 その様を暫く見やった後、エリオは改めて3人の様子を観察し始める。 飛散する微細な破片によって切り裂かれたのか、3人共に全身へと切創が刻まれていた。 僅かではあるが皮膚が抉れている箇所も在り、こんな状態で良く此処まで辿り着けたものだと感心する。 そもそも、こんな所で何をしていたというのだろう。 そんな事を思考し始めた時だった。 『・・・ベストラ・・・外殻に展開・・・戦闘・・・』 ノイズ混じりの音声。 小さなウィンドウが、エリオの傍らに現れていた。 通信が回復したのかと、彼はすぐにウィンドウの操作を開始する。 「こちらライトニング01、応答願います・・・ライトニングよりベストラ、聞こえますか」 『直ちに回収機を送る。総員、ベストラへ移動せよ。輸送艦の救出については、こちらから新たに部隊を派遣する』 『重傷者28名、緊急搬送を求む・・・訂正、27名だ。死者62名・・・』 「ベストラ、応答を・・・誰か、聞こえませんか」 操作を続けるエリオ。 だが受信はできても、こちらからの発信ができない。 旧式の無線なら未だしも、これ程までに発達した通信システムでそんな事が有り得るのか。 そんな疑問を抱くエリオの側面、治療を続けていたキャロが小さく呟きを漏らした。 ほんの些細な、しかし決して無視できぬ言葉。 「これって・・・銃創?」 ストラーダの矛先がティアナ達へと向けられるのと、キャロの小さな悲鳴が上がったのは、ほぼ同時だった。 エリオの視線の先、5mほど離れた崩落面の階層。 上下逆転した光景の中で、ティアナがキャロを取り押さえている。 ティアナの手にはダガーモードとなったクロスミラージュが握られており、その刃はキャロの背後から彼女の首筋へと当てられていた。 そして、エリオを見据えるティアナの眼。 凍える程に無機質な光を宿した瞳が、明らかな敵意を以って彼を射抜いていた。 傍らの局員達もまた、其々のデバイスの矛先をエリオへと向けている。 だが、この場に於いて無機質な敵意を宿している人物は、もう1人存在した。 エリオ自身である。 「警告する。直ちにデバイスを捨てろ」 凡そ普段の彼からは想像も付かない、明確な敵意と冷酷な殺意とに満ち満ちた声。 口を塞がれる様にして押さえ付けられているキャロ、その瞳が大きく見開かれる。 彼女がティアナの行動に驚愕している事は確かだが、この反応はエリオに対するものだろう。 だが今は、それに感けている余裕が無い。 エリオはストラーダの矛先をティアナへと向けたまま、最後の警告を放つ。 「繰り返す。デバイスを・・・」 「警告よ。デバイスを置き、こちらへ来なさい。それ以外の行動は敵対と看做させて貰うわ」 エリオの声を遮り放たれる、ティアナからの警告。 正気を疑う様なティアナの言葉に、彼は僅かに目を見開いた。 足下と背後から迫る、荒れ狂う魔力。 それを押し止める様に、再度ティアナの声が放たれる。 「フリード、貴方とヴォルテールもよ。鳴き声のひとつでも上げたら、貴方達の主人の命は保証しない」 更に高まる魔力密度。 だが、それらが砲撃として放たれる事はない。 フリードもヴォルテールも、放てばキャロを巻き込んでしまうと理解している。 彼らの知能は人間と比較しても遜色ないどころか、一部に於いては凌駕してさえいるのだ。 ティアナの言葉を理解できぬ道理が無い上に、何よりも現状でこちらから仕掛ける事が可能な者はエリオしか存在しない、その事を良く理解している筈だ。 だからこそ、彼等はティアナの言葉通りに沈黙を保っている。 しかし万が一の事が在れば、跡形も無くティアナ達を消し去るつもりである事も確かだ。 ティアナもそれを理解しているからこそ、先程の警告を発したのだろう。 エリオは付け入る隙を見せた自身を内心で罵りつつも、眼前の敵へと言葉を投げ掛ける。 「何をやったんです? 銃撃戦なんて穏やかじゃないですよ」 「聞こえなかった? デバイスを捨てろと言ったのよ」 「相手はどうしたんです、殺したんですか? 随分と手酷くやられたところを見ると、相手はランツクネヒトですか」 ティアナの右大腿部、未だ血液が溢れる銃創を見やりながら、エリオは問うた。 傷は深く抉れているが、弾体は貫通している様に見受けられる。 脚部が原形を留めているという事は、恐らくは対人用の9mmによるものだろうか。 そんな事を思考するエリオの目前で、ティアナはダガーモードの刃を深くキャロの首筋へと押し当てる事で行動を促した。 「急ぎなさい、余り長く待つつもりは無いわ」 刃の当てられた箇所から、幾筋もの赤い線が延びる。 キャロの瞳が揺らぎ、小さな呻きが漏れた。 ティアナは変わらず平静を保ったまま、僅かながら更に刃を押し込む。 くぐもったキャロの悲鳴。 嫌でも理解せざるを得なかった。 彼女は、本気だ。 「3つ数えるわ。その間に投降するか、それとも彼女ごと私達を殺すか決めなさい」 エリオは考える。 近接戦闘であれその他の何であれ、速度に関しては絶対的にこちらが有利だ。 ストラーダの矛先は、既にティアナへと狙いを定めてある。 後は瞬間的な魔力噴射を行えば、ストラーダは自身の手の内より射出されティアナの半身を微塵に打ち砕くだろう。 同時にその余波は、傍らの2人をも殺傷する事となる。 無論ながら、ティアナに拘束されているキャロすらも。 では、射出速度を抑えてはどうか。 ティアナを殺害し、キャロを軽傷で救い出す事はできる。 だが、他の2人は良くて軽傷、最悪の場合は無傷のまま生存する事となるだろう。 後は至極単純だ。 1人が得物を手放したエリオを殺し、残る1人がキャロを殺す。 フリードもヴォルテールも、その強大過ぎる力が災いして手を出す事はできない。 状況の支配権がティアナに在る事を、エリオは認めざるを得なかった。 「1つ・・・」 ストラーダをフリードの背に預け、其処からティアナ達の許へと跳ぶ。 体を捻り上下を逆転、そして着地。 視線を上げ、ティアナへと向き直る。 「2つ・・・」 「・・・言う通りにしましたよ、ティアナさん」 両の掌を翳し、抵抗の意が無い事を示すエリオ。 ティアナの腕の中で、涙を零しながら首を振ってもがくキャロ。 キャロの首筋へと更に食い込む刃を意に介する素振りすら見せず、一挙一動すら見逃さないとばかりにエリオを見据えるティアナ。 そして、エリオの背後から迫る2つの足音。 「跪け」 背後の声に、エリオは無言のまま従った。 掌を後頭部に回して組み、両膝を床面へと突く。 だが、視線だけは変わらずティアナを、その腕へと囚われたキャロを捉え続けていた。 魔力の刃は未だ、彼女の首筋へと吸い付いたまま離れない。 そのバリアジャケットは溢れだす血液によって、既に胸元まで紅く染まっていた。 我知らず歯軋りし、エリオは心中を埋め尽くす憎悪もそのままに、射抜く様な視線をティアナへと向ける。 これから恐らく、自身は意識を奪われる。 では、その後に待つものは何だ。 自身がどうなろうと知った事ではないが、キャロはどうなるのか。 フリードとヴォルテールが居る以上、殺される事はないだろうが、しかし何事も無かったかの様に解放される筈もない。 結局、自分は彼女を護り切る事ができなかったのだ。 「そのままよ。おかしな事は考えないで」 自身の無力さを呪うエリオへと、ティアナが声を投げ掛ける。 此処で漸く彼女は、ダガーモードの刃をキャロの首筋から離した。 刃が離れた後に残るは、血液が滲み出す一筋の赤い線。 傷は頸動脈まで至ってはいないらしいが、それでも薄皮が裂かれただけに留まらず、刃が皮下組織にまで喰い込んでいた事を窺わせる。 キャロの口を抑えていた左手が離れ、彼女は小さく震える声を漏らした。 「エリオ君・・・!」 「黙ってなさい」 クロスミラージュ、ダガーモードからツーハンド・ガンズモードへと移行。 左手に握られたクロスミラージュの銃口はキャロの顎下に、残る一方の銃口はエリオの額へと向けられている。 抑え切れぬ憤怒の感情に身体を震わせ、エリオは軋みが上がる程に歯を噛み締めた。 そんな彼を見下ろし、ティアナが口を開く。 「それで・・・こうして先手を取った訳だけれど」 止めを刺す前の気紛れか。 キャロに対する罪悪感と、不甲斐ない己への失望。 それらの狭間でエリオは、眼前に佇む憎むべき敵の言葉を一語一句逃さず聞き取ろうと、聴覚に意識を集中した。 そして、ティアナは続ける。 「そろそろこっちの話を聞いて貰えるかしら・・・ライトニング? できれば冷静に・・・戦闘は無しで・・・」 紡がれたのは、全く予想外の言葉。 唖然とするエリオ。 しかしすぐに、彼は異常に気付いた。 ティアナの身体が、不自然に揺れている。 「全く・・・慣れない事、するものじゃ・・・ないわね・・・」 ティアナの手から滑り落ち、床面へと叩き付けられるクロスミラージュ。 遂にはキャロを取り押さえていた腕すらも離れ、その身体はよろめきながら後退りする。 唐突に解放されその場にへたり込んだキャロも、呆然とそんなティアナを見つめていた。 異常を感じ取ったのか、フリードとヴォルテールも攻撃態勢を解き、しかし未だ警戒しつつ事の成り行きを見守っているらしい。 そんなエリオ達の目前でティアナは、再度に壁面へと背を預けて数度、口を手で覆って苦しげに咳込む。 指の間から溢れ出る液体、黒味掛かった赤。 エリオは我知らず、彼女の名を口にする。 「ティアナさん・・・?」 「まさか、あれでも・・・仕留め・・・損なってた、なんて・・・ね・・・」 「ティアナさんッ!」 背を壁面へと擦りながら、ティアナの身体は摺り落ちる様に床面へと倒れ込んだ。 壁面に残されたのは、放物線状の赤い模様。 咄嗟に駆け出し、倒れたティアナを抱き起こす。 その時、同じく駆け寄ってきたのであろうキャロが、ティアナの背を見るや小さく悲鳴を漏らした。 ティアナを抱きかかえたまま何事かとキャロへ視線を移せば、彼女はフィジカルヒールを発動させると同時に、叫ぶ様に言い放つ。 「背中、撃たれてる! 3発も!」 視線を落としてティアナの背面を見やったエリオは、其処に穿たれた複数の穴を視界へ捉えるや、自身の血の気が引いてゆく事を鮮烈に自覚した。 水泡が潰れる小さな音と共に、一定の間隔を置いて血を噴き出す3つの穴。 射撃手は狙いを定めるつもりなど無かったのか、銃創は左肩に1つ、背面に2つ穿たれている。 大腿部のそれを含めれば、ティアナは4発もの銃弾を受けている事になるのだ。 だが、この3つの銃創は大腿部のそれとは異なり、明らかに新しい。 まるでたった今、この場で穿たれたかの様に。 「ッ・・・!」 フリードの咆哮、警告の意を示すそれ。 瞬間、エリオは弾かれた様に、他の2名の局員へと視線を移す。 果たして視線の先、彼等は床面へと倒れ伏し、その身体の至る箇所から大量の血液を溢れさせていた。 何時の間にと驚愕するエリオだったが、胸元に感じた違和感に再度、視線を腕の中のティアナへと落とす。 彼女は血塗れの手に掴んだ正方形の何かを、エリオのバリアジャケットに備えられたポケットへ入れようとしていた。 出血によるショック症状なのか、酷く震える手を必死に動かし、何とかその行為をやり遂げる。 そして何事かを伝えようと必死に、しかし生気の感じられない血の気の失せた表情で口を動かすティアナ。 思わずキャロと共にその手を握り締め、エリオは自身の耳をティアナの口許へと近付ける。 鼓膜を震わせるのは空気の漏れる異音と、酷く掠れた小さな声。 「真実を・・・地球軍の、計画・・・覚られないで・・・なのはさん達に・・・伝えて・・・」 「エリオ君・・・」 自身の名を呼ぶ声に、エリオはキャロを見やる。 すると彼女は、何事かを恐れる様な表情でエリオの後方、崩落した階層内を指していた。 周囲に響く重々しい、硬い靴底が床面を叩く音。 明らかに軍用ブーツのそれと判る靴音に、エリオはゆっくりと背後へ振り返る。 果たして背後の暗がりの中に、闇よりもなお黒々とした装甲服の影が浮かび上がっていた。 僅かに前屈みになっているのか、通常よりも幾分だが低い位置に視覚装置の赤い光が点っている。 だが、常ならば2つ在る筈のその光は何故か1つしか見受けられず、しかも影は奇妙に揺らいでいた。 何かがおかしいと感じたのも束の間の事、数歩ほど進み出た影の全貌を視界へと捉えるや否や、エリオは息を呑んだ。 「何が・・・!?」 エリオの予想通り、影の正体はランツクネヒトの隊員だった。 だが、その左腕は上腕部から千切れ飛び、左脚は大腿部が大きく抉れて骨格が露出している。 破片を受けたのか、腹部右側面には喰い千切られたかの様な傷があり、其処から内臓器官の一部が覗いていた。 ヘルメットは左側面の一部が粉砕されており、左眼に当たる視覚装置は周囲を覆うマスクの一部と共に損なわれている。 本来ならばマスクの破損した部位からは左眼が覗いている筈だが、当の眼球は周囲の皮膚諸共に失われており、剥き出しの皮下組織と黒々とした眼窩だけが、滲み出す血液を絶え間なく溢し続けていた。 「ひ・・・!」 直視してしまったらしきキャロが、背後で引き攣った悲鳴を上げる。 だがエリオは、隊員から注意を逸らす事ができなかった。 正確には隊員の残された右腕、その手に握られた物体からだ。 20cm程の銃身に、それを僅かに上回る全長のサプレッサー。 一見すると通常のハンドガンに見受けられるが、エリオはそれがマシンピストル、即ち9mm弾を連射可能な質量兵器であると知っていた。 そして同時に、何故ティアナが3発もの銃弾を受けていながら頭部などの致命的な箇所への被弾が無かったのか、その理由へと思い至る。 隊員は致命傷を狙わなかったのではなく、照準を定める事、それ自体が不可能だったのだ。 自身も明らかに致命傷を負っている上に、既にかなりの出血が在ったのだろう。 銃を握る手は震え、大腿部が抉れているにも拘らず歩を進める脚は、しかし1歩毎に不安定によろめく。 両の掌で銃を支えようにも左腕は上腕部から千切れて失われ、震える右腕のみでは照準すら覚束ない。 よって、少しでも命中率を上げる為にフルオートでの射撃を選択したのだろう。 だが、ハンドガン程度の小型銃器から9mm弾を連射した際に発生する強烈な反動を、装甲服の筋力増強が在るとはいえ、弱った右腕の筋力のみで完全に押さえ込む事などできる筈もない。 連続する衝撃に照準は激しく揺れ、十数発の内3発がティアナへと着弾したというところだろう。 もし銃弾がティアナの身体を貫通していれば、その腕に拘束されていたキャロも、今この瞬間に生死の境を彷徨う事態となっていたかもしれない。 その後、隊員は弾倉に残る全ての銃弾を用いて残る2名の局員を射殺し、今こうしてエリオ達の前へと姿を現したという事か。 「・・・これは一体どういう事です? 何故、戦闘なんか・・・!」 どうにか絞り出した言葉は、小さな金属音によって遮られた。 隊員の右腕、サプレッサー先端の銃口がこちらへと向けられている。 不規則に揺れるそれは照準など定まりようもない事を十二分に知らせてはいたが、しかしフルオートである事を考慮すれば、エリオどころかキャロまでが完全に射界へと捉えられている事だろう。 下手に動く事はできない。 互いの距離が近過ぎる為、フリードもヴォルテールも介入の手段が無い。 そもそもティアナとランツクネヒト隊員、現状に於いてどちらを擁護するべきかさえも不明なのだ。 ランツクネヒトとティアナ達は何故、互いにこれ程の惨状となるまで戦闘を行う必要性が在ったのか。 どちらかが攻撃を実行し、それが皮切りとなって交戦状態に陥ったと考えるのが自然ではある。 では、その攻撃はどちらから行われたのか、それを実行した理由は何なのか。 「何故、銃を向けるんです? 僕達は何も知らない」 語り掛けても、隊員は何も言葉を返さない。 エリオ達へと銃口を突き付けたまま、覚束ない足取りで徐々に距離を詰めてくる。 だが何故、この距離で撃とうとしないのか。 其処に思考が至り、エリオは気付く。 ティアナは言っていた。 真実を伝えろ、地球軍の計画、覚られるな。 そして、今は自身のバリアジャケットのポケットに収められている、何らかのメディアデバイスらしき物体。 何故かAエリアに展開していたティアナ達、彼女達を追ってきたランツクネヒト隊員。 これらの事実から導き出される、現状の背景とは。 「・・・彼女達に、何を「知られた」んです?」 瞬間、隊員が僅かに不自然な動きを見せた。 微かなものだったが、エリオはその動揺を見逃さない。 そして確信する。 「やっぱり」 間違いない。 ティアナ達はランツクネヒト、そして地球軍にとって致命的な情報を入手したのだ。 決して知られてはならない、不都合な事実を暴かれてしまった。 その時点で、ティアナ達は情報の奪取に気付いたランツクネヒトを、ランツクネヒトは情報を入手したティアナ達を殺害せねばならない理由が生じる。 攻撃がどちらから実行されたものであれ、今となってはその事実など大した問題ではないのだ。 「彼女は何かを言う前に、貴方に撃たれた」 ティアナがキャロを拘束し自身に投降を迫った理由は、状況を理解していない自身等がティアナ達を攻撃する危険性が在った為だろう。 だがその行動は、ティアナ達を殺害すべく追跡していた隊員に、絶好の機会を与えてしまう事となった。 それまでの戦闘を経て、ティアナ達は既に隊員を殺害したつもりだったのだろう。 ところが、常人離れした強靭さで生き延びていた隊員は、自身達に注意を向けているティアナ達の背後から9mmの弾雨を浴びせ掛けたのだ。 その隊員は今、何をしているのか。 ティアナ達と接触した自身達を撃つ事もせず、何を。 「それ程に、知られたくない事だったんですね?」 答えは1つ。 彼は待っている。 通信が回復する、その時を待っているのだ。 コロニー外に展開するランツクネヒト、或いは地球軍へとこの状況を知らせる為に。 自身等に関しては、ティアナからどれ程の情報を得たか、隊員が知る由も無い。 通常ならば時間的にも状況的にも、多くの情報を伝える事は不可能と判断できる。 だがそれは、通常の人間ならばの話だ。 自身もキャロも、そしてティアナも魔導師。 つまり念話という、魔導師のみが用いる事のできる通信手段が在るのだ。 それを通じて、既に情報の遣り取りが在ったのではないか。 隊員は、それを疑っているのだろう。 実際には、ティアナは念話を使う事もできぬ程に消耗していたのだが、彼にそれを知る由など在る筈もないのだ。 「ランツクネヒトは・・・地球軍は何を隠しているんですか」 本来ならば、有無を言わさず自身等をも射殺するつもりだったに違いない。 だがこの場には、フリードとヴォルテールが存在した。 主へと銃口が向けられている、自身が攻撃を実行すれば主を巻き込んでしまうという、この2つの事実によって彼等の行動が封じられている事は明らかだ。 しかし、この状況下で自身はともかくキャロが殺害される事が在れば、2騎は即座に行動を開始するだろう。 隊員は微塵の抵抗も許されずに殺害され、一連の事実が外殻に展開する部隊へと知らされる。 実際には、使役竜と守護竜である2騎と明確な意思の疎通を行える人物はキャロのみであり、その他の人間が彼らの意思を読み取るには複雑な術式が必要なのだが、目前の隊員が其処までの情報を得ている可能性は低い。 しかし同時に、2騎が非常に高い知性を有している事実は、既にランツクネヒトにも知れ渡っている。 その情報が災いしたのだろう、結果的に隊員は通信回復を待つ以外の選択肢を封じられてしまったのだ。 「・・・答えられませんか」 では、自身はどう動くべきか。 このまま時間だけが経過し、通信が回復する事が在れば、全てはランツクネヒトと地球軍の思惑通りに修正されるだろう。 自身とキャロ、フリードとヴォルテールは諸共に処理され、ティアナ達と共々、誇り高い戦死者としてリストに名を連ねる事となるに違いない。 それだけは、在ってはならない事だ。 「それでも構いません。貴方が話そうが話すまいが、もう関係ないんです」 真実を伝えなければ、地球軍の思惑を明らかにしなければならない。 勿論、それも在る。 ティアナ達の行動を、その犠牲を無駄にしてはならない。 無論の事、それも理解している。 だが自身には、それらよりも優先すべき事が在る。 他の全てを切り捨て、自身の生命すら捨ててでも成さなければならない事が在る。 たった1つ、他の何にも勝る誓い。 大切な人達を殺めながら、それに対し何ら感慨を抱けなくなってしまった自身に残された、最後の大切なもの。 「・・・全部聞いたぞ、「地球人」!」 キャロを、護る。 「キャロ!」 ティアナを左腕へと抱えたまま、JS事件後の2年間で習得したブリッツアクションを発動。 デバイスを通さずに発動した為に幾分か負荷が掛かるが、一瞬でキャロとの距離を詰め彼女の華奢な身体を残る右腕で抱え上げる。 キャロもエリオの意図を察知していたのだろう、接触に合わせて後方へと跳んでいた為に、衝撃は最小限に抑えられていた。 エリオの背を叩く衝撃、体勢が崩れる。 「エリオくんっ!」 僅かに遅れ、連続して聴覚へと飛び込んだ、小さな空気の破裂音。 ランツクネヒト隊員、9mm発砲。 悲痛な声を上げるキャロ。 それら全てを無視し、エリオはそのまま崩落跡へと飛び込んだ。 背後、爆発にも似た破壊音と衝撃。 ティアナとキャロを決して離さぬよう、エリオは2人をしっかりと抱えたまま人工重力域を脱し、無重力圏を突き進む。 「ヴォルテールッ!」 キャロが叫ぶと同時、背後へと現れる巨大な影。 周囲の階層から漏れ出る赤い警告灯の光に照らし出され、アルザスの守護竜は超然たるその威容を空間に浮かび上がらせていた。 そしてヴォルテールはその掌へと、3人の身体を優しく受け止める。 エリオはキャロの身体を解放し、細心の注意を払いつつティアナの身体を優しく横たえた。 ヴォルテールの頭部を見上げ、一言。 「エリオ君、背中・・・!」 「2人を、頼むよ」 キャロの言葉を無視し、ヴォルテールの頭上を横切るフリード、その背面を目掛け跳ぶ。 無重力中を突き進むエリオにタイミングを合わせ、寸分の狂い無く背面の中心へと受け止めるフリード。 そのまま旋回し、再度に先程の階層へと向かう1人と1騎。 視線の先、目的の箇所では粉塵が周囲の空間を埋め尽くし、その中に金色の魔力残滓が煌く。 エリオが隊員に発砲を促す台詞をぶつけ、被弾しながらも無重力圏へと脱した直後。 彼はフリードの背に預けたストラーダを遠隔操作し、最大出力での魔力噴射を実行させていた。 「AC-47β」によって増幅された魔力は、推進力を増す為に極限まで圧縮され、ランツクネヒトの改造によって増設されたプロペラントタンクへと蓄積される。 ティアナと対峙した時点で既に充填されていたそれを利用し、無重力中での銃撃を避ける為にストラーダを構造物へと突入させたのだ。 魔力付与等は行っていないものの、突入速度は音速の4倍以上である。 直撃など望むべくもないものの、余波はかなりのものであった筈だ。 だが、仕留めたという確証が無い以上、エリオは其処で済ませる気など毛頭なかった。 「ストラーダ!」 自身の側面へと手を翳し、相棒の名を叫ぶ。 瞬間、構造物内で爆発が起こった。 周囲の粉塵を消し飛ばし、宛らミサイルの如く飛来する、鈍色の槍。 音速を超えて側面の空間を突き抜けるその柄を、エリオは苦も無く自然な動作で掴み取った。 衝撃波と魔力の残滓がバリアジャケットを打ち据えるも、瞬間的に強度を増した障壁を突破する事は叶わない。 足下のフリードも慣れたもの、動揺する気配は全く無かった。 エリオはストラーダを構え、メッサー・アングリフの発動態勢を取る。 フリードのブラストフレア、ブラストレイは使えない。 余り派手にやり過ぎては、外殻のランツクネヒトに気付かれてしまう。 此処で自身が、確実に仕留めなければならない。 「見付けた・・・!」 そして、エリオは目標を視認する。 階層の一画、よろめきつつも構造物の奥へと逃亡を図る影。 ストラーダの矛先を向け、寸分の狂い無く進路を設定する。 向こうも、こちらに気付いたのだろう。 牽制のつもりか、振り返って銃口をこちらへと向けている。 弾倉を交換したのならば、27発の銃弾が装填されている筈だ。 「フリード!」 だが最早、エリオは躊躇しなかった。 照準が定まっていない事を確認するや否や、彼はフリードに降下を指示し、同時にメッサー・アングリフを発動。 急激に下方へと軌道を逸らしたフリードの背から、エリオは発射されたミサイルの如く宙空へと射出された。 直後、サイドを除く全てのブースターノズルから、爆発そのものと化した圧縮魔力の奔流が解き放たれる。 瞬間、引き延ばされる体感時間。 可視化した衝撃波が容赦なく全身を襲い、後方へと引き延ばされた視界の中心で隊員が構えるマシンピストル、その銃口に装着されたサプレッサーの先端が跳ねる。 銃弾は見えない。 進路に変更なし。 見えない何かへと跳ね返るかの様に、幾度も幾度も異なる方向へと跳躍を繰り返す銃口。 だがやはり、銃弾までを見切るには至らない。 突撃継続、腹部に衝撃。 エリオは止まらない。 ストラーダに備わる全ての推力偏向ノズルを後方へと向け、「AC-47β」より齎される膨大な魔力の全てを推進力に変えて突撃する。 引き延ばされた感覚の中、徐々に迫り来る漆黒の装甲服。 だが次の瞬間、エリオは自身の右腕を襲う衝撃を感じ取った。 次いで視界へと移り込んだものは、自身を置いて加速してゆく相棒の影。 撃たれた? 右腕を撃たれたのか。 その衝撃で握力が緩み、ストラーダを手放してしまったらしい。 直進したストラーダは、敵に直撃するだろうか? 視界の中、エリオを残し直進してゆくストラーダ。 しかしその前方で、隊員は身を捻る様にして回避行動を取っていた。 衝撃波までをも受け流す事は不可能だろうが、少なくとも直撃だけは避けられる動き。 エリオは咄嗟にブリッツアクションを発動、右肩を突き出す様にして衝突態勢を取る。 既にストラーダの進路と、エリオ自身の進路は僅かに逸れていた。 隊員はストラーダの回避には成功するだろうが、その直後にエリオの体当たりを受ける事となる。 果たして数瞬後、その予測通りの事が起こった。 エリオは、ストラーダ通過の余波を受けて吹き飛ばされた隊員の胴部へと、こちらも音速を超える速度にて肩から突入したのだ。 「がッ!」 衝突の瞬間、体感時間が通常の状態へと戻ると同時に、エリオの口から獣じみた呻きが漏れる。 彼を襲ったのは、衝突の衝撃だけではない。 障壁の全てを前方への物理防御強化に傾けた為、防音機能と衝撃緩和が不完全な状態となっていたのだ。 その為にエリオは、鼓膜を劈く轟音と全身の骨格が砕けんばかりの衝撃、その双方を同時に受けてしまった。 だが、意識を失う事は許されない。 ランツクネヒトの装甲服が有する耐久性は、常軌を逸している。 この程度の衝撃では、着用者の意識を奪えるか否か判然としないのだ。 果たして、衝撃に瞼を閉じたエリオの左側頭部へと、金属性の硬い物体が押し付けられる。 サプレッサーだ。 「かぁァッ!」 エリオは再び獣の咆哮を上げ、ブリッツアクションを発動すると共に左腕を下から上へと振り抜いた。 左手がサプレッサーを弾く感覚と、発射された銃弾が額を削る感覚。 瞼を見開くと、眼と鼻の先に破損したマスクが在った。 破れた左側面部位から、黒々とした眼窩が覗いている。 掴み掛かってくる右腕。 咄嗟に、エリオは剥き出しになった眼窩、皮下組織が露わとなっている其処に、全力で自身の額を叩き付けた。 それだけに止まらず、彼は隊員の腹部右側面、剥き出しの内臓器官へと左腕を突き込む。 その手に触れる臓器に爪を立て掻き回し、力任せに握り潰した。 エリオの額から噴き出す血と隊員の眼窩から噴き出す血、エリオの背面と隊員の内臓器官から噴水の如く溢れ返る血とが混ざり合い、赤黒い大量の血飛沫となって周囲の構造物を染め上げる。 流石に、剥き出しとなった皮下組織への打撃、そして内臓器官への直接攻撃は強烈な効果を齎したのか、隊員は右手を眼窩の位置へと当てて仰け反り、床面へとその身を叩き付けた。 そして同時に、エリオの視界へと飛び込んだ物は、傍らに転がるマシンピストル。 彼は咄嗟に、肉片が纏わり付いたままの左手を伸ばし、そのグリップを掴んだ。 だがその直後、床面へと倒れ込んでいた隊員の上半身が、弾かれた様に跳ね上がる。 一瞬の虚を突かれ、エリオは一気に上下の位置を逆転された。 同時に襲った衝撃、エリオの頸部を掴む隊員の右手。 更にその一点へと圧し掛かる、成人男性と装甲服を併せた重量。 「が・・・あ、ぎ・・・!」 瀕死の人間のものとは思えない、凄まじい握力がエリオの咽喉を締め付ける。 必死にもがき、被弾によって力の入らない右腕を激しくヘルメットへと叩き付けるも、その行為は一向に意味を為さない。 視界が徐々に赤く染まり、喉の奥からは鉄の臭いが込み上げてくる。 そうして、口許から一筋の熱い液体が溢れ出した事を自覚した瞬間、エリオ自身の意識を無視するかの様に左腕が動いた。 手首を内に向け、自身に圧し掛かる隊員との間へと強引に差し入れる。 違和感に気付いたのか、隊員の首が下へと傾いた、その瞬間。 第二指に感じる金属の抵抗諸共に、エリオの左手は有りっ丈の力で握り締められていた。 「ッ・・・!」 左腕に衝撃。 エリオの首を握り潰さんとする隊員、漆黒の装甲服が奇妙に震える。 連続する衝撃、揺さ振られる左腕。 それに合わせるかの様に、装甲服から小刻みな振動が伝わる。 咽喉を締め付ける隊員の右手には瞬間的ながら更なる力が加わり、エリオは呻きさえ上げられずに眼を見開いた。 だが次の瞬間、左腕の振動が止むと同時に、咽喉に掛けられた手が脱力する。 濃密な鉄の臭いと共に、肺へと流れ込む酸素。 耐え切れずにエリオは咳込み、その途中で左腕に圧し掛かる装甲服を跳ね除けた。 それまでの激しい抵抗が嘘の様に、漆黒の影は呆気なくエリオの側面へと仰向けに転がる。 エリオもまた身体を捻り、うつ伏せになって手を突き咳込み続けた。 視界の中、床面へ点々と描かれる赤い斑点。 暫し思考を放棄して荒い呼吸を繰り返すエリオだったが、思い出したかの様に床に突いた左腕、その手に握られたマシンピストルに気付く。 「あ・・・」 その口から零れる、意味を為さない声。 手の中のマシンピストル、眼前へと掲げたそれのトリガーは、他ならぬエリオの第二指によって限界まで引かれた状態のままとなっており、上部のスライドは後退したまま固定されていた。 それは即ち、弾倉内の弾薬を撃ち尽くした事を意味している。 エリオは肉片と血に塗れた自身の左手、其処に握られたマシンピストルを呆然と見つめ、次いで傍らに転がる装甲服の胸元を見やり、絶句する。 穴が穿たれていた。 胸元から咽喉部に掛けて、複数の穴が。 1つや2つではない、十数もの穴が密集して穿たれ、まるで崩れ掛けの蜂の巣の如き惨状を曝していた。 バリアジャケットすら容易く貫く銃弾が十数発、しかも全くの零距離から。 装甲服に穿たれた穴の下、肉体がどの様な状態になっているかなど、溢れ返る血液を見れば考えるまでもなく明らかだ。 ふと頭上を見上げれば、天井面にも複数の穴が穿たれているではないか。 どうやら数発の銃弾は隊員の身体を貫通し、背面を内から喰い破って天井面へと着弾したらしい。 周囲の惨状を一通り把握したエリオは、そのまま呆然と座り込む。 覚悟は、疾うに決めていた。 敵対を選択した瞬間から、自身はランツクネヒト隊員を殺害する決意を固めていたのだ。 今更、殺人を躊躇する権利など自身には無い。 少なくとも自身はそう考えていたし、その覚悟は済んでいると自認していた筈なのだ。 ところがどうだ。 単に殺害方法がストラーダによる刺殺から質量兵器による射殺に替わっただけで、自身は明らかに動揺している。 確かに、バイドに侵された訳でもない、通常の人間を手に掛けるのは初めての事だ。 だが今更、何を戸惑う事が在るというのか。 ミラとタント、そして2人の子供も、手を下したのは自身ではないか。 敵対する人間を1人殺めたところで、それが何だというのだ。 「エリオ君、無事なの!?」 「・・・キャロ」 背後の声に、エリオは振り向く。 何時の間にか階層へと戻っていたキャロはこちらへと駆け寄るが、エリオの左手に握られたマシンピストル、次いで傍らに転がる隊員の死体へと視線が向くや否や、その表情に驚愕を浮かべて足を止めた。 数瞬後には再び歩み始めたものの、彼女の纏う雰囲気からは明らかな戸惑いと、微かではあるが確かな恐怖が感じられる。 エリオはそんなキャロを、奇妙に平静となった思考で以って見つめていた。 彼女は実に的確に、この場で起こった事を理解しているだろう。 ならば、何も問題は無いのだ。 「エリオ君・・・撃たれて・・・!」 「大した事はないよ。腕を撃たれただけ・・・」 「喋らないで! 背中とお腹を撃たれてるんだよ!」 キャロの言葉を受け、エリオは何の事か解らぬまま自身の腹部を見やる。 果たして視線の先、バリアジャケットの腹部は赤黒い血に塗れていた。 そういえば撃たれていたかと、他人事の様に思い返すエリオ。 血を吐き出したのは、咽喉を締め上げられた所為ばかりではなかったらしい。 腹部に手をやり、紅く染まった掌を見つめながら、エリオは言葉を紡ぐ。 「まあ・・・まだ大丈夫だよ。それよりティアナさんを・・・」 「ティアナさんは・・・」 瞬間、キャロの表情が酷く悲しげに歪んだ。 嫌な予感を覚えたエリオはキャロの制止を振り切り、マシンピストルを打ち捨てて宙空へと飛び出す。 目指すは、崩落面から10m程の位置に浮かぶヴォルテール、その掌の上だ。 狙い違わず到達し、横たわるティアナを覗き込む。 まだ、息は在る。 だが同時に、辛うじて呼吸をしてはいる、それだけなのだと否が応にも理解せざるを得なかった。 肌は青白く、その体温は極端に低い。 小刻みに繰り返される呼吸は、明らかに異常だ。 何より、キャロ1人で行ったフィジカルヒールによる応急処置では、傷の全てを塞ぐまでにかなりの出血が在った事だろう。 体内の血液が、決定的に足りない。 「どうする・・・!?」 外殻へ運ぶか? 否、自身とキャロだけならばともかく、ティアナの状態は明らかに誤魔化しが利かない。 本人の意識が在れば如何様にも切り抜けられるだろうが、現状の彼女は意識不明だ。 更に云えば、瀕死の彼女を救う為には、医療魔法だけでは役不足だろう。 医療ポッドによる集中治療が必要となるだろうが、しかしポッド内での解析が始まれば銃創に気付かれる事は明らかだ。 当然ながら、それがランツクネヒトに配備されている9mmによるものである事も、忽ちの内に判明するだろう。 何より、背面の銃弾は摘出に至っておらず、未だティアナの体内へと残されているのだ。 「どうすれば・・・!」 ならばどうする。 ティアナを此処に残すか? それも結果は同じ、いずれ発見されて全てが明るみに出るだろう。 彼女だけでなく、同時に他の2名の局員と、ランツクネヒト隊員の死体も発見される。 そうなれば、全て終わりだ。 「くそッ!」 いっその事、全てを灰にするか。 最小出力のブラストフレアで、ティアナを含め全てを焼却してしまえば、事態の全貌が明らかになる懼れは無い。 非情だが、立場が逆となればティアナの思考も、最終的にこの方法へと至るだろう。 だが此処で、ひとつの懸念が浮かぶ。 この場の3体以外にも階層内に、明らかに戦闘によるものと判る死体が存在したなら? 「エリオ君、ティアナさんは・・・」 「黙って!」 なんて事だ。 そうなればもう、打てる手は無い。 バイドの撃退に成功してしまった以上、ランツクネヒトは然程に時間を置かず生存者の捜索へと移行するだろう。 後は死体が発見されるまで、1時間と掛からない。 「エリオ君、あれ!」 「キャロ、今は黙って・・・」 「いいから、見て!」 背後からエリオの肩を引くキャロ。 彼女の必死な声に、エリオは思考を中断して振り返る。 だが、何かおかしい。 キャロはヴォルテールの指の間から、何故かコロニー内部を見下ろしていたのだ。 訝しみつつもエリオはその隣へと移動し、同じく下方を見やる。 機能を回復したコロニー内部の光に照らされ浮かび上がる、黒地に黄色の塗装。 円筒状の奇妙な3つのユニットが回転する、橙色の光を放つ球体。 闇よりもなお暗く其処に在る、漆黒のキャノピー。 「ストラーダッ!」 エリオは叫ぶ。 直後、階層の一画を喰い破り、数分前と同様にストラーダが飛来した。 エリオはそれを受け止めると同時、キャロの襟首を掴んで自身の背後へと放り、構えを取ってその瞬間に備える。 果たして数秒後、その機体はエリオ達の眼前へと浮かび上がった。 忌まわしき機体、理解はしても納得など決してできる筈もないそれ。 「R-13T ECHIDNA」 信じられなかった。 眼前のR戦闘機、ノーヴェの体組織から培養された制御ユニットを搭載されたそれは、無人機として脱出艦隊に配備された筈なのだ。 それが何故、このコロニーに存在するのか。 この機体が此処に存在するという事は、脱出艦隊はどうなったのか。 「どうして・・・こんな時に・・・!」 キャロが、呻くかの様に呟いた。 エリオにしてみても、何故この最悪のタイミングでR戦闘機が出現したのか、奇妙に思う以前に恨み事ばかりが脳裏へと浮かんでしまう。 何もかもが無駄になってしまったのだ。 ティアナ達の行いも、エリオが繰り広げた戦闘も、全てが。 未だ通信は回復してはいないが、R戦闘機ともなれば話は別だ。 既に此処での事は、眼前の機体を通してランツクネヒトの知るところとなっているだろう。 もう既に、状況の趨勢は決したのだ。 「終わりか・・・」 フリードとヴォルテールは、抵抗する素振りどころか唸り声さえ発しない。 彼等も、十二分に理解しているのだ。 たとえ実験機とはいえ、R戦闘機とは自身等が抗える様な存在ではないと。 だからこそ彼等は、眼前の機体を刺激せぬよう沈黙を保っている。 だがそれでも、いざとなればキャロを護るべく、最後まで抵抗するのだろうが。 キャロが、無言で手を握ってくる。 エリオがその手を握り返す事はないが、それでも彼女は決して手放そうとしない。 僅かにそちらを見やると、彼女は諦観に満ちた儚い笑みを浮かべていた。 それがどの様な意図から浮かんだものなのか、エリオは思考しようとする自身を押し止める。 その理由が解ったところで、今となっては何の意味も無いからだ。 「・・・で? 殺すのか、僕達を」 挑発的な言葉を投げ掛けるエリオ。 相手は無人機、意味など無い。 この言葉はシステムの向こう、眼前の無人機を通じてこちらを窺っているであろう、ランツクネヒトに対する皮肉だ。 これで何かしらの変化が在る訳でもない、意味のない捨て台詞。 少なくとも、エリオ自身はそう考えていたのだ。 ところが、数秒後。 「え・・・」 「何やって・・・?」 無人機R-13Tは、思いもよらぬ行動に出た。 フォースと分離した後、何とキャノピーを解放して接近してきたのだ。 R戦闘機としては小型の部類であるとはいえ、20m近い機体が接近してくる様は、かなりの威圧感が在った。 機首とフォースを繋ぐ光学チェーンがヴォルテールに触れぬよう、機首の角度を調整しつつ5m程の位置に静止。 それ以上の何をするでもなく、無防備な側面を曝している。 これは一体、如何なる意図による行動なのか。 エリオはR-13Tの行動の真意を読み取る事ができずに、制御ユニットを収めた灰色のポッド、キャノピー内に鎮座するそれを呆然と見つめる。 しかし十秒程の後、唐突に傍らへと展開されたウィンドウに、エリオの意識は釘付けとなった。 我知らず零れる言葉。 「・・・嘘だろ?」 そのウィンドウは確かに、ランツクネヒト及び地球軍が使用するものと同一のシステムだった。 機能性以外の全てが排除されたデザインは、管理世界に普及する各種メーカーのそれとは明らかに異なる。 だが、ノイズと共に一瞬で再展開されたウィンドウは紛う事なく、管理局に於いて正式採用されているメーカーのものだった。 そして、其処に表示される文字の羅列は、明らかにミッドチルダ言語によって構成された文章。 『ティアナ・ランスターの身柄を引き受ける。直ちに此処から離脱し、生存者に真実を伝えろ。幸運を祈る』 「エリオ・モンディアル」、そして「キャロ・ル・ルシエ」へ。 その2つの名を最後に、文章は締め括られていた。 「まさか・・・貴女は!」 キャロが、堪らずといった様子で叫ぶ。 エリオは数度、制御ユニットとウィンドウ上の文章とを交互に見やり、そして決断した。 背後に横たわるティアナへ向き直り、歩み寄ってその身体を抱え上げる。 再びR-13Tへと向き直ると、未だ制御ユニットを見つめるキャロの傍らを通過、ヴォルテールが掌の上へと生み出す重力域を抜け、無重力中を浮遊しキャノピーへと到達した。 そしてキャノピー内の余剰空間、成人1人が漸く入り込めるだけの其処へとティアナを横たえる。 でき得る限り負担が掛からない姿勢にティアナの身体を安定させると、エリオはキャノピー外縁部に立ち、改めて制御ユニットを見やった。 そして、宣言する。 「被災者の方は任せて下さい・・・ティアナさんを、頼みます」 外縁部を蹴り、R-13Tの機体から離れるエリオ。 閉ざされてゆくキャノピーを見つめる彼の脳裏には、これからすべき事柄が明確に浮かび上がっていた。 R-13Tの外観を眼へと焼き付け、彼はヴォルテールへと視線を移す。 巨大な守護竜の掌の上に座するキャロの瞳は、既に決然たる意思を宿していた。 自身の負傷さえ忘却し、こちらを見やるキャロへと頷いてみせるエリオ。 その遥か頭上と下方、艦艇の突入と離脱によってコロニーへと穿たれた、巨大な穴の両端。 其処から覗く、死と破壊に彩られた無重力の戦場。 未だ残る核の焔、黄昏時の陽光にも似たその光によって照らし出された空間で、赤と青、そして紫の閃光が爆発した。 * * 『警告。EA波複数検出、極広域。EP展開中、警戒せよ』 突然の警告。 漸く緊張が解れ始めていた矢先であっただけに、はやては文字通り、呼吸が止まる程に驚愕した。 ベストラ及び防衛艦隊との通信は回復したものの、何故かコロニー内部を含む他方面とのそれは一向に繋がる様子が無いという、奇妙な状況。 輸送艦群の救出作業が滞りなく完了した後、ランツクネヒト人員の大部分をAエリアへと残して外殻の部隊はEエリア近辺へと戻り、引き続き通信途絶の原因究明へと移行していたのだ。 頭上にはベストラより派遣された第97管理外世界の技術者、そして警護のランツクネヒト人員を乗せた輸送艦が2隻、帰還の途に就こうとしていた。 通過してゆく輸送艦、その艦体下部を見上げていた最中の、司令部からの警告である。 はやてを始め、周囲の人員が即座に詳細を問い返す。 「司令部、それはバイドによるものか? 検出源の位置は」 『最大出力でのEA波照射源は当域より離脱中、コロニーから離脱したヨトゥンヘイム級と推測される。その他に複数の照射減が存在するが、高出力かつ変則的な軌道を繰り返しているらしく、位置の特定は不可能』 「通信の途絶は、ソイツらが妨害工作を行っていたんだな?」 『そう判断して間違い無いだろう。現在、ヴィットリオとペレグリン隊がヨトゥンヘイム級の追撃に当たっている。敵中枢と思われる目標艦を撃破し・・・』 唐突に途絶える、司令部からの言葉。 はやては眉を顰め、沈黙したウィンドウを見据える。 周囲の人員も、ほぼ同様にウィンドウへと視線を集中していた。 そして、数秒後。 放たれた言葉は、悪夢が未だ去ってはいない事を告げていた。 『・・・駆逐艦ヴィットリオ及びペレグリン1、ペレグリン4、反応消失! 高速移動体複数、急速接近!』 直後、閃光。 視界の全てが白く染まり、聴覚までが一瞬で麻痺した。 防音障壁は全く意味を為さず、全身を打ち据える衝撃は瞬間的に意識を刈り取る。 一瞬だった。 少なくともはやてにとっては、瞬間的な事として捉える他なかった。 閃光が視界に溢れた瞬間、自身が衝撃を受けて意識を失ったらしい事は解る。 その一瞬後には覚醒し、閉ざされていた瞳を見開く事ができた。 ところが、視界へと映り込んだ周囲の状況は、一瞬前とは全く異なっていたのだ。 はやては、焦燥の滲む表情でこちらを見下ろすザフィーラの腕の中に庇われており、更には必死の形相をしたヴィータが傍らに着いていた。 状況を把握できないはやては、念話で以って彼等へと問い掛ける。 『何や・・・私、何で倒れて・・・』 『良かった・・・目が覚めたんだな! 20秒位だけど、はやて気絶してたんだよ! なのはも意識が無い!』 『主はやて、鼓膜は無事ですか? 防衛艦隊とコロニーが攻撃を受けた様です。今のところ詳細は不明ですが、あれを見る限りかなりの被害かと』 『あれ?』 訊き返すとザフィーラは身を引き、その背後の空間をはやての視界へと曝した。 はやては映り込んだ光景に息を呑み、呆然と言葉を紡ぐ。 まるで、信じたくない事実を、しかし何とか受け入れようとするかの様に。 『・・・何が起きた?』 『分かりません。閃光の後、私も数瞬ほど意識を失っていた様です。覚醒した時には、既に・・・』 ザフィーラの返答を聞き留めつつ、はやては周囲を見回す。 つい先程まで頭上に在った、2隻の輸送艦。 1隻は艦体の半ばより2つに裂け、今は小爆発を繰り返しながらコロニーより遠ざかりつつある。 誘爆を繰り返すそれは、搭乗者の生存など望むべくもないという事実を、まざまざと見せ付けていた。 残る1隻に至っては、跡形も無い。 拡がり行く炎の波だけが、輸送艦が確かに存在したのだという事実を物語っていた。 彼方では、複数の爆発が発生している。 それらが何かなど、考えるまでもなかった。 防衛艦隊だ。 R戦闘機による援護が在ったとはいえ、全方位より撃ち掛けられる戦術核の弾幕すら掻い潜り生き延びた艦艇群が、一瞬の閃光と同時に撃破されたのだ。 コロニー外殻、Iエリア方面を見やる。 やはり、コロニーを中心に拡がり行く炎の壁と無数の残骸。 次いで、Aエリア方面へと視線を移す。 今のところ、異常は無い様に見受けられた。 漸く港湾施設を脱した8隻の輸送艦が、遅々とした速度で離脱を開始している。 思わず安堵の息を漏らしたはやてだったが、輸送艦群の進路上に浮かび上がった影を視認した瞬間、彼女の意識は凍り付いた。 「うそ・・・」 新たな爆発の光に照らし出され、影の全貌が浮かび上がる。 同時に、周囲の人員もその存在に気付いたらしい。 無数の声が上がり、念話と通信が錯綜する。 奇妙に揺らめくその影は、球状の部位と槍状の部位が癒着し、更にその後方から幾本かの触手が伸びたかの様な、余りにも醜悪な形状だった。 だが、はやてはその形状に見覚えが在る。 脱出艦隊が出航する数時間前、衝撃的な事実と共に提示された、計9機のR戦闘機に関する簡易データ。 その中に在った、とある異形の機体。 「B-1A2 DIGITALIUS II」 植物性バイド因子添加試作機・改良型。 脱出艦隊と共に在る筈の機体が、コロニーの目と鼻の先に存在していた。 はやては驚愕に眼を瞠り、同時に今にも暴走しそうな思考を何とか抑え込む。 脱出艦隊はどうなったのか。 何故あれが此処に在るのか。 先程の攻撃とあれの関係性は。 それら全ての疑問を何とか押しやり、彼女はシュベルトクロイツ、被災した技術者達とランツクネヒトの協力により複製されたそれを構え、B-1A2を見据える。 この瞬間に問題となり得るのは、あの機体が敵か味方かというだけの事だ。 そうして、フレースヴェルグの発動態勢へと移行したはやての意識へと、漸く覚醒したらしきなのはからの念話が飛び込む。 『はやてちゃん、何を!? あれは味方で・・・』 『寝ぼけとるんか、高町一尉? 脱出艦隊に付いとった筈のあれが此処に在るのは、どう考えたっておかしいやろ。おまけに正体不明の攻撃とこのタイミング、疑わん方がおかしいわ』 『そんな! だってあれはスバル・・・』 「違う!」 叫ぶはやて。 視界の端で、ザフィーラとヴィータを含む数人が、驚いた様にこちらを見る。 だが、彼女はそれを気にも留める余裕すらなく、音声と念話の双方で叫び続けた。 「スバルやない、スバルなんかやない! あれは唯の機械や! 意識も何も持たん、唯の部品や! あれをスバルだなんて呼ぶのは、たとえなのはちゃんでも許さん!」 『はやてちゃん・・・』 「解ったら構え! 敵か味方か判らん以上、攻撃態勢だけは維持しとくんや! やらんか、高町一尉!」 地響きの様な爆音が轟く中、周囲へと展開する人員の間に沈黙が満ちる。 数秒後、了解、との念話がなのはより返された。 100mほど離れた地点で、桜色の魔力光が集束を始める。 それを確認し、はやてもまたフレースヴェルグの発動準備を再開した。 ヴィータもザフィーラも、何も言葉を挟まない。 2人とて、なのはの胸中は良く理解しているだろう。 しかし同時に、はやての言葉が正しいものであると理解しているからこそ、無言のままに迎撃態勢を取っているのだ。 少なくともはやてはそう考えており、それが間違ってはいないと信じている。 それでも、鬱屈した思いが首を擡げる事は避けられなかった。 あれは、断じてスバルではない。 なのはに対して言い放った通り、あれは唯の機械だ。 人間としての姿は疎か、その意識さえ有し得ない、単なる部品。 ごく僅かな有機体と、その10倍以上の質量を有する機械類によって構成され、50cm程の円筒形のポッドに収められた有機質制御系。 だから、あれに対して何らかの感慨を抱く必要性など、僅かたりとも在りはしない。 制御下に在るならば利用し、敵対するならば排除するまでだ。 『ビクター2よりベストラ、聞こえるか。何故、此処にB-1A2が存在する? 脱出艦隊からの連絡は無いのか。先程の攻撃は何処から?』 管制を担っていた機動兵器の1機より、ベストラへと通信が飛ぶ。 その間にもB-1A2は特に動きを見せる事もなく、一切の機能を停止したかの様に宙空を漂っていた。 詠唱を済ませたはやては、その機体から目を離す事なく、ベストラからの返答を待つ。 だが数秒が経過しても、ベストラが応答する様子は無い。 『ベストラ・・・ベストラ、どうした? 爆発が続いている・・・防衛艦隊は何と戦っているんだ? ペレグリン隊、シュトラオス隊・・・おい、どうなってる!?』 通信の声が、徐々に焦燥を増す。 脳裏へと浮かぶ、余り愉快ではない現状への推測。 はやての額には何時の間にか汗が滲み、肌が粟立っていた。 通信は、更に続く。 『ヤタガラス、アクラブ! 何故、応答しない! 交戦しているのはこちらからも見えて・・・待て』 ビクター2の言葉が途絶え、はやてを含む全ての人員の傍らへと、新たなウィンドウが開かれる。 B-1A2から外した視線の先、拳ほどの大きさのそれにはノイズが奔るばかりだったが、時折混じる言葉らしきものを聞き取る事ができた。 一体、これは何なのか。 訝しむはやての意識に、ビクター2の声が響く。 『ビクター2より総員、大出力中距離通信用レーザーを検知・・・ベストラからじゃない。妨害が激しいが・・・』 『こちら脱出艦隊、旗艦ウォンロン! コロニー防衛艦隊・・・』 ビクター2の言葉を遮り、唐突に割り込む通信。 どうやらレーザーの発信源が、強制的にビクター2のシステムへと介入したらしい。 そんな事が可能である存在は、バイドか地球軍、ランツクネヒトしか有り得ない。 そして、レーザーの照射源はこうも言った。 脱出艦隊、旗艦ウォンロン。 地球軍に救援を要請すべく、人工天体外部へ向かった11隻の戦闘艦と、それらを指揮する巨大な空母型戦闘艦。 彼等の出航から、まだ6時間しか経過していない。 作戦終了までの予測所要時間は11時間。 にも拘らずウォンロンは現在、中距離通信用レーザーが使用可能な距離にまで、コロニーへと接近しているという。 その事実から推測するに、作戦は失敗したという事だろうか。 そんな事を思考する間にも、ウォンロンとビクター2の通信は続く。 だが、どうやら通信妨害が激しさを増しているらしく、ウォンロンからの通信もまた、途絶えては繋がるを繰り返していた。 ウォンロンは何事かを伝えようとしているらしいのだが、その言葉は通信の切断と合わせて意味を為さない単体の音となってしまう。 レーザー検知直後の通信を最後に、ウィンドウから放たれる音声は、正確な聞き取りすら不可能なものとなっていた。 ビクター2はどうにか通信状態を回復させようと試みているらしく、新たに展開したウィンドウには無数の波形と立体グラフが犇めき、その全てが目まぐるしく変動を続けている。 そしてある瞬間、全ての波形が変動を止め、立体グラフ上に凪いだ平面が拡がった。 ウィンドウの色は赤から青へと移行し「通信回復」の文字が表示される。 漸くか、とウィンドウからB-1A2へと視線を戻したはやてが、ウォンロンより放たれる言葉に注意を傾けた、その瞬間。 『ウォンロンよりコロニー防衛艦隊、警告! ユニット「TYPE-02」搭載機、一部暴走! 当該ユニット搭載機B-1A2、全機スタンドアローン! 現在、敵対行動を継続中!』 歪な植物体の後方で、光が爆発した。 「な・・・!」 B-1A2、急加速。 フレースヴェルグを発動するどころか、はやてが声を上げた時には既に、B-1A2は輸送艦群の中心を貫いてコロニーへと急接近していた。 ザイオング慣性制御システムと反動推進システム、双方を併使用してこそ可能となる、常軌を逸した戦闘機動。 即座に反応した質量兵器群の砲撃は空しく宙空を貫き、ミサイル等の誘導弾は目標を見失って自爆する。 B-1A2の戦闘機動開始とほぼ同時、驚くべき反応の速さでフレースヴェルグと同様の特性を有する広域制圧型砲撃魔法を放った者も存在したが、広域魔力爆発の発生前に目標が通過してしまった為、全く意味を為していない。 敵機は無傷のままにコロニーへ取り付くと減速し、外殻上を滑る様に側面方向への移動を開始する。 『目標、外殻に取り付いた!』 『シュトラオス隊は何をしている!?』 『アイギスが機能していない・・・クソ、制御奪還なんて嘘だ! アイギス群、別の何かに制御権を奪われているぞ!』 そして、目標の機首に集束する、青い光。 B-1A2、波動砲充填中。 通信と念話が、焦燥と恐慌に支配される。 『砲撃だ、波動砲が来る!』 『離脱だ、離脱しろ! 散開して逃げるんだ!』 『はやて、早く!』 ヴィータがはやてのを腕を掴み、更にザフィーラが2人を庇う様にして、コロニーから離脱するべく宙空へと上昇。 はやては右側面の下方、旋回する様に外殻上を高速機動する敵機の全貌を、恐怖と、それを凌駕する敵意を以って見据えていた。 理不尽な攻撃を前に逃げ出す事しかできない歯痒さ、肝心の状況下で現れないR戦闘機群に対する憤りと侮蔑。 スバルとノーヴェの尊厳を踏み躙ってまでして得た戦力を制御し切れず、あまつさえ暴走を許し、敵対行為を未然に防ぐ事さえできなかった地球軍とランツクネヒトへの怒り。 それら全ての思考と感情が混然となり、はやて自身にも制御できぬ波となって意識内を荒れ狂っていた。 だが、そんな感情の荒波さえも、敵機後方で噴射炎が瞬いた瞬間に微塵となってしまう。 「がぁッ!?」 「ぎ、ぅあッ!」 ヴィータ、そして自身の悲鳴。 B-1A2が再度加速、上昇離脱する人員を掠める様にして飛び去ったらしい。 背中を支える腕の力を借りて体勢を立て直した時には既に、はやてを含む人員の殆どは、外殻から500m以上も離れた宙空にまで吹き飛ばされていた。 グラーフアイゼンを構えるヴィータと後方からはやてを支えていたザフィーラは、あの衝撃の中ではやてから離れる事もなく、一貫して彼女を守護できる位置を維持していたらしい。 そんな家族を頼もしく思いながら、はやては敵機の姿を探す。 直後、これまでサポートに集中し、決して喋ろうとはしなかった融合中のリィンが、意識中で悲鳴の様な声を上げた。 『上です!』 反射的に上を振り仰ぐと同時、轟音と共に周囲から数条の光が放たれる。 リィンとほぼ同時に敵機を発見した数名の魔導師が、吹き飛ばされる直前までに集束していた魔力で以って砲撃を実行したらしい。 桜色の魔力光が混じっている事から、なのはもその中に加わっているのだろう。 更に、数十発ものミサイルが宙空および外殻上の機動兵器群より放たれ、他の質量兵器の砲弾と共に敵機を目掛け加速してゆく。 光学兵器群も、焦点温度が不足である事は既に判明してはいたが、光の壁面を形成するかの様に凄まじい照射を始めていた。 だが数瞬後、その全てを嘲笑うかの様に、B-1A2は信じられない機動を選択する。 「何を・・・!?」 三度、敵機後方で噴射炎が爆発。 直後に、背後から破滅的な衝撃がはやてを襲った。 B-1A2は波動砲充填状態を保ったまま、砲撃とミサイルの壁に正面から突入してきたのだ。 衝撃波は、敵機がはやて達の後方を通過した際に発せられたものだろう。 「くぁ・・・!」 ザフィーラの守護も在り、吹き飛ばされる事だけは回避したはやて。 全身を打ち据える衝撃に呻きつつも、彼女は下方へと直進した敵機の影を視界へと捉えんとした。 だが、はやては視線の先に、全く予想だにしなかった光景を見出す。 「え・・・」 敵機は、直進し続けていた。 単独の事象ならば不自然な事は何も無いが、その往く手にはコロニーの外殻が在る。 にも拘らず、敵機には軌道を変更する様子も、それどころか減速する気配さえ無い。 衝突する、との予想は違う事なく、直後にB-1A2はコロニー外殻へと高速で以って突入していた。 合金製の構造物を打ち抜く、壮絶な異音。 思わず身を竦ませた直後から、念話と通信が入り乱れる。 『何だ、今のは!? アイツ、自分から墜落しやがったぞ!』 『トラブルでも生じたか・・・だが、波動砲を充填していたぞ』 『まだ接近しないで、何かあるかもしれない!』 飛び交う無数の言葉を意識へと捉えつつ、はやては敵機の墜落地点を凝視していた。 外殻構造物には十数mもの穴が開き、その奥へと消えたB-1A2の影を見出す事はできない。 その事が、はやての胸中へと言い様の無い不気味さを湧き起させた。 如何なR戦闘機とは云えど、あの速度でコロニーへと衝突しては無事である筈がない。 だが、はやてはこれまでに、R戦闘機とバイドの異常さを嫌という程に、身を以って思い知らされてきた。 あの薄暗い穴の中で、これまでと同じく常軌を逸した悪夢の種が息衝いているのではないかと、そんな不安とも恐怖とも付かぬ薄暗い予想が首を擡げるのだ。 そんなものは単なる気の迷いに過ぎない、と笑い飛ばせる楽観的な思考は、クラナガンと本局が襲われた時点で捨て去っている。 そして、恐らくは同じ不安を内包しているであろうヴィータが、聞き逃す事のできない言葉を紡いだ。 『あの機体・・・一瞬、ぶれやがった』 『・・・何やて?』 『気の所為かもしれないけど・・・コロニーへ衝突する直前、アイツの影が映像みたいにぶれた様に見えたんだ。多分、波動粒子の光だと思うけど・・・青い光が、機体の全体に行き渡った、みたいな感じで』 『波動粒子だって?』 ヴィータの言葉に反応したのは、はやてだけではなかった。 周囲の魔導師が穴に向かってデバイスを構え、機動兵器群が次々に周囲へと集結してくる。 穴に異変は見られない。 数十秒ほど経過しても、それは変わらなかった。 『ビクター2、ウォンロンとの通信はどうなっているの?』 『交戦中、との通信を最後に途絶えた。相手が何かまでは・・・』 『フリックより総員、警告! コロニー内部、バイド係数増大! 現在22.94、なおも増大中!』 唐突に、ビクター2とは別に管制を担っていた機動兵器からの警告が飛び、新たに展開されたウィンドウ上へと、急速に変動してゆく4桁の数値が表示される。 バイド係数、増大。 その事実を認識するや否や、はやてはラグナロク発動の為の詠唱を開始した。 彼女の眼前へと展開する、巨大なベルカ式魔法陣。 はやてだけでなく、その周囲でも複数の魔導師が魔法陣を展開していた。 「響け、終焉の笛・・・」 穴の奥深くから、奇妙な音が響き始めている。 何か硬い物を擦り合わせる様な、しかし明らかに金属製のものとは異なる、耳障りな異音。 全く距離感の掴めない、まるで鼓膜の内から響いているかの様なそれが、はやての意識を絶えず苛む。 コロニー内部に取り残された生存者が存在するのではないかとの思考は、なおも増大しゆくウィンドウ上の数値を改めて視界へと捉えた瞬間に掻き消えた。 被害こそ生じるだろうが、この程度の砲撃でコロニーが崩壊する筈はない。 何よりバイド係数検出源を放置すれば、砲撃によるそれ以上に重大な被害が生じるだろう。 迷っている暇など無い、すぐにでも検出源を排除せねば。 そんな自身の思考に従い、一刻も早くこの異音を止めるべく、はやてはシュベルトクロイツを振り下ろした。 「・・・ラグナロク!」 轟音。 数十もの魔力砲撃が、唯一点を目掛け放たれる。 更に、周囲の機動兵器群による、残余弾の全てではないかと思える程のミサイル、実体弾による砲撃。 数十条の魔力の奔流と、数百もの噴射炎の光が、外殻上に穿たれた1つの穴を目掛け殺到する。 先ずミサイルと砲弾が着弾、凄まじい閃光と轟音が周囲を満たし、衝撃がはやて等を襲った。 次いで、リンカーコアを通して感じ取れる、膨大な量の魔力の炸裂と拡散。 仕留めた、との確信と共に、はやては薄らと瞼を見開く。 そして、それを見付けた。 「・・・何や、あれ」 それは、黒い塊だった。 砲撃魔法と質量兵器の炸裂により発生した巨大な爆炎と、飛散する膨大な量の構造物残骸、その中心。 蠢く奇妙な塊が、無重力中へと拡散する炎の中に浮かび上がっていた。 障壁に阻まれ、魔導師を避ける様にして炎の壁が後方へと抜ける。 その後に視界へと映り込んだ光景は、大きく抉れたコロニー構造物と、その中心で残骸に埋もれ蠢く数十m程の奇妙な塊。 そして、塊を注視した瞬間、フリックからの警告が意識へと響くと同時。 『バイド係数、更に増大! 47.59!』 外殻を喰い破り現れた無数の「根」が、コロニーを侵蝕し始めた。 「な、あッ!?」 巨大な金属構造物が軋む轟音、「根」と「根」が擦れ合う異音。 防音障壁越しにも聴覚を破壊せんばかりのそれらが、周囲に展開する人員を襲う。 思わず耳を押さえ、悲鳴を上げるはやて。 その視線の先で、灰色掛かった「根」は瞬く間に外殻を破壊しつつ、津波の様にコロニー全体を覆ってゆく。 侵蝕の中心となっていたらしき塊は既に形を失ってはいたが、拡がった「根」はそれが存在していた位置を中心に放射状の模様を描いていた。 外殻上へと展開していた機動兵器群からは、絶えず悲鳴の様な通信が飛び込む。 『何だあれは!? 植物が、植物の壁が押し寄せてくる!』 『ドライブユニットの磁力を解除しろ! 無重力中に逃げるんだ!』 『クソ、クソ! 弾き飛ばされた! 誰でもいい、回転を止めてくれ!』 『こちらホッジス、植物に取り込まれた! おい嘘だろ、機体が軋み始めて・・・畜生、潰される! 畜生、畜生ッ!』 鉄の圧潰音、悲鳴とくぐもった水音。 通信越しにそれらの音を聴き留めたはやての胸中へと、恐怖と共に吐き気が込み上げる。 だが、状況は彼女に、それを深く意識させる暇さえ与えなかった。 『ねえ、何か伸びて・・・危ない!』 『蔦だ! 蔦が伸びてくる!』 『コロニーから離れろ! 捕まるぞ!』 完全に「根」に覆われたコロニー、その至る箇所から無数の「蔦」が伸び始める。 数万、数百万、或いは数千万だろうか。 壁となって迫り来る「蔦」は、鞭の様に撓りつつ爆発的に伸長し、あろう事か周囲の機動兵器群および魔導師達へと襲い掛かった。 其々に砲撃および直射弾を放ちつつ退避を試みるも、「蔦」はそれらをものともせずに襲い掛かる。 直射弾程度では進行を妨げる事もできず、砲撃により数本の「蔦」を吹き飛ばしたところで、次の瞬間にはその数十倍もの数が襲い来るのだ。 忽ちの内に20名以上の魔導師、そして数機の機動兵器が捕獲され、通信と念話は悲鳴と絶叫で満たされる。 『ひ・・・!』 『助け・・・ぁああぁぁぁッッ!?』 『嫌だ・・・嫌だ、出してくれ! 此処から出してくれェッ!』 『脱出しろ、潰されるぞ! 出ろって言ってるんだ、早く!』 『痛いぃッ! 助け、助けてッ! 嫌、嫌ああぁぁッ!』 意識へと溢れ返る、幾つもの断末魔。 はやてには最早、それらの悲鳴に何らかの感傷を抱く余裕さえ無かった。 放心しているらしきヴィータ共々、ザフィーラに抱えられつつ離脱を開始する。 傍らにはなのはの姿も在り、彼女は時折後方を振り返っては砲撃を放ち、また飛翔を再開する事を繰り返していた。 『しっかりして下さい、主! 少しでも遠くへ逃げるのです! ヴィータ、目を覚ませ! 主を護る騎士だろう、貴様は!』 『はやてちゃん、飛んで! 伸びる速度が速い、追い付かれる!』 その言葉に漸く、はやては覚醒する。 後方、即ち足下に迫る「蔦」の壁を認識するや否や、零れそうになる悲鳴を寸でのところで抑え込み、可能な限りの魔力を注ぎ込み加速。 ザフィーラのもう一方の腕に抱え込まれたヴィータも、ほぼ同時に自力での飛翔を開始したらしい。 だがヴィータはともかく、はやての飛行速度は元々が余り速くはない。 それでもザフィーラに抱えられて飛翔している以上、彼の負担を和らげる為にも加速せねばならなかった。 事実、はやてが飛翔を開始したその瞬間から、彼女を抱えて飛ぶザフィーラは明らかに加速を始めている。 この分ならば逃げ切れるか、そう考えた時だった。 「ひッ!?」 何かが、足に触れた。 直後、はやてはザフィーラの腕の中から離れ、前方でこちらを向き何事か絶叫する彼の姿を視界へと捉える。 次いで、自身の足首へと視線を落とすはやて。 其処には、成人男性の腕ほども在る「蔦」に絡み付かれた、自身の右足首が在った。 「あ・・・あ・・・」 はやては絶句する。 自身の足首を掴んだ「蔦」から伝わる凄まじい圧力に、心底から恐怖と絶望、そして諦観が沸き起こる事を自覚した。 潰される。 はやての意識を占める思考は、その一点のみ。 あの断末魔を上げていた魔導師や、機動兵器のパイロット達の様に、「蔦」の壁へと呑み込まれて磨り潰されるのだ。 「嫌ぁああぁぁぁッッ!?」 津波の如く眼前へと迫り来る、犇めき蠢く「蔦」の壁。 圧倒的な質量によって虫の如く潰されるという自身の未来に、はやては心底からの絶叫を上げた。 死にたくない、こんな形で死ぬなんて嫌だ。 そんな思いが金切り声にも似た叫びとして、はやての口から放たれた。 減速する事すらなく、無情に迫り来る壁。 数秒後に自身へと訪れるであろう、凄惨な終焉の瞬間を直視する勇気など在る筈もなく、はやては固く目を閉じてその時を待つ。 だが、彼女を包み込んだのは無慈悲な硬い「蔦」の感触ではなく、頼もしささえ感じさせる鍛え上げられた筋肉の感触と、大切な家族の声だった。 「主はやて、しっかり! 私の腕を掴んでいて下さい!」 恐る恐る見開かれた視線の先には、前方を見据えるザフィーラの横顔が在った。 はやては再び彼の右腕に抱えられ、宙空を飛翔していたのだ。 自身の右足首を見やれば、「蔦」に締め付けられた際に骨格が砕けたのか、奇妙に折れ曲がったそれが不気味に揺れていた。 だが感覚が麻痺しているのか、まるで痛みを感じない。 次いで、はやてはザフィーラの左手を見る。 その手は皮膚が避け爪は折れ、更に指は本来ならば有り得ない方向へと捻じれ、千切れる寸前で辛うじて繋がっていた。 はやては息を呑み、念話で叫ぶ様にザフィーラへと問う。 『ザフィーラ、その手!?』 『あの「蔦」を切断する際に、少々。流石にアクセルシューターとシュワルベフリーゲンを弾き返すだけあって、簡単に切断とは・・・』 『そんな事やない! まさか、戻ったんか!? 私のところまで!』 『ええ、その通りです』 事も無げに返された念話に、はやては返す言葉を見付ける事ができなかった。 ザフィーラは「蔦」に捕われたはやてを救出すべく、我が身を省みずに迫り来る「蔦」の壁の直前まで戻ったのだという。 更には、なのはとヴィータの射撃魔法をいとも容易く弾いた「蔦」を、あろう事か自身の爪で切断してはやてを救い出したのだ。 代償に、彼の左手の指は全て折れ曲がり、第二指と第四指、第五指に至っては殆ど千切れ掛けている。 其処までして、彼は主を護り切ったのだ。 「ザフィーラ・・・っ!」 込み上げるものを抑え切れず、はやては眼の端に涙を湛えて、ザフィーラへとしがみ付く自身の腕に力を込める。 「蔦」に潰されるのだと確信した瞬間、彼女の心を埋め尽くした絶望。 12年前に経験したそれをも上回る程の、余りにも色濃い諦観。 抵抗する気力さえ奪われたはやてを、それらの中より救い出してくれたザフィーラ。 彼が自らの左手を犠牲にしてまで「蔦」を切断してくれたからこそ、はやては生き長らえる事ができた。 その事を強く認識すればする程、感謝の念と同時に、自身の所為で彼に重傷を負わせたという罪悪感が、止め処なく胸中へと湧き起こる。 そして、自身の中で未だ形も定まらぬ内、何らかの言葉でそれらを伝えるべく念話を紡ごうとして。 「ぐ・・・ッ!」 「うぁッ!?」 その直前、はやての身体はザフィーラの手によって、前方へと放られていた。 何事かと認識する暇すら無く、はやては前方で待機していたヴィータの腕によって受け止められる。 衝撃に思わず閉ざした瞼を見開き、ザフィーラの姿を探すはやて。 果たして、ザフィーラの姿は僅かに10m程の位置に在った。 『ザフィーラ、何が・・・』 「逃げろ、ヴィータッ!」 「嘘だろ・・・こんな・・・!」 はやての念話を遮る、ザフィーラの叫びとヴィータの声。 何が起こっているのかと、はやては一瞬ながら混乱し、次いでザフィーラの全貌を注視した。 そして、その光景を視界へと捉え、状況を把握する。 ザフィーラの両脚には、数本の「蔦」が絡み付いていたのだ。 「ザフィーラッ!」 「止せ、はやてっ!」 悲鳴そのものの叫びを上げ、ザフィーラの許へ向かおうとするはやて。 その身体を、ヴィータが背後から羽交い絞めにする。 だがはやては、宛ら幼子の様に四肢を振り回して暴れ、その拘束を振り払わんとした。 同時に、傍らで桜色の光が膨れ上がり、遂にはする。 なのはが、ショートバスターを放ったのだ。 桜色の砲撃は、既にザフィーラの下半身を呑み込んでいた数本の「蔦」、その半ばを貫き切断する。 「逃げて! 早う!」 幾度目かの叫び。 ザフィーラの身体が徐々に加速、前進を再開する。 はやてはヴィータによって強引に後方へと退きながらも、接近してくるザフィーラへとその手を伸ばした。 盾の守護獣としての使命、即ちはやての身を護る事を何よりも優先する彼が、差し伸べられたその手を掴む事は決してないと理解しつつも、彼女はそれをせずにはいられなかったのだ。 「ザフィーラ・・・!」 「止まるなヴィータッ! 主を護れッ!」 ザフィーラが鋭く叫び、ヴィータがそれに従った。 彼女は右手にグラーフアイゼンを握り、左腕にはやての身体を抱えて宙を翔ける。 はやては、ヴィータが加速するにつれて胴を締め付ける彼女の腕、その中から必死に自身の左腕を伸ばし、漸く追い付いたザフィーラの右頬へと触れた。 驚いた様な珍しいザフィーラの表情とその銀髪が、安堵によって滲む涙にぼやけて形を崩す。 「ザフィーラ・・・無茶、してぇ・・・」 自身でも驚く程の弱々しい声。 溢れそうになる涙を右手で拭うと、彼は何時も通りの無表情のまま、その頬に触れるはやての左手を自身の右手で握る。 そうして、何らかの言葉を掛けようとしたのか、彼の口が僅かに開かれた直後。 「え・・・」 はやての眼前で、巨大な「蔦」の顎門がザフィーラを「噛み砕いた」。 「ザフィーラ?」 全身へと叩き付けられる、熱い飛沫。 右眼の視界が、赤く塗り潰される。 呆然と家族の名を呼ぶはやて。 残る左眼の視線の先には、あの銀髪も浅黒い肌も、そのどちらも存在しない。 唯々、絡まり合う無数の「蔦」が蠢く、植物体の壁だけが在った。 左前腕部、微かな痺れ。 左手は、ザフィーラの頬へと触れていた。 残る左眼の視界へと、自身の左腕を翳す。 其処で漸く、はやては気付いた。 「あ・・・あ・・・」 左腕、前腕部の半ばから先が、無い。 肘部から10cm程の位置で、前腕が唐突に途切れていたのだ。 遅れて噴き出す自身の血液を、はやては呆然と見つめる。 そして、理解した。 ザフィーラは、もう居ない。 何処を探しても、二度と彼を見付ける事は無い。 僅か十数秒前に、言葉を交わしていたというのに。 僅か数秒前まで彼の頬に触れ、その体温を感じ取っていたというのに。 彼はもう、無限に拡がる次元世界の、その何処を探しても存在しないのだ。 「・・・ああああぁァアアァァッ!?」 それはもう、悲鳴ですらなかった。 自身の苦痛に泣き叫ぶ訳でも、家族の死を悼んでいる訳でもない。 唯、只管に全てを呪う声。 既に「蔦」の伸長は止んでいた。 あと数秒、僅か数秒。 「蔦」が成長し切るまでの、その数秒の間にザフィーラは死んだのだ。 本当ならば、逃げ切れた筈だった。 自身がもっと速く飛べれば、もっと早くに飛翔を開始していれば。 「蔦」に捕まる事もなく離脱できていれば、ザフィーラは死なずに済んだのに。 「うぁぁああアアァァァァッ!」 「はやてっ!」 止血すらせずに泣き喚きながら暴れ続けるはやての身体を、何とか押さえ込もうとするヴィータ。 はやての視界へと映り込んだ彼女の表情は、自身と同じく大粒の涙を溢していた。 ヴィータははやての左腕、血液を噴き出し続ける腕の断面を強く握り、止血を試みる。 はやての叫びは怨嗟と悔恨の念からくるものばかりで、前腕部の激痛による悲鳴など全く無い。 だがそれでも、周囲へと駆け付けた他の魔導師達が治癒結界を展開して暫くした頃には、はやては泣き止まずともある程度にまで落ち着いていた。 「う・・・あぁ・・・ぁ・・・」 「はやて・・・!」 出血が止まった傷口を胸元に抱える様にして、はやては小さく啜り泣く。 彼女を抱き締めるヴィータもまた、小さく嗚咽を繰り返していた。 なのはは少し離れた位置でこちらを見守っている様だったが、その顔は伏せられ肩が小さく震えている。 周囲の魔導師達も、声を上げて泣き叫ぶ者から沈黙を貫く者まで皆、一様に理不尽な死によって蹂躙された仲間を想っているらしい。 暫くの後、はやてはヴィータの肩へと埋めていた顔を上げ、何処か幽鬼の如き表情で呟く。 「・・・ありがとな、ヴィータ。大丈夫や・・・もう、大丈夫」 「はやて・・・でも・・・っ!」 「大丈夫やよ」 言いつつ、はやては背後へと振り返った。 視線の先には、爆発的に増殖した植物によって、完全に覆い尽くされたコロニー。 否、植物そのものが在った。 闇の中に薄らと浮かび上がる植物の全貌は、明らかにコロニーの倍以上の質量を有するであろう、余りにも巨大なものだ。 ザフィーラは、自身の左腕ごと潰された。 想像も付かない質量、恐らくは数兆トンにまで達するであろう植物の壁によって、彼は肉片すら残さずに叩き潰されたのだ。 残ったのは、はやての白いバリアジャケット、その全身を赤黒く染め上げる彼の血液だけ。 もう二度と、彼に会う事はできないのだ。 『何で・・・こんな事・・・!』 『この植物は、あのR戦闘機から生じたのか?』 『たった1機の戦闘機から出た植物が、3分と掛からずにコロニーの倍にまで成長したっていうの? 有り得ない!』 交わされる念話を、はやては無言のままに聞き続けていた。 憔悴し切った表情のまま、植物を見つめる。 その傍らに、なのはが近付いてきた。 「はやてちゃん」 「・・・ああ、なのはちゃん」 「その、ザフィーラさんは・・・」 口籠るなのはに、はやては虚ろに微笑みを返す。 その表情に何を思ったのか、なのはは僅かに目を見開き、唇を戦慄かせた。 彼女は震える声で、再度に語り掛けてくる。 「はやてちゃん・・・?」 「・・・シャマルも、ザフィーラも死んでしもた。ティアナやスバル達の安否も分からない」 「止めろよ、はやて」 「何も、何にもできなかった。家族なのに、指揮官だったのに・・・皆に頼って、助けられて・・・なのに、何にも・・・私、私が何もしなかった所為で、皆・・・」 「止めろ!」 会話に割り込んだヴィータがはやての肩を掴み、その瞳を正面から覗き込んできた。 視界へと映り込む、怒りに燃える紫の瞳。 そしてヴィータは、常ならば考えられない行動へと出た。 彼女は真正面から、はやてを怒鳴り付けたのだ。 「誰にも、どうする事もできなかったろ! 魔導師だろうが何だろうが、1人の行動でどうにかできる状況じゃねえ! 皆が死んだのは自分の所為!? 思い上がんな!」 「ヴィータちゃん、落ち着いて!」 「今度また同じ事言ってみろ、幾らはやてでもブッ飛ばす! 本気でブッ飛ばすからな! アイツらを侮辱するのもいい加減にしやがれッ!」 そう言い放つと、ヴィータははやての肩から手を離し、彼女に背を向けてしまう。 場に満ちる沈黙。 はやては暫し呆然としていたが、やがて左腕の切断痕へと目をやると、自身でも弱々しいと分かる声を振り絞った。 「・・・ベストラへ行こか。此処に居ても、もう私達にできる事は無い」 念話と音声の双方でそう告げると、其処彼処から肯定の返信が入る。 「蔦」の壁から逃げ切る事に成功した機動兵器群が、徐々に周囲へと集まり始めた。 中には、他の者達とは異なる方向へと退避した魔導師の一群を回収し、此処まで移送してきた機体も在る。 機内へと搭乗、或いは装甲上へと取り付く魔導師達を見つめながら、はやては闇の彼方を仰いだ。 あれ程に激しく続いていた無数の爆発は、既に止んでいる。 だが、通信は未だ途絶したままだ。 防衛艦隊がどうなったのか、ベストラが無事なのかさえ判明してはいない。 だが、このまま此処に残るよりは、こちらから他の生存者との接触を図る方が賢明な判断だろう。 そう思考しつつ、はやては視線を強襲艇の1機へと移した。 開かれた機体側面のハッチ内、ランツクネヒトの隊員が搭乗を促すジェスチャーを繰り返している。 背後から肩を叩かれ、振り向くはやて。 視線の先、はやての肩に手を置いたなのはが、気遣う様な表情でこちらを見つめていた。 はやては何とか形作った笑顔を浮かべ、無言で心配は要らないと伝える。 そして多少は安心したのか、なのはが肩から手を離した時だった。 『こちらシュトラオス2! 外殻展開中の部隊、聴こえるか!』 突然の通信。 咄嗟に周囲へと視線を走らせると、右後方の下方に小さな白い影。 シュトラオス隊、R-11Sだ。 『ビクター2よりシュトラオス、健在の様で何よりだ。今まで何をしていた』 『コロニーで何が起こっていたか、見えなかった訳じゃないだろう? あんなにデカイんだからな』 皮肉混じりの通信と念話が、シュトラオス2へと向けられる。 自身達が「根」と「蔦」に襲われている最中、シュトラオスによる援護は全く実行されなかったのだ。 皮肉が飛び出すのも仕方のない事とはやては考えたが、その思考は続くシュトラオス2の言葉により消えて失せた。 『敵はバイドではない! 繰り返す、敵はバイドではない! ユニット「TYPE-02」及び「No.9」搭載の無人機、全機体による攻撃を受けた! 防衛艦隊、被害甚大!』 瞬間、はやては自身の呼吸が止まった事を自覚する。 彼女の意思に沿う現象ではない。 彼女自身の意思とは裏腹に、呼吸器が大気の吸入を止めたのだ。 ユニット「TYPE-02」及び「No.9」搭載機、その全てによる攻撃。 その事実は即ち、コロニーを襲ったB-1A2の他に、8機の敵機が存在する事を示している。 思わず、なのはとヴィータの方を見やるはやて。 こちらを見つめる2人の表情は、明らかな恐怖に引き攣っていた。 念話と通信が慌しく交わされ始める内にも、シュトラオス2の機体は徐々にこちらへと接近していたらしい。 常ならば考えられない程に遅々とした速度だったが、50mほど離れた位置を低速で通過するその機体を目にしたはやては、その低機動の理由を理解した。 R-11Sが備える特徴的なフロントブースター、更には左側面のエンジンユニット、後方2基のメインブースター・ノズル。 その全てが、無惨な破壊跡だけを残して失われていた。 眼前の半壊したR-11Sは、恐らくは本来の半分程度の質量しか有してはいないだろう。 それ程の損傷を受けてなお、慣性制御を用いて此処まで移動してきたのだ。 「・・・酷ぇな」 R-11Sの損傷部を見やりつつ、ヴィータが呟く。 その言葉こそが、はやてを含む周囲の人員、その胸中を的確に言い表しているだろう。 複数の666と正面から交戦し、襲い来る無数の戦術核と迫り来るプラントをも排除して退けた、超越体と呼ぶに相応しい兵器。 そんな存在が今、明らかに継戦能力を奪われて其処に在る。 そして、それを為した存在が、敵として周囲に潜んでいるのだ。 「行こう」 なのはに促され、はやてはヴィータと共に強襲艇へと向かう。 そして、機体まで30m程の距離にまで接近した時、はやては聴覚に微かな音を捉え、背後へと振り返った。 まるで、羽虫が耳元を掠め飛んだかの様な、一瞬の異音。 周囲を見回すも、特に異常は無い。 だが気の所為という訳でもなかった様で、傍らではなのはとヴィータもまた、各々のデバイスを手に周囲を見渡している。 「聴こえた?」 「ああ」 「何の音・・・?」 3人で声を交わし、音の出所を探す。 だが、何も見付からない。 諦めて視線を強襲艇へと戻し、再度に飛翔を再開して。 「な、あッ!?」 眼前の強襲艇が、半ばから両断された。 「ぎッ・・・!」 強襲艇が爆発する。 僅か30mばかりの距離から襲い掛かる爆発の衝撃に、はやては障壁を展開する事もできずに吹き飛ばされた。 その身体を咄嗟にヴィータが支えるも、2人は諸共に飛ばされる事となる。 それでも数秒後、漸く体勢を立て直す事には成功した。 辛うじて無事だった聴覚を当てにはせず、2人は念話で以って言葉を交わす。 『今のは!?』 『分からねえが、何かが強襲艇をブッた斬りやがった! ありゃ一体何だってんだ!?』 再度、爆発音。 視線を上げると、頭上で複数の爆発が発生していた。 混乱しているのか、其処彼処で魔法と質量兵器が乱射され、数発の砲撃魔法がはやてとヴィータの至近距離を貫く。 これには流石にはやても肝を冷やし、彼女は即座に全方位へと念話を飛ばした。 『何が起こってるん? 誰か、状況を・・・』 『シュトラオスがやられた! コックピットが真っ二つにされて・・・クソ、自爆だ!』 こちらの念話を遮る様に飛び込んできた通信の直後、左前方で巨大な爆発が発生する。 明らかに周囲の人員、機動兵器群の多数を巻き込んでいるであろうその爆発は、直前の通信から判断するにシュトラオス2の自爆によるものだろう。 だが、何時までもそれを気に留めている余裕は無かった。 はやての視界へと、周囲を飛び回る異形の全貌が飛び込んできたのだ。 「何や、あれ・・・!」 その機体は、これまでに目にしてきた中で最も大型のR戦闘機より、更に2回り以上も巨大だった。 濃灰色の塗装を施された機体は、その巨大さに見合わぬ俊敏な機動で以って、全方位からの攻撃を難無く回避し続けている。 それどころか時折、低集束の波動砲を放っては、周囲の魔導師達を衝撃で以って吹き飛ばすのだ。 嘗められた事に、砲撃そのものは周囲の機動兵器群を狙ったものではなく、遠方に展開する防衛艦隊の戦力を狙っているらしい。 砲撃の放たれた先、彼方の闇の中、連続して青と赤の光が瞬く。 波動粒子、そして爆発の光だ。 だが、そのR戦闘機の真の異常性は、その巨大さでも波動砲でもなかった。 「嘘・・・!」 幾度目かの波動砲を放った直後、何とその機体は、一瞬にして人型の機動兵器へと変形したのだ。 肥大化した両腕部を備えた、金属の巨人。 腕部先端には奇妙な突起部が3つ、砲身の様に突き出している。 そして、あろう事か異形は左右の腕部先端、計6箇所の突起部、その全てから長大な光学ブレードを展開したのだ。 目測ではあるが機体のサイズからして、ブレードの長さが15mを下回る事はないだろう。 異形はその両腕を側面下方へと構え、正しく獲物へと襲い掛かる獣の如き姿勢を取った。 敵機が何をするつもりなのか、それを察したはやてが咄嗟に砲撃態勢を取るよりも早く、異形の背後で噴射炎の青い光が爆発する。 はやてが思わず叫んだ、その直後。 「止めぇッ!」 20機以上もの機動兵器群が、無数の残骸へと「解体」されていた。 「あ・・・あぁぁ・・・ッ!」 幾重にも拡がりゆく、炎の壁。 自動的に発動した障壁によってそれらが受け流されてゆく中、はやてはか細い声を漏らす事しかできなかった。 瞬間的な破壊の嵐が吹き荒れた空間には、死と破壊と鉄の臭いだけが満ち満ちている。 異形。 即ちR戦闘機『TL-2B2 HYLLOS』の影は、もう何処にも無い。 遅れて弾薬が暴発したのか、無数の残骸が更なる連鎖爆発を起こした。 機動兵器群の間を漂っていた魔導師達は、敵機の常軌を逸した瞬間的高速機動の余波を受けて跡形も無く四散したか、それに巻き込まれずに済んだ者も残骸の爆発に巻き込まれて身体を引き裂かれてゆく。 僅か60秒にも満たない殺戮劇の後、残ったものは50名にも満たない生存者と辛うじて2桁に達する数の機動兵器。 そして無重力中を漂う、幾許かの原形を留める僅かな数の死体と機動兵器の残骸、無数の肉片と鉄片のみ。 人工天体第3空洞・コロニー防衛戦闘、終結。 護るべき地を失い、護るべき人々も多くが失われ。 護る為の力も、護る為の人員も多くが失われた。 その被害を齎した存在はバイドのみならず、友軍である筈のR戦闘機。 生存者達に残されたものは、悲哀でも生還の喜びでもなかった。 況してや戦果でも、戦禍でもなく。 遺されたのは絶望の残り香と、希望の燃え滓のみだった。 * * 勇んで不明艦艇内部へと踏み入ったは良いが、妨害を受けるどころか、何が起きているのかさえ全く理解できない。 余りに間抜けな状況に耐え切れなかったのか、コンソールのひとつに腰を下ろしたギンガが深い溜息を吐く。 そんな彼女の姿を見かね、ユニット式ベッドの傍らに座り込んでいたウェンディは、努めて明るく声を掛けた。 「そう落ち込む事ないッス。ポッドも見付かったし治療も順調、あと4時間もすりゃ2人とも元気に目を覚ます。良い事尽くめじゃないッスか」 「・・・ええ、そうね。何でか知らないけれど、侵入者を妨害するどころかミッドチルダ言語のナビまで付けて、ポッドの起動から設定まで懇切丁寧に表示してくれるプログラムを残した、素敵な「足長おじさん」が居たんですものね」 藪蛇だったらしい。 目に見えて落ち込むギンガに、ウェンディは心底から困り果てて溜息を吐く。 この艦艇へと乗り込んだ直後のギンガは、ウェンディから見ても頼もしい存在だった。 スバルのリボルバーナックルを自身の右腕へと装着した彼女は、如何なる敵をも粉砕してみせると云わんばかりの覇気に満ち満ちていたのだ。 ところが、侵入から僅か数分後。 沈黙していたシステムが回復するや否や、2人の眼前へと展開されたウィンドウには、ミッドチルダ言語の羅列が表示されていた。 呆気に取られてウィンドウを見つめる2人の視線の先、表示された情報はAMTP・患者搬入室までのルート。 戦闘の余波か、艦体を襲う衝撃に翻弄されながらも、他に当ても無かった2人は訳も分からずナビに従い、医療ポッドへの搬入口となるユニット式ベッドが並ぶ部屋へと辿り着いた。 するとウィンドウ上の情報は変化し、ポッドの起動から各種設定の方法までが簡潔に纏められた上で表示されたのだ。 流石に不気味であるとは思ったものの、やはり他に方法が在る訳でもなく、2人はその情報に従って設定を行い、スバルとノーヴェをポッド内へと搬入した。 だが同時に搬入室はロックされ、2人は部屋を出る事ができなくなってしまったのだ。 処置完了までの予測経過時間が表示された為、ドアを打ち破って脱出するという案は取り敢えず保留となったが、お蔭でする事も無く、こうして座しつつ時が過ぎるのを待つ羽目となっている。 「何処のどいつなんッスかねぇ・・・「足長おじさん」」 「さあね。この艦は地球軍の物と見て間違いないけれど、ミッドチルダ言語を用いているのだから、少なくとも次元世界の・・・怪しいわね、それも」 「バイドと地球軍相手じゃあねぇ・・・」 そうして閉じ込められてから、約15分が経過した頃。 ライディングボードの損傷部を調べていたウェンディの聴覚へと、小さな警告音が飛び込んできた。 ふと顔を上げれば、ベッド横に新たなウィンドウが展開し、赤く明滅を繰り返している。 嫌な予感を覚え、ウェンディは立ち上がって正面からウィンドウを覗き込んだ。 そして、表示されているミッドチルダ言語の羅列を読み取り、声を上げた。 「ちょっと・・・何なんスか、これ!」 「どうしたの!」 背後からギンガが駆け寄り、ウィンドウを覗き込む。 彼女が絶句する様が、ウェンディにも容易に感じ取る事ができた。 ウィンドウ上には、信じられない言葉が表示されていたのだ。 「フレーム構築・・・中断!? 緊急処置って何の事!?」 「ギン姉、これ! 残り時間が・・・」 「何が起こったの・・・!?」 AMTP、欠損部位の基礎フレーム構築をキャンセル。 緊急処置により、最短時間での欠損部位補完へと移行。 医療用ナノマシン継続投与時間延長。 処置完了までの予測経過時間、320秒。 「有り得ない!」 フレーム構築キャンセル、処置完了までの予測経過時間は14分足らず。 これらが意味するところは、医学に聡い訳でもないウェンディにも理解できる。 AMTPの設定を変更した何者かは、ノーヴェとスバルに「通常の四肢」を接合しようとしているのだ。 戦闘機人としての強靭なフレームを内包した四肢ではなく、それよりも遥かに脆い常人と同様の四肢を。 移植先が人間であれば問題は無いであろうが、2人は戦闘機人である。 処置後の戦闘行為は疎か、通常活動中に於ける安全さえ危ぶまれる身体となってしまうだろう。 「処置を止めなきゃ!」 「駄目だわ! 干渉さえ不可能になってる!」 問題はそれだけではない。 処置時間が短いという事は、神経接続等に費やす十分な時間を確保できないという事態にも繋がる。 恐らくは、その問題を解決する為にナノマシンの投与時間を延長したのだろうが、それがノーヴェとスバルの身体に如何なる影響を与えるのか、未知数の部分が大き過ぎるのだ。 だからこそウェンディとギンガは、何とかAMTPを再設定すべく迂回操作を試みる。 だが実際には、操作どころかシステムへの干渉さえ拒まれる始末だ。 そして、最早システム上ではどうにもならないと、ウェンディが理解した頃。 新たなウィンドウの展開と共に警告音が響き、何処かへのナビが画面上へと表示された。 ウェンディは反射的に新たなウィンドウを見やり、表示された文字列を瞬時に読み取る。 そして一拍の後、その意味を理解すると同時に戦慄した。 ほぼ同時に情報を把握したのか、傍らのギンガからも声が漏れ出る。 「え・・・ちょっと・・・」 「・・・嘘でしょう?」 ウィンドウ上に表示された情報は、俄には信じ難いものだった。 「航行状況」との表記の下に「障害構造物突破、再加速中」との一文が在ったのだ。 数瞬ほど呆けた後、ギンガが鬼気迫る勢いでウィンドウを操作し始める。 どうやら、AMTPへの干渉と搬入室からの出入り以外に関しては特に制限を受けていないらしく、2人が望む情報はすぐに手に入れる事ができた。 尤も、その内容は2人が希望するものから掛け離れていたが。 「何時、離脱なんか・・・まさか、あの衝撃!」 「そんな! 大した揺れじゃなかったッスよ!?」 「でも、他に考えられないわ。嗚呼、もう・・・コロニーから離れ過ぎてる! 第4層に侵入して・・・」 「ギン姉、待った!」 突如として声を上げるウェンディ。 驚いた様に振り向くギンガさえも意識の外へと追いやり、彼女はウィンドウを操作してとある情報を表示した。 次いでウィンドウを分割し、上下に別の情報を表示させる。 その内の1つを目にしたらしきギンガが、ウェンディの傍らで声を上げた。 「ちょっと、これ見て・・・アイギスよ。この艦、アイギスの制御権を奪って・・・」 「何で2つ在るッスか?」 2つのウィンドウ上に表示された情報、その双方を見やりつつウェンディが呟く。 ギンガの注意が再度こちらを向いた事を確認し、彼女は更にウィンドウを操作した。 選択された2つの記録が、ウィンドウ上へと拡大される。 「この艦がアイギスの制御権を奪取した事は間違いないッス。でも、その記録が何で2つも在るッスか?」 「・・・本当だわ」 拡大表示された箇所の記録は、この艦が欺瞞情報によりアイギスの制御権を奪取した事実を告げていた。 だが1度目の制御権奪取から約二十分後、艦は再度に制御権を奪取している。 正確には5分ほど制御権が失われアイギスはスタンドアローンに移行、其処へ今度はシステム全体へと干渉する事で完全な掌握を成功させているのだ。 更にその間には、艦艇中枢に無視できない変化が起こっていた。 「見て、この時間。この瞬間にメインシステムが死んで、サブシステムに切り替わってる。しかも外殻装甲の損傷と同時刻よ」 「外部からの攻撃でメインシステムがやられた、って事ッスね。すると・・・1度目の制御権奪取はメインシステムが、2度目はサブシステムがやったって事ッスか。何でそんな回りくどい事を?」 「多分、これだわ」 今度はギンガがウィンドウを操作し、別の情報を表示する。 そうして現れたシステム全体の概略図らしき立体画像は、其処彼処が赤く明滅していた。 バイドによる汚染、侵蝕を示す表示だ。 それら赤い明滅は徐々にその範囲を狭めつつあったが、それでも30%近い範囲が未だに汚染されている。 ギンガはサブシステムの1つを指し、言葉を続けた。 「つまり・・・この艦のメインシステムは、バイドに汚染されていた。最初にアイギスの制御権を奪取したのもバイドでしょう。でも、防衛艦隊との交戦で中枢が損傷し、汚染に抗っていたサブシステムが制御を掌握した」 「更に其処を例の「足長おじさん」が掌握して、艦内に侵入したアタシ達ごとコロニーを離脱。アタシ達をこの部屋へ誘導して、ついでに野放しになっていたアイギスの制御権を再奪取したって訳ッスか」 「それだけじゃないわ、見て。一時的にだけど、制御権がベストラへ移った様に見せ掛けてる」 「手の込んだ事を・・・」 複数のウィンドウを見やりつつ、呆れの色を隠そうともせずに呟くウェンディ。 だが彼女の内心では当初より気に掛っていたある疑問が、より一層に不気味な意味を以って思考へと圧し掛かっていた。 ウェンディは迷わず、その疑問を口にする。 「それで「足長おじさん」の正体は人間なんスか、それとも幽霊?」 「バイドって選択肢は無いのね」 「まだ幽霊の方が現実味が在るッス。それにしたって、コイツは何処の所属なんスか。地球軍やランツクネヒトならこんな事をするメリットが無い、管理局にはこんな事をする技術が無い」 「お手上げって事・・・!」 警告音。 ギンガの言葉を遮り、全てのウィンドウが閉じられると同時に新たなウィンドウが展開。 赤く明滅するそれへと目をやり、情報を読み取ると同時にウェンディは戦慄した。 「第6着艦口に・・・アプローチ? 何が?」 「・・・これ、R戦闘機よ。どうやら搭乗者が居るみたいね。状態は・・・負傷?」 R戦闘機、着艦。 ウィンドウの明滅が止むと同時、新たに「負傷者搬送開始」との表示が現れる。 どうやら自動でキャノピーから搭乗者を搬出するシステムが存在するらしく、ウェンディは搬送先となる「AMTP・患者搬入室」の表示を無言のままに見つめていた。 その傍らから、ギンガの声。 「此処に向かってきているみたいね。負傷者の映像は見られるかしら?」 「・・・映像は無いみたいッスね。ああ、でも此処に負傷の詳細が・・・!」 負傷者に関する各種情報。 展開する複数の項目、その1つを目にした瞬間に、ウェンディの思考が凍り付いた。 ウィンドウの上部、明確に表示された負傷者名。 「何で・・・?」 ティアナ・ランスター執務官補佐。 「ティアナ!?」 ギンガが叫ぶ。 ほぼ同時に、新たな警告音が搬入室へと鳴り響く。 咄嗟に常時別個に展開されていたAMTP処置時間のウィンドウを見やれば、表示は「00 00 00」となっていた。 患者搬出用ユニット式ベッドの周囲に黄色の警告灯が点り、床下へと収納されてゆく2つのそれらと入れ替わる様に、壁面から更に2つのユニットが現れる。 そしてユニット上部、金属製のカバーが反転してユニット内部のベッドが露わとなり、その上に横たわる人物の姿を視界へと捉えると同時に、ウェンディとギンガは其々に異なる名を叫んでいた。 「ノーヴェ!」 「スバル!」 意識の無い2人の傍らへと駆け寄り、其々に相手の身体を抱き起こす。 ウェンディはノーヴェの身体に異常が無い事を確かめ、次いで軽く肩を揺さ振った。 更に幾度も声を掛け、覚醒を促す。 「ノーヴェ! しっかり、目を覚ますッス! ノーヴェ!」 「・・・ウェンディ」 そして、返される声。 数瞬ほど息を詰まらせ、ウェンディは視界へと滲む涙を隠そうともせずに、ノーヴェの身体を抱き締めた。 ノーヴェの四肢が戦闘機人のものでない事も、それどころか彼女がオリジナルのノーヴェでない事すらも、今この瞬間にはどうでも良いとさえ思える。 唯、彼女が助かった事を喜びたかった。 そうして、20秒程が経った頃だろうか。 漸くノーヴェを抱き締めていた腕を解き、彼女の瞳を正面から覗き込んだウェンディは、何かがおかしいと感付いた。 目覚めたノーヴェが、感情の窺えない表情で以ってこちらを凝視しているのだ。 思わず、ウェンディは気圧されたかの様な声を漏らす。 「ノーヴェ・・・?」 「なあ、ウェンディ」 返された声は、何処かしら常ならぬ無機質さを孕むもの。 驚きに見開かれたウェンディの瞳を見上げ、ノーヴェは変わらぬ無表情のままに続ける。 宛ら、感情など持ち合わせぬ機械の様に。 「知りたくないか?」 何が、とは言わずに放たれた言葉に、ウェンディは困惑する。 ノーヴェは、何を言っているのか。 思わず微かに首を振ると、ベッドを挟んでの反対側からスバルの声が響く。 「地球軍の戦略と、バイドの戦略」 咄嗟にスバルの方を見やれば、彼女を抱き締めるギンガと視線が合った。 ギンガの表情は強張り、戸惑う様に軽く首を振っている。 その口は何かを言わんとしている様だが、言葉を紡ぎ出すには至らずに無意味な開閉を繰り返すばかりだ。 そんなギンガと戸惑うばかりのウェンディを余所に、スバルとノーヴェの言葉は続く。 「隔離空間で何が起こってるか、知りたくない?」 「バイドが何を企んでいるのか、地球軍が何を仕出かす心算なのか」 「知りたいでしょ? ギン姉・・・ウェンディ」 スバルは振り返らない。 ウェンディは視線を戻し、再度に腕の中のノーヴェを見やる。 彼女は、変わらずウェンディを見上げていた。 「アタシ達は知ってる。この天体の外で起こっている事も、中で起こった事も、全部知ってる。だって」 そして、僅かな変化。 ノーヴェの表情に、微かな笑みが浮かんだ。 口の端を僅かに吊り上げた、綻ぶ様な笑み。 だが、それを目にしたウェンディの意識へと浮かんだものは、歓喜でも安堵でもなく。 「見てきたんだからな。何もかも」 押し潰されそうな不安と、同等の諦観。 そして、これまで姉妹に対して抱いた事など欠片も無い感情。 僅かながらも、確かな恐怖だった。 言葉も無く、腕の中のノーヴェを見つめるウェンディ。 その視線の先には、1つの小さなウィンドウが展開されていた。 彼女の掌にも収まる程の大きさ、第97管理外世界の言語が表示されたウィンドウ。 Unit「No.9」 Unit「TYPE-02」 SYSTEM OVERRIDE 歪んだままの唇が、ただいま、と呟いた。
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ミッドチルダ北部、聖王教会本部。 その一室で八神 はやては、自身が姉の様に慕う人物と相対していた。 クラナガンが不明機体群に襲撃されている今、本来ならばこんな所に居て良い筈がない。 しかし襲撃の直前、彼女を呼び出したのは、他ならぬ目前の人物。 その上クラナガンに戻ろうにも、各交通手段は完全にストップしている。 複数の次元断層が観測されているこの状況では、転送を用いる事もできない。 何より、相手は空戦魔導師など問題にもならぬ超高速・高機動を誇る、正真正銘の「戦闘機」。 それも、はやての知るようなジェットエンジンと空力特性によって飛翔するものではなく、かといってガジェットの様に魔力機関による重力制御を用いている訳でもない、未知の科学技術によって構築された異形の機体。 前線から地上本部を経由して送られる情報、異常極まるその戦闘能力。 常軌を逸した機動性で魔力弾を回避、明らかにS級砲撃魔法に匹敵する威力を持つ質量兵器を連発し、一瞬にして都市区画を業火の海へと沈める、悪鬼の如きその力。 そんなものがうろつく戦場へと介入したところで、後方支援に特化したはやてができる事などありはしない。 幾ら大威力・広範囲を誇る広域殲滅魔法を修めていようと、放てなければ意味が無いのだ。 ただでさえ詠唱に時間の掛かるそれを、援護すら満足に受けられない状況で発動まで漕ぎ着ける事など到底不可能。 例え発動したとして、不明機体群がその範囲内に留まっている筈が無い。 最悪、魔法陣の展開と同時に攻撃を受ける事も考えられる。 つまり、後方からの大規模魔法による制圧を得意とするはやては、高機動兵器を相手取る今回の戦闘に於いて、全くの戦力外。 無論、その事は彼女自身が最も良く解っている。 だからこそ彼女はこうして教会本部に留まり、信頼する友と家族が道を切り開いてくれる事を信じ、己のできる事を為そうとしているのだ。 「・・・何でや」 だが、彼女が心から信頼する者の1人、目前の女性。 カリム・グラシアから告げられた言葉の内容は、そんな彼女の覚悟を裏切るものに他ならなかった。 「・・・聖王教会に属する者、「教会騎士」カリム・グラシアとしての決定です。危険性は無いものと判断し、報告は教会内部に止めました」 鼓膜を叩く、冷たさを含んだ女性の声。 其処には普段の親しみを感じさせる色は存在せず、ただただ無機質に真実を口にする。 だが、はやては気付いていた。 その声が、抑え切れない感情に震えている事に。 それを取り繕う事すらせず、カリムは続ける。 「ジェイル・スカリエッティ事件の後より、管理局は聖王に関するあらゆる情報、そして古代ベルカ時代の技術に関して過剰な程の警戒心を抱いています。危険性が無い以上、徒に混乱を招く事態は避けるべきと判断しました」 「それを・・・それを私が信じると、本気で思っとるんか? 私が、そないな言葉を信じると?」 一切の虚実を許さない、苛烈なまでの意思が込められた言葉。 手元の書類からカリムへと視線を移し、はやては弾劾の意を突き付ける。 その視線を受けつつ、カリムは手にしたティーカップに揺らめく紅茶の水面へと視線を落としたまま、坦々と言葉を紡いだ。 「現在、クラナガンを襲っている所属不明の次元航行機群に関しては、それを予見させる表現は何処にも見当たりません。もうひとつの第97管理外世界についても同様。故に、その文面から現状を予測する事は困難だったと判断できます」 「エスティアの件は? この文面の内容が指しているのは、明らかにエスティアの件や。もっと早く、この内容が知らされていれば・・・」 「はやて」 次第に熱を帯びゆくはやての声を遮り、カリムは幾分和らいだ声で語り掛ける。 窘める様に、落ち着かせる様に。 「貴方も知っているでしょう? この技能は予言ではない。これは飽くまで収集された情報に基づく予想であって、未来予知ではない。例えこの内容が管理局の知るところであったとして、エスティアを救う事に繋がっていたとは限らないわ」 「カリム、ふざけるのも大概にしいや。確認済み次元世界ほぼ全域の情報を収集するプロフェーティン・シュリフテンが、「奇跡」なんて曖昧な表現を用いる事は今までに無かった筈や。これを異常やないとでもいうつもりなんか」 「はやて。希少技能とはいえ、これも「魔法」の一種よ。通常の次元世界では通用する筈だけれども、魔法体系の、次元世界の理からすらも外れた事象を詠み取る事などできる訳がない。そんなものが存在するなど、少なくとも今までには有り得ない事だったのだから」 ふと視線を上げ、弱々しく笑みを浮かべる。 「理解できない事象は、「奇跡」と表現するより他に無いわ」 自嘲するかの様に呟き、静かに紅茶を啜るカリム。 カップがソーサーに戻されるまでの一連の動きを、はやてはより鋭さを増した双眸で観察していた。 その視線を、自らの前に置かれたカップへと移す。 その水面に湯気は無い。 疾うに冷め切っている。 香りからして良い茶葉だったとは解るが、それを無駄にした事について何ら感傷は浮かばなかった。 揺らめく水面に映る、対面に座したカリムの歪んだ輪郭を見つめ、呟く。 「聖王教会としては、何としてもこの予言だけは成就させなければならない。障害となり得る管理局からの干渉は避けるべし、ちゅう訳か」 失望、悔恨。 そして親に置いて行かれた子供の様な、悲哀と不安。 筋違いだと冷静に己を諭す内なる声とは裏腹に、滲み出すそれらを抑える事もできず、はやては縋る様にカリムへと目をやる。 嘗てジェイル・スカリエッティ、そして聖王のゆりかごという脅威に対し、共に立ち向かった仲間。 そんな彼女自身の言葉によって、否定して貰いたかった。 その様な意図は無い、考え過ぎだと。 カリムが、口を開いた。 「・・・私達が崇めるは「聖王」。その「復活」が詠まれた以上、教会がそれを妨げねばならない要因は存在しません」 全身を襲う虚脱感。 はやての手から、1枚の書類が零れ落ちる。 紙片の片隅には「新暦76年」の文字。 そして、ほぼ中央に記された詩文が、窓からの陽光に鈍色の光を放った。 『其は奇跡なり。勇猛なる古き騎士、正義に殉じし戦士、災いに消えし幾多なる生命。虚空の果てに消えし者共、虚空の果てより蘇り、主なき船を道標とし、我らが前へと凱旋す。率いたるは我らが王、真に蘇りし翼を駆りて、我らが前へと現れる。番となりて現れる』 * 「っらあああぁぁぁぁッッ!」 裂帛の気合、そして魔力噴射による加速を以って叩き込まれた戦槌の一撃が、巨人の右腕を打ち砕く。 左腕の砲身を狙った一撃だったのだが、敵が咄嗟に身を捻って砲身を庇った為に右腕へと直撃したのだ。 舌打ちをひとつ、ドレスにも似た白い騎士甲冑に身を包んだ少女は、眼下に犇くビル群へと急降下を開始した。 「畜生、失敗した! 何だアイツ、あんな図体のクセに早ぇ!」 『ヴィータちゃん、後ろ!』 己に融合したデバイス、リィンフォースⅡの警告に背後を見やれば、先程の巨人が此方へと砲口を翳し、今にも発砲せんとする瞬間が目に入る。 すぐさま回避運動に移る少女、ヴィータ。 しかしながら、彼女を狙った砲撃が放たれる事はなかった。 青い閃光と共に、巨人が爆発・四散したのだ。 「なっ・・・」 『ヴィータちゃん、あれ!』 直後、巨人の滞空していた地点を突き抜ける、青いキャノピーの不明機体。 減速する素振りすら見せずに直進、そのまま別の巨人へと肉薄、球状兵装の先端から何かを射出した。 次の瞬間、巨人の全身を無数の爆発が覆い尽くす。 大気を震わせる炸裂音、途切れる事の無い爆発。 そして轟音と共に一際巨大な爆発が連続して起こり、僅かな破片を残し巨人が四散する。 爆炎を突き抜け、新たな獲物を求め彼方へと消え行く不明機体。 その姿を見送りつつ、ヴィータは苛立たしげに叫んだ。 「助けたってのかよ、アタシを・・・何様のつもりだ!」 『落ち着いて下さい、ヴィータちゃん! 都市を攻撃しているのはあの巨人です! 不明機はあれと敵対しているみたいですし・・・』 「だから余計に訳が解らねーんだッ! 先に攻撃してきたのはあの機体どもじゃねーか! 何であいつらがクラナガンを攻撃する連中を墜としてるんだ!?」 その言葉も終わらぬ内、またしても上空で轟音が響き、白い光が周囲を染め上げる。 見上げれば、凄まじいまでの光の奔流に呑まれ、文字通りに消滅する巨人の姿。 圧倒的な力による蹂躙。 その余波は地上にも達し、拡散する光の奔流が数棟のビルを呑み込んだ。 衝撃、そして爆発。 「ッ・・・あいつらッ!」 『・・・クラナガンを守っている訳ではないみたいですね。あの巨人達を討つのが目的みたいです』 着弾の余波は想像以上に大きかったのか、ビルが次々と倒壊してゆく。 この地区の避難が完了したという報告は受けていない。 数分前から始まった巨人どもの無差別砲撃とも併せ、民間人にどれ程の被害が出ているか、2人には想像も着かなかった。 そもそも2人は当初、クラナガンの北部区画にて対空戦闘を行っていたのだ。 ところが、不明機体群が西部へと集結を始めた為に、各方面へと散っていた管理局部隊はその地点へと取り残される形となった。 警戒の為に一部を残し、ほぼ全ての部隊が西部へと急行。 しかし状況は既に一変しており、新たに出現した所属不明勢力によりクラナガン西部区画一帯が戦場と化していた。 先に現地へと到達した部隊が交戦していたのは、空翔る鋼鉄の巨人によって編制された軍勢。 無差別に地上を砲撃し、その恐るべき威力を秘めた質量兵器によって都市を崩壊させゆく、悪魔の群れ。 不明機体ほどの機動性は無い為に攻撃を当てる事は可能であったものの、その分厚い装甲は並みの砲撃魔法であれば少々の破損程度で防ぎ切ってしまう程の強固さを誇っていた。 加えて、一撃でビルを全壊させる程の砲撃を文字通り連発する、左腕の異常な質量兵器。 都市を守るどころか、全滅までの時間を先延ばしにするのが精一杯だと、口にはせずとも誰もが理解していた。 ところが、援軍は意外な形で現れたのだ。 巨人どもの後を追う様に、西部よりクラナガン上空へと侵入した十数機の不明機体。 それらは、対空戦闘を継続する管理局部隊には目も呉れず、巨人達に対する攻撃を開始したのだ。 クラナガン西部区画の上空にて交叉する、無数の光。 在りし日にミッドチルダを、そして古代ベルカを崩壊寸前にまで追い込んだ大戦すら思い起こさせるそれは、地上より撃ち上げられる魔法の砲火とも相俟って、この世の地獄と呼ぶに相応しい光景を現出させていた。 既に西部区画の高層ビル群は、巨人の砲撃により4割が倒壊、もしくは地下基礎部分より完全に崩壊している。 レールウェイは至る箇所で寸断され、駅は停車中の車両諸共吹き飛んだ。 撃墜された巨人が地上で爆発を起こし、同じく推進部を破壊された不明機体がビルを貫き炎上する。 都市の其処彼処から幾筋もの黒煙と粉塵が遥か上空まで噴き上がり、魔導師達はその合間を縫う様にして戦闘・民間人の救助に当たっていた。 だがそれも、巨人の砲撃、そして不明機体からの砲撃の余波により、思う様に進まないのが現状である。 民間人の避難は言うに及ばず、巨人に対する隙を突いての奇襲も、その耐久力と反応の鋭さにより成功しているとは言い難い。 そして何より、不明機体群による攻撃の激しさこそが、管理局部隊にとって最大の脅威であった。 彼等の攻撃は明らに巨人を狙った物ではあったのだが、その威力・範囲は余りにも大き過ぎた。 巨人を撃墜した砲撃の一部が、その威力を保ったまま都市へと着弾するのだ。 着弾時の被害は、巨人の砲撃に勝るとも劣らない。 何より、性質の悪い事に無数の砲撃を同時に、更に拡散させて発射する機体が複数存在するのだ。 複数の巨人を纏めて消滅させるそれは、しかし同時に多大なる破壊を都市へと撒き散らす。 その攻撃に、都市への被害拡大に対する躊躇は一切感じられず、ただ怨敵に向けるかの様な狂気じみた憎悪、そして過剰なまでの恐怖が浮き彫りとなっていた。 凄惨に、完全に、一片の容赦無く。 只々、目前の敵を殲滅する事だけを優先した、慈悲無き破壊の嵐。 既に彼等にとっては、眼下のクラナガンなど目に入ってはいないのだろう。 無論、其処に存在する一千万を超える人々の存在も。 「畜生!」 『また来ましたよ! 人型、8体です!』 憤りに悪態を吐くヴィータ。 そんな彼女に、またしてもリィンから警告が飛ぶ。 砲撃を放ちつつ、クラナガンへと侵入する8体の異形。 直後に不明機体からの砲撃、更に地上からの砲撃魔法により、3体が撃墜される。 しかし残る5体は散開、内2体が不明機体群と交戦、3体がクラナガン中央区画を目指し低空・高速での侵攻を開始。 遥か前方で3体の異形に対し、管理局部隊による対空戦闘が開始される。 冷静さを覆いつつある怒りに歯軋りしつつ、ヴィータは自身の相棒へとカートリッジを装填、肩に担ぐ様にして振り被った。 「リィン! アイゼン! 覚悟決めろッ!」 『Jawohl!』 『ヴィータちゃん!?』 「此処でアイツらを中央区に入れれば、あの連中もそれを追う! 避難所の集中する中央区であんなモンぶっ放されてみろ! どれだけ死人が出るか分かったモンじゃねぇぞ!」 『あ・・・!』 「だから!」 ロードカートリッジ2発。 グラーフアイゼンをギガントフォルムへ。 「何としても此処で! ブッ潰すしかねぇッ!」 巨人の頭部に魔力弾が直撃、センサーの機能を遮られたか、本来の動きに比べ幾分直線的な回避行動を開始する。 殺到する砲撃魔法。 その合間を突き、ヴィータは突撃を開始した。 「ギガント・・・」 敵との距離が50mを切った地点で急制動、ハンマーヘッドが巨大化、更に柄を伸長させる。 グラーフアイゼンを振り被った状態から更に身を捻り、魔力によって強化された筋力で柄を強く握り締めた。 此処で漸く、敵は自身の軌道上に位置する彼女の存在に気付いたらしい。 即座に進路を変更するものの、最早手遅れだ。 完全に自身の射程内へと敵を捉えた事を確認し、ヴィータは全身の力を開放せんとした。 しかし。 「シュラー・・・ッ!?」 『あ、ぐッ・・・!』 その力が、敵へと放たれる事は無かった。 「・・・え?」 突如として、背面から腹部へと走った衝撃。 視界を掠める青い光線。 そして身を締め付ける様な圧迫感。 これは。 この感覚は。 「A・・・M・・・F・・・?」 間違いない。 この感覚は、JS事件の際に六課を苦しめた、あの魔法防御機構。 動作範囲内の魔力結合を崩壊させ、魔法の発動すら封じる異質な魔法装置。 それが何故、この状況で? 『ヴィータ・・・ちゃん・・・』 「リィン・・・?」 『お・・・お腹・・・早く・・・手当て・・・』 「え?」 途切れ途切れに発せられる、リィンの声。 その言葉に従い、自身の腹部へと視線を落とすヴィータ。 目に入ったのは、鮮烈な赤によって徐々に侵食されてゆく、白い騎士甲冑の腹部。 「え・・・これ・・・」 『う、後ろ、です!』 続く声に、咄嗟に振り返る。 そして、その存在がヴィータの視界へと飛び込んだ。 「・・・何、で?」 青み掛かった灰色の装甲。 鷲の嘴を思わせる曲がった機首。 機体上部のミサイルポッド、下部のレーザー砲門。 「ガジェット・・・!」 かつて、ジェイル・スカリエッティの尖兵として管理局との戦闘に投入され、数多の魔導師を地へと沈めた、魔法動力機関を核とする戦闘攻撃機。 ガジェットドローンⅡ型の姿が、其処にあった。 「コイツが・・・どうして・・・」 喉を遡る血の臭いに咽ながらも、ヴィータは嘗ての敵を睨む。 その頭上を、4機ずつの編隊を組んだ無数のⅡ型が、轟音と共に通過した。 立ち上る黒煙と粉塵の間に引かれた幾筋もの白線を、融合したリィンと共に呆然と見上げるヴィータ。 その眼前、ホバリングによって中空へと留まったⅡ型のレーザー砲門に、青い光が点る。 直後、ヴィータの視界を、光が覆い尽くした。 * 「このぉッ!」 桜色の砲撃が、鎌状の近接兵装を備えた機械兵士を撃ち抜く。 嘗て彼女を死の淵へと追いやった、古き王の船を守護せし機械兵。 それが、大型機動兵器の移動と時を同じくして、この第4廃棄都市区画へと群れを成して出現していた。 『上だ、高町!』 念話による警告。 瞬時に後退し、頭上からの砲撃を躱すなのは。 2発の砲撃は、既に倒壊したビル群の跡地へと着弾し、その地下構造物を根こそぎ吹き飛ばす。 直後、地上各所から放たれた複数の砲撃魔法が、1体の巨人へと四方から殺到した。 四肢をもがれ、落下を始める胴部。 その中心に、不明機からの砲撃が叩き込まれる。 爆発。 「やっぱり・・・!」 上空に残る1体へと、不明機体群が発射したミサイルが迫る。 銀に輝く金属片の様なものを肩より放ち、巨人は回避行動へと移った。 しかし其処に、地上より放たれた無数の誘導操作弾が殺到、左腕部砲身を吹き飛ばす。 反動にて体勢を崩した巨人へと、欺瞞装置による妨害を掻い潜ったミサイル群が直撃、爆発が中空を埋め尽くした。 敵、消滅。 『515より各空戦魔導師! ガジェットどもが翼を出しやがった! 包囲されるぞ!』 地上部隊からの警告。 すぐさま周囲に視線を走らせれば、廃棄都市区画の至る所から、先程のガジェットが上昇する様が目に入る。 その数、優に200以上。 「多過ぎる・・・!」 レイジングハートを構え、手近な数機へとアクセルシューターを放たんとするなのは。 しかしその背後から、深紅の影が躍り出る。 あの機体、なのはとの交渉に当たったものと同型機。 残る5機の内1機だった。 更に上空から、もう1機の同型機が急降下を掛けている。 直後、耳障りな高音と共に、想像を絶するほどの閃光が放たれた。 「ッ・・・!」 『冗談じゃない・・・!』 眩い光に閉じた瞼を再度開いた時、視界を埋め尽くさんばかりだったガジェットの影は、残らず消え去っていた。 「1機残らず」だ。 正面、左側面、右側面、下方、上方。 ガジェットが出現しなかった後方を除く、全ての方角に存在していた敵影が、跡形も残さず消え去っていたのだ。 否、微かに落下してゆく、炎を纏った破片のみが、先程のガジェットの群れが幻影でなかった事を示している。 つまり、200機を超えるガジェットが、僅か2機の不明機体によって撃破されたという、信じ難い事実を証明していた。 同時になのはは、AMFの影響が完全に消失した事を、感覚を通じて認識する。 『・・・こちら高町、AMFの消失を確認。隊長、そちらに敵は?』 『・・・今ので消えちまったよ。信じられん。俺達を追い回していた時とは比べ物にならんな』 『くそ、舐めやがって。あれがお遊びだったってのか!』 戦技教導隊各員に確認を取るものの、ガジェットの姿が残っているという報告は確認できない。 隊員達の悪態を耳にしつつ、なのはは呆然と周囲を見渡した。 第4廃棄都市区画のほぼ全域から、黒煙と粉塵が立ち上っている。 敵味方を問わず、増援に次ぐ増援の投入により、戦闘の規模は驚異的な速度で拡大していた。 そして同時に、奇妙な協力関係が戦場に築かれる事となる。 無差別砲撃を行い、クラナガンへの侵攻を図る人型兵器群と大型機動兵器。 人型兵器を除く全ての勢力に対し、同じく無差別攻撃を行うガジェット群。 管理局部隊との交戦、そして交渉を中断し、人型兵器・大型機動兵器・ガジェットの全てへと、容赦の無い攻撃を開始した不明機体群。 先程の交渉を耳にしていた為か、不明機体群への攻撃を戸惑い、明らかな敵対行為を取る人型兵器・ガジェットとの交戦を開始した管理局部隊。 各々にとっての敵対勢力が一致した事により、管理局部隊と不明機体群の間には、とある暗黙の了解が生まれた。 即ち、互いを攻撃する事無く、他の勢力に対し限定的な共闘態勢を取る形となったのだ。 互いに交信を交わす事すら無い、御世辞にも味方とは言えない勢力同士による協力態勢。 しかし現状に於いて、それは非常に有効なものとして機能した。 高高度に於ける空対空戦闘及び、都市上空へと群れを成すガジェットに対する一方的な制圧戦を担う不明機体群。 低空へと逃げ込んだ人型兵器に対する迎撃及び、地上を闊歩するガジェット群への攻撃を行う管理局部隊。 各々が得手不得手とする領域に於ける戦闘を明確に区分し、尚且つその境界線に近付く敵に対しては複合された攻撃を見舞う。 数が数ゆえ、クラナガンへの侵入を完全に防ぎ切る事はできなかったものの、それでも僅か15分前後の戦闘で敵の7割を壊滅させる事に成功したのだ。 残る敵についても、クラナガンに残る管理局部隊が迎撃に当たっている事だろう。 更に数機の不明機体が追撃に移った事が確認された為、戦力面での不安は無い。 考えられる問題としては、不明機体群の攻撃の余波が都市に及ぶ事くらいか。 少なくともこの時、なのはを含む魔導師達の考えは、この点で一致していた。 残る当面の脅威は大型機動兵器、ただ1機のみ。 廃棄都市区画の東、約15kmの地点で動きを止めたそれは現在、追撃に移った不明機体群との間で壮絶な対空戦闘を繰り広げている。 それも、恐らくは不明機による攻撃の前に、然程時間を掛けずに無力化されるだろう。 問題はその後、不明機との交渉が再開されるか否か。 そう、考えていた。 しかし。 「後はアレだけだね。レイジングハート、やれる?」 『Off Course』 「じゃあ・・・」 『本部より全局員へ、警告!』 『1044より緊急!』 同時に発せられた2つの通信。 地上本部及び、大型機動兵器追撃の任に当たっていた航空武装隊、双方からの入電。 それらは状況が最悪の方向へと転がり始めた事実を、管理局全部隊へと突き付けた。 『第4廃棄都市区画及びクラナガン西部区画にて次元断層発生! 西部区画、ガジェットドローンⅡ型の多数転移を確認、機数300超! 管理局部隊及び不明機体群と接触、交戦中!』 『大型機動兵器との戦闘に当たっていた不明機体群が全滅! 8機とも撃墜された! ガジェットⅡ型だ! ブースターを装備したタイプ、恐らく新型! 奴ら、不明機に体当たりしやがった!』 爆音。 廃棄都市区画の一画で、巨大な炎の柱が噴き上がる。 何事か、と振り返ったなのはの視界に、獄炎の渦中から飛び出す複数の影が映り込んだ。 ただし、正確な輪郭としてではなく、その後に引かれる凄まじい炎と白煙の帯として。 「え?」 呆然と呟いた瞬間、それは彼女から100mほど横の空間を突き抜けていた。 直径数mほどの白煙の帯が、遥か彼方の廃墟へと突入する。 次の瞬間、轟音と共にその区画が吹き飛んだ。 またも背後へと振り返り、活火山の如く爆炎を噴き上げる廃棄都市区画を見やる。 なのはのみならず、全ての魔導師達がその光景を唖然と見つめる中、悲鳴の様な念話が硬直した意識を揺さ振った。 『1044より全局員! 化け物が何か始めやがった! 機体下部が光って』 通信が途絶える。 同時に、空中に浮かぶなのはにさえ感じられる程の振動が、周囲の大気を揺るがした。 突然の事に、半ば恐慌状態に陥る魔導師達。 『地震だ! くそったれ、こんな時に!』 『崩れる、建物から離れて!』 『飛べる者は空に上がれ! くそ、開けた場所は無いか!?』 そんな念話が全方向へと飛び交う間にも、振動は収まるどころか徐々にその激しさを増してゆく。 誰もがその異常性に気付き始めた頃、地上本部からの通信が信じ難い事実を伝えた。 『ミッドチルダ中央区画全域に於いて地震発生! 震度5、震源はクラナガン西南西20km、震源深度18km!』 クラナガン西南西20km。 それは正しく、あの大型機動兵器が身を据える地点だった。 何が起こっているのか。 1044航空隊に何があったのか。 この地震はあの大型機動兵器が原因なのか。 見慣れないガジェット群を戦域に投入したのは何者なのか。 クラナガンは。 ミッドチルダは、一体「何をされている」のか? 『畜生、こちら601! 被弾したガジェットが突っ込んで』 唐突に飛び込んだ陸士部隊からの念話が、同じく唐突に途絶える。 爆発。 廃棄都市区画の一部が、またしても業火に覆われた。 「・・・まさか!」 なのはが気付いた時には、地上からの弾幕が複数のガジェットを捉えていた。 咄嗟に攻撃中止を伝えようと試みるも、ガジェット後部から爆炎が噴出する方が遥かに早い。 機体下部、または側面に攻撃を受けた筈のそれらは2つのブースターユニットと、更に内側から弾け飛んだ後部装甲の内部に隠れていた無数のマイクロノズルから凄まじい爆炎を発し、瞬時に超音速へと達すると、そのまま都市区画へと突っ込んだ。 視覚が、聴覚が、周囲の状況を把握する為にある全ての感覚が揺さ振られ、遂には物理的な衝撃となって意識を襲う。 衝撃波によって数十mもの距離を吹き飛ばされ、漸く体勢を立て直したなのはの目に映ったものは、廃棄都市区画の南部に聳え立つ巨大な炎の壁だった。 『103、601、661、1711、2013、ロスト! ガジェット群、なおも集結中!』 『805より局員、聞け! 連中は被弾と同時に突撃を開始する自爆型だ! 攻撃は控えろ!』 『ガジェット群、質量兵器を発射!』 今度は比較的小規模の爆発が、廃棄都市区画の至る箇所で巻き起こる。 ひとつひとつの爆発はそれ程の規模ではないものの、その数たるや100や200では到底足りない。 少なくとも数百箇所を下らない地点にて、連鎖的な複合爆発が立て続けに発生しているのだ。 何が起こっているのかは、続く陸士部隊から念話によって明らかとなった。 『クソ、クソ! 奴ら、超小型の誘導弾を山ほど積んでやがる! 撃たなきゃやられる!』 『待て、撃つな! 突っ込んでくるぞ!』 『撃たなくても同じだ! このままじゃどっちみち吹っ飛ぶんだぞ、畜生!』 絶望の滲む声。 その念話もまた、数秒の後に途絶えた。 閃光、爆発。 複数のビルが、折り重なる様にして炎の中へと倒れ込む。 既に、この第4廃棄都市区画に於いては、炎の手が及んでいない場所を探す方が難しかった。 視界に映る廃墟のビル群はその殆どが炎に覆われ、未だ辛うじて原形を留めている建物すらも次々に崩壊、積み木崩しの様に炎の中へと沈み込んでゆく。 その衝撃と圧力によって大気が周囲へと押しやられ、業火の手を更に広範囲へと拡げるのだ。 この中で、どれだけの局員が生存しているというのだろう。 悲鳴を上げる間すら無かったのか、既に大分静かになった全方位への念話を拾いつつ、なのはは呆然と空中に佇んでいた。 元々が対地攻撃に主眼を置いているのか、空中に身を置いていた空戦魔導師達は、異常とも思える程に被害を受けなかったのだ。 そんな彼女達の意識に、新たな念話が飛び込む。 『・・・こちら陸士121部隊。空の連中、聞こえるか?』 場違いなまでに静かな声。 返答を返したのは、戦技教導隊隊長だった。 『こちら戦技教導隊。121、援護する。そちらの位置を・・・』 『そんな事はいい。それより、アンタらは大型機動兵器の撃破に向かえ』 その言葉に、なのはは目を見開いた。 彼等は今、眼下に拡がる業火に囲まれているのだ。 それだけではない。 彼等の頭上には、無数の自爆型ガジェットが群れを為している。 空戦魔導師の援護を受け、今すぐにこの区画からの脱出を図らねば、遠からぬ内に炎に巻かれる事となるのは明らかだ。 にも拘らず、彼は大型機動兵器を追えと言う。 何故? 『121、何を言っている! このままでは・・・』 『地震が酷くなってきている。空中のアンタらには分からないかもしれないが、もう立っているのもやっとなんだ』 その言葉も終わらぬ内、其処彼処でビルの残骸が倒壊を始める。 轟音。 巨大な隔壁が水圧に軋む様な、遠方より轟く鐘楼の音にも似た不気味な重低音が、何処からともなく大気中に響き渡る。 徐々に大きさを増すその音に紛れ響くのは、巨人が鉄壁を殴り付けるかの様な、全身を揺さぶる衝撃音。 これらが何処から響くものか、なのははすぐに理解した。 「全て」だ。 視界に映る全て、視界の外の全て。 自身がこの身を置く、ミッドチルダという世界を為す惑星の全てが、この不気味な衝撃音を発しているのだ。 それは紛う事なく、生命の危機に曝された星というひとつの生命体が上げる、恐怖と絶望の叫びだった。 「時間」は、もう然程も残されてはいない。 『この地震の原因は、間違いなくあの化け物だ。奴が何をしているかは解らんが、少なくともこのまま放っておけば碌な事にはならんだろう。繰り返す。全ての空戦魔導師は、大型機動兵器の撃破に向かえ。ガジェットはこちらで引き受ける』 またしても轟音。 10を超えるビルが、ほぼ同時に吹き飛ぶ。 見れば炎の合間から、無数の魔力弾が空へと撃ち上げられていた。 鼓膜を破らんばかりの高音と衝撃波を撒き散らしつつ、弾幕の発せられる地点へと突入する巨大な白煙の帯。 そして爆発。 発射される魔力弾が、大きく数を減らす。 しかし一拍の後、今度は廃棄都市区画のありとあらゆる箇所から、空を覆わんばかりの魔力弾が放たれた。 未だ健在の全陸士部隊による、決死の対空攻撃だ。 忽ちの内に、廃棄都市区画上空が轟音と白煙、七色の光を放つ無数の魔力弾によって覆い尽くされる。 爆発に次ぐ爆発。 狂った様に地表へと突撃してゆくガジェット群。 都市を根こそぎ吹き飛ばさんばかりの広域爆発。 それらに曝されながら、衰えるどころかより激しさを増す対空弾幕。 最早、なのは達の出る幕は無かった。 『・・・高町一等空尉!』 『は、はい!』 突然、戦技教導隊隊長からなのはへと念話が繋がれる。 それは全方位通信ではあったが、その内容はなのは個人への命令であった。 『砲撃魔導師を連れ、大型機動兵器の追撃に当たれ! 1603、2024が護衛に就く! 直ちに向かえ!』 瞬きする程の僅かな時間、なのははその言葉に呆然とする。 しかしすぐに我を取り戻すと、焦燥と共に自身の上司へと食い掛かった。 『そんな! 隊長達はどうなさるんです!?』 『どうせあの化け物には砲撃以外は効かん! 追撃隊を除く空戦魔導師は陸士部隊の援護及び救出に当たる! さあ行け!』 『しかし!』 『さっさと行け! もう時間が無い!』 次の瞬間、青い光が上空を吹き荒れる。 思わず目を逸らし、再び視線を向けた先には、ガジェットの影すら存在しなかった。 「これは・・・」 『見ろ。気に食わないが、心強い連中が戻ってきたぞ』 直後、頭上を突き抜ける複数の機影。 地上戦型ガジェットの殲滅と同時、一時高高度へと退避していた不明機体群の一部が、戦域へと舞い戻ったのだ。 空間を覆い尽くさんばかりの大規模砲撃と、各種質量兵器の弾幕。 突撃を実行する時間すら与えず、片端からガジェット群を消滅させてゆく不明機体。 時折、僅かに消滅を逃れたガジェットが空中で爆発を起こし、その衝撃が地震によって負荷の高まった地上建築物を倒壊させる。 それでも、陸士部隊は降り注ぐ爆発物の雨から逃れる事ができた。 ガジェットの増援は未だに途絶えてはいないが、不明機体群が戦闘に加わっているこの状況下ならば、彼等が無事に脱出できる可能性はある。 なのはは周囲を見渡す。 1人、2人、3人。 次々とその周囲に集まる空戦魔導師。 10人、11人、12人。 見知った顔もあれば、知らない顔もある。 24、25、26人。 彼等は一様に、なのはに向かって頷いてみせた。 彼女の中に、言い知れぬ熱が宿る。 相棒へと目をやれば、何を躊躇うのか、と言わんばかりに光を放つ様が目に入った。 それらの光景を前に、なのはは決意を固める。 空間を薙ぐ様にレイジングハートの矛先を振り、発生と念話の双方で声を放った。 「これより敵主力の追撃を開始します! 目標は敵大型機動兵器の撃破! 以上!」 猛々しく、戦意に震える叫び。 それらが幾重にも響いた後、第4廃棄都市区画の空を、50を超える人影が翔け抜けた。 不明機の砲撃、ガジェットの噴煙、魔導師達の魔力弾。 崩れ落ちるビル群の粉塵、地上を覆う業火、立ち上る黒煙。 それらの合間を、肉体と魔力が許す限りの高速にて貫き翔ける魔導師達。 彼等が目指すは、ただひとつ。 惑星そのものを陵辱せんと大地に牙を突き立てる、機械仕掛けの悪魔。 次元世界の理を外れし、禍々しき技術によって構築された獣。 その首を刎ねるべく、彼等は一路、東を目指す。 彼等を守護するかの様に舞い降りた、十数機の不明機体を引き連れて。 彼等が第4廃棄都市上空を飛び去った、その数分後。 新たに転移した不明機体の一群が、黒煙と弾幕に覆われた空を東へと横切った。 重厚な外観に、黒み掛かった濃蒼色の塗装が施された4機。 それらに護衛されるかの様に編隊の中央へと位置する、漆黒と濃紫色の塗装を施された1機。 黒煙を切り裂いて飛び去ったその姿を、はっきりと確認した管理局局員は1人として存在しなかった。 しかし、僅かに数名の魔導師達は、確かに気付いた。 空を切り裂き、空間を貫いて飛び去った、歪なるその存在に。 無限の英知と狂気によって蝕まれた、嘗ての英雄の成れの果てに。 『808より本部、上空を横切った馬鹿デカい魔力は何処の部隊だ?』
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R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE-ID+ゲーム名ずっと俺のターン ずっと敵のターン 全資源999 ID+ゲーム名 _S NPJH-50119 _G R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- ずっと俺のターン _C0 1P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000000 ずっと敵のターン _C0 2P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000001 全資源999 _C0 All Resources 999 _L 0x105F7520 0x000003E7 _L 0x105F7524 0x000003E7 _L 0x105F7528 0x000003E7
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登録日:2011/04/29(金) 22 11 55 更新日:2024/04/01 Mon 21 46 50NEW! 所要時間:約 7 分で読めます ▽タグ一覧 R-TYPE SFC アイレム ゲーム シューティング スーパーファミコン ヲヤスミ、ケダモノ。(BYE×2)BYDO 合法ロリ 神BGM ヲヤスミ、ケダモノ。(BYE×2)BYDO アイレムが1993年にスーパーファミコン用ソフトとして販売した横画面横スクロールシューティングゲーム 全6ステージ・2周エンド 2周目はいつも通り難易度が上昇する。 R-TYPEシリーズの3作目。 今作の自機はチートと思えるくらいこれまでの機体を凌駕する性能を持っているが、それでも余裕で死なせてくれる初見殺しは健在。 しかし理不尽な弾幕は少ないので前作よりパターンは構築しやすくなっており、機体性能のおかげもあって再構築しやすいので、難易度は比較的低い(あくまで比較的)。 今作から今まで悪の帝国扱いだったバイドの細かい設定が作られていった。 ★ストーリー まだ、生きていたのだ。 限りない変成と変貌の果てに具現化した、強大な悪意。それはさらなる驚異となって、人類を襲った。 ついに人類は決断する。バイド中枢部への直接攻撃を。 目標は、銀河系中心域、マザーバイドセントラルボディ。 終わらない恐怖が、もうすぐ始まる 。 (公式HPより) ★自機 R-9/0 ラグナロック R-9S ストライク・ボマーをベースに火星基地で建造された機体。 ベースといっても実際にはフレームのみで、中身は完全に別物といえるくらいに強化されている。 本機は、3種のフォースと接続可能としたコンダクターユニットの搭載、 R-9Sのメガ波動砲を更に改良したタイプの波動砲に加え、ハイパードライブシステムにより連射を可能としたハイパー波動砲を搭載している。 「肉体を14歳相当に固定した23歳の女性を機体に直結させている」という噂があるが、軍はこの事実を否定しているため真相は不明となっている。 本機の最大の特徴は前述の2種の波動砲である。 まずBEAMモードで2ループチャージさせることで、障害物も貫通する極太のメガ波動砲を発射する。 この時、機体周囲にもエネルギーの余波を放出しているため、見た目よりも広い攻撃範囲を持ち、素の状態でも前方以外の敵を攻撃しやすくなったのは大きい。 また多少の敵弾をかき消すことができる。 またRボタンでHYPERモードに切り替えると、2ループチャージで一定時間、通常の波動砲を連射するハイパー波動砲を発射できる。 この間ビットを装備していれば、ビットが機体周囲を回転し、さらに防御力を高めることができる。 ただし一定時間を経過すると波動砲が冷却に入り、その間は波動砲が使用できなくなる。 どちらも前作の拡散波動砲のような巻き戻りはなく、チャージ状態を維持することができる。 ★フォースユニット 今回は最初に3種類のフォースを選択して出撃する(途中での変更は不可)。 ラウンド・フォース お馴染みのフォース。 今作でバイドの切れ端であるバイド体を制御したものという設定が明かされた。 今回は全体的に火力が低下しており、旧式であることは否めない。 しかしこのフォースのみ、ハイパー波動砲を手動で連射する限り、時間を超過しても発射し続けることができる(ビットの回転は規定時間で止まる)。 対空レーザー 反射レーザー 対地レーザー どれも前とほとんど同じ。 シャドウ・フォース バイド体を使わず、完全に人工の技術で作り出したフォース。 Lv.2以上になると支援兵器シャドウ・ユニットが付いて自機の移動方向の反対側に援護射撃する、分離時の呼び戻しが早いなどの特徴を持つ。 分離時は2wayショットを放つ。 リバースレーザー ____ ====Σ  ̄ ̄ ̄ ̄ ↑ こんな感じのレーザーを出す (上はフォースを後ろに付けている時。前だと逆向きになる) 前後を同時に攻撃できるレーザーで、一番使いやすい。 オールレンジレーザー フォースから2本のレーザーを発射し、シャドウユニットの攻撃もレーザーに強化される。 その名の通り全方位を攻撃できるが、シャドウユニットの扱いに慣れていないと使いにくい。 ガイドレーザー 対地レーザーの改良版で対地レーザーの上下に加え、フォース前方からも2本のレーザーが出る。 ただやはり使い勝手は良くない。 サイクロン・フォース バイド体を球体のゲル状に加工して安定させた後、バイド係数を大幅に引上げた状態のまま、中央に制御コアを埋め込み収束維持させているフォース。 分離時にショットを撃てないが、Lv.2以上は分離中にリングを形成し当たり判定が広がる。 また分離中、随時に引き離しと呼び戻しの切り替えが可能。 スルーレーザー フォースの方向に>形のレーザーを発射する。 障害物を貫通することもできるが、貫通すると威力が減退してしまう。 スプラッシュレーザー フォースの方向に放射状にレーザーを放つ。 着弾すると小さく爆散するため、攻撃範囲が広く、とても使いやすい。 カプセルレーザー 機体前方にカプセルを2個設置し、カプセルから前方にレーザーが発射される。 カプセルは弾を消すこともできるため防御壁ともなる。 ただしカプセルは発射し終わるまで置き直せないため、タイミングを考えないと無駄になりやすい。 ★取得アイテム スピードユニット いつもと同じ。 ストラグル・ビット 多少の弾は防げるようになった改良型。 エレクトロン・ミサイル 要は追尾ミサイル。 2個目を取ると発射間隔が早まる。 ★ステージ ステージ1 次元カタパルト 崩壊した次元カタパルトでの戦い。 カタパルトの推進器が作動し、地形が動くことがある。 ボス:ガドレイ 球体のUFOのような敵。 最初は奥から弾を撃ってくる。 ハイパー波動砲で楽勝。 ステージ2 アシド・クリーチャー Xマルチプライを彷彿とさせる、酸液が降り注ぐ腐敗した異次元幻獣の体内を進む。敵も生物の様なグロテスクなものが多い ボス:ネクロゾウル 見た目はただの肉壁だが、撃ってくるのが どう見ても精子です。本当にありがとうございました。 精子はフォースで防げないので、避けつつメガ波動砲を開いた目に撃つ卓越したテクニックを使わないとイカセることができない。 ステージ3 重金属回廊 U字状の洞窟を進んで行く変わったスクロールをするステージ。 ボス:コース・グラブ 壁面を歩くカニ。 ケツフォースで蜂の巣にするか、頭頂部を破壊後、ジャンプした隙に脚の間に入り、メガ波動砲を撃つのがパターンか。 ステージ4 ファイアキャスクファクトリー バイドに取り込まれた自動兵器工場。 アミダ状に走る炎は初見殺しすぎ。 中ボスを倒した後は逆走してから下降する、また変わったスクロールをする。 ボス:幻獣666 本体はただの玉で軸を合わせた時のみレーザーを撃つが、 背景のレール上を動くトラップが厄介な上に背景が回転するため安置が無い強敵。 ステージ5 バイオニクス・ラボ バイドに占拠された有機質兵器研究所。 ブロックに擬態した敵が襲いかかる。 ボス:ファントム・セル デカいスライム。 ドプケラ、ライオス、ゴマンダー、ゴンドランに擬態する。 ライオス以外はオリジナルより若干倒しにくくなっている。 ステージ6 電界25次元 漂うワームホールから敵やPOWアーマーが出てくる中、消滅と実体化を繰り返す地形の中を進む。 非常に堅い敵が多く難しい。 時にはワームホールを使わないと進めないところもある。 最奥のセントラルボディを倒すと亜空間へ飛ばされ、マザーバイドとの戦闘となる。 ボス:マザーバイド 人のような上半身と4つの腕を持つバイドの中枢。 腕からレーザーを出したり光弾を自機に向けて撃ったりし、割れた頭の中のワームホールから虫を出してくる。 頭は破壊可能。 マザーバイドを倒すと、残った4本の腕が自機に襲いかかる。 なんとか避け続けて地球圏へ脱出するも、閉じゆくワームホールを押し広げて再生したマザーバイドが追いすがる。 しかし攻撃に怯んで開いた頭にフォースを撃ち込まれ、マザーバイドは亜空間に押し戻されるのだった。 (ここまで操作しなければならない) そして戦いに勝利したR-9/0は地球へ帰還するところで終わりとなる。 なお、本機のパイロットはほとんど不明だが、設定資料集でかすかにスゥ・スラスターという名前が読み取れ、公式立ち絵もない状態であるにもかかわらず、R-TYPERの間ではスゥたんはアイドル的存在として語り継がれている。 追記・修正お願いします △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] よく考えてみると、機体に直結っていうのがオルフェンズの阿頼耶識みたいな感じなのか、コンピューターなんだからナビゲーターなのかは知らないけどもし前者ならごつくてかっこいいパイロットスーツを着た見た目は14歳で中身は軍人な娘が無双するという残酷というより萌え設定だな。文字にすると。 -- 名無しさん (2019-02-02 18 22 25) 名前 コメント
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『目標、前方大型敵性体。MC404自動管制、砲撃開始』 『「マレソル」右舷に直撃弾! 被害甚大、後退中!』 『砲撃、来ます!』 警告が発せられた直後、頭上の空間を突き抜ける無数の砲撃。 泡状の極強酸性体液による、生体型長距離砲撃だ。 遥か前方、砲撃を放った異形の一群が更なる攻撃を実行せんと、胸部を突き破って覗く寄生体の口腔から赤黒い体液を溢れさせている。 だが結局、それらの異形が砲撃を放つ事は無かった。 強烈な閃光。 『弾体炸裂。目標群AA-04からYL-91の殲滅を確認』 遅れて襲い来る、全身を粉砕せんばかりの衝撃と轟音。 15km後方に位置するXV級6隻からの、戦略魔導砲アルカンシェルによる同時砲撃。 弾体炸裂により発生した余りにも強大な魔力爆発、そして極広範囲に亘る空間歪曲。 それらが、彼方に至るまでの空間を埋め尽くしていた無数の異形、その殆どを呑み込み跡形も無く消し去ったのだ。 より近距離に位置していた先程の一群は、アルカンシェルと同時に放たれたMC404からの魔導砲撃を受けて消滅したらしい。 通常では在り得ない、最小安全限界距離を無視しての戦略魔導砲による砲撃。 弾体炸裂点こそ前方800kmもの彼方であるとはいえ、発生した強烈な衝撃波は周囲に展開する魔導師、更には他のXV級をも襲い、致命的でこそないものの少なからぬ影響を齎す。 だが、その事実を気に留める者は存在しない。 その必要性も無いからだ。 『発射』 再度、アルカンシェルによる砲撃。 目標、大型敵性体。 今度は6隻どころか、計80隻の一斉砲撃だ。 弾体炸裂時に発生する衝撃の強大さは、先程の比ではないだろう。 無論、周囲への被害も甚大なものとなる筈だ。 『目標、残存敵性体群。突入まで5秒』 だが彼女は、魔導師達は前進を止めない。 後方の艦艇群、それらの1隻でさえ離脱しない。 只管に前進し、残る敵性体群、そして大型敵性体へと肉薄せんとする魔導師達。 敵性体群と大型敵性体からの砲撃を回避しつつ、更なる砲撃を実行せんと態勢を整える艦艇群。 数瞬後、アルカンシェル弾体炸裂に伴い発生した閃光が視界を、意識の全てを塗り潰す。 敵性体群を背後より襲う、彼方での弾体炸裂の余波。 奪われる視覚、悲鳴を上げる身体。 『突入!』 だが、問題は無い。 残存敵性体群の状態、方向、距離。 全ては明確に「視えて」いる。 視覚情報を用いるまでもなく、あらゆる魔導因子内包型観測機構より齎される各種情報が、意識内へと直接転送されているのだ。 逆袈裟に振り抜かれる腕部、大気諸共に物質を切り裂く感触。 『目標撃破!』 嗅覚を刺激する異臭。 全身を覆う障壁、通常と比して圧倒的なまでに高密度の魔力によって構築されるそれに触れ、瞬間的に気化した敵性体血液の臭気。 完全には濾過されず障壁を透過し、微かに嗅覚細胞を刺激するそれに対し、無意識の内に眉が顰められる。 同時に、自身の周囲へと13基のスフィアを展開。 直後、トリガーボイスが紡がれる事さえ無く、一斉に超高速直射弾が射出される。 意識内への投影、直射弾によって胸部寄生体を貫通され、絶命する敵性体群の映像。 直射弾、即ちプラズマランサーによる敵性体撃破総数13体。 飛翔中の全弾体がターン、更に13体を貫通、撃破。 撃破総数、26体。 直後、意識中へと飛び込む映像。 24km上方、複数の敵影。 敵性体、総数83。 アルカンシェル弾体炸裂の余波、それが空間中の魔力素へと干渉した影響か、此方の索敵から逃れたらしき敵性体の一群。 全個体、砲撃態勢。 敵性体が放つ砲撃、弾体である体液の飛翔速度からして、現状からの回避は困難だろう。 咄嗟に新たなスフィアを展開、射撃態勢へ移行。 閃光、そして衝撃と轟音。 敵性体群、消滅。 純白の魔力光、超広域魔力爆発。 彼女は咄嗟に振り返り、後方40kmに位置するベストラへと視線を投じる。 デバイスを通じ視力を強化、外殻上の一点を拡大表示。 そうして視界へと映り込んだ見慣れた顔に、思わず口を突いて出る言葉。 「酷い顔しとるな、私」 鼓膜を震わせる肉声。 先程までとは異なり、意識中へと直接的に飛び込む念話ではなく、聴覚を通じ音波としての認識を齎すそれ。 並列思考の一端、対象との接続状態を保ちつつ、自己の外部認識に費やす魔力量を大幅に引き上げる。 慣れぬ感覚に眉を顰めながらも、彼女は続けて呟いた。 「他人の目から見る自分の顔ってのは、どうにも・・・」 「外見に大した意味は無いでしょう、はやてさん」 新たに聴覚を刺激する、少女の声。 自身の左後方より発せられたそれに、彼女は感情の抜け落ちた表情のまま、億劫そうに振り返る。 そうして自身本来の視界へと映り込む、青く短い髪の少女。 「それとも、フェイトさんの視界に気になるところでも?」 僅かに首を傾げ、此方を窺う彼女。 背後に煌く無数の閃光と轟く爆音を気にも留めず、そんな少女の顔を暫し見つめる。 やがて、諦観を色濃く滲ませる微かな溜息と共に、はやては声を絞り出した。 「・・・それこそ、アンタにとってはどうでも良い事やろ、スバル。私の感傷が、戦況と何の関係が在る?」 吐き捨てる様に言い切り、スバルから視線を引き剥がすはやて。 改めて戦場へと向き直った彼女の光学的視界は、無数の魔導砲撃の光条とアルカンシェル弾体が炸裂する際の閃光によって、瞬時に埋め尽くされる。 だが、問題は無い。 彼女の他の視界群は、閃光に霞む全ての影を捉えている。 「しかし、何とも・・・薄気味悪いもんやな」 意識中へと反映される、複数の視界。 はやては今、8名の魔導師と視界を共有している。 先程まではフェイトも含め、計9名分の視覚情報を並列処理していた。 意識中へと強制転送された、魔導インターフェースに関する情報。 唐突に認識させられたそれに基き実行した措置であったが、結果は様々な疑念をも塗り潰す程に劇的なものであった。 接続の直後、意識中へと雪崩れ込む、膨大な量の情報。 あらゆる種類のそれら全てが、個々の魔導師が有する感覚情報であると認識した、その瞬間。 はやての内に生じた感情は、猛烈な焦燥だった。 掻き消される。 自身が、八神 はやてという人物を構成する情報が、掻き消されてゆく。 複数の「他者」より流入する、膨大な量の情報。 それらの奔流に呑み込まれた自己が歪み、滲み霞んで消えてゆく、おぞましい感覚。 「他者」に貪られ吸収されてゆく、自己という存在。 遠くなる意識、混乱と恐怖。 だが、それ以上におぞましいのは。 それらの感情が、自己だけのものではないと認識してしまった事。 自身と意識を共有する無数の魔導師、その全てが同様の恐怖と焦燥に蝕まれ、声ならぬ絶叫を上げ続けていた。 自身の意識中へと流れ込む、彼等の存在そのものが発する恐怖の叫び。 既に自己判別が不可能なまでに、意識の混濁が進行しているという事実。 耐えられない、耐えられる筈もない。 このままでは、自我が崩壊する。 意識が回復したのは、自己が消失へと至る、その直前だった。 否、或いは既に消失した、その直後であったのかもしれない。 現在の意識は固有のものではなく、消失の後に新たに構築されたものではないのか。 はやて自身にその判別は付かないが、いずれにしても既に興味の対象外であった。 今や魔導インターフェースははやての意識中にて構築を完了しており、正常な機能を獲得すると同時に魔導師間に於ける情報共有を開始している。 その後は幾度か対象となる魔導師を変更しつつ、自身の最大同時接続可能数および接続可能範囲、接続数増大に伴う情報処理速度の変調率等を確認。 共有開始直後に形勢を立て直した味方と共に、艦艇群との連携を取りつつ反撃を開始したのだ。 先程のフレースヴェルグも、フェイトを始めとする複数の魔導師の視界から遠方の戦況を把握し、援護の為に放ったものであった。 「ジュエルシード・・・ジュエルシード「Λ」か・・・」 「使い方はお伝えしました。どう活かすかは個人次第です」 呟きつつ、インターフェース構築と同時に転送された各種情報、特に「Λ」に関するそれを部分的に再確認する。 傍らのスバルが発した言葉を意識の端へと留めつつ、ジュエルシード「Λ」構築に至るまでの経緯を辿るはやて。 作業は5秒にも満たぬ内に終了、同時にはやての胸中へと湧き起こる言い様のない感情。 次元消去弾頭、ジュエルシード「Λ」、バイド、R-99。 禁忌、との言葉ですら生温い程の存在が、よくもこれだけ創り出されたものだ。 しかもそれら全てについて、創造に至るまでの過程に地球が関っている。 尤も「Λ」とバイドについては、管理局もまた深い関わりを持つのだが。 「お互い様、か」 始まりは、地球文明圏内に於ける極めて大規模な内戦、其処で使用された数十万発もの次元消去弾頭。 自身等からすれば殆ど無関係とも云える強大な文明、その勢力圏内にて当該文明が有する戦略兵器が使用された際の余波、それにより信じ難いまでの犠牲を強いられた次元世界。 当然ながら、被害を受けた各世界の住民達は激怒した事だろう。 被害の大小に拘らず、あらゆる世界の人々が実効的報復を望み、管理局はそれを抑える事ができなかった。 結果として「Λ」が建造され、それへの対処を目的に地球文明圏はバイドを建造。 管理局による工作の結果バイドは太陽系に於いて発動、次元消去弾頭の起爆により排除される。 これにより地球文明圏の崩壊は確定し、管理局は望まぬ形とはいえ安寧を手に入れ、次元世界は報復を成し遂げた。 遥かな未来、約400年後の時空に於いては、その筈であったのだ。 侮っていた。 互いを侮っていたのだ。 地球も、次元世界も、双方が。 次元の海に存在する無数の意思が、地球という惑星に対して抱く憎悪を。 地球という惑星より発祥した文明が、どれ程の狂気を内包するものであるかを。 侮り、軽視し、過小評価したのだ。 その結果、双方が予期せぬ敵の襲来によって殲滅されたというのであるから、全く以って救い様の無い話である。 身から出た錆とは、正にこの事か。 「言っておきますが、火蓋を切ったのは地球側です。理解して戴けると思いますが」 「思考を読まれるのも気味の悪いもんやな。ついでに言えば、今更そんな事どっちでもええんやろ?」 此方の思考を読んだスバルに返答し、更に言葉を繋げる。 発端は地球か、それとも次元世界か。 そんな事を議論したところで、今となっては何ら意味が無い。 だからこそ、この感情にも意味は無いのだと、はやては自身へと言い聞かせる。 憤怒も憎悪も、今は必要ない。 今や何処にも存在せず、未だ何処にも存在しない、遥か未来の地球。 そんなものを恨んだところで、何ら意味など在りはしないのだ。 「大事なのは、どうやって今を生き延びるか。それ以外に関心を向ける事は、全て無駄に過ぎない」 「ええ、その通りです」 「邪魔なものは排除する。必要であれば、価値の在るものでも切り捨てる。全ては次元世界が生き残る為、次元世界の敵を滅ぼす為」 「はい」 だから、抑えろ。 こんな事を問い詰める意味は無い。 この感情を言葉にしてぶつけたところで、その行為が何を齎すというのだ。 言うな、止めておけ。 こんな問い掛けは無意味、そればかりか彼の遺志を裏切る行為だ。 止めろ、口を閉ざせ、何も訊くな。 「そうやって、ザフィーラ達も切り捨てたんか」 掠れた声での問い掛けに、返答は無かった。 音が鳴る程に歯を食い縛り、右手のシュベルトクロイツをきつく握り締める。 視界が歪んでゆく事を自覚するも、懸命にそれを無視せんとするはやて。 そうして、自身の決意とは裏腹に震える声で以って、言葉を続ける。 「・・・仕方のない事、だったんやな」 返される沈黙の中、音無き声と共に唇を震わせ呼ぶは、今はもう居ない家族の名。 無重力下に於いて無意味な事であるとは知りながらも、はやては視線を上向かせずにはいられなかった。 滲みゆく視界は一向に回復せず、僅かな滴が宙空へと零れ出した事を感じ取る。 これまでに失った家族は2人。 初めはシャマルだ。 彼女はバイドによって殺された。 汚染体666が発する強大な偏向重力より逃れる事が叶わず、原形すら留めぬまでに圧し潰されたのだろう。 それでも彼女については敵に、バイドという明確な敵性体によって殺害されたのだと、納得はできずとも理解はできる。 だが、ザフィーラは違う。 彼を殺したのは、間違い無く自身の傍らに立つ少女、スバルだ。 彼女が自身の目的を果たす為、故意に引き起こした惨事によって死亡したのだ。 それは、紛う事なき無差別殺戮、明確な敵対行為であった。 しかし同時に、それが地球軍とランツクネヒトに対する攪乱を目的とした行為であり、必要な措置であった事も今は理解している。 コロニーは破壊されなければならなかった。 そうでなければ、叛乱など起こす以前に、生存者達は残らず処理されていた事だろう。 では、それに伴うザフィーラの死についても、必要な事であったと納得できるのか。 彼は自身の眼前で、最期まで此方を気遣いながら、膨大な質量により圧砕されて消え去った。 数瞬前まで確かに存在し触れ合っていた筈の家族が、僅かな肉片と大量の血飛沫だけを残し、永遠に奪い去られたのだ。 それを為したのは敵ではなく、自身と勢力を同じくする少女、嘗ての部下。 それでもなお、仕方がなかったと割り切れるのか。 身勝手な思考だと、はやては自嘲する。 コロニーでの一連の戦闘による犠牲者は、シャマルやザフィーラだけではない。 当初40000を超えていた生存者の総数は、現在では13000前後にまで減少している。 25000を超える犠牲者の内、約14000名はコロニーでのバイドとの戦闘、更には続くR戦闘機群の強襲により発生したものだ。 シャマルと同様に偏向重力によって圧し潰された者も在れば、ザフィーラと同じくB-1A2より発生した植物性バイド体に呑み込まれて消滅した者も在る。 スバルが操るTL-2B2によって殺害された者、彼女とノーヴェの暴走を装った叛乱により撃沈された脱出艦隊の7隻と数十機の機動兵器、それらの乗組員およびパイロット達。 膨大な犠牲者の存在を無視し、自身は家族を失ったという事実にのみ捉われている。 だが、その事を自覚しつつも、それでもはやては居なくなってしまった家族、彼等を想わずにはいられなかった。 当たり前だ。 自分は、人間である。 居なくなってしまった家族を想う事、それの何処がおかしいというのだ。 犠牲となった人々、その全てを平等に思う事など、神ならぬ自分には出来得る筈も無い。 自身に近しい者を特別に想う、それは当り前の事だ。 視線を戻し、隣に立つスバルを見やるはやて。 彼女は彼方の戦域を見つめたまま、此方を見ようともしない。 はやての思考を読んでいる事は確実なのだが、それに対して一切の興味が無いと謂わんばかりの様子。 そんな彼女の姿を見つめつつ、更にはやては思考する。 彼女達はどうなのか。 スバルは、ティアナは、ノーヴェは。 近しい者の死に対して、何らかの特別な反応を示しはしないのか。 少なくとも目前に佇むスバルからは、自身が多数の被災者を殺害したという事実に対する気負い等、微塵も感じ取る事はできない。 但し、それは飽くまで彼女の外観、自身の視覚情報から組み上げた単なる想定だ。 彼女達を構築する「Λ」の機能からすれば、全ての犠牲者を平等に悼む事も可能だろう。 では、彼女達はその機能を用いて、今この瞬間も犠牲者達の事を想っているのだろうか。 どうしても、そうは思えない。 寧ろ、無駄な事案にリソースを裂く余裕は無いとばかりに、それらの一切を単なる情報として処理しているのではないか。 この戦いには不要なものであると、それこそザフィーラ達の事と同様に切り捨てているのではないか。 もし、この疑念通りならば。 そうであるならば、彼女達と地球軍と、何が違うというのか。 「Λ」も地球軍も、単なる機械的な、無機質なソフトの集合体に過ぎないのではないか。 「・・・やっぱり駄目か」 スバルの呟き。 その声は思考の渦へと捉われゆくはやてを、強制的に現実へと引き戻す。 此方の意識が現状へと回帰した事を察知しているのか、表情を微塵も変えぬままスバルは言葉を続ける。 「此方の攻撃が届いていない。砲撃は全て、カイゼル・ファルベによる防御壁に遮られている」 瞬間、それまでの苦悩も葛藤も、全てが凍て付いた。 指揮官としての冷徹な思考が、はやての意識を支配する。 スバルと視界情報の一部を共有、視界へと映り込む鋼色の異形。 その周囲に吹き荒れる虹色の奔流、魔力の暴風。 「聖王の鎧か」 「ええ。取り巻きの排除は順調だけれど、大本であるアレに対する有効打が無い。アルカンシェルによる砲撃の余波も、全てがアレに届く前に消去されている」 知らず、顔を顰めるはやて。 スバルの言葉が不快であった訳ではない。 閃光が瞬いた後、半数の視界が同時に消失した事実と、直前までそれらに映り込んでいた真紅の結晶に注意を引かれたのだ。 既に知り得ていた情報ではあるが、いざ実物を目にすると圧倒的な威圧感を此方へと齎す、その結晶。 「こっちがジュエルシードなら、あっちはレリックで魔力を増幅って訳か。おまけに攻撃の幾つかには古代ベルカ式魔法を応用しとる。どっちが魔導師か判らんわ」 大型敵性体「ZABTOM」。 その頭部前面、額に位置するレンズ状構造体。 超高密度魔力結晶体、レリック。 拳ほどのサイズでさえ無尽蔵の魔力を供給可能なそれが、実に直径4m超もの巨大なレンズとなってザブトムの頭部に埋め込まれていた。 その事実だけで、バイドが如何に凶悪な構想で以ってあの異形を創り上げたのか、否が応にも理解できてしまう。 「聖王の遺伝子から創ったバイド体に、レリックを接続した人造魔導師・・・バイド製のレリックウェポン。スカリエッティが小躍りしそうな代物やな」 「当の本人は悪趣味な代物、と断言していますけど」 管理局艦隊が展開中である方角へと視線を向けつつ、スバルが呟く。 地球軍による襲撃、更にはバイドによる汚染に見舞われた本局。 想像を絶する地獄からの脱出に成功した僅かな生存者達が、本局防衛任務に就いていた艦隊に収容されているとの情報は、インターフェースの接続直後に知り得ている。 その生存者情報の中には、R戦闘機との交戦により意識不明であった筈の家族、シグナムの名が在った。 更にはリンディやフェイトにアギト、ユーノとヴェロッサ、アルフやヴァイスにグリフィス、シャーリーやナンバーズの内数名まで。 恩人に友人、果ては嘗ての部下から敵対者であった者まで、多くの知人が本局からの脱出に成功していたのだ。 そして、嘗ての宿敵であったジェイル・スカリエッティの名もまた、生存者情報の内に含まれていた。 その彼について、現在は魔導インターフェースによる接続が断たれている。 運用方法について逸早く詳細を理解したのか、彼の方から独自に接続を断ち、受動的接続を拒否し続けているのだ。 はやても再度の接続を試みたのではあるが、短時間の内に展開された極めて強固なプロテクトを突破する事が叶わず、僅かに十数秒の試行で諦める結果となった。 今となっては、スカリエッティに対する強制接続を可能とする人物など、システムを構築した当人であるスバル達くらいのものだろう。 だが、接続解除の直前。 最初の接続時にはやての意識へと流れ込んできた彼の感情は、紛れも無い人間的な憤怒の感情だった。 戦慄すら覚える程の殺意と、暴風の如く吹き荒れる狂気を内包した憎悪。 脳髄を焦がさんばかりのそれらを記憶の淵から呼び起こすだけで、はやての身体には怖気が奔る。 彼は、知り得てしまったのだ。 オットーとディード、トーレとセッテ。 既に4人の娘を失っていた彼に齎されたのは、余りに無情で残酷な情報。 民営武装警察の手によってチンクは殺害され、ノーヴェは人ならぬ存在へと変貌させられたという事実。 そして現在のノーヴェが、如何なる存在であるのか。 常人には及びも付かないその頭脳は、齎された情報が意味するものを余す処無く理解し尽くした事だろう。 そうして彼に齎されたものは、未知の技術体系に関する知識を得たという事実に対しての喜悦ではなく、娘達を失ったという現実に対する絶望であったのか。 少なくとも先程の接続時に於いては、はやては彼の内面について、正の方向性に類する感情など微塵も感じ取る事はできなかった。 接続後にリンディから齎された情報によれば現在、スカリエッティは第6支局艦艇に於いて敵戦略の分析作業に当たっているとの事。 彼の頭脳が在れば、より多方面からの詳細な分析、判断が可能となる事だろう。 如何に「Λ」の情報処理能力および容量が超越しているといえど、それに属するソフトが多いに越した事は在るまい。 彼ならば有益な情報を齎してくれるだろうと判断し、改めてはやては大型敵性体へと意識を向ける。 「それで、どうする? こっちの攻撃は通用しない、向こうの攻撃は致命的。今は様子見らしいけど、攻勢に出られたら一巻の終わりや」 呟き、表情を顰めるはやて。 彼女の視線の先、敵性体頭部のレリックから放たれた魔導弾幕が4名の魔導師を呑み込み、その身体を跡形も無く消し去っていた。 直射弾幕のみによる攻撃でさえあれなのだ。 胸部生体核からの砲撃が加わればどうなるか、想像に難くない。 更に、敵性体が纏う魔力の暴風により、此方の攻撃はほぼ全てが無力化されていた。 アルカンシェル弾体の炸裂、または艦載魔導砲の直撃であれば有効打を与えられるかもしれないが、現時点ではその全てが迎撃されている。 魔導師による砲撃は言わずもがな、各種機動兵器による攻撃も聖王の鎧を突破するには到らない。 ベストラ外殻に配された地球製の兵器群は既に殆どが沈黙し、僅かに残された光学兵器群と誘導兵器群が攻撃を続行してはいるものの、やはり致命的な損傷を与えるには到っていない。 ならば、考え得る他の手段は。 「自慢の無人機は使わないんか? 数で押せば、幾らあの化け物でも傷くらいは付くやろ」 「残念ですが、現時点では余裕が在りません。先程逃亡したR戦闘機群が、再度の戦域突入を試みています。正直なところ、精々あと15分も保つかどうか」 「あの地球軍の戦艦は? 今はアンタ等の制御下に在るんやないのか」 「汚染艦隊と交戦中の友軍を援護中です。此方へ回す事も不可能ではありませんが、陽電子砲の威力と射程を考慮すれば、やはり艦隊戦を優先したい」 「R戦闘機は」 押し黙るスバル。 その様子を訝しみ、彼女の表情を窺うはやて。 視線の先に佇むスバルは変わらず無表情であったが、何処かしら雰囲気が変わった様に思われる。 そして、その感覚は決して間違いではなかった。 「・・・無人機群と共に、侵攻を図るR戦闘機群の足止めを。しかし、状況は予想以上の早さで悪化しています」 「何?」 「R-13T及びB-1A2撃墜。残存する此方のR戦闘機は5機です」 その凶報に、はやては僅かに身動ぎする。 此方が有する戦力の内、切り札の1つでもあるR戦闘機が複数機、地球軍によって撃墜された。 だが彼女は、その驚愕をそのまま言葉に乗せる事はしない。 数秒の後、スバルへと疑問を投げ掛ける。 「慣性制御機構への干渉は、無力化されたんか?」 「完全に、という訳ではありませんが・・・そう長くは保たないでしょう。地球軍は対応を完了しつつある」 瞬間、思考を加速させるはやて。 慣性制御機構に対する干渉の無効化は即ち、地球軍全戦力による全力戦闘の再開を意味する。 第17異層次元航行艦隊は、既に保有戦力の半数以上を喪失しているとの予測だが、残存戦力だけでも他勢力の全てを相手取る事すら可能だろう。 浅異層次元潜行がバイドによって封じられている以上、これまでの様に一方的な殲滅戦など望むべくも無いが、それでもあらゆる勢力に対し甚大な被害を齎す事は容易に予測できる。 況してや、バイドの中枢たる人工天体内部に展開する管理局艦隊と魔導師など、本来の機能を回復したR戦闘機群からすれば標的以外の何物でもないだろう。 そうなれば、この先に待つ結末は如何なるものか。 地球軍の作戦能力が回復すれば、戦況はバイドと地球軍により二極化する。 最早、その他の如何なる勢力も些末な要素に過ぎない。 バイドは物量と独自に生産したR戦闘機群による全面攻勢を開始し、地球軍は新たに送り込んだ艦隊戦力と次元消去弾頭による次元世界の破壊作戦へと移行するだろう。 人工天体内部に展開する此方の戦力は殲滅され、外部の勢力も何れは殲滅される事となる。 最終的な勝者がバイドであろうと地球軍であろうと、次元世界が生き延びる可能性は限りなく零に近い。 ならば今、自身等はどう動くべきか。 「R-99を破壊する。現状、私達にできる事はそれだけです」 その言葉に、はやては沈黙で以って返す。 スバルの意見は正しかった。 どの道、出来る事といえばそれしかないのだ。 「地球軍に関しても、付け入る隙が無い訳でもない。新たに隔離空間へと侵入してきた地球軍艦隊の動きは未だ掴めませんが、遠からず第17異層次元航行艦隊と交戦状態になるのは確実です」 「捨て駒の後始末か」 「ええ。しかし、隔離空間内部で事を起こす可能性は低い。そんな余裕が在るとは思えないし、バイドと第17艦隊の双方を同時に相手取る事は、如何に地球軍といえども無謀に過ぎる」 スバルを見やると、彼女はウィンドウを展開し、自らの手で何らかの操作を実行していた。 ふと、違和感を覚えるはやて。 何故インターフェースを用いず、自身の指で以って操作を行っているのか。 そもそも今のスバル達ならば、ウィンドウを展開する必要さえ無い筈だ。 中枢たる「Λ」から、或いは他の端末から操作を行った方が、格段に効率が良い筈。 何故、戦闘機人としての個体から操作する必要が在るのか。 はやての疑問を余所に、スバルは言葉を続ける。 「其処を突くしかない。全てを同時に相手取っていては、幾ら戦力が在っても足りない」 「どうやって?」 「第17艦隊にバイドと26世紀、そして次元世界の関連性を暴露します。更に、侵入した地球軍艦隊の目的、国連宇宙軍上層部の意図を知らせ、艦隊に独自行動を促す」 「上手く行くと思うとるんか? それで第17艦隊が、地球軍艦隊と同士討ちを始めると?」 「それでも行動を起こさないのであれば、それは唯の奴隷です。彼等はそうじゃない。独立艦隊として極めて高度にシステム化された、独自の意思決定権すら有する強大な戦闘集団です。 彼等は友軍のバイド化を疑う事もできるし、そう判断したのであれば友軍の殲滅すら選択し得る。自らの生存に対する脅威が存在するならば、それを排除する事に些かの躊躇も無い」 更に忙しなくなる、ウィンドウ上を奔る指の動き。 それが、極めて大容量の情報を送信せんと試みているものだという事を、はやては漸く理解した。 スバルは、第17異層次元航行艦隊への情報送信を試みているのだ。 「通常の軍隊では在り得ない事です。でも、地球軍の敵は断じて通常なんかじゃない。叛乱を恐れて独自の判断と行動を厳格に封じていた結果、地球軍は「サタニック・ラプソディー」「デモンシード・クライシス」の発生を許してしまった。 バイドと相対するのならば、通常の規律では対応できない」 「そもそも叛乱なんか起こしたところで、結局は孤立しバイドに喰われるのが落ちか。これまでの対バイド戦ならば、そういう事情も在って叛乱が発生する危険性は低かったと」 「でも、今は違う」 警告音、赤く明滅するウィンドウ。 スバルの指が止まり、感情の窺えない眼が指先を見つめている。 失敗したのか。 「叛逆か、服従か。彼等は、選ばざるを得ない。叛逆すれば、彼等は友軍の全てを敵に回す事になる。無限に拡がる異層次元の海で、何時終わるとも知れない孤独な戦いに明け暮れる事になる」 再度、ウィンドウの操作を開始するスバル。 指の動きが、更に早さを増した。 はやては気付く。 スバルは、インターフェースを使用していないのではない。 少しでも処理速度を上げる為に、自身の指までをも用いているのだ。 「では、服従を選んだら? バイドを滅ぼし、次元世界を破壊して、その後は?」 「・・・後なんか無い」 「そう、彼等にそんなものは残されていない。第17異層次元航行艦隊は友軍の手によって殲滅され、真実は異層次元の彼方へと葬り去られる。彼等は上層部の都合で、故郷へと帰る事すら許されずに始末される運命にある」 「それを、受け入れてしまうとは考えないんか?」 再度、スバルの指が止まる。 そうして、彼女は徐に此方へと首を回した。 人間味の感じられないその素振り、はやての背筋を奔る薄ら寒い感覚。 それでも彼女は、気丈に言葉を繋げる。 「第17艦隊の連中とて、地球には家族も居る。残される家族の事を考えれば、此処で大人しく死を選ぶ事だって考えられるんやないか」 「有り得ません。彼等の最優先事項は生き延びる事、自らが地球文明圏により構築された一個のシステムとして存在し続ける事です。それがどんな形であれ、彼等は地球文明圏に属する軍事組織としての存在を維持せんと努める。 その為なら、どんな事だってする。友軍でも躊躇わずに殺して退けるし、地球に残る家族でさえも切り捨てるでしょう」 「何故や? 何故、其処までする? 感情統制が為されているからといって、其処までするものなんか?」 「不思議ですか?」 「当り前や。生き延びる為とはいえ、何もかも殺して、切り捨てて・・・それじゃ、それじゃまるで・・・」 バイドではないか。 そう続けようとして、はやては息を呑んだ。 そう、バイドだ。 自らが存在し続ける為ならば、如何なる手段でも用いる。 如何なる所業でも成し遂げる。 如何なる感情、如何なる倫理観にも縛られる事なく、生存の為の戦略を躊躇わずに実行する。 それは正しく、バイドそのものではないか。 インターフェースより齎される膨大な量の情報が、はやての脳内で再構築されてゆく。 地球軍に関する情報、取り分けその中でも構成員の思想に関するものを、重点的に分析。 そうして導き出され、結論付けられた地球軍全体の思想。 何としてでも生き残る。 自身を害する者あらば、これを敵として排除する。 自身と思想を異にする者あらば、これも敵として抹殺する。 自身の存在を否定する者あらば、それが味方であろうと誅戮する。 自身の前に立つ者あらば、それが如何なる存在であろうと殲滅する。 何故、そんな事が可能なのか。 簡単な事だ。 彼等は「個」であって「個」ではないから。 「軍隊」にして「群体」であるから。 個人の思想はどうあれ「軍隊」としての意思、そして「群体」としての生存が最優先されるから。 「第17異層次元航行艦隊」という名称の群体型生命体が、自らを構築する「個」を切り捨てでも生存を望んでいるから。 「個」の感情は抑制され「群体」の行動を左右するには到らない。 細胞1つ1つの意思を汲んでいては全体の行動など決定できる筈もなく、短期間の内に全体が壊死してしまう。 「群体」としての存在を維持する為にも「個」に惑わされる事など在ってはならない。 尤も、これは通常の組織でも同様だろう。 「個」よりも全体を優先せねば、組織は成り立たないからだ。 だが地球軍は、第17異層次元航行艦隊は、単なる組織ではない。 他の組織、他の「群体」に依存する事なく、完全独立行動さえも可能とする戦闘集団。 そして彼等の敵は「個」であると同時に「群体」でもあり、あらゆる面で常軌を逸した存在たるバイドだ。 通常の組織としての規範に則って行動していては、忽ちの内に喰らい尽くされてしまう。 だからこそ彼等には、何としてでも生き残る事が求められるのだ。 22世紀地球文明圏が有する無数の艦隊、無数の戦闘集団。 あらゆる宇宙空間、あらゆる異層次元で戦闘行動を続ける彼等。 それらの内1個艦隊でも残存しているならば、それは地球文明圏の現存を意味する事となる。 たとえ他の友軍が全滅しようと、地球本星が破壊されようと、地球文明圏の技術体系集約体たる艦隊と構成員さえ生存してさえいれば、それは地球文明圏の「勝利」なのだ。 スバルの口振りからするに、艦隊の構成員達はそれを完全に理解しているのだろう。 自身等が友軍による殲滅対象となっている事を理解した時、彼等は必ずや生存の為の闘争を選択する。 自身等を滅ぼそうとする者は、即ち敵である。 それが友軍であったとして、彼等が未だに「人間」であるという保証は何処にも無い。 バイドに汚染されているか、或いは他の敵対勢力によって叛意を煽られたか。 疑い出せば限が無いし、彼等にはその権利が在る。 そして、縦しんば地球文明圏にとっての脅威が彼等自身の存在であったとしても、特に問題は無いのだろう。 自身等が地球文明圏にとっての敵となっているのであれば、他の艦隊が問題なく殲滅する筈であるのだから。 地球文明圏には後など無い。 彼等にとっての敗北とは、即ち滅亡を意味する。 敵の殲滅が完了したその時、唯1隻の戦艦、唯1機のR戦闘機でも残存しているのであれば、それは地球文明圏にとっての勝利なのだ。 だから、問題は無い。 闘争の末、生き残った者こそが「地球軍」なのだ。 何時バイドによって汚染され、姿形もそのままに地球文明圏の敵になるとも知れない彼等であるからこそ形成された、歪でありながら絶対的な思想。 地球軍に属する全ての艦隊が、この思想を共有しているのだろう。 「狂っとる・・・狂っとるよ・・・!」 「だからこそ付け入る隙が在るんです。地球軍同士を争わせ、その隙にバイドを叩く。R-99がバイドに掌握されてしまえば、全てお終いです。その前に何としても中枢を、R-99を叩く必要が在る」 何時の間にか再開していたウィンドウの操作を継続しつつ、スバルは静かに語り掛けてくる。 はやてはもう一度だけ彼女を見やり、深く息を吐いた。 そして、視線を戦域へと投じる。 「・・・それで、上手くいきそうか?」 「梃子摺っています。新たな地球軍艦隊に露見しない様に、第17艦隊への情報送信を試みているのですが・・・」 「まあ、通信技術に関しても向こうが上やろうしな」 先程からの思考の内にも、より激しさを増していた閃光と轟音。 戦闘は激化していた。 ドブケラドプス幼体群、大規模転移。 無数に放たれる泡状強酸性体液による砲撃、それらを相殺すべく放たれるアルカンシェル。 弾体炸裂時の閃光が視界を覆い尽くし、数秒ほど遅れて衝撃と轟音が全身を襲う。 はやては僅かに身動ぎし、しかし踏み止まった。 自身の視界を閉ざし、次元航行艦の外部観測システムを介して、ベストラから280kmの彼方に位置する大型敵性体の全容を捉える。 異形、ザブトムは聖王の鎧に守られつつ、只管に誘導操作弾および高速直射弾を放ち続けていた。 絶大な戦闘能力を有しているにも拘らず、後方支援に徹するという異様性。 積極的に移動する事も、攻勢に打って出る事もなく、何かを待ち受けるかの様に。 「化け物は時間稼ぎに徹する心算か」 「早急に排除する必要が在りますが、現状の「Λ」の能力では積極的攻勢など不可能です。機能拡充は順調に進行しているので15分ほど頂ければ何とか」 「それでは間に合わんな」 そう、間に合わない。 そんな時間など残されてはいないのだ。 直ちに打って出ねば、待つものは破滅のみ。 「R-99が掌握されれば、次元世界はいずれ喰われる。真実を知らないまま地球軍が此処まで到達すれば、その時点で私達は皆殺しにされる」 外殻を軽く蹴り、宙空へと浮かび上がるはやて。 シュベルトクロイツを右手に構え、腰部に固定された夜天の書を「左手」で撫ぜる。 脳裏に響く、幼さを残した少女の声。 『マイスター・・・』 「行くで、リイン。此処に居っても殺されるのを待つばかりや」 自身と融合中のリインへと語り掛け、はやては戦域の直中へと赴かんとする。 しかし、ふと思い留まり、自身の「左手」へと視線を投じた。 以前と変わりなく、感覚までも完全に機能する、自身の左腕部。 戻ってしまった。 自身にとって罰の証であった傷跡、失われた左手。 ザフィーラとの繋がりを示すそれが、自身の意思とは無関係に消されてしまった。 膨大な質量によって圧し潰され、微塵となって消えた筈の左前腕部は、今ではそんな事実さえも無かったかの様に其処に在る。 そう、全てが元通りだ。 シャマルとザフィーラが居ない、その二点を除けば。 シャマルが死んだ時、自身は傍に居られなかった。 その事が、今でも悔やまれてならない。 自身にできる事など無かったと、理性では理解している。 それでも、家族の死に際に立ち会えなかった事は、大きな悔恨となって自身を責め立てていた。 況してやザフィーラは眼前で、自身を助けた結果として死んだのだ。 彼を失うと同時に負った傷は、自身にとってシャマルとザフィーラの想い出、彼等の死を記憶に刻み付けておく為の重要な証でもあった。 だが、それはもう何処にも無い。 癒える筈のない傷は、跡形も無く修復されてしまった。 そして証が消えたというのに、失われた家族は戻らない。 2人との絆は形を失い、単なる情報として自身の脳内に記録されているのみとなってしまったのだ。 「こんな・・・」 だからこそ、受け入れられない。 自身の左腕部、慣れ親しんだ筈の器官の存在が許せない。 状況が許すのであれば、今すぐにでも切り落としてしまいたい。 「Λ」によって強制的に再生、否、接合された左前腕部。 嘗てのそれと同一のものなどとは決して考えられぬ、自身の腕部にへばり付く異物。 「こんなもの・・・!」 有らん限りの力で握り締められる左手。 掌部に爪が食い込み、骨格が軋みを上げる。 しかし今は、其処から伝わる痛感さえも現実感に乏しく、偽物の感覚としか思えない。 こんなものは、自身の腕ではない。 彼と共に失われた、あの左手ではない。 『済みませんが、味方の援護に向かって戴けませんか? 私達は引き続き、地球軍との通信確保を試みます』 そんなはやての思考を遮るかの様に意識中へと飛び込む、インターフェースを通じたスバルからの念話。 はやては咄嗟に振り返り、ベストラ外殻上に佇むスバルを視界へと捉える。 彼女の胸中に渦巻くものは、壮絶な憤怒と、激しい嫌悪。 スバルもインターフェースを通じ、その内心を余す処なく理解している筈だ。 それでも彼女は、はやての感情に対しては何ら関心を見せず、無感動に用件だけを告げる。 『もう少しで、皆さんに素敵な「プレゼント」をお届けできると思います。それまで持ち堪えて下さい』 その念話を最後まで聞き終える事なく、はやては戦域中央へと飛翔を開始する。 逸らした視線は決して振り返らず、僅かでも飛翔速度を緩める事もない。 1秒でも早く味方の許へと翔け付ける為、外殻上に佇む「あれ」から離れる為。 自身のリンカーコアが許す限りの出力で以って、飛翔魔法に魔力を注ぎ込み続ける。 もう、聴きたくはない。 もう、目にしたくない。 もう、傍に居たくない。 造り物の音声、造り物の表情、造り物の存在。 造り物の意識しか向けてこない相手と、どう積極的に関われというのだ。 あれには本来、人間と関わり合う機能など備わってはいない。 そんな存在になってしまった者と、それが人間であった時と同様の関係など維持できるものか。 自身は其処まで酔狂ではない。 造り物は造り物同士、バイドか地球軍と関わっているのが相応しい。 周囲の空間を埋め尽くす魔力爆発、アルカンシェル弾体炸裂時の閃光。 青白い光を放つ魔力素が徐々に空間中の密度を増しゆく中、はやては異形の巨躯へと向かうべく宙空を翔ける。 「スバルであったもの」の注意が自身から逸れている事に、確かな安堵を覚えながら。 記憶の中のスバルを、彼女達との想い出を、理性を以って切り捨てながら。 それに伴う感情の起伏を、意味の無いものと断じて凍結しながら。 はやては自らに繋がる絆、その幾つかを自身の意思で断ち切り、決意する。 生き延びてやる。 絶対に、生き延びてやる。 リインフォース、シャマル、そしてザフィーラ。 彼等の存在と引き換えに貰ったこの生命を、奴等になぞ奪わせてなるものか。 バイドなぞに喰わせてなるものか。 地球軍なぞに消させてなるものか。 「Λ」なぞに使われてなるものか。 この生命は最早、自分だけのものではない。 これを侮辱せんとするものが在らば、それは紛う事なき敵だ。 私の生命。 私の誇り。 私の家族。 それを侮辱し、踏み躙り、奪い去ろうとするならば。 「・・・消してやる」 昏い決意の言葉。 複数の青白い魔力集束体が、宙空を貫く白銀の光となった彼女の周囲に纏わり付く。 はやての決意を祝福するかの如く、宙空に舞い踊る青い魔力素の結晶体。 やがて彼女の背面、其処に位置する3対の漆黒の翼に、それらの結晶体と同じく青白い魔力光が宿る。 自身の翼の如く、深淵なる黒に満ちた誓い。 その決意とは裏腹に、はやては幾筋もの青い光の軌跡を引き連れ、翼より青白い燐光を撒き散らしつつ宙を翔ける白銀の光となる。 光を引き連れ、自身も光の一部となったその姿は、人ならざるものだけが有する美しさに充ち満ちていた。 * * 鋭く、もっと鋭く。 音を置き去りに、光を置き去りに。 感覚さえも振り切って、更に鋭く。 『弾体炸裂・・・目標群AA-09からZB-04まで殲滅を確認。大型敵性体、健在』 『MC404、砲撃が無効化されています! 後退を!』 XV級が放つ無数の大出力魔導砲撃が、僅か100m程度しか離れていない空間を貫く。 強烈な余波が側面より襲い掛かるも、そんなものを気に留めている暇は無い。 邪魔なもの、余計なもの全てを無視して、更に鋭く。 『「ドロテア」被弾!』 『魔導師隊を援護、砲撃続行! 前方、高速進攻中の一団だ!』 『「ミヅキ」よりドロテア、後退を。魔導師隊への援護は此方で引き継ぐ』 鋭敏化する感覚、引き延ばされる体感時間。 基底現実とは異なる、自身の感覚に基くそれらが、目標への最適経路を思考する猶予を与えてくれる。 役不足な時間認識を振り払い、更に鋭く。 『敵直射弾幕、無力化しました!』 『敵誘導操作弾、全弾迎撃!』 無数に飛び交う念話の中、此方にとり直接的に関連し、且つ緊急性の高いもののみを選択的に傍受。 圧縮された状態で意識中に飛び込むそれらは、齎された情報に対する瞬間的な理解を可能としていた。 煩わしい情報の奔流を突き破り、更に鋭く。 『前方の魔導師隊、更に加速!』 『砲撃中止! 接敵・・・』 そして遂に、大型敵性体を自らの間合いへと捉える。 刃の旋回範囲、必殺の間合い。 鋭く、もっと鋭く、更に鋭く。 敵を、障害を、脅威を、恐怖を。 全てを断ち切れる程に、凄絶なまでに鋭く。 『・・・今!』 瞬間、金と青の閃光。 視界を上下に切り裂くそれが、僅か70mもの至近距離にまで接近した大型敵性体を襲った。 自身の魔力光である金色の光を放つ刀身、その周囲へと纏わり付く様に集束する青い魔力素。 バルディッシュ・アサルト、ライオットザンバー・カラミティ。 「願い」の通り、自身の知覚すら凌駕する「鋭さ」で以って横薙ぎに振り抜かれる、全長100mを優に超える長大な刀身。 空間を引き裂く雷光が、一切の慈悲なく大型敵性体の胴部を寸断した、かに思われた。 しかし。 『・・・退避!』 強制長距離転移、発動。 「Λ」による支援を受け後方の艦隊が発動したそれは、無防備に大型敵性体の至近距離へと位置する事となった魔導師隊を、一瞬の内に艦隊側面5kmの位置にまで転移させる。 瞬間、これまでの戦闘による負荷が、一挙に全身を襲った。 攻撃の余波および急激な加速による肉体的負荷だけに留まらず、圧縮された情報の解凍および超高速処理による脳への負担。 多大な疲労感と全身の苦痛、脳髄を直接殴打されるかの様な激しい頭痛に霞む意識。 咄嗟に額へと手を当て、無意識に苦痛の呻きを漏らす。 そうして数秒、或いは十数秒か。 時間感覚すら曖昧となっていた意識が、漸く正常な働きを取り戻す。 朦朧とする意識を奮い起こさんとするかの様に首を振り、我知らず顰められていた表情から徐々に力を抜いた。 肉体的異常解消、意識障害なし。 何が起きたのか。 攻撃の瞬間、自身等は強制的に後方へと転移させられた。 理由は分かっている。 大型敵性体が、聖王の鎧と高速直射弾膜による近接防御を展開したのだ。 一瞬でも転移が遅れれば、攻撃隊の全員が跡形も無く消し飛んでいた事だろう。 そして、転移直前。 此方の攻撃、振り抜かれたライオットザンバー・カラミティの刃は、確実に大型敵性体を捉えていた。 しかし如何なる理由か、全くと云って良い程に手応えが無かったのだ。 カラミティの柄を握る手に、衝撃は殆ど伝わらなかった。 刀身の先へと視線を移し、漸くその原因を理解する。 カラミティの刀身は、鍔から30m程度の位置で唐突に途絶えていた。 折れ飛んだと云うよりも、宛ら削り取られたかの様な形跡。 残された刀身の先端、其処に虹色の魔力光が微かに纏わり付き、今もなお残された刀身を蝕み続けている。 虹色の魔力集束体、極小のそれらが先端部へと無数に集り、虫食いの如く刀身を蝕んでいるのだ。 金色の魔力光を放つ刀身を食い荒らし、酷く緩慢ではあるが徐々に柄へと迫るそれらは、宛ら砂糖に集る蟻の群れ。 湧き起こる生理的嫌悪感に我知らず眉を潜めつつも、最大出力で魔力を刀身へと集束させる。 虹色の魔力光が一瞬にして消し飛び、雷光と共に全長100mを超える青白い刀身が現出。 瞬間、青白い魔力光が弾けた後に残るは、完全に復元された金色の刀身のみ。 そうして復元された刀身を見やりつつ、彼女は軽く息を吐く。 その身を蝕む化学物質、そして放射能汚染の呪縛から解放され、再び戦場へと舞い戻った彼女。 フェイト・T・ハラオウン。 金色の雷光を纏いつつ、彼女は思考する。 此方の間合いへと捉える事はできた。 だが、刃そのものが大型敵性体に届いていない。 自身のリンカーコアが許す最大出力で以って形成され、更に「Λ」への幾重もの「願い」によって鋭さを増し、限界を遥かに超える速度で以って振るわれた刃。 しかし、閃光と見紛うまでに加速されたそれは、聖王の鎧による自動防御機構を突破する事は叶わなかった。 瞬間的に密度を増した虹色の奔流へと触れた刃は、瞬時に魔力集束体としての構造を分解され、魔力素の霞と化してしまったのだ。 そして、此方の攻撃失敗を悟った後方の艦隊は、即座に攻撃隊の転送を実行した。 大型敵性体からの反撃を予測し、予め発動待機状態を保っていたらしい。 攻撃失敗なれど損害皆無。 これまでの戦闘を省みれば喜ぶべき事であろうが、しかし無条件に喜ぶ事などできる訳がない。 重複して掛けられた「願い」により加速された攻撃でも、聖王の鎧による防御を突破する事は叶わなかった。 それだけでなく「Λ」による強化は、決して万能ではない事も判明したのだ。 「Λ」は此方の「願い」が有益な内容であると判断すれば、その無限大とも云える魔力を用いて大概の事は具現化してしまう。 だがそれは「願い」を叶えた者への影響を、無条件に軽減させるものではない。 現に、攻撃の加速および認識能力の向上、情報処理能力の向上という「願い」を叶えた自身には、転移直後から想像を絶する負荷が襲い掛かった。 他の隊員達にしても、それは同様らしい。 錯綜する念話は、いずれも戸惑いに満ちていた。 『くそ・・・何だったんだ、今のは?』 『負荷だ。「Λ」による強化のツケだろう。転移から何秒経っている?』 『約80秒。負荷が継続していた時間は、個人差は在るけれど概ね70秒前後ね』 70秒。 戦場に於いては、致命的な時間だ。 その間、魔導師は完全に無防備となり、あらゆる外的要因への対処は不可能となる。 これでは「Λ」の効果的な運用に支障が生じる。 対策は無いか「Λ」へと問い掛ける。 回答は瞬時に齎された。 『執務官、彼女達は何と?』 『・・・「願い」の内容と数によって、具現化後の負荷は増減するらしい。さっきのは複数の「願い」を同時に具現化した事で、過大な負荷がフィードバックされたんだろうね』 どうやら「Λ」とは、無償で「願い」が叶う等という、都合の良いものではないらしい。 当り前の事ではあるが、しかし今になって漸くその可能性に思い至る。 現実を歪め、事象の全てを魔法技術体系の優位性を確立するものへと変貌させる、正に魔法のランプとでも云うべき代物。 しかし「Λ」は、魔法のランプ以上に万能ではあるが、冷酷に対価を要求する代物でもある。 数十秒に亘る行動不能状態、その間に味わう事となる苦痛。 常ならば大して問題にもならぬそれらが、今は無情な刃となって全ての魔導師を苛んでいる。 バイド、そして地球軍との交戦中、数十秒にも亘る行動不能という事態が如何なる結果を招くものであるか、理解できない者など存在しない。 『単体の「願い」なら、負荷を受ける事なく行動可能では?』 『内容に依るだろうけど、多分ね。攻撃の強化だけなら問題は無かったし、さっきの負荷は「願い」の重ね掛けが原因みたいだし』 『限度を見極める必要が在る、って事ですね』 念話を交わしつつ、彼方に位置する大型敵性体を見やる。 視界中へと拡大表示されたそれは、新たに転移したらしき無数のドブケラドプス幼体と突撃型生体機雷群を周囲へと纏わり付かせ、何ひとつ変わった様相も無く宙空へと佇んでいた。 長距離集束砲撃魔法も、艦艇群からの魔導砲撃さえも、聖王の鎧を突破できない。 アルカンシェルによる空間歪曲も、弾体炸裂時の効果範囲最外縁部で無力化されている。 カイゼル・ファルベによる防御壁は、余りにも強固に過ぎた。 『単体の「願い」で、アレを突破する? そんなの不可能じゃない・・・』 『そうでもないかもしれないよ』 唐突に飛び込む念話。 聴き慣れた、しかし今は何処かしら遠く感じるその声に、フェイトは視線を後方へと向ける。 15km後方、第6支局艦艇。 その戦闘指揮所に居るであろう人物へと、彼女は問い掛ける。 『どういう事? ユーノ』 『さっきの攻撃。君のライオットザンバーこそ完全に防がれたけど、他の幾つかの攻撃が防御を突破し掛けていたよ』 その言葉に、彼女は周囲の魔導師達へと視線を投じた。 彼等も良く理解できなかったのか、ある者は訝しげに自身のデバイスを見やり、ある者は他の魔導師と顔を見合わせている。 一通り全員の姿を見渡すと、フェイトは再度にユーノへと問い掛けた。 『・・・少なくとも此処には、それを放った自覚の在る人間は居ないみたいだ。ユーノ、詳しく話して』 『君達の攻撃は「願い」の重ね掛けにより、正しく一撃必殺の威力にまで達していた。あの敵性体も、直撃すれば唯では済まないと判断したんだろう』 『それが、何か?』 『先程の攻撃時、此方でカイゼル・ファルベの出力限界を観測した』 知らず、細められる目。 視界内へと拡大表示された大型敵性体の細部を、フェイトは睨み据える様にして観察する。 相変わらず、その巨躯へと着弾する攻撃は全て、瞬時に無効化されていた。 隊員達の間から上がる、観測結果を疑問視する声。 『そんなものが在るとは思えないな。艦載魔導砲ですら無力化されているんだぞ』 『アルカンシェルの余波さえも無効化されているわ。出力限界なんて、どうやったら観測できるの』 彼等の疑問は尤もだと、フェイトは思考する。 戦略魔導砲でさえ無効化する防御機構に穴が在る等と、俄には信じ難かった。 況してや個人の攻撃がそれを突破するなど、想像すら付かない。 だが、続くユーノの言葉は確信に満ちたものだった。 『君達が最後の加速を行う直前、新たに大規模敵性体群が転移した。恐らくは転移に関する処理の全般を、あの大型敵性体が担っているんだろう。戦況を判断し、適時を見計らって転移を実行していると思われる』 『それで?』 『君達が行った加速は、後方から観測している僕達でさえ瞬間的に失索する程のものだった。要するに、アレは君達に虚を突かれたんだ。敵性体群を転移させた直後、大型敵性体の魔力残量は著しく減少していた。 それがレリックによる増幅を受けて完全に回復する前に、至近距離へと飛び込んだ君達からの攻撃を受けたんだ』 『でも、攻撃は届いていない』 『正に惜しい処でね。君達の攻撃は防御され、逆に残る魔力を用いて反撃された。君達を優先して排除すべき危険要因と判断したんだ。そして君達の転移直後、カイゼル・ファルベは元の魔力密度を取り戻している。これらの情報から判断するに、狙い目は敵性体群の転移直後だ』 拡大表示の対象を、大型敵性体から各種敵性体群へと移行する。 幾つかの地点を選択し並列表示、視界内へと映り込む無数の影。 壁となって迫り来るそれらの総数を求めた処で意味は無い。 正しく無限とも思えるそれらが、相対する全てを消し去らんと異形の牙を剥いていた。 『成る程。あれだけの数を転移させているのなら、レリックに増幅された魔力を使い果たしてもおかしくはない。敵性体群の転移直後を突けば、カイゼル・ファルベの防御を突破できるかもしれないって事か』 『かもしれないというよりも、これで駄目なら打つ手無しだよ。それこそ彼女達に・・・「Λ」に全てを任せるか、地球軍の心変わりにでも期待するしかない。彼女達が言うには・・・』 『「Λ」が此方に注力すれば隔離空間内部の友軍戦力は壊滅し、また「Λ」による工作が終了する前に地球軍が此方に到達すれば私達は殲滅される。そうでしょう?』 『聞いたのかい?』 『さっき、ティアナにね』 念話を返しつつ、バルディッシュの形態をカラミティからスティンガーへと移行。 大剣が瞬時に分解、片刃の双剣へと変貌。 それらを左右の手に携え、両腕を開いて構える。 だが、その刀身は常のそれと同様ではない。 其々の全長が3mを優に超え、尋常ならぬ魔力密度を保っている。 切り裂くという行為の一点にのみ着目するならば、その鋭さは先程のカラミティすらも容易に凌駕するだろう。 フェイトは自身の手に携えられた双剣を一瞥し「Λ」による強化の詳細を理解すると、その視線を大型敵性体へと戻し念話を発する。 『「Λ」からの情報によるとアレは一度、第二次バイドミッションに於いてR-9Cに撃破されている。胸部装甲内部に位置する生体核が比較的脆弱、とは云うけれど』 『胸部装甲が開放されるのは生体核からの大規模砲撃時のみ。転移実行直後、しかも聖王の鎧を展開中にそんなものを放つ余裕は無い。遵って、生体核を狙うには胸部装甲の強引かつ迅速な破壊が求められる』 『不可能だね』 『艦隊からの援護は?』 『敵性体群の排除で手一杯だ。アレへの攻撃に傾注すると、高確率で取り零しが発生する。そうなれば、それらによる襲撃を受けるのは君達だ』 『ウォンロンかベストラからの援護は期待できないのか』 『それも不可能だね。どちらも艦隊の援護に掛かりきりだ』 『空間転移はどう? 至近距離に転移して、奇襲を掛ければ・・・』 『アルカンシェルの余波が残る中で? 艦隊の側へと引き戻すのならば兎も角、敵性体群に向けて転移するのは自殺行為だ』 『なら、狙いは1つだな』 大型敵性体、その頭部に位置する巨大な結晶体。 他の隊員によって視界内へと拡大表示されたそれは、大型敵性体の魔力増幅を担うレリックだ。 胎動する赤い光を見据えるフェイトの意識中に、隊員からの念話が響く。 『あのレリックを破壊すれば、敵性体群の転送を止められるんだろう?』 『まあ、深刻な魔力不足に陥る事は確実だ。止めるとまではいかなくても、これまでの様に短時間の内に大規模転送を繰り返す、なんて芸当は不可能になる』 『後は艦隊からの飽和攻撃で、カイゼル・ファルベごと消し飛ばす、って事だね』 瞼を下ろし、視界を閉ざすフェイト。 拡大表示されていた視覚情報も遮断し、心身を休める事に専念する。 共有された意識を通じ、艦隊による敵性体群への攻撃開始を認識。 『艦隊からの了解も得られました。アルカンシェル発射まで140秒』 『我々の他に、複数の魔導師隊が同行する事になる。連携に注意しろ、あの速度で接触すれば終わりだ』 『フォーメーションに慣れていない者は、共有のレベルを引き上げろ。常に互いの位置を確認しておけ』 静かに瞼を上げ、視覚情報を取り込む。 魔導師間の意識接続数および情報処理能力を増幅、意識共有の度合いを深化させんとするフェイト。 数秒で済む工程の最中、意識中へと割り込む念話。 『意識共有は必要ないぞ、執務官』 隊員からの念話、その思わぬ内容にフェイトは周囲を見回す。 ベストラ近辺への転移直後から共に行動する者、新たに周囲へと集結する者。 その殆どが彼女を真っ直ぐに見据え、同じ意思を意識中へと投げ掛けていた。 『アレを撃破するには、何よりも速度が求められる。つまり、貴官が攻撃の要だ。艦隊も含め、貴官以外の戦力は全て補助に過ぎない』 『貴女が私達に合わせる必要はない。私達が貴女に合わせて飛びます。貴女はただ速く、鋭く在る事だけに集中して下さい』 『速度じゃアンタには及ばないが、格闘戦の技能ではこっちが上だ。どんなじゃじゃ馬な飛び方をしようが、完璧に援護してやる』 彼等が彼女に望むものは単純だ。 速く、只管に速く。 鋭く、何よりも鋭く。 その望む処を正確に理解したフェイトの内に、不思議と高揚感が湧き起こる。 そんな彼女の意識中へと飛び込む、聞き慣れた2つの声。 「そういう訳で、フェイト。君は目前の事にのみ集中すれば良い。その他の事は全部、僕達が引き受ける」 「周囲など気にせず翔け抜けろ。お前の疾さこそが、我々にとって最大の武器だ」 咄嗟に、背後へと振り返るフェイト。 彼女の視線、その先に彼等は居た。 艦隊の強制転移直前まで傍に在った人物。 共に励まし合い、助け合ってきた彼等。 二度と剣を振るう事は叶わないと、嘗ての様に空を翔ける事など叶わないと。 あまりにも残酷な宣告を受けながら、尚も戦う事を諦めなかった者達。 「でも、少し不安かな。身体ごと前線に出るのは、本局が襲撃された時以来だからね。鈍ってないと良いけど」 「謙遜も大概にしておけ。私からすれば厭味にしか聞こえん」 ユーノ、シグナム。 何物をも寄せ付けぬ結界魔導師、あらゆる障害を焼き尽くす烈火の将。 誰よりも、何よりも頼もしい2人の戦友が、嘗ての姿を取り戻して其処に居た。 「ユーノ・・・シグナム・・・」 「君の癖は良く知っている。1発の魔導弾も掠らせないし、破片にだって触れさせはしない」 スクライア族特有のバリアジャケットを纏い、無機質な光を瞳へと宿し悠然と敵性体群に向かい合うユーノ。 失われた彼の四肢は完全に再生され、嘗ての長身かつ程良く鍛えられた身体を完全に取り戻している。 彼の背後には、鮮やかな緑光を放ちつつ複雑な回転運動を続ける、無数の光球が展開していた。 実に数千もの小型魔法陣、分厚く巨大な壁となって展開するそれらの集合体。 拳ほどの大きさながら、各々に異なる方向へと回転する複数の環状魔法陣を纏い、更には自身も複雑極まりない回転運動を行う球状の立体魔法陣からは、その光には不釣り合いな禍々しささえ感じられる。 それらを構築する術式は余りにも難解かつ複雑、更には極めて繊細であり、単に視界の片隅へと捉えたに過ぎないフェイトには概要さえ理解できない。 否、時間を掛けた処で理解できるものでもないのだろう。 事実、故意ではないにせよ僅かながら意識の共有が行われている現状でさえ、ユーノが如何なる情報処理工程を実行しているのか、フェイトには全く理解できないのだから。 「そういう事だ。お前は、ただ前へと進め。後ろの事など気に留める必要はない」 破片しか残らなかった筈のレヴァンティン、嘗てと寸分違わぬ状態にまで再生されたそれを確りと握り締め、射抜く様な眼差しで以って前方を見据えるシグナム。 彼女の背面からは、灼熱を纏い周囲の空間を赤く染め上げる、左右で対となる炎の翼が展開していた。 現在の彼女はアギトとの融合を果たし、自身と融合騎の能力を最大限に引き出した状態に在る。 炎の翼を構築する魔力の総量は、フェイトのリンカーコアが余波だけで悲鳴を上げる程だ。 だが、最もフェイトの目を惹き付けたものは、その翼の総数だった。 左右2対、計4枚であった筈の翼は、今や4対8枚にまでその数を増やしていたのだ。 紅蓮と青の燐光を零しつつ、周囲を明々と照らし出す4対の翼からは、神々しささえ感じられる。 しかし、周囲の大気を歪める程の高熱を放つそれらは、何よりも敵対者に対する明確な脅威としての存在感を放っていた。 自身とも、各々とも異なる2人の威容に、知らず圧倒されるフェイト。 シグナムの姿は、前線で長年を共にし彼女の魔力特性を熟知するフェイトにとっては、比較的容易に受け入れられるものだ。 だがユーノの様相は、本局で彼の変容を知った際、それ以上の戸惑いを彼女に齎していた。 執務官として数々の事件に関わってきた彼女ですら見た事もない魔法陣を無数に展開し、機械じみた無機質さを孕みながら佇む彼の姿は、嘗ての彼を知るフェイトの心をより一層に掻き乱してゆく。 自身の心理状態を共有する事は漠然とした不安から避けていた為、彼女の深層心理がユーノへと漏れ出る事はない。 理由は分からないが、ユーノの側も自身の心理状況までを共有する事はしておらず、更には自身の超高速並列思考による他者の脳への過負荷を避ける為か、思考の共有すら殆ど行っていない様だ。 よって、彼がフェイトの内心を理解しようとすれば、それは観察による予測以外に方法はない。 そして、フェイトの動揺を知ってか知らずか、ユーノは彼女の傍へと寄り、自身の声で以って言葉を紡ぐ。 「信じて飛ぶんだ、フェイト・・・真っ直ぐに」 瞬間、戸惑いも躊躇いも、あらゆる負の要因が心中より取り除かれた。 ユーノが何らかの精神安定術式を用いた可能性は在るが、それはフェイトの疑念を呼び起こす要因とはなり得ない。 明晰となった意識の中、彼女は視線を廻らせて大型敵性体を視界の中心へと捉える。 拡大表示されるザブトム、額に位置する巨大なレリック。 其処へ至る為の軌跡が、明確に意識中へと浮かび上がる。 余計な事は、何も考えなくて良い。 只管に速く、愚直なまでに真っ直ぐに。 翔け抜け、飛び込み、斬る。 それだけで良い、それ以外は必要ない。 『10秒前』 『・・・砲撃と同時に、行くよ』 『了解』 『5・・・4・・・3・・・』 情報処理速度の向上に従い、体感時間が引き延ばされてゆく。 周囲の動き全てが減速してゆく中、大型敵性体より放たれた無数の誘導操作弾を確認。 どうやら攻撃の気配を察知し、先手を打って弾幕を形成したらしい。 だが、問題は無い。 その程度の迎撃行動など、今となっては何ら障害とはなり得ないのだ。 『・・・撃て!』 空間を埋め尽くす白光の爆発と同時、フェイトの身体が銃弾の如く射出される。 彼女自身が発動した飛翔魔法のみならず、複数の外的要因による補助を受けての圧倒的な加速。 どうやら空気抵抗の緩和を目的とする結界の展開、及びフローターフィールドを応用したカタパルトの形成が成されていたらしい。 通常の肉眼では決して捉えられぬ遠方70km、彼方に位置する大型敵性体を目掛け、フェイトは金色の弾丸と化して飛翔する。 だが急激な加速は同時に、大型敵性体からも明確な脅威として認識される要因となったらしい。 目標の巨体、その各所からガス状の推進剤が噴き出し、恐らくは慣性制御と反動推進の併用によって後方へと急速離脱を開始したのだ。 僅か2秒にも満たぬ内、驚くべき加速で以って遠ざかる目標。 しかしフェイトは、自身が目標へと到達する事を、微塵も疑いはしなかった。 前方、緑色の閃光。 その中心へと飛び込んだ次の瞬間、再度に視界へと捉えた目標との距離は30km前後にまで短縮されていた。 目標、更に加速。 その速度は既に、現在のフェイトのそれを僅かに上回っていた。 だが、連続発生する複数の閃光へと飛び込む度に、僅かずつ両者の距離は短縮されてゆく。 短距離転移魔法陣、連続展開。 最初の1度を除き、連続して展開される魔法陣が齎す効果は、僅かに300m程度の転移に過ぎない。 しかし、転移後の位置から僅か50m程の間隔で次なる魔法陣が展開しており、結果として短距離転移を連続で行う事によって、フェイトは瞬間的な長距離移動を果たしていた。 突撃開始直前に目標より放たれた誘導操作弾幕は、転移を繰り返した事で疾うに後方へと置き去りにされている。 そして、視界の端を埋め尽くす様にして、無数の白光の軌跡が敵性体群の彼方へと突入した。 直後、閃光。 アルカンシェル、弾体炸裂。 極広域空間歪曲、高密度次元震発生。 目標周辺に位置する数万体を残し、敵性体群の殆どが跡形も無く消滅する。 しかし同時に、残る敵性体群の機動に突如として変化が生じた。 幼体群が空間中の一点へと寄生体の口腔を向け、突撃型が一斉に同一地点へと回頭を開始する 大型敵性体へと急速接近する敵性個体、即ちフェイトへと。 敵性体群の壁へと向け、更に加速。 ほぼ同時、広域に展開する敵性体群の其処彼処で、無数の魔力爆発にとそれに伴う閃光が発生する。 後方の魔導師達からの、各種砲撃魔法による長距離火力支援。 無数の異なる魔力光の中には、フェイトが良く知る桜色と純白のそれも混じっていた。 なのはの有する集束型砲撃魔法、スターライトブレイカー。 はやての有する超長距離砲撃魔法、フレースヴェルグ。 他にもディエチやヴォルテール、数百名もの砲撃魔導師達、艦載魔導砲による無数の砲撃が敵性体群を襲う。 僅かな抵抗すら許されず、迫り来る砲撃魔法の壁に呑まれ、一瞬にして消滅する幼体と突撃型の群体。 衝撃と轟音が周囲を埋め尽くしている筈だが、それらは自らも衝撃波を撒き散らしつつ飛翔するフェイトを捉えるには到らない。 彼女を守護すべく超広域空間を蹂躙する、無慈悲な死の暴風。 その中で、大型敵性体のみが具現化した悪夢の如く、無傷の儘に存在を維持していた。 虹色の光が、視界を埋め尽くす。 目標の後方に展開した無数の巨大な魔法陣、それらが放つ魔力光。 その表層にはベルカ式ともミッドチルダ式とも異なる、そもそも言語であるかも不明な術式が刻まれ、複雑に変容を続けている。 大型敵性体との交戦を開始して以来、幾度となく目にしたその光景。 敵性体群、大規模転移。 魔法陣の内より、無数の敵性体が濁流の如く溢れ返る。 そして、転移より間を置かず敵性体群の一部から放たれた、数百もの生体砲撃。 その全てが、大型敵性体へと向かうフェイトを狙ったもの。 彼女へと直撃する軌道、彼女の進路を遮る軌道。 フェイトの生命を奪い突撃を中断せしめるべく、赤黒い泡状体液の奔流が彼女を襲う。 アルカンシェル弾体炸裂の余波である次元震により、先程の様な短距離転移を用いての回避は実行不可能。 「願い」によって強度を増した障壁を展開したところで、これら生体砲撃の前には薄紙同然の代物だろう。 最早、打つ手は無かった。 前方、宙空を切り裂く紅い線。 瞬間、襲い来る砲撃と数百もの敵性体が紅蓮の炎に包まれ、爆発し消失する。 広域殲滅魔法、火龍一閃。 「Λ」を用いての強化を受けたシグナムによる、常では在り得ぬ超長距離火力支援。 攻撃を行った魔導師はシグナムだけではない。 無数の斬撃、直射弾、誘導操作弾が敵性体群を襲い、幼体と砲撃とを諸共に喰い荒らす。 恐らくは予め後方より放たれた攻撃が、予測通りに転移してきた敵性体群を捉えたのだろう。 目標を守護する敵性体群の壁に、狭くとも致命的な隙間が開く。 その中心へと飛び込むべく、更に加速するフェイト。 目標に異変。 額のレリックが発光、数十発の魔力弾が宙空へと放たれる。 鎖状の弾体構造からして、恐らくはこれまでにも放たれていた誘導操作弾と同様のもの。 一瞬、宙空へと静止したそれは完全な魔力球となり、直後に爆発的な加速と共に鎖状へと再変化、此方へと突進を開始。 同時に、周囲に残る幼体群が再度に砲撃、数十の泡状体液奔流がフェイトを狙う。 砲撃魔法、或いはベルカ式による援護、最早どちらも期待できない。 再度それらを実行するには、先程の攻撃から十分な時間経過が得られていないのだ。 誘導操作弾幕と砲撃が、フェイトに迫る。 その、直後。 それらは突如として展開した障壁群によって弾かれ、フェイトへと直撃する軌道を外れて彼方の空間へと消えてゆく。 巨大魔力構造物、鮮やかな緑色の魔力光を放つそれは、楔型のブロック状に組み上げられた小型障壁の集合体。 40cm程の大きさのそれらが幾重にも組み合わさり、緩やかな傾斜を保つドーム状の防御殻を形成していた。 防御殻は単層ではなく20層前後の複層構造であり、最外部から数層までの破壊と引き換えに、全ての誘導操作弾および砲撃を弾き返したのだ。 立体として組み上げられた障壁は、一般的な平面状のそれを遥かに上回る強度を有しているらしい。 常軌を逸した威力を有する生体砲撃、その多数同時攻撃にすら耐え切ったそれらは、単一ではなく集合体として展開する事で、負荷の軽減と砲撃の威力減衰を同時に実現したものだろう。 尤も理論を理解できたところで、そんな脳機能に深刻な障害が発生しかねない情報処理能力を要求される代物を実際に扱える人物は、フェイトの知る限りではユーノしか存在しない。 彼が展開していた見覚えの無い魔法陣は、この新型障壁を展開する為のものだったのだろう。 そして、ユーノからの支援は、障壁による防御のみに留まらなかった。 前方、フェイトの速度に合わせて前進する障壁群。 砲撃による破壊を免れたそれらが配置を崩し、一部は加速して遥か前方までへと到達する。 再配置された障壁群は自ら分解して立体としての型を崩し、平面と化した後に其処彼処で瞬間的に結合、長大な壁面を形成。 そうして最終的に、障壁群はフェイトの前方で正六角柱型の通路と化した。 通路の端部から30mほど内部、螺旋状に折り重なって展開する複数のフローターフィールドを視認。 途端、ユーノの意図を理解したフェイトは迷う事なく通路へと突入し、重なり合うフローターフィールドの中心、僅かな隙間へと飛び込んだ。 通路などではない。 これは「砲身」だ。 「砲弾」を加速し撃ち出す為の「砲身」であり、自身がその「砲弾」なのだと、フェイトは理解する。 螺旋状に配置された無数のフローターフィールド、フェイトに膨大な推進力を付与するそれらは「施条」だ。 既に自身での知覚を放棄せざるを得ないまでの速度に達しているフェイトの身体が、フローターフィールドから付与される推進力によって更なる加速を果たす。 前方視界、拡大表示。 「砲口」の先に大型敵性体の頭部、その額に位置する巨大なレリックが映り込んでいる。 転移実行後に残された魔力の殆どをレリックの防御に回しているのか、真紅の結晶体は周囲に高密度のカイゼル・ファルベを纏っていた。 あれでは砲撃魔法が直撃したところで、レリックを破壊するには到らないだろう。 目標は回避軌道を取っている様で、常に姿勢が変化し続けているが「砲口」がそれを見失う事はない。 どうやら「砲身」全体が目標を追尾し、照準を修正し続けているらしい。 「砲身」自体の破壊も試みてはいるのだろうが、その目的が果たされるよりも「砲弾」が射出される方が圧倒的に早いだろう。 フェイト自身は進路変更を行っていないが「砲身」内部の「施条」により、彼女の軌道は正確に誘導されている。 そして「砲身」の半ばを通過した頃、フェイトの後方から強烈な緑の閃光と、巨大な圧力が襲い掛かった。 フェイト自身の障壁と、彼女が放つ衝撃波を貫いて届く、衝撃と轟音。 同時に意識中へと届く、圧縮および高速化された念話。 『今だ!』 瞬間、フェイトはブリッツアクションを発動し、全身を回転させつつ左右のスティンガーを振るう。 加速された外界認識能力の中、意識より遅れて動く身体。 「砲口」の遥か手前、左の斬撃を放つ。 背後より更なる圧力、強大なそれが襲い掛かると同時、フェイトの身体に付与される爆発的な加速。 彼女の身体は、一瞬前と比して倍以上の速度にまで達している。 「砲口」の先には、装甲の其処彼処から推進剤を噴射し、ユーノの照準より逃れるべく激しい回避機動を継続する目標。 同時に、もはや完全な回避は叶わないと判断したのか、フェイトを受けとめんとするかの様に、その巨大な左主腕部を額へと翳そうとする。 だが、フェイトはその行動を許さない。 そして、遂に「砲口」より「砲弾」が射出される。 圧倒的な加速を受けたフェイトの身体は、射出直後には目標へと到達していた。 振るわれたスティンガーが目標の左主腕部装甲を深く切り裂き、しかし刃は些かもその勢いを衰えさせる事なくレリックへと向かう。 目標頭部、レリックの表層を掠める軌道。 左の斬撃。 スティンガーの刃先がカイゼル・ファルベを突破し、フェイトの方向からしてレリックの左下方へと接触する。 刃が振り抜かれ、結晶体を両断。 同時に放たれた雷撃により、結晶体の全面に罅が奔る。 剣を振り抜いた勢いもそのままに全身を回転させ、右の斬撃。 位置関係から刃先が結晶体表面を掠める程度ではあったが、その結果は十二分なものだった。 初撃によって全体に罅の奔ったレリック、その半分程度が完全に砕かれ、細かな粒子と化して四散したのである。 右の斬撃を振り抜き、フェイトは回転する身体もそのままに目標を追い抜き、離脱。 回転する視界の中、フェイトは目標を襲う、更なる攻撃を目撃した。 射出されたフェイトを追う様に「砲口」より吐き出された膨大な魔力の奔流、指向性を有する爆発と化したそれが目標頭部を直撃していたのだ。 強烈な「発砲炎」によって砕かれた頭部装甲の破片が周囲へと飛散。 その光景を回転する視界の端に留めつつ、フェイトは自身を再加速させる為にユーノが行った支援が如何なるものであったかを理解した。 ユーノは「砲身」内部に展開していた「施条」である無数のフローターフィールドを「砲弾」の通過後に圧縮・融合させ、単一の巨大な「炸薬」と化していたのだろう。 そうして、極めて高密度の魔力集束体となった「炸薬」をバリアバーストにより炸裂させ、その爆発力によって「砲弾」を再加速、極高速にて射出したのだ。 強固な「砲身」によって指向性を付与された魔力爆発は「砲弾」を加速させるに留まらず、射出後に目標へと直接的な損傷を与える程の威力を有していたらしい。 無論、本来ならば「砲弾」であるフェイトも無事では済まなかっただろう。 恐らくは、彼女の後方にラウンドシールドを展開して「弾底部」代わりとし「砲弾」自体が破壊される事態を防いだのだ。 一方で「発砲炎」の直撃を受けた大型敵性体は、重大な損傷を受けたらしい。 あの指向性爆発を受けた以上、残されたレリックは完全に破壊された事だろう。 頭部前面への損傷も、飛散する装甲の破片の量から推測するに、甚大なものと思われた。 兎も角、レリックを破壊した以上、更なる敵性体群の大規模転移は防げるだろう。 加速した情報処理速度で以って、攻撃の成否を確認するフェイト。 ふと、彼女は自身の両手掌部に、微かな違和感を覚える。 自身が握るスティンガーが、僅かに重みを増した様に感じられたのだ。 常ならば疲労か、或いは気の緩みからくる錯覚であると判じただろう。 だが、現状では在り得ない。 加速した思考の中、未だ体感時間の延長は継続している。 その中での急激な体感情報の変化など、異常以外の何物でもない。 眼球を稼働させていては時間が掛かり過ぎると咄嗟に判断し、ブリッツアクションを発動してスティンガーを眼前へと翳す。 そうして視界へと映り込んだものを認識した瞬間、彼女の思考は凍り付いた。 魔法陣。 虹色の光を放つそれが複数、両手掌部とスティンガーの刃先に展開していた。 それらの間を複数の魔法陣が高速で往復し、表層に刻まれた未知の術式が徐々に書き換えられてゆく。 異様な光景に、激しく警鐘を鳴らす思考。 だが、何よりもフェイトの焦燥を掻き立てる要因は、別のものだった。 書き換えられた術式を、フェイト自身が理解できたという、その事実。 否、理解できない事など有り得ない。 そのミッドチルダ式の術式は、彼女が最も良く知るもの。 フェイトにとっての大切な人、その形見。 幼少の頃から片時も手放さずに共に在った、大切な相棒。 その根幹を成す、最も重要な術式。 『Escape sir!』 相棒から届く、圧縮された念話での悲痛な叫び。 フェイトもまた、我知らず叫んでいた。 だが、それが実際に声として発せられる事はない。 身体の反応は加速した意識に追い付かず、発声すら思う儘には行えなかった。 『Please!』 何かが、大切な何かが、汚されようとしている。 何物にも代えられぬ大切なものが、おぞましい何かによって踏み躙られようとしている。 それが解っているのに、彼女は何もできない。 何も、できないのだ。 『Hurry!』 「Λ」による強化の反動、膨大な負荷がフェイトを襲う。 全身を蝕み意思を挫く疲労、脳髄を貫き思考を霞ませる激痛。 その後に待つものは、数十秒に亘る意識の混濁だ。 だが、フェイトは意識を失わぬ様、必死に抗う。 駄目だ。 意識を失うな。 伝えねばならない。 何としても、これだけは伝えねばならない。 自身が目にしたものをユーノ達に伝え、警告を発さねば。 このままでは、取り返しの付かない事態になる。 念話で皆に警告を、今すぐに。 直後、緑の閃光が視界を埋め尽くし、激しい頭痛が彼女の意識を塗り潰した。 思考が霞み、自身の現状すら認識できなくなる中、フェイトは絶叫する。 単純な言葉、余計な情報を含まぬ純粋な警告。 届くか否か、そもそも声となっているかも判然としないそれを、彼女は必死に叫ぶ。 引き戻される体感時間、戻ると同時に意識より引き剥がされてゆく五感。 思考速度が通常のそれへと戻る中、彼女は確かに自身の絶叫を聞いた。 戦慄と恐怖とに塗れた、恐ろしい叫びを。 「逃げて!」 意識が、沈む。 思考さえも停止する中、残されたものは苦痛のみ。 何かを伝えるには、フェイトは余りにも無力だった。 * * 「やった・・・!」 念話を通じて無数の歓声が上がる中、思わず言葉を漏らす。 彼女の視線の先、拡大表示された視界の中。 異形の巨躯、その頭部にて真紅の光を放っていた結晶体が打ち砕かれ、次いで起こった緑色の魔力爆発によって吹き飛ばされる。 最早、輪郭すらも捉える事は叶わなかったが、目標へと到達したフェイトが見事にレリックを破壊したのだろう。 其処へ、ユーノのバリアバーストによる指向性魔力爆発を受け、頭部前面装甲を吹き飛ばされた大型敵性体。 周囲の敵性体群が集結し、何とか大型敵性体を守護せんとするものの、それらは片端から艦艇群の艦載魔導砲による砲撃を受け、次々に存在を掻き消されてゆく。 攻撃は、完全に成功した。 それを確信し、彼女は軽く息を吐く。 これまでの戦闘の推移が故に、最悪の事態を想定してもいたのだが、結果は最良のものだった。 最早、敵性体群の大規模転移は起こらない。 あの異形の大型敵性体、即ちザブトムを護る聖王の鎧はレリック共々に失われ、今や此方の攻撃を妨げる障害は存在しない。 知らず下がっていたデバイスの矛先を敵性体群へと向け直し、自身の気を引き締めんとするかの様に周囲の魔導師へと念話を飛ばす。 『鎧が崩れた! 次で決めるよ!』 次々に返される応答、何れも通常の念話。 圧縮および高速化された念話は戦闘時に於いて極めて有用だが、脳機能に掛かる負荷が相当なものである事は先刻に身を以って体感している。 常時それを用いる事は、到底現実的ではない。 負荷が少ない通常の念話を用いて他の魔導師達とタイミングを合わせ、彼女は集束砲撃の発射態勢に入る。 彼女が握るは、桜色に輝く魔力翼をはためかせる、白亜と金色の戦杖。 その先端部に集束する自身の魔力、それが放つ桜色の魔力光を意識の端へと留めながら彼女、なのはは強化された高速並列思考を展開する。 気に掛かる事は、幾つも在った。 クラナガンに残したヴィヴィオの事、管理局の事、故郷である21世紀の地球の事。 バイドの事、地球軍の事、ランツクネヒトの事。 「Λ」の事、スバル達の事、エリオ達の事。 数え上げれば限が無い。 だが今は、それらについて思案している余裕など無いのだ。 一刻も早く敵戦力を排除し、バイドの中枢へと辿り着かねばならない。 地球軍が戻り、成す術も無く蹂躙される前に。 余りにも理不尽な思想の下、次元世界ごと消去されてしまう前に。 状況の支配権を此方へと引き寄せ、現状を打破せねばならない。 フェイトによる攻撃の成功は、正に戦況の流れを変え得る朗報だ。 全方位へと発せられた念話によると、彼女は攻撃完了の直後、ユーノによって後方まで転移させられたらしい。 後は、此方の役目だ。 大型敵性体、ザブトム。 自身の娘であるヴィヴィオ、彼女の尊厳を貶めんとする異形。 その様な存在、許す心算は無い。 「Λ」による魔導資質の強化が為されている今、集束砲撃を放つ為の工程は著しく簡略化されていた。 本来であれば、魔力素の集束完了までに短くとも10秒前後は掛かる。 しかし現在、集束に掛かる時間は個人差こそ在れど、平均して3秒前後だ。 なのはのスターライトブレイカーは、数ある集束砲撃魔法の中でも集束に要する時間が比較的長く、常ならば15秒程度を必要とする。 それですらも、今ならば魔力素の集束開始から発射まで5秒程度で完了してしまうのだ。 しかし、それは通常時と同程度の集束率であればの事例だ。 より集束率を増し、砲撃の魔力密度を上昇させ威力を増幅する為に、更に時間を掛けて集束を実行する事も可能ではある。 況してや現在、全ての魔導師は「Λ」からの補助により、リンカーコアの出力が劇的に強化されている状態なのだ。 嘗てと同様の時間を掛けて魔力の集束を実行すれば、その後に放たれる砲撃の威力と規模は如何程のものとなるか。 間違い無く、想像を絶するものとなるだろう。 そして今、なのはは決定打となる一撃を大型敵性体へと撃ち込むべく、自身のリンカーコアが許す限りの出力で以って魔力集束を開始していた。 他の砲撃魔導師達も、同様の思考へと至ったのだろう。 並列して表示される複数の視界の中、其処彼処で膨れ上がる魔力球の光が映り込んでいる。 艦艇群は残る敵性体群の殲滅へと移行しており、強大な威力を秘めた艦載魔導砲の光が、無数の奔流となって敵性体群を呑み込んでいた。 その光の奔流の中、上半身に当たる部位を大きく仰け反らせた状態の儘、空間中を漂う大型敵性体。 フェイトによってレリックを破壊された事が、目標の機能全般にまで影響を及ぼしているのだろうか。 ならば今こそ好機と、なのはは更に集束率を引き上げんとして。 『待て! ハラオウンが!』 焦燥を孕む念話、其処に含まれた親友の名に、魔力球を維持したまま集束を中断する。 尚も集束を継続している魔導師も多いが、フェイトの名はなのはの意識を引き付けた。 彼女に、何かあったのか。 なのは自身が問い掛けるよりも早く、複数の念話が発せられる。 『どうした!』 『分からん、だがハラオウンが・・・今は沈黙しているが、転移直後の様子が尋常ではなかった』 『何があったの?』 『負荷で意識を失う直前に「逃げろ」と叫んで・・・そのまま、意識を失った。もう暫くすれば目を覚ますだろうが・・・』 『デバイスも様子がおかしい』 唐突に割り込む念話、聴き慣れたそれはシグナムもの。 平静そのものに聞こえる念話は、しかし親しい者にしか判らない緊張と焦燥を孕んでいる。 次いで発せられる彼女の言葉は、事態の異常性と危機的な状況とを強制的に認識させるもの。 『バルディッシュが、同様に「逃げろ」と・・・警告の後、沈黙した』 『見ろ!』 警告は、シグナムの言葉が途絶えると同時だった。 何かに対する注意を促す以外には、これといった情報も含まれてはいない、極短い念話。 だが、それが何を指しているものかは、なのはにも容易に理解できた。 視界内、大型敵性体に異変。 体躯を後方へと仰け反らせたまま胴部を捻り、右主腕部を左肩部周辺へと回している。 何かを握るかの様に窄められた指部、その中心へと集束する虹色の魔力光。 そして、なのはは見た。 集束した魔力素を取り囲む様に展開した魔法陣、紛れもないミッドチルダ式のそれが2基。 其々が反対方向へと滑る様にして移動し、互いの中心から延びる集束魔力の光条が、徐々に棒状へと形成されてゆく。 やがて、魔法陣が消失。 残された棒状魔力集束体の全長は、大型敵性体の全高とほぼ同じ40m前後にまで達していた。 纏わり付く魔力光を振り払う様にして、鈍色の物質へと変換される集束体。 大型敵性体の下方に位置する端部には直接打撃用か、別種の物質による覆いが設けられている。 上方端部には、下部の覆いと同種らしき物質により5m前後の刃、戦斧にも似たそれが形成されていた。 長大な柄の先端側面に曲線を描く刃を備えた、三日月斧にも似た形状のそれ。 「嘘・・・」 我知らず零れる声。 直後、戦斧の刃が90度回転し、柄に対して直角に展開。 刃と柄の接続部、その開口部から虹色の魔力光を放つ粒子が、高圧ガスの如く噴き出す。 その光景の意味する処を理解し、なのはは自身の血の気が引く音を聞いた様な錯覚に囚われた。 そんな馬鹿な。 こんな事、在り得ない。 何故、大型敵性体が「あれ」を手にしているのか。 「あれ」の所有者は、断じて異形の怪物などではない。 「あれ」は悪意の集合体、その手の内などに在って良いものではない。 「あれ」は、あの雷神の槍、光の戦斧は。 「バルディッシュ!?」 30mを優に超える巨大な魔力刃が展開されると同時、その刃を横薙ぎに振り抜く大型敵性体。 瞬間、刃より発せられた強大な魔力波が、不可視の壁と化してなのはを襲った。 魔力球、消失。 並列展開されていた全ての視界、他の魔導師と共有していたそれらが魔力波によって接続を切断され、同時に彼女自身の視界も瞼によって物理的に閉ざされる。 強力な紫外線に曝されている際にも似た、皮膚を炙られているかの如き感覚。 胸中のリンカーコア、物質的ではない魔力器官が軋みを上げる、異様な苦痛。 知らず漏れ出る、微かな呻き。 そうして、漸く自身を襲う異常な感覚が消え去った後、彼女は反射的に身体を庇っていた腕を下ろし、自身の身体と周囲とを見回す。 自身に負傷した箇所は見られず、周囲も深刻な被害を受けている様には見えない。 あの魔力波は、攻撃ですらなかったのだろう。 事実、それはなのはの身体を数十mほど後退させたものの、障壁を貫いて彼女自身を害するには到っていない。 飽くまで刃を振るった際に発生した余波に過ぎず、それで被害を与える事など意図してはいまい。 だが、それが此方の戦力に与えた動揺は、計り知れないものだった。 攻撃ではない。 攻撃ではないにも拘らず、魔導師達は強制的に身体を後退させられ、余波を受けたリンカーコアは悲鳴を上げていた。 艦艇群は位置情報確認機能に異常を生じたのか、見る間に艦隊としての陣形を崩壊させてゆく。 壁との衝突時に発生した轟音に聴覚の機能が奪われた中、錯綜する念話の内容は混乱の極みに達していた。 『今のは何だ!?』 『陣形を崩すな! 下方の魔導師、艦体に接触するぞ!』 『各員、間隔を保て・・・クソ、残った敵性体が散開しやがった。距離を詰められるぞ』 態勢を崩した艦艇群が、徐々に陣形を整えてゆく。 僅かに後退した魔導師達も再集結を果たし、すぐさま攻撃態勢を整えていた。 味方に深刻な問題が発生していない事を確認、胸中に生まれる微かな安堵。 しかしそれも、直後に云い知れない悪寒によって呑み込まれてしまう。 見間違いなどではない。 大型敵性体、ザブトム。 あれは確かに、フェイトのデバイスであるバルディッシュを手にしていた。 彼女が持つそれとは比較にならぬほど巨大ではあったが、アサルトフォームからハーケンフォームへの移行動作に至るまで、自身の知るバルディッシュと寸分違わない。 フェイトとバルディッシュが発した警告は、この事態を予期してのものだったのか。 目標は自身を攻撃したフェイトのデバイスを解析し、バイド独自の術式をミッドチルダ式に書き換え、魔力素を物質変換してバルディッシュを模したというのか。 ならば、あの異形はバルディッシュの模造品を用いて、何を仕出かす心算なのか。 カイゼル・ファルベを失い、優に100隻を超える次元航行艦の魔導砲射程内へと捉えられ、無数の魔導師にデバイスを突き付けられた、この状況下。 たった1基のインテリジェントデバイスを模造して、何を。 『警告! 大型敵性体、失索!』 咄嗟に、レイジングハートを構えるなのは。 先程まで大型敵性体が存在していた位置を拡大表示。 目標、視認できず。 鈍色の巨躯は、何処にも存在しない。 「居ない!?」 『馬鹿な! 何処に行きやがった!』 『誰か、奴が消える瞬間を見たか!?』 『艦艇が目標を捕捉していたのでは!? 何か情報を・・・』 『駄目です、システム混乱中の隙を突かれました! 目標の反応・・・後方?』 戸惑う様な、艦艇オペレーターの言葉。 弾かれる様に後方へと向けられた視界の中、一瞬の閃光が奔る。 思わず身を強張らせるなのは。 その聴覚に飛び込む、金属を引き裂く様な瞬間的な異音。 突然の事態に状況を把握できず、混乱する思考。 『「ナタリア」がやられた!』 意識中へと飛び込む念話、艦艇が撃破された事を告げるそれ。 言葉遣いを整える余裕すらも無いのか、端々に荒々しさが滲む。 間に合わなかったと、臍を噛むなのは。 ナタリアが撃破された位置へと急行せんとする彼女だったが、続いて飛び込んできた念話に全ての動作を中断する。 明らかな焦燥と、色濃い恐怖の滲む、その念話。 『艦体が・・・艦体が真っ二つにされている! 近接攻撃だ!』 閃光、遅れて衝撃。 吹き飛ばされる程のものではないが、重い振動に呻きを漏らす。 ナタリアの艦体が爆発したのか。 聴覚を襲う轟音に耐えつつ、なのはは念話を飛ばす。 『誰か、詳細を! 攻撃の詳細を教えて!』 『斬撃です! 突然、目標がナタリアの左舷側に現れて・・・一瞬で艦体を切り裂いたんです!』 『外殻を裂いたの!?』 『外殻どころか、艦が上下に真っ二つだ! 化け物め、XV級をスライスしやがった!』 『奴だ!』 叫ぶ様な念話と同時、再度に轟く異音。 視界の並列展開を行う暇もあらばこそ、周囲を見回すなのは。 その視界が、艦隊を形成するXV級の1隻を捉える。 「・・・何?」 それは、余りにも不自然な光景。 そのXV級は周囲の艦艇と同じ姿勢を保ち、敵性体群と向かい合う状態を維持していた。 少なくとも、艦体半ばから後部に掛けては、他艦艇と同じ姿勢を保っている。 だが、艦体前部については、明らかに他艦艇とは異なる姿勢へと移行しつつあった。 艦首が、上を向いている。 上下左右など無い無重力空間中に於いて正確とは云い難い表現だが、現状のなのはにはそうとしか表現できなかった。 他艦艇と水平となる姿勢を維持する艦体に対して、艦首が僅かに浮かび上がっているのだ。 そして見る間にも、艦体に対して垂直方向へと、時計の針の如く艦首が立ち上がってゆく。 否、艦首だけではない。 艦体半ばから前部に掛けての構造物が、微速前進する艦体後部に押され徐々に上方へと傾いてゆくのだ。 周囲に展開する魔導師達が、その異様な光景を呆けた様に見詰めている。 それらを自身の視界に収めるなのはもまた、凍り付いた思考の儘、非現実的な光景を唖然として見詰める以外の術を有してはいなかった。 そして、両断された艦体、その後部が通過した空間。 其処に、異形が居た。 なのはの視界からして上下が逆転した状態のまま、虹色の雷光を放つ死神の鎌を携え、俯く様にして佇む鈍色の影。 頭部前面装甲が失われた事により覗く、余りにも醜悪な生命体の顔面。 其処に穿たれた巨大な眼孔、その中に浮かび上がる碧と赤の光。 上下逆さまとなった怪物が、ドブケラドプス幼体と全く同じ造形の顔面を曝け出し、嘲るかの様に此方を見据えている。 胸部装甲開放、生体核露出。 フラッシュムーブ発動。 回避機動により自身の左方向へと、瞬時に200m以上もの距離を移動したなのはの側面、衝撃波を撒き散らしつつ轟音と共に突き抜ける虹色の魔力の奔流。 強力な余波に翻弄され吹き飛ばされつつも、なのはは新たに別のXV級が十数名の魔導師達共々、砲撃へと呑み込まれる様を目の当たりにする。 艦体中央部から百数十mに亘る範囲を抉り抜かれ、前後に分かたれて小爆発を繰り返すXV級。 あれでは、生存者など居るまい。 『また・・・!』 『どういう事!? 奴はどうやって移動したの!』 『「アグリア」魔導炉緊急停止! 総員退艦!』 『「テレサ」爆沈!』 『全艦艇、散開! 纏まっていると狙い撃ちだ! 移動の際に魔導師を巻き込むな!』 『また消えた・・・くそ、突風が!?』 態勢を立て直し、レイジングハートを構えるなのは。 荒い呼吸。 汗の粒が次から次へと皮膚に滲み、水滴となって宙空へと漂い出す。 レイジングハートの柄を握る手には必要以上の力が籠り、その穂先は小刻みに揺らめいていた。 険しい表情には抑え切れない困惑と、明確な焦燥の色が浮かび上がっている。 忙しなく動く眼球、目まぐるしく移り変わる視覚内の光景。 なのはは、理解していた。 あの異形、ザブトムが何をしたのか。 如何なる方法を用いて移動し、XV級へと襲い掛かったのか。 何故、誰1人としてその巨躯を視界へと捉えられないのか。 ザブトムが、フェイトに対して行った事とは何か。 『コピーしたんだ・・・』 『何だって?』 呟く様に放たれた、なのはの念話。 すぐさま、周囲の魔導師から問いが返される。 なのはは、絞り出す様に言葉を繋げた。 『あのバイドは・・・ザブトムは、ハラオウン執務官のデバイス、バルディッシュをコピーしたんだよ・・・其処に登録されていた、固有魔法まで』 『デバイスと魔法を模倣したのか!?』 『じゃあ、奴の移動方法は執務官の・・・』 大質量物体が大気を切り裂く際の轟音、遅れて届く衝撃波。 激しい大気の震動に全身を揺さ振られつつも、レイジングハートの構えを解かずに周囲警戒を継続するなのは。 魔力集束は行わず、ショートバスターの発動に備える。 目標は何時、何処から襲い来るのか。 『ソニックムーブ。発動と同時に、術者自身を最高速度まで加速させる移動補助魔法』 『高速移動なのか? 転移じゃないんだな?』 『違う。あれは、途轍もない速度で移動しているだけ。だから移動の際、衝撃波が発生している。私達の身体がバラバラになっていない事を考えると、かなり離れた位置を移動しているみたい』 『・・・全艦艇、大気流動を観測しろ! 識別魔力素の散布濃度を上げ、感受域を6000に絞れ! 目標が近接攻撃を仕掛けてくる、其処を迎撃するぞ!』 『総員、周辺艦艇とのリンクを拡張せよ。全方位警戒』 なのはからの情報提供を受け、すぐさま艦艇群が最適な索敵手段を構築。 索敵用に継続散布している魔力素の濃度を引き上げ、探知範囲を超広域から中距離以下へと変更し感受精度を向上させる。 目標が有する魔力と識別魔力素との干渉による反応、及び目標が移動する際に生ずる識別魔力素の濃度変化の観測。 これらの情報を基に、目標の位置を特定しようというのだ。 悪くない判断ではあるが、しかし。 『間に合うのか?』 『回避が? それとも反撃?』 『相討ち覚悟になるね・・・速度だけなら反応も出来るけど、あの質量でソニックムーブとブリッツアクションを併用されたら、もう打つ手が無い。でも・・・』 『奴とて、それらを無闇に乱用はできない。そうだろう、高町?』 シグナムからの念話。 その姿を探す事はせず、なのはは目標の痕跡を求めて複数の視界を並列展開する。 目標の姿は無い。 『うん。あれだけの質量を持つ個体が瞬間的な長距離移動を成し遂げている事を考えると、魔力の消費量は尋常じゃない程に大きい筈。レリックが残されているなら兎も角、アレが独自に有する魔力量じゃ連続発動なんて無理だと思う』 『ゆりかごの時と同じか』 なのはは、答えない。 嘗てJS事件の際、ヴィヴィオはその身体にレリックを埋め込まれ、それを魔力炉として無尽蔵の魔力供給を受けていた。 だからこそカイゼル・ファルベを維持しつつ、種々の攻撃魔法を連続展開する事も可能だったのだ。 あのザブトムがヴィヴィオの遺伝子を用いて建造されたものであるならば、レリックの破壊によって魔力供給に支障が生じている可能性は高い。 事実、ザブトムはナタリアに続きアグリア、テレサと3隻ものXV級を連続して撃破したにも拘らず、その後は攻撃を続行する事なく姿を晦ませている。 恐らくは、何らかの欺瞞手段で以って此方の索敵手段から逃れ、魔力量の回復を待っているのだろう。 『だから、私達のする事は1つ。何処かに息を潜めてこっちを窺っているアレを先に見付けて、迎撃を確実に成功させる。こっちの被害を最小限に止めて、最大の戦果を挙げるしかない』 『初撃で仕留めろと? シビアですね』 『2度も3度もアレを受ける気? 流石にそれは御免だよ』 第6支局艦艇とリンク、索敵情報を得るなのは。 高濃度識別魔力素が拡散してゆく様子がリアルタイムで意識中へと反映されるが、其処に大型敵性体の反応は無い。 一体、何処に身を潜めているのか。 『長距離砲撃を仕掛けてくる可能性も在る。効果は怪しいがMC404を自動迎撃に設定しておけ』 『スクライア、テスタロッサの様子はどうだ?』 『流石に負荷が大きかったみたいだ。もう少し待たないと・・・』 『目標捕捉! 距離52000!』 瞬間、レイジングハートの矛先を頭上へと向ける。 第6支局艦艇を介して意識中へと投射された情報は、大型敵性体が頭上に位置しているという索敵結果を瞬時に伝達。 続く情報を待つ事もせず、なのはを含む多数の魔導師がデバイスを頭上へと向けている。 しかし、魔導師達が砲撃を放つ事はない。 目標、簡易砲撃魔法射程外。 『砲撃開始!』 だが、艦載砲についてはその限りではない。 轟音と共に無数の魔導砲撃が艦隊直上へと放たれ、青の燐光を纏った魔力の奔流が大型敵性体へと殺到する。 目標がソニックムーブを発動した直後であれば、この砲撃を躱す事は不可能だ。 だが、欺瞞手段を解除し、姿を現したのだとすれば。 『目標転移!』 目標位置情報の転送直後、ショートバスターを背後へと放つ。 砲撃の向かう先、鈍色の異形の影。 巨大な死神の鎌を振り翳して上半身を限界まで前傾させ、全身から猛烈な勢いで推進剤を噴射しつつ艦艇へと突撃する、大型敵性体の姿。 数瞬後にはXV級の艦体を無慈悲に切り裂くであろう異形へと殺到する、優に100を超える数の砲撃魔法の光条。 そして遂に、魔法の牙が異形へと突き立つ。 最初に目標を捉えたそれは、物質変換された超高密度魔力集束体だった。 恐らくは、物質化したそれを何らかの手段で以って加速させ砲弾として撃ち出す、応用型の砲撃魔法なのだろう。 通常の砲撃魔法と比して遥かに高速の砲弾は、手腕部がバルディッシュを振り上げる事で露になった部位、突進する目標の胴部側面へと横殴りに着弾する。 そして、爆発。 強大な威力を有する魔力爆発に呑まれ、装甲の破片を散らしながら大きく態勢を崩す大型敵性体。 動きを封じられた目標へと、続け様に砲撃が直撃する。 脚部、腕部、胴部、頭部。 目標の巨躯、その至る箇所に突き立つ砲撃。 それらの砲撃は貫通能力に特化したものばかりではなく、着弾と同時に分裂し炸裂するもの、指向性を有する魔力爆発を起こすもの、物質化し二次被害を齎すもの等が入り混じっていた。 あるものは装甲を砕き、あるものは露出した頭部有機組織を引き裂き、あるものは慣性制御ユニットを破損させる。 着弾により拡散した大量の魔力が複合連鎖爆発、大型敵性体の全身を覆い尽くす超高温の魔力炎。 其処へ、なのはが放ったショートバスターを含む十数発の砲撃が遅れて着弾し、その大威力を以って大型敵性体を当初の進路上から弾き飛ばした。 そして、着弾の轟音が遅れて聴覚へと届くと同時、念話を通して歓声が意識中を埋め尽くす。 『迎撃成功、迎撃成功です!』 『奴は!?』 大気を震わせる絶叫。 超音速にも達する速度を維持したまま、全身から装甲の破片と焔の尾を引きつつ、出現時の進路から逸れてゆく目標。 その速度こそ殆ど殺がれてはいないものの、明らかに制御を失った機動。 大気を切り裂く轟音と、悲鳴にも似た咆哮とを残しつつ、火達磨となった目標が艦艇へと迫る。 即座に、直上への攻撃を見送っていた数隻の艦艇が迎撃を開始。 艦載砲より放たれた十数条の魔力奔流が、脅威を抹消すべく目標へと殺到する。 着弾直前、デバイスを前方へと突き出し、迫り来る魔力奔流に対し刃を翳す大型敵性体。 すると次の瞬間、目標を中心として周囲を強烈な閃光が埋め尽くす。 ほぼ同時に、なのはの全身を襲う強烈な衝撃。 咄嗟に障壁を展開する事に成功した為、これまでの様に吹き飛ばされる事は避けられた。 そして、閃光までは防げずに瞼を閉ざしたなのはの視界、其処に複数の艦艇から齎された光学情報が展開される。 それらの情報は目標が執った行動の詳細、及び現状を正確に彼女へと認識させた。 砲撃が着弾する直前、大型敵性体は自らが手にするデバイス、バルディッシュの刃を爆発させたのだ。 恐らくは、バリアバーストと同様の緊急回避用魔法。 着弾寸前に発生した強大な魔力爆発の影響により、艦艇群からの砲撃の殆どが集束を乱され霧散。 更に、大型敵性体は爆発の反動を利用して急激に進路を変え、爆発を突破して目標へと直撃するかに思われた砲撃を回避する。 そして、大型敵性体は1隻の艦艇、その後部外殻下層へと掠める様に衝突し、衝撃音と共に双方の破片を撒き散らした。 衝突後も止まらず、高速にて飛翔する大型敵性体。 数瞬後、大気を切り裂く轟音と共に、その姿が掻き消える。 ザブトム、ソニックムーブ発動。 『駄目、逃げられた!』 『各艦、索敵結果を!』 『落ち着いて、手傷は負わせた筈だよ。次で決めれば良い』 瞼を上げ、目標が消えた方角を見遣るなのは。 まさかバリアバーストまで使用するとは、流石に彼女としても予想外だった。 ザブトムがバルディッシュを模造した際、その記憶域に残されていた情報を基に、フェイト以外の魔導師の魔法まで模倣したというのか。 砲撃魔法に関しては、既に胸部生体核からの強大な砲撃能力を有している為に、模倣の必要性も無いのだろう。 だが、近接戦闘および移動補助、各種防御手段に関する魔法まで模倣しているとなれば、その脅威は増大する。 『次って・・・一尉、奴は逃げていないと?』 『アルカンシェル、発射!』 閃光と共に放たれるアルカンシェル。 陣形を変え、全方位へと艦首を向けつつある艦艇群から順次、弾体が発射される。 階層構造物を巻き込む事すら厭わない、全方位極広域殲滅攻撃。 大型敵性体の逃走を防ぐ為の行動だ。 『・・・空間転移の兆候は無いし、通常航法で逃げたらアレに巻き込まれる。砲撃するにも、さっきとは違ってこっちも即時対応が可能だからね』 『大規模攻撃魔法を使おうにも、発動までに致命的な隙が生じる。結局、近接戦闘しか残されていないって訳だな』 『違う』 唐突に割り込む念話。 聞き覚えの在るそれは、ノーヴェのもの。 否定の意味を問い返すよりも早く、言葉は続く。 『奴には質量兵器が在る・・・来るぞ、構えろ!』 瞬間、遠方で爆発。 小さな灯火に過ぎなかったそれは瞬く間に巨大な火球へと変貌し、次いで強烈な衝撃波と轟音とがなのはの身体を襲った。 瞼を閉ざし呻きを零しつつ、身を屈めて負荷に耐えるなのは。 その最中、意識中へと飛び込む念話。 『ウォンロン、交信途絶! 艦艇反応、確認できず!』 背筋が凍るかの様な錯覚。 知らず、意味の無い声が漏れ出る。 今、何と告げられたのか。 人工天体内部で発生した全ての戦闘に於いて、防衛艦隊旗艦として友軍を支援し続けた、第148管理世界「新華」第弐時空長征艦隊所属、巨大空母型戦闘艦「黄龍」。 XV級の4倍以上にもなる巨大な艦体に、アルカンシェルを凌ぐ各種戦略級魔導兵器と戦略級質量兵器を搭載し、地球軍艦艇にこそ及ばぬもののランツクネヒトでさえ一目置いていた程の戦闘能力を有する艦艇。 この艦艇の本来の建造目的は、第148管理世界の周辺世界および時空管理局に対する軍事的威圧、更には予てより新華が計画し近く実行予定であった版図拡張を目的とする侵略戦争に於いて、 同管理世界の軍内で最大戦力を誇る第弐時空長征艦隊、その旗艦としての役割を負わせる事に在った。 即ち、本来であればウォンロンは、管理世界に於いて膨大な死と破壊を撒き散らす、災禍そのものの存在となる筈であったのだ。 しかし皮肉な事に、バイドによって隔離空間内部へと転送されたウォンロンは、戦力の不足に苦しむ被災者達にとっての希望となった。 超長射程と極広範囲制圧能力を有する各種兵装、時空管理局艦隊と各世界の防衛戦力および民衆へと向けられる筈であったそれらによって、コロニーとベストラを襲う脅威の悉くに真正面から抗い、常に敵の攻撃の矢面に位置して友軍の盾となり矛となってきたのだ。 約8時間前、故郷である新華が存在する惑星および衛星が共に、バイドの超巨大戦艦「BCA-097 PRISONER」による惑星破壊級戦略巡航弾を用いた攻撃を受け、全住民および保有戦力が諸共に消滅した事を考慮すれば、 当該文明最後の遺物であると同時に最強の遺産であるとも云えるだろう。 そのウォンロンが、あの強大な戦闘艦が。 撃破されたというのか。 抵抗の暇さえ与えられず、一瞬にして経戦能力を奪われたというのか。 否、そもそも艦艇そのものは残されているのか、或いは消滅したのか。 大型敵性体は、一体何をしたというのだ。 『何を、何をされたの? ウォンロンはどうなったの!』 『艦体各部にて発光を確認、直後に艦全体が爆発しました! 飛散残骸を迎撃中です、警戒を!』 『ランスターより各員。目標、大口径電磁投射砲による攻撃を確認。推定射程距離70000以上、発射速度は秒間70発前後。弾体は波動粒子充填型徹甲榴弾。ウォンロン外殻装甲に47発の着弾を確認』 ティアナからの念話と共に、脳内へと転送される大量の情報。 ウォンロン被弾時の再現映像が、瞬時に詳細な情報と共に齎される。 艦艇左舷、艦首から艦尾に掛けて撃ち込まれる47発もの砲弾。 それらは艦艇外殻装甲を容易く貫通し、艦体の中心線付近にまで侵入、直後に一斉起爆して艦全体を消滅させた。 これでは、生存者など望むべくもない。 『604名、全クルーのシグナル消失を確認。生存者なし』 知らず、歯を食い縛る。 衝撃と閃光は、何時の間にか止んでいた。 徐々に瞼を上げれば、犇めくXV級の遥か先、空間中へと拡散してゆく赤い焔の壁が視界へと映り込む。 拡散する炎の中心部を拡大表示。 何も無い。 表示された空間には黒々とした闇が拡がるばかりで、破片さえも残されてはいない。 これまで懸命に友軍を護り抜いてきた英雄達が、抵抗さえ許されぬ儘、一瞬にして生命を奪われた。 ウォンロンが攻撃を受けた瞬間、魔導師達には彼等を救う術など、何1つとして在りはしなかったのだ。 だが、先程の迎撃成功時。 あの時に仕留める事さえできていれば、この被害を受ける事態は防げたのではないか。 質量兵器を用いる暇など与えず、一息に大型敵性体の生命の鼓動を奪う事ができていたのなら。 この非情な結果は、避けられたのではないか。 『各艦は散開を! 纏まっていると狙い撃ちにされる!』 『「Λ」の3人、分析結果をくれ。あんな代物を持ちながら化け物が今の今まで使用しなかったのは、何らかの理由が在る筈だ』 『目標はレリックの破壊により、空間転移を用いた給弾機構に障害が生じています。地球軍との戦闘に備え、切り札の質量兵器は温存する計画だったのでしょう』 『魔導師には魔法で対処、という事か』 念話を傍受しつつも、忙しなく周囲の空間へと視線を奔らせるなのは。 目標は何処か、次の攻撃は何時か。 レイジングハートの柄を握る腕を憤怒に、そして焦燥に震わせつつも、次なる砲撃に備え魔力集束を開始する。 暴力的に膨れ上がる魔力球は最早、スターライトブレイカーのそれではない。 只管に周囲の魔力素を取り込みつつ、際限無く膨れ上がる桜色の光球。 唯々、荒れ狂う意思の儘に魔力素を喰らい、圧縮された巨大な力の塊と化してゆく魔力集束体。 「Λ」による補助を受け、なのはの意識中に浮かぶイメージを忠実に具現化する、彼女によって構築されたものではない術式。 だが、当のなのはにとって、そんなものは最早どうでも良い事象であった。 もう、逃がしはしない。 確実に、次で仕留める。 目標が魔法による再攻撃を行わず、次も質量兵器を用いるとなれば、それに抵抗する術は無いだろう。 だが、知った事か。 目標の弾薬は、いずれ尽きる。 そうなれば必然的に、魔法による攻撃へと移行せざるを得ない筈だ。 その時こそが、好機。 また、何隻もの艦艇が沈むだろう。 何十人も、何百人も死ぬだろう。 だが、それらの犠牲の果てに、最大にして最後の好機が巡り来る。 その機を捉える事さえ叶ったならば、それ以上の犠牲など生まれはしない。 必ず、仕留める。 暴力的なまでに膨れ上がる魔力奔流の渦、その全てを目標へと叩き込んでやる。 装甲の欠片さえも残すものか。 今までに奪われたもの、今から奪われるもの。 それらに見合うだけの代償を、あの異形には払って貰わねばならない。 何としてでも、刺し違えてでも撃破してみせる。 『警告! 誘導弾1基、急速接近!』 圧縮念話と共に転送される映像、迫り来る1基の誘導弾。 三角柱に近い六角柱型、全長6m前後。 弾体中央部と推進部周辺に密集配置された、実に数百もの部位によって構成される複合連動型制御翼が複数と、数百基の球状マイクロ・スラスター。 明らかに無機物でありながら、宛ら節足動物か海洋性固着動物が密集して蠢いているかの様な、醜悪な有機生命体に対するものと同じ生理的嫌悪感を呼び起こす外観。 塗装すらされてはいない、表層に黒々とした金属の質感が剥き出しの儘のそれは、推進部より業火を吐きつつ急速に此方へと接近してくる。 とはいえ、これまでに確認されている地球軍およびバイドが用いた各種誘導弾と比較すれば、今回のそれの弾速は幾分か低速と云えた。 何せ、艦艇群のシステムで十分に追跡可能なのだ。 アルカンシェルを用いた牽制により、目標が必要な距離を確保できず、弾体の加速を十分に行えない可能性も在る。 何にせよ、艦艇群が誘導弾を捕捉しているのならば、問題は無い。 目標との距離を考慮すれば、核弾頭である可能性も低いだろう。 艦艇群の迎撃機構で、十分に対処可能である筈だ。 此方は目標の迎撃に集中すれば良い。 『自動迎撃開始、目標・・・待て、目標に異変!』 『誘導弾、波動粒子の集束を確認・・・射出確認! 誘導弾より波動粒子弾体、多数射出! 回避!』 圧縮念話による警告の前に、なのはは意識中の映像から異変を察知していた。 誘導弾各部の外殻が内部より弾け飛び、何らかの弾体射出口らしき無数の穴が露出。 全ての穴が波動粒子の青白い閃光を放ち、次いで無数の小型波動粒子弾体が誘導弾の周囲へと連続射出される。 それらは射出直後に球状集束体と化し、一瞬ではあるが誘導弾と等速にて移動。 そして直後、集束体が連鎖的に炸裂し、無数の閃光が宙空を貫く。 映像途絶、視界内で起こる無数の爆発。 『艦艇群、被弾多数! 「アリソン」「サマンサ」交信途絶!』 遅れて鼓膜を震わせる、甲高い異音と爆発音。 魔力集束行動はそのままに、なのはは唖然として周囲を見回す。 爆発は艦隊の其処彼処で発生していたが、中でも被害が集中している範囲が在る様だ。 飛び交う圧縮念話が、更に密度を増す。 『「セレスト」損害拡大! 総員、直ちに退艦を・・・』 『1303航空隊、消失! 皆・・・皆、消えてしまった! 今のは何なの!?』 『ルカーヴより第1支局、其処等中で艦が燃えている。被害の程度は異なるが・・・被弾した艦が多過ぎる。幾ら何でも異常だ』 『セレスト、爆沈! 「アンナリーナ」が爆発に巻き込まれた!』 『誘導弾は何処だ、まだ飛んでいるのか!?』 『誘導弾、失索。未確認技術を用いたアクティブ・ステルスシステムによる欺瞞効果と思われる。目標は単なる誘導弾ではなく、重武装型UAVの一種らしい』 『サマンサ右舷部の一部を確認・・・小爆発を繰り返しながら遠ざかっていく。あれでは・・・』 混乱する状況。 そんな中、とある光景を思い起こすべく、自身の記憶を遡るなのは。 あの誘導弾が用いた攻撃、同じものを目にした事が在るのではないか。 はっきりとはしないが、突如としてそんな思考が浮かんだのだ。 だが、それは何時の事か。 居住コロニー「リヒトシュタイン05」が、あの重力を操るバイド生命体「666」に襲われた際であったか。 では、あれはバイドの攻撃であったのか。 否、そうではない。 ウィンドウ越しに目にしたあの攻撃は、バイドによって放たれたものではなかった。 あれは、あの攻撃を実行していたのは。 『波動砲だ! あれはアクラブの波動砲と同じものだ!』 「R-9A4 WAVE MASTER」 コールサイン「アクラブ」。 コロニー防衛任務に就いていた複数のR戦闘機、その内の1機。 そうだ。 あの攻撃はR-9A4が有する波動砲「スタンダードⅢ」による砲撃の副次効果、砲撃の着弾後に拡散する余剰エネルギーに集束および誘導性を持たせ、更に複数目標へと着弾させる機能そのものではないか。 弾体が有する威力および射程こそR-9A4と比して劣るものの弾速はほぼ同等、同時射出数に至っては比較にもならぬ程に多数。 そうして、射出された無数の波動粒子集束体が、一斉に艦艇群を襲ったのだ。 「Λ」より齎された情報に依れば、観測された射出弾体総数は20000を超えるという。 波動砲を搭載した誘導弾というよりは、先程の念話でも言及されていた無人航宙機、即ちUAVの様な代物なのだろう。 だとすれば本体を撃破しない限り、波動砲を放ち続ける敵性UAVが常に艦艇群の間隙を飛び回る事となる。 目標はアクティブ・ステルスシステムを備えており、現時点では此方に目標を探知する術は無い。 このままでは、遠からず全滅する事となる。 『β8-3-8、波動粒子の集束を確認! 敵UAV捕捉!』 『MC404、自動砲撃!』 唐突に、艦艇群が砲撃を開始。 轟音と共に放たれる無数の砲撃、その魔力奔流の向かう先を拡大表示したなのはは、其処にあの奇怪にして醜悪なUAVの影を見出す。 集束する青白い光。 『次は耐え切れるか判らん、撃たれる前に撃墜しろ!』 『砲撃が来る! 構えて!』 そして、閃光。 間に合わなかったのか。 次の瞬間には襲い来るであろう衝撃に、反射的に身を守ろうとするなのは。 だが、その試みは徒労に終わった。 突如として発生した空間歪曲の壁が、波動粒子の弾幕の殆どを呑み込んだのだ。 直後、何処か懐かしくすら感じられる声が、念話として意識中へと飛び込む。 『空間情報の収集を完了しました! 敵の砲撃は、可能な限り此方で無効化します! その間にUAVと目標の撃破を!』 『リンディさん!?』 旧知の人物による唐突な状況への介入に驚き、思わずその名を呼ぶなのは。 彼女が本局からの脱出に成功していた事は、既に「Λ」を通して知り得ていた。 しかし、ベストラと本局脱出艦隊との合流後、戦闘に加わる様子が無かった事から、何らかの要因によって戦闘行為が不可能となっているのではと考えていたのだ。 実際には、ディストーション・フィールド展開の際に要する空間情報の収集作業に没頭していたらしく、それが済んだ今、積極的に戦闘へと介入を開始したのだろう。 空間歪曲という最強の盾を得た事に思わず安堵するなのはであったが、焦燥の滲む警告の言葉が緩み掛けた意識を揺さ振った。 『波動粒子弾体が空間歪曲面を破壊している! そう何度も無効化はできないわ、早く目標を・・・!』 『UAV、砲撃回避! 再度失索!』 艦艇群がUAVを見失い、同時にディストーション・フィールドによる空間歪曲面が消失する。 複数の艦艇が外殻から炎を噴き上げている事から推測するに、空間歪曲を以ってしても全ての波動粒子弾体を防ぎ切る事は不可能であったらしい。 そしてリンディの言葉から、ディストーション・フィールドの展開には複数面からの制約が存在すると推察される。 恐らくは同時展開数、展開維持時間、連続展開時に於ける展開所要時間等の問題なのであろうが、それらの点を考慮するに状況は未だ危機的であると云えるだろう。 空間歪曲を用いてもUAVからの砲撃を完全には無効化できない。 砲撃が繰り返されれば損害は着実に増大し、更には「Λ」による支援が在るとはいえリンディの対処能力も限界に達する事だろう。 ならば、それらの危惧が現実のものとなる前にUAVを、或いは大型敵性体の撃破を成し遂げねばならない。 だが、肝心のUAVを常時捕捉する事ができないのだ。 砲撃の瞬間を狙う事も考えたが、此方が即時反撃を成し遂げた処で、その攻撃の軌道上にはリンディによって展開された空間歪曲面と波動粒子弾体による弾幕、そして複数の艦艇が存在するのである。 それら全てを突破、或いは回避した上でUAVへと攻撃を命中させるなど、如何な融通の利く魔法とはいえ不可能に近い。 少なくとも、なのはにとっては。 『第7支局より各艦、UAVの予測軌道および最適射角情報を転送する。UAVからの更なる攻撃に備え、迎撃態勢を執れ』 『此方クアットロ。大型敵性体と敵性体群とのコミュニケーション手段と思われる、波動粒子を用いた広域振動波を傍受、解析中。40秒以内にUAV制御中枢掌握工作を開始します』 『精密狙撃が可能な者は第5支局外殻に集結、狙撃班を編成せよ。上部はアズマ、下部はグランセニックが指揮を執れ。UAVの制御権掌握が間に合わない場合は、独自の判断で目標を狙撃せよ』 交わされる念話と共に、艦艇群と魔導師達が即座に行動を開始する。 なのはに打つ手が無くとも、艦艇乗組員と他の魔導師には、現状に於いて有効な一手を有する者も居るのだ。 後方要員と狙撃班にUAVへの対処を託し、なのはは大型敵性体への攻撃に集中せんとする。 『俺達の相手は化け物の方か。何か策は思い付いたか、高町』 『今のところは、全然。そっちは?』 『同じく。やはり、接近してくるのを待って迎撃するのが確実だろうな』 『此方の注意をUAVに引き付け、その間に近接攻撃を仕掛ける。常套ですが堅実ですね』 『私達はザブトムに集中するよ。あの偽物のバルディッシュがハーケンフォームの内に撃破しないと、とんでもない事になる・・・そうだよね、ハラオウン執務官?』 視線を動かす事も無く、既に意識を回復しているであろうフェイトへと念話を送るなのは。 他の魔導師達からも、複数の問い掛けが彼女へと放たれている事を確認し、反応を待つ。 程無くして、返答。 『・・・確証は無いけれど、私の魔法は殆どがコピーされたと考えておいた方が良い。当然、スティンガーやカラミティへの移行も可能だろうね』 『単刀直入に訊くけど。ザブトムがスティンガーを使った場合、私達に捕捉できると思う?』 『「Λ」からの支援に期待、かな』 つまり、実質的に打つ手が無いという事か。 スバル達が艦隊戦の支援に掛かり切りである事は、既に齎された情報より理解している。 現状、この場に存在する戦力のみで、大型敵性体を撃破せねばならぬという事だ。 『やられる前に、って事か』 『次を逃したら、そのまた次は無い。そう思わないと・・・』 『それも違うみたいだ、なのは』 空虚さを孕んだ否定。 割り込む様にして発せられたそれ、フェイトからの念話。 その意図を訝しむなのはの意識中、更に連なる言葉。 『次の次どころか、これで終わりかもしれない』 問いを発するよりも早く、視界へと飛び込む閃光。 金色のそれは、複数の光源より発せられている。 艦艇群外縁、周囲を完全に取り囲む無数の光球。 なのはの記憶、奥底に眠る光景を瞬時に蘇らせるそれら。 彼女は、それを良く知っている。 『あれは・・・』 『高町?』 あれを知っている。 知らない訳がない。 何せ自身は過去に、あれを受けた事が在るのだ。 墜ちる寸前にまで追い詰められた程なのだから、忘れようにも忘れられる筈がない。 あの光球、金色のスフィア。 即ち、フォトンスフィアの多数同時展開が意味するものとは。 『ファランクスシフト・・・!』 漸く、周囲も光球の正体に気付いたらしい。 防御魔法を展開する者、スフィア破壊の為に砲撃魔法を放たんとする者、最寄りの艦艇へと退避せんとする者。 何をするにも手遅れであると、誰もが気付いている。 だからこそ誰もが咄嗟に、各々にとり最善と思われる行動を執っているのだ。 諦観ではない。 防御を選択した者達は未だUAVの姿を探し求めて貪欲に情報を要求し、攻撃を選択した者達は瞬時に10を超えるスフィアを破壊し、退避を選択した者達は艦艇外殻上にて障壁を展開している。 更に其処へと加わる、艦艇群からの無数の砲撃と直射弾幕。 誰もが生き延びる事を、大型敵性体を撃破する事を諦めてなどいない。 だが、同時に気付いてもいる。 艦隊内部から放たれるUAVの波動砲による砲撃、そして外部より放たれるフォトンランサー・ファランクスシフト。 内と外からの極広域殲滅攻撃による挟撃に曝され、生き延びる事など万が一にも在り得ないと。 UAVだけならば、ある程度は空間歪曲で凌ぐ事もできた。 ファランクスシフトだけならば、魔力障壁で軽減もできた。 だが、それらによる同時複合攻撃ともなれば、もはや為す術など無い。 波動粒子弾体によって内部より喰い破られるか、フォトンランサーによって外部より圧し潰されるか。 どちらにせよ、結末は決しているも同然である。 重ねて其処へ、状況の更なる悪化を知らせる報告が飛び込んだ。 『大型敵性体、捕捉! 目標、肩部ユニットより誘導弾射出を確認・・・UAV、2機目です!』 『スフィア群、魔力集束を開始! 射撃開始まで僅か!』 示された目標の位置は、頭上。 反射的に視線を跳ね上げると、視界の中央に大型敵性体の全貌が拡大表示される。 その更に手前、並列表示される接近中のUAV。 半有機的なその全貌が揺らぎ、一瞬にして掻き消える。 UAV、アクティブ・ステルス起動。 大型敵性体、電磁投射砲口を艦隊へと指向。 大口径電磁投射砲による砲撃態勢。 『奴は逃げないぞ、何のつもりだ?』 『もう、逃げる魔力なんか残っていないんだ・・・その必要も無いから』 2機の波動砲搭載UAV、艦隊を包囲するフォトンスフィア。 此処へ更に、大口径電磁投射砲による攻撃が加わる。 これにより敵戦力を殲滅できると、大型敵性体は判断したらしい。 だが、それでも確証は持つまでには到らなかったのか、更に駄目押しの一手が放たれた。 『目標、背部ユニットにて小爆発、連続発生! 小型誘導弾、多数射出を確認! 弾体多数、急速接近・・・いえ、弾体分裂! 子弾展開!』 『子弾、更に分裂・・・まただ・・・また!』 ザブトム背部から後方へと伸長したユニット、その上部より放たれた無数の小型誘導弾。 それらは空間中に排煙の尾を引きつつ、艦隊を目掛け加速。 その軌道上、弾体が分裂し、再分裂、再々分裂と続く。 更にその後も、弾体は僅か数瞬の内に7度にも亘る分裂を繰り返し、最終的に拳ほどの大きさも無い超小型誘導弾の豪雨と化した。 もはや数える事すら不可能となった誘導弾の壁が、雪崩を打って艦艇群および魔導師隊へと襲い掛かる。 後に襲い来るであろう負荷を無視し極限まで強化された情報処理能力による極高速思考の中、入り乱れて飛び交う無数の超高圧縮念話。 『防御しろ、防御だ! 何でも良いから身を護れ!』 『迎撃開始!』 終わりか。 引き延ばされた体感時間の中、なのはは自身の死を予期する。 自身は、此処で死ぬのか。 フォトンランサーによって引き裂かれるか、波動粒子弾体によって掻き消されるか、誘導弾によって打ち砕かれるか。 何れにせよ、肉体の欠片すら残るまい。 抵抗を止める気は更々無いが、それが何らかの肯定的な意味を成すとは、どうにも思えない。 『撃って! 誘導弾の数を減らすの!』 『照準が間に合いません! 意識に身体反応が追い付かない!』 『良いから撃って! 照準なんか構わないで、撃てるだけ撃つの!』 此処まで来たというのに。 あと僅か、今にも手が届かんばかりの距離。 それを越えた先に、全ての元凶が在るというのに。 破滅の権化、悪意の中枢、狂気の根源。 バイドの中枢が、すぐ其処に在るというのに。 『この・・・!』 最後の抵抗。 自身の傍らに浮かぶ光球、桜色の光を放つ魔力集束体へと意識を向けるなのは。 レイジングハートの矛先は既に、その中心へと向けられている。 此処から魔力に指向性を付与して解き放つだけで、ブラスター3をも超える強大な魔力砲撃が放たれる事だろう。 だが、照準を定めている時間が無い。 せめて味方に当たらぬ様、ある程度の方向を定めるだけで限界であろう。 しかし、他に抵抗の術は無い。 この儘では座して死を待つも同然、せめてフォトンランサーと誘導弾だけでも迎撃せねば。 決死の覚悟と共に、彼女は暴発寸前の密度にまで凝縮された魔力集束体、その枷を解き放つ。 同時、金色の雷光もまた自らを縛る枷より解き放たれ、閃光の暴風となって艦隊を襲った。 弾幕などと云う生易しいものではない。 各弾体の区別など全く付けられず、ただ雷の壁としか認識の仕様が無い、圧倒的な魔力の奔流。 なのはに先んじて他の魔導師達より放たれた幾つかの砲撃、常よりも遥かに大規模である筈のそれらが、それこそ針の一刺しにしかならないと思える程の壁。 だが、今更になり反撃の手を止める道理は無い。 自身の魔力光、桜色の閃光が爆発し、視界の全てを覆い尽くす。 『あ・・・!』 青い光。 砲撃の刹那、視界を覆い尽くしたそれは、果たして見間違いだったのだろうか。 なのはには、判断が付かなかった。 自身の内外に対して有する全ての認識が、その瞬間に停止したのだ。 ふと我に返った時、なのはは込み上げる嘔吐感と激しい頭痛、全身の異常なまでの重さと平衡感覚の消失に襲われていた。 何が起きたのか、意識が戻ったのは何時か、この身体の異常はどれほど続いているのか。 何ひとつ理解する術は無く、呻きを零す程度の余裕すら無く、全身を捩りつつ只管に苦痛に耐える他ない。 そうして数十秒、或いは数分が過ぎた頃になり、漸くそれまでの苦痛が「Λ」を用いた「願い」の具現化による反動、情報処理能力を極限まで高めたが故のフィードバックであった事を理解する。 目前の宙空に漂う、無数の汗粒。 額に残るそれらを反射的に手の甲で払った直後、彼女は自身の視界へと映り込む「それ」の存在に気付いた。 「何・・・これ?」 青い結晶の壁。 数瞬して、それが巨大なジュエルシードの結晶体であると理解する。 だが、重要な点は其処ではなかった。 『嘘だろ・・・?』 『ねえ、誰かこれが見える? 私の幻覚じゃないわよね?』 反射的に後退し、少し距離を置いて結晶体の全貌を視界内へと捉える。 それは、単なる壁などではなかった。 本局にてバイドにより複製された大量のジュエルシード、ヴィータの攻撃を防御する為にティアナが発生させたジュエルシード、そのどちらの情報とも合致しない余りにも整った外観。 「Λ」と同様、何らかの目的の下、人為的に成形された構造体。 「まさか・・・」 直径6m前後、巨大なプリンセスカットの宝石にも似た外観。 装飾品としてのダイヤモンドが最も近しい形状と云えるだろうが、透き通った青という色からサファイアがより強く想起される。 だが奇妙な事に、プリンセスカットに於いてパビリオンに当たる部位が半ばから断ち切られており、先端部であるキューレットとの間に1m前後の間隙が開いているのだ。 そして間隙には、あの青白い魔力素が直径2m前後の球状集束体を形成しており、それが前後に分かたれたパビリオン内部の凹部へと嵌め込まれる様に位置している。 前部パビリオンの端部からは90度の間隔を置いて八角柱状の結晶体、約3m程度のそれらが4箇所に配されており、其々が中央結晶体の中心軸から45度の角度で後方へと伸長。 更に、魔力集束体を境に前後のパビリオンが其々に逆方向へと低速にて回転しており、集束体から放たれる魔力光を内部に反射させ煌びやかに瞬かせている。 『これも「Λ」がやっている事なのか? 何の為に?』 余りにも美しく、余りにも異様で、余りにも禍々しい、紺碧の結晶体。 しかし意識中に拡がるは、この場に於いてそれが存在するという、その事実がまるで当然であるかの様な感覚。 その異常を異常と断じられぬ感覚の理由に、なのはは気付いていた。 否、彼女だけではない。 共有された意識を通じ、他者から伝わる同様の感覚。 ふと周囲を見回せば、空間中の其処彼処に同様の結晶体が出現しているではないか。 総数は100や200ではあるまい。 1名の魔導師につき単基から数基、艦艇の周囲を包囲する様に数十から数百基、魔導師と艦艇群の間隙を埋める様にして数千基。 無数の結晶体が、空間中を埋め尽くしていた。 『・・・「プレゼント」ってのはこれの事か、スバル』 はやての念話。 その言葉に、自身の推測が間違ってはいないと、なのはは確信する。 気付かぬ筈がないのだ。 全貌、構造、運動、配置。 それら全ての事象が、忌まわしきあの存在を想起させる。 人類の狂気、果てなき悪意、悪夢の欠片。 「フォース・・・!」 ジュエルシードにより構築されたフォース。 空間を埋め尽くす結晶体は、紛れもないフォースそのものであった。 その事実に、なのはは戦慄する。 ジュエルシードが用いられている事実からして、バイドではなく「Λ」によって起こされた現象であるとは予測が付いた。 それでも、フォースが自身等の周囲を埋め尽くしているという現状は、どうあっても肯定的に捉える事などできない。 だが同時に、眼前のそれが地球軍のものとは根本から異なる事も、漠然とではあるが理解していた。 『ギリギリですが、間に合って良かった。フォースシステム、試験評価工程完了。システム、正常動作を確認。現時刻を以って「B-5D DIAMOND WEDDING」及び「Force system Type Jewel-seed」の実戦配備を完了』 淡々と、既定の文章を読み上げるかの様に紡がれる、スバルの言葉。 呆然としつつもそれを聞き留めていたなのはは、視界の端へと映り込んだ結晶体の存在に身を強張らせ、咄嗟に其方へと向き直る。 フォースが1基、宛ら彼女の護衛に就かんとするかの様に、低速で傍へと接近してきたのだ。 フォースはキューレット部をなのはに向け、約2mの距離を置いて回転運動を維持。 此処に至り、彼女はスバル達の思考を理解する。 「私達に・・・魔導師にフォースを・・・!」 『大型敵性体、捕捉!』 第3支局艦艇より警告。 なのはは慌てる事もなく、ジュエルシードのフォースを見詰めた後、齎された情報に基いて徐に視線を回らせる。 急ぐ必要は無いとの、奇妙な予感が在った。 本来ならば抵抗すら意味を成さず、今頃は欠片も残さず消え去っていた筈なのだ。 にも拘らず、こうして生き永らえているからには、相応の事象が起きている筈だ。 目に見える被害が此方に無いとすれば、大型敵性体の側に何らかの異常が生じているのだろう。 果たして、彼女の視界へと映り込んだ光景は、予測に違わぬものだった。 『・・・どうなってるの?』 『さあ・・・唯、攻撃の必要は無さそうだ』 宙を漂う異形。 それは先程まで、ザブトムと呼称される大型生体兵器であったもの。 鈍色の装甲に覆われた巨躯、人のそれからは余りにも掛け離れた全貌。 背面のVLSユニット、肩部のUAV格納ポッド、腰部の大口径電磁投射砲身。 ザイオング慣性制御機構を内蔵した下半身、計3対もの腕部、巨大なバルディッシュ。 それら全てが原形を失い、無機物が入り混じる炭化した肉塊と化して、力無く無重力中に浮かんでいた。 辛うじて原形を残す頭部は上顎の右側面が失われ、大量の血液を噴き出し続けている。 胸部生体核は破裂したのか失われており、装甲の残骸上に僅かな膜状組織がこびり付いているのみだ。 目標が生命機能を維持しているとは、とても考えられない。 『何が・・・何が起こったの? 敵の攻撃は? UAVはどうなったの?』 『UAV、1機の撃墜を確認・・・もう1機だが、狙撃班による無力化に成功した。現在、第6支局の面々が制御中枢の掌握を試みている』 『UAVまで仕留めたのか? 狙撃班、何が起きた』 『砲撃の為に姿を現したUAVを狙撃、無力化に成功。直後に極めて大規模な魔力爆発が発生、残るUAVと大型敵性体は沈黙。後は見ての通りだ』 ヴァイスからの報告を聞き、なのはは疑問を抱く。 魔力爆発とは何の事か。 砲撃を放った事は覚えているが、幾ら大規模とはいえ爆発とは。 訝しむなのはを余所に、ヴァイスが続ける。 『そろそろ説明してくれないか、御三方。このフォースもどき共が直射弾を無効化した事は解るが、敵に何が起こったのかさっぱりだ。何をしやがった?』 その言葉に、再度フォースを見遣るなのは。 相も変わらず青白い輝きを纏ったそれは、表層の何処にも傷ひとつ認める事はできない。 だがヴァイス曰く、これらフォースがフォトンランサーの弾幕を無効化したという。 確かに本来のフォースは敵の攻撃を各種制限は在れど一方的に無効化し、R戦闘機の生存性を飛躍的に高める一因となっている。 だがそれは、フォースの構築に於いて純粋培養されたバイド体を用いる事で実現した結果であり、次元世界からすれば完全なオーバーテクノロジーだ。 如何な「Λ」とはいえ、そんな代物を再現できるものだろうか。 『純粋魔力攻撃に関しては、このフォースによる防御を突破する事はほぼ不可能です。対象が魔力素によって構成された存在である限り、フォースはそれらを一方的に吸収する。質量兵器相手でも、ある程度の防御性は確保できるでしょう』 『なるほど、防御兵器か。それでティアナ、化け物が死んでいるのはどういう事だ? フォースか、それともお前等が目標を攻撃したのか』 『攻撃を実行したのは、紛れもなく魔導師と艦艇群です。大型敵性体もUAVも、砲撃によって撃破された』 『砲撃って、狙撃班が言っていた爆発の事? 一体、何をしたの』 改めて、粉砕された大型敵性体の頭部へと視線を移す。 在り得ない。 砲撃は狙いも定まらず、誤射すら覚悟した上で放たれたものだ。 その内の数発が奇跡的に目標を捉えたのだとしても、あれだけの被害を齎せるものとは思えない。 そもそも、それだけではUAVが撃墜されている事象に説明が付かないのだ。 「Λ」は、何をしたのか。 『地球軍のフォースが有する機能を、限定的にではありますが魔法技術体系に適合させて再現しました。外部より付与された魔力を選択的に増幅させ、改めて外部へと放出する。放出形態や増幅率は、入力側の意思で細部まで制御可能です』 『さっきの爆発が、それ?』 『緊急時であった為、設定は此方で行いました。放たれた砲撃をフォースが受け、増幅して拡散型として放出した。放出された砲撃を別のフォースが受けて増幅、再度放出。これを繰り返し、範囲殲滅型全方位戦略砲撃としました』 『あの一瞬で? 誤射を避けて、UAVまで仕留めたと?』 『はい』 『大型敵性体まで巻き込んだの? 信じられない・・・』 砲撃魔法を吸収し、増幅した上で撃ち出す。 無数のフォース間にてこれを繰り返し、範囲殲滅魔法にまで昇華させたという。 理屈は単純だが、実現に当たっての問題など幾らでも考え付く。 だが、そんな問題は「Λ」にとって、些細なものなのだろう。 何せジュエルシードによって構築されたフォースを操る、ジュエルシードによって構築されたR戦闘機なのだ。 此方の常識など、その力を論じる上で何ら用を成さないだろう。 『その為にこれだけの数を揃えたのか? とんでもない話だな』 『発生させるだけなら、それこそ幾らでも。唯、此方が干渉する空間範囲内の同時展開数によっては、存在を維持できる時間が減少します』 『どういう事?』 『制御が極めて難しく、フォースが自己崩壊してしまうのです。今回発生させた程度の数ならば問題は在りませんが、更に数を増やすと数十秒程度で崩壊してしまう。無制限に発生させられる訳ではない』 『運用には戦略が必要か』 傍らのフォースへとレイジングハートの矛先を突き付け、魔力集束を開始。 すると集束した魔力素は、溶け込む様にフォースへと吸収された。 同時に意識中へと反映される、フォースによる出力制御情報。 余りにも自然に意識へと適合するそれに薄ら寒いものを覚えつつも、なのはは制御能力を把握する為に操作を続行する。 増幅率300、弾体魔力密度維持。 増幅形式、弾数増加。 出力形式、精密誘導操作弾。 基礎弾体数100、出力実行。 「・・・成程ね」 瞬間、総数300発もの誘導操作弾が、フォースの前面へと出現。 加速の指示を与えてはいない為、全弾が魔力球として出現箇所へと固定されている。 弾体毎、個別に低速誘導操作を開始。 「Λ」からの補助によって情報処理能力が向上している事により、なのはは苦も無く全ての弾体を自在に操る。 更に増幅率を増大、700へ。 基礎弾体数は先程と同じく100、出力実行。 今度は700発の誘導操作弾が出現。 先程の300発と合わせ、計1000発もの誘導操作弾がなのはの意の儘に宙を飛び交う。 それらの操作を続行しつつ、彼女は問いを投げ掛けた。 『スバル、増幅率の限度は?』 『現状では5138です。しかし、増幅する魔法の種別によっては、限界値が変動します。射撃系、砲撃系とは相性が良いのですが、補助系では情報処理量が増大する為、幾分か・・・』 『警告! 大型敵性体に異変! まだ生きているぞ!』 スバルが通常念話による言葉を終えるよりも早く、艦艇群からの警告が意識中へと響き渡る。 瞬時に全ての誘導操作弾を霧散させ、目標の全貌を拡大表示。 視界の中央、映し出されるは歪な肉塊。 『しつこい奴だ、まだくたばらないのか!』 『見て、頭が・・・!』 その頭部、僅かに残された頭蓋を内側より喰い破り、巨大な肉腫が出現する。 見る間に体積を増し、遂には触手状となったそれは大蛇の如くのたうちながら、周囲へと拳程の大きさの球体を無数に撒き散らす。 それらの球体は液体を噴き出しつつ急激に成長し、鞭毛を有する芋虫の様な外観となって、泳ぐ様に宙空を移動し始めた。 醜悪な外観のそれらは、明らかに艦隊を目指し接近してくる。 だが、その速度はこれまでに確認された大型敵性体の攻撃、それら何れと比較しても余りに低速であった。 正真正銘、最期の足掻きなのだろう。 『小型生体誘導弾、低速にて接近中! MC404・・・』 『待って』 迎撃を開始せんとする艦艇群へと、制止を掛けるなのは。 同様の念話が、其処彼処から艦艇群へと飛んでいる。 考える事は、皆同じだ。 『このフォースの性能を、自分の目で確かめてみたいの。さっきの砲撃は、何が何だか分からない内に終わっていたから』 『同感だ。情報は容易に受け取る事ができるが、実感が伴わないのでは今後の利用に支障を来す。此処で機能を把握しておきたい』 この先、否応なしに戦術へと組み込まねばならないのだ。 信用に値するとの確証が得られなければ、生命を預ける事など到底できはしない。 使えるか否か、此処で判然とせねば。 『・・・了解。迎撃および大型敵性体への攻撃は、魔導師隊に任せる。各艦、バックアップに回れ』 艦艇群による迎撃準備の中断を確認し、なのははフォースを介しての砲撃準備へと移行する。 スターライトブレイカーによる砲撃を先ず想定したが、それでは威力過剰になる恐れ在りと判断し、ショートバスターによる攻撃を選択。 増幅率1500程度で砲撃し、どの程度の規模および威力となるかを把握しておけば、今後の戦闘に於いて状況を優位に運べると判断したのだ。 もし砲撃の威力が想定を下回ったとしても、他の魔導師達も大型敵性体へと攻撃を実行する為、危機的状況へと陥る可能性は低いだろう。 レイジングハートの矛先を大型敵性体へと向けるなのは。 フォースは矛先の動きに寸分違わず追随し、なのはの視界を塞ぐ様にして正面へと位置する。 だが、問題は無い。 フォース前面部より前方の映像は、視界内へと鮮明に映し出されている。 そして照準が定まるや否や、加速した思考で以ってフォースへと干渉を開始。 増幅率1500、砲撃魔力密度増幅。 増幅形式、魔力集束値増強。 出力形式、強化型簡易砲撃。 射程延長、出力実行。 『撃て!』 攻撃指示を認識すると同時、フォースの中心を目掛けショートバスターを放つ。 至近距離より放たれた簡易砲撃がフォースへの着弾と同時に吸収され、視界中央で強烈な桜色の閃光が瞬いた。 そして、並列表示された視界の中、拡大表示された大型敵性体が100を超える光条によって切り刻まれ、瞬時に細分化される。 直後、白光を放つ大規模砲撃魔法が生体誘導弾および大型敵性体残骸の全てを呑み込み、閃光を放ちつつ闇の彼方へと消え去った。 なのはは暫し呆然とし、次いで溜息を吐いて念話を送る。 『・・・やりすぎだよ、八神捜査官。これじゃ増幅の効果も良く分からない』 デバイスの矛先を下ろし、全身から力を抜くなのは。 ゆっくりと深呼吸し、肉体と精神、双方の疲労を落ち着かせんと試みる。 だが、余り効果は無い。 仕方が無いと諦め、極めて高い密度にて交わされる念話を意識の端へと留めつつ、先程の砲撃を振り返る。 まるで光学兵器だ。 単なる簡易砲撃魔法が、地球軍の光学兵器にも匹敵する長射程、大威力の光線と化したのだ。 流石に純粋な威力では劣るであろうが、崩れ掛けの肉塊同然とはいえ大型敵性体の体組織を一瞬にして蒸発させ、焼き切るかの様にして解体せしむる貫通力。 これは、魔力集束値と射程延長に重点を置き、簡易砲撃を長距離砲撃として強化した事による結果だろう。 実戦で連続使用するには、制御面での複雑さも在り幾分か運用し難いが、しかし大体の感覚は掴む事ができた。 『一々設定し直すより単に魔力増幅の設定をしておいて、其処に砲撃を撃ち込む方が実戦的だね。どんな感じだったか、分かる人は居る?』 『それで充分でした。特に複雑な設定をせずに撃ち込んでみましたが、問題なく目標まで届いた。負荷も少なくて済みますし、フォースの寿命も延びるでしょう』 『集束砲撃の使用は控えた方が良いかもな。術式が複雑な所為か増幅限界値が下がってしまう上に、今のでフォースが崩壊を始めている。直射砲撃の強化に使うのが無難だろう』 直射砲撃との相性は良く、実戦的な運用が可能。 集束砲撃は増幅率が低下し、しかもフォースの崩壊に繋がる為に危険性が高い。 これらの情報から推測するに、意識を取り戻した直後に目にしたフォースは迎撃時の砲撃を増幅したものではなく、その後に新たに発生したものであったらしい。 飛び交う念話の中から、自身の疑問に答えるものを抜き出し、更にその中から特に有用と思われる情報を選別する。 意識中にて内容を反芻し、その情報に基き自己の戦術を再構築。 簡易砲撃魔法による連続砲撃を主軸に、高機動格闘戦を主体とする戦術を組み上げる。 更に、遠距離の敵に対しての集束型砲撃魔法による超長距離砲撃戦術を同時構築。 集束型の砲撃を実行すればフォースの崩壊は避けられないだろうが「Λ」によるバックアップの存在を考慮すれば神経質に避ける必要も在るまい。 一連の作業を数秒の内に済ませた後、なのははふと気付く。 はやてからの応答が無い。 どうやら意識の共有すら断っているらしく、返答のみならずあらゆる情報が遮断されているのだ。 何か在ったのかと微かな危惧を抱き、なのははフォースを介してはやての姿を意識中へと並列表示、通常念話を用いて語り掛ける。 管理局員としてではなく1人の友人としての口調で。 『はやてちゃん、何か・・・!』 親友を気遣う言葉は、その全てが発せられる前に途絶えた。 視界内へと映し出されたはやての姿。 彼女がその顔へと浮かべる、これまでに目にした事も無い形相に、なのはの意識が凍り付く。 眼前に浮かぶフォース、その表層を睨み据えるはやて。 その表情は常の柔和なものからは掛け離れ、別人の様に歪み切っている。 限界まで見開かれた眼、薄く開かれたまま小刻みに震える唇、死人の様に青褪めた肌。 シュベルトクロイツを構える右手は、骨格が浮かび上がり、肌が変色する程に硬く握り締められている。 徐々に荒くなる呼吸、掻き毟るかの様にバリアジャケットの胸元へと爪を立てる左手。 左腰部に固定された夜天の書が微かに青白い燐光を放ち、背面より拡がる3対の翼からは時折、白と青の魔力光が電流の如く奔る。 そうして、はやての唇が微かに動き、何らかの言葉を紡いだ。 「ッ・・・!」 途端、視界を閉ざすなのは。 自身が目にしたもの、それを肯定する事ができない。 そうして、はやてが居るであろう方向を呆然と見遣る。 はやては、何と口にしたのか。 凡そ肯定的な言葉でない事だけは確かだ。 理解してはいるが、それをはやてが口にしたという事が信じられない。 彼女がそんな言葉を口にするまでに変貌してしまった、その事実が信じられない。 家族を失って以降の彼女は、確かに変わった。 以前の明るさは鳴りを潜め、虚ろとも云える無表情を張り付けている事が殆どだった。 今の彼女は、それ以上に追い詰められている様に見える。 明らかな憎悪に染まった表情、彼女本来の人柄からは想像も付かない言葉。 しかも、それら変貌の矛先はバイドでも地球軍でもなく、恐らくは「Λ」とそれ自体であるスバル達へと向けられている。 ザフィーラの死の真相を知ってしまった以上、無理もない事だとは思う。 それでも、はやての豹変振りは信じ難い程のものだ。 彼女は、どうなってしまったのか。 これから、どうなるのか。 『敵戦力の殲滅を確認。これより部隊を再編し、天体中枢部へと向かう。魔導師および各機動兵器は、最寄りの支局艦艇へと集結せよ』 自己の内へと沈みゆく意識が、飛び込んできた念話によって強制的に引き上げられる。 支局艦艇からの指示だ。 なのはは強制的に思考を切り上げ、周囲を見回す。 其処彼処で魔導師達が集結し、小集団を形成し始めていた。 合流し、支局艦艇へと向かうのだろう。 並列視界を再展開するなのは。 フェイトの周囲を表示すると、ユーノを始め周囲の魔導師達が合流している。 第6支局へと向かう様だが、其処には家族であるリンディを含め、多数の仲間達が待っている事だろう。 一方ではやてには、ヴィータとシグナムが合流した様だ。 シグナムの姿は先程までフェイトの傍らに在った筈だが、今は主であるはやてに付き従っている。 はやてとシグナムの位置はかなり離れていた筈だが、その距離を飛んで主と合流する事を選んだのだろう。 騎士として主の守護を優先したのか、或いは家族との合流を望んだのか。 何れにせよ、彼女達の間には強い絆が在る。 状況に翻弄され摩耗したはやての精神も、何れは彼女達の存在によって癒される事だろう。 そして彼女達も、第6支局を目指しているらしい。 ふと、なのはは地球の家族、そして友人達の事を思い出した。 両親に兄と姉、親友達との絆。 フェイトとユーノ、はやてとその家族。 彼等の強固な絆を目にした為か、少し人恋しくなっているのかもしれないと、彼女は自嘲する。 そうして、何としても彼等を、故郷を護るべく、この状況を終わらせねばならないと決意を改めるなのは。 そして同時に気掛りとなるのは、ミッドチルダに残してきた自身の娘、ヴィヴィオの安否。 齎された情報に依れば、クラナガンには地球軍の主力戦艦1隻が落着しているという。 状況からして惑星が破壊される事はないであろうが、都市への被害は甚大だろう。 どうか無事であって欲しいと、信仰している訳でもない神へと祈る。 「一尉、高町一尉!」 自らを呼ぶ声に、我に返るなのは。 並列視界を閉ざし、声のする方向へと。 直後、彼女は思わず表情を綻ばせた。 「ミシア! アレン!」 忘れる筈も無い人物。 それは、彼女の教え子達だった。 徐々に集結する面々の中には、当初より作戦に参加していた者も居れば、本局に残っていた筈の者も居る。 無論、戦死した者も決して少なくはなかろうが、それでも多数が生き延びていたのだ。 そうして30名を超える若年の魔導師達が集まり、口々になのはを呼ぶ。 鬱屈とした精神を拭い去る、内より溢れる安堵と歓喜。 それらを抑える事もせず、彼等と合流すべく移動を開始しようとした、その矢先の事だった。 「・・・ッ!?」 赤黒く染まる視界、空間中を埋め尽くす異形の群れ。 「あ・・・あ・・・?」 「一尉?」 ふと、我に返るなのは。 彼女の目前には、教え子の1人であるミシアの顔が在った。 不自然に動きを止めたなのはを気遣い、その顔を覗き込んでいたらしい。 だが、なのはは僅かに後退し、信じ難い思いでミシアの顔を見詰める。 当のミシアは、自身へと注がれる師の視線、不審な挙動に戸惑っている様だ。 それでも、なのはは彼女の顔を凝視し続ける。 「あの、何か・・・?」 一体、何だったのか。 先程の一瞬、視界の全てが、宛ら生命体の如く脈動した。 闇の彼方に灯った赤黒い光が爆発的に膨れ上がり、瞬時に空間中を埋め尽したのだ。 そして、視界の全てが赤黒く染まった瞬間、其処に映り込む存在の全てが形を変えた。 あらゆる存在、あらゆる事象が「高町 なのは」という存在にとって、決して受け入れられぬ「何か」へと変貌したのだ。 次元航行艦も、機動兵器も、そして魔導師さえも。 記憶する事も、それ以前に認識する事すら覚束ない、人間の知覚域外に位置する存在へと変貌し、なのはという存在に対して牙を剥いたのだ。 それは、目前のミシアを含めた、教え子達であっても例外ではない。 「一尉、御気分が優れない様ですが・・・」 物理的な攻撃などではなかった。 生命個体としての本能により「攻撃」であると認識される、それ以外に理解する術など無い何らか手段で以って、なのはという存在に対し危害を加えようとしたのだ。 人間としての能力では決して理解など叶わぬ、正しく「悪意」としか表現の術が無い「攻撃」。 それを受けた側に何が起こるかさえ理解できぬ、異常なまでの密度で以って放たれた「悪意」そのもの。 その「悪意」に対する、曖昧ながら強烈な拒絶がなのはの内に燻り、教え子達への接近を躊躇わせていた。 そんな彼女の様子を訝しんだのか、彼等は気遣う様に次々と言葉を発する。 「一尉、第6支局へ行きましょう。八神捜査官も、ハラオウン執務官も其処に向かっています。戦闘の疲れも在るでしょうし、休息を取られては如何ですか」 「部隊を再編するにしても、互いの戦術を良く知る面々が居た方が心強いでしょう」 「スクライア司書長も八神三尉も居られますし・・・どちらと組むにせよ、有名コンビネーションの復活ですね」 口々にこれからの選択肢を述べる教え子達。 其処には、フェイトやはやて達のそれにも劣らぬ、確固たる絆が在った。 心の底からなのはを信頼し、彼女の教えを自身の支えとし、時に彼女を支えもする彼等。 そんな彼等を前に、なのはは何処か虚ろに言葉を紡ぐ。 「ごめん」 「一尉・・・?」 答えは出ない。 先程の現象、恐らくは幻覚であろうが、それが何であったかは全くの不明だ。 だが、結果としてなのはは、漠然とした不安を有するに到っていた。 論理的な根拠など全く存在しないが、自己の内に在る何かが訴え掛けているのだ。 「皆、もう行って」 絆が在ると思っていた。 教え子達との間に結ばれたそれを大切に思っていたし、今でもそうであると信じている。 だが、何かが。 何かが、自己の内で叫んでいる。 「一尉? 第6支局は向こうで・・・」 「行けない」 まだ間に合う。 まだ、間に合うのだ。 触れるな、信じるな、呑み込まれるな。 自己を持て、何物にも侵されぬ自己を持て。 この広大な次元世界で、独りきりの自身。 誰よりも孤独である事を理解し、それを侵されてはならない。 「行けないよ・・・」 独りきりの、何だというのだ。 触れるなとは、何に対してだ。 信じるなとは、何に対してだ。 呑み込まれるなとは、バイドと相対する上での危機感ではないのか。 自己とは、他ならぬ自身の精神の事だ。 元より誰にも侵せない個であるし、これからもそうだ。 それでも、独りではない。 自身には親友も、仲間も、娘だって居る。 何故、孤独だというのか。 「私は・・・」 解らない。 何も解らない。 だが1つだけ、解らずとも確かな事が在る。 自己の内に生まれた、出所すら不明な確信。 泣き叫ぶ少女の様に、怨嗟を吐き出す女性の様に、絶望に拉がれる老婆の様に。 声高に叫び続ける、警告とも悲鳴ともつかぬそれ。 「私、第1支局に行くね」 「彼等」から、離れなければ。 『R戦闘機、急速接近中!』 スバルからの警告。 皆の注意が自身から逸れた瞬間、なのはは身を翻して第1支局艦艇へと向かう。 その胸中を占めるは敵機接近に際しての危機感でも、教え子達に対しての後ろめたさでもなく。 自己の内に木霊する警告への疑念、そして「彼等」から離れる事ができたという安堵のみであった。 飛び交う圧縮念話が、その密度を増す。 散開する艦艇群、急変する戦局。 止められる者など、何処にも存在しなかった。 * * 『R戦闘機が接近している。「Λ」制御下の機体群による防衛網は突破されたみたいだ』 『撃墜されたんですか?』 『いや、どうやら足止めを残して振り切られたみたいだね。地球軍は慣性制御機構に対する干渉の、完全な無効化に成功したんだろう』 その言葉を聞き、キャロの思考に不快を示す微かなノイズが奔る。 遂に、最悪の事態が起きてしまった。 地球軍が全力戦闘を展開する、その為の条件が整ってしまったのだ。 最早、彼等を縛る枷は存在しない。 『接近中の敵機は余程、警戒を強めているみたいだ。接近を感知してから5秒経過しても、未だ此処まで辿り着いていない』 『これまでの戦況の推移を考えれば不思議でもない。「Λ」は何て?』 『呼び掛けに応答しない。何かやってるみたいだ、あの3人』 現在、ベストラ外殻に立つ彼女の傍らには、エリオとセインが居る。 隠密行動に特化したISを有するセインは、当然ながら前線に出る事など無い。 そしてザブトムを相手取るには、突撃を主とするエリオの戦術は余りにも不向きだった。 其処で2人は、超長距離からヴォルテールによる支援砲撃を行うキャロ、その護衛に当たる事を選択したのだ。 『地球軍に対する工作か。成功したのかな?』 『それなら連絡が在るんじゃないかな。何も言ってこないって事は・・・』 『「Λ」より総員、緊急』 『そら、噂をすれば』 3人の間に、肉声での会話は無い。 発声を介していては、情報交換に時間が掛かり過ぎるのだ。 だからこそ多少の負荷を覚悟の上で、圧縮念話を用いての会話を行っている。 肉声では数十秒を要する情報交換の内容でも、これならば1秒にも満たない時間で済ませる事が可能だ。 「Λ」によりフォース・システムが実装された事で、負荷自体は相当に軽減されている。 だがそれでも時折、思考中を奔るノイズが脳機能へと幾分かの負荷を掛けていた。 圧縮念話を負荷なく常時使用するには、更なる「Λ」の機能更新を待たねばなるまい。 『地球軍第17異層次元航行艦隊に対する情報工作に成功。応答は在りませんが、国連宇宙軍上層部の真意は、確実に彼等へと伝わっています』 『そりゃ良いや。それで、結果は何時出るのさ、ノーヴェ。いや、誰が答えても同じかな?』 『すぐに解るさ。接近中のR戦闘機群がこっちを素通りすれば成功、攻撃してくれば失敗だ』 『予想通りの回答を有難う。要するに命懸けの検証が必要って事ね』 ティアナとノーヴェ、即ち「Λ」からの圧縮念話を受け、頭上の空間を視界中へと表示。 既に意識の共有は深部にまで及んでおり、特にキャロとエリオの間では、セインとのそれと比して遥かに深層まで共有が進んでいる。 意識共有による蟠りの解消を願い、キャロが望んだ事だ。 エリオはそれを受け入れているが、最深部に位置する自己を成す根幹に対しては、決してキャロの意識を触れさせない。 外界に対する現状の認識、思考表層部の常時共有を果たしても、彼の心には触れる事ができないのだ。 共有開始直後には余す処なく覗く事ができたそれも、今ではエリオ自身の意思によって完全に閉ざされてしまっている。 自身の心を伝える事ができたか否か、それを確かめる事すらできないと知り、キャロは失望した。 だが、今は戦況に集中すべきと自己を戒め、友軍への援護に集中してきたのだ。 それは、彼女の中に刻まれた強い決意、それが在るからこそ為せるもの。 もう、迷わないと決めた。 エリオが表層的に自身から離れる事を望んでも、それが全く見当違いの思考と優しさによって導き出された結論である事は、既に暴かれているのだ。 絶対に離れてなどやらないし、黙って彼を行かせる気も無い。 要は全てが終わった後に、縛り付けてでも離れない様にしてしまえば良い。 その残酷な優しさでどれだけ自身が傷付いたか、自身の無責任さがどれだけ彼を傷付けたか、また彼自身が何故それらを理解できないか。 胸中に渦巻くそれらの全てを、彼に叩き付けてやる。 離れるというのならそれら全てを受け止め、思い切り自身を罵倒してから離れて行けば良い。 徹底的に軽蔑して、嫌悪して、唾を吐き掛けて去れば良い。 だが、それでも此方を気遣い、彼と離別した上での幸せなど願っていたならば。 何ひとつとして理解せず、性懲りも無くそんな事を願っていたならば。 その時は、もう絶対に逃がさない。 何をしてでも彼を自身の側へと留め、これ以上ないという位に幸せにしてやる。 彼が間違っていたと、彼と離れた上での自身の幸せなど在り得なかったのだと、一生を掛けて彼に理解させてやる。 もう決めた事だ、絶対に覆りはしない。 『・・・来た』 エリオの言葉に、視界の一部を拡大表示する。 其処に映り込む、漆黒のR戦闘機。 見覚えの在るそれに、キャロは苦々しく念話を紡ぐ。 『メテオール・・・!』 「R-9C WAR-HEAD」 コールサイン「メテオール」。 炸裂型の半実体化エネルギー砲弾を連射する機能を有し、更には超広域を巻き込む拡散型波動砲を搭載する、極広域殲滅戦特化機体。 現状に於いて交戦するとなれば、正に最悪の機体であろう。 『よりにもよって最悪なのが来やがった。さて、どうなるかね?』 『もう、結果は出た様なものでしょう。この距離で攻撃されていないとなれば、答えはひとつだ』 だが、その最悪の展開は避ける事ができたらしい。 メテオールが突如として転進、艦隊外縁をなぞる様にして飛び去ったのだ。 加速した思考の中、R戦闘機の通過に伴う衝撃波で、十数名の魔導師が負傷したとの報告が齎される。 情報工作完了の報告から、実に10秒と経っていない。 『・・・まさか、本当に上手くいくとはね』 『何、エリオ。アンタ、アイツ等の事を信じてなかったって訳?』 『疑ってもしょうがないでしょう、あんな工作。失敗する公算の方が遥かに大きかった筈です』 『まあ、そうなんだけどね』 明らかに攻撃態勢を取っていたメテオールが離脱した事により、交信密度を増す圧縮念話の内には安堵と歓喜の声が交差する。 少なくとも、艦隊ごと波動砲で消し飛ばされる心配は、一先ずは無くなったという訳だ。 其処へ更に、スバルからの報告が飛び込む。 『防衛ラインにて交戦中であった地球軍R戦闘機が、反転離脱を開始しました。アクラブ、ゴエモン、ホルニッセ、パルツィファルの離脱を確認』 『目的は天体からの脱出か?』 『ポイントを変えて再度、中枢部へと侵攻を掛ける模様。ヤタガラス、ベートーヴェンは既に防衛ラインを突破しています』 『・・・本気で、皆殺しにする心算だったんだな』 背筋を奔る、冷たい感覚。 あと十数秒、工作の完了が遅れていれば。 管理局艦隊は殲滅戦に特化した3機種のR戦闘機から、波動砲による一斉砲撃を浴びせ掛けられていた事だろう。 拡散型波動砲に熱核融合型波動砲、詳細は不明ながら稲妻状の波動エネルギーによる極広域破壊を引き起こすとされる波動砲。 それら全ての砲撃を受けたならば、艦隊が如何なる被害を受けるかなど考えるまでも無い。 それこそベストラも含め、塵すら残らないだろう。 「Λ」が如何に強力であろうと、波動砲に抗し得る防御策など、未だ存在し得ないのだ。 『まあ、結果は上々って事だね。それじゃあ、さっさと支局に行きますか。ベストラは破棄するんでしょ?』 『ええ、これ以上は足手纏いでしかありませんから。生存者は第7支局に移送して・・・』 『総員、緊急』 ティアナからの念話。 瞬間、共有意識内に緊張が奔る。 思考速度を再加速、情報共有深化。 『地球軍第17艦隊による異常行動を確認。現在、四十四型による偵察活動を継続中』 『異常行動? 何をしているの』 『艦隊旗艦、ニヴルヘイム級「クロックムッシュⅡ」及び「マサムネ」による、第97管理外世界への対地砲撃を確認しました』 一瞬、思考が停止する。 ティアナは、何と言ったのか。 地球軍が、何をしたと。 何を、攻撃したと。 『・・・確認する。地球軍が、地球を攻撃しただと?』 『はい。ユーラシア大陸全土に対し、主砲による砲撃を加えています・・・マサムネ、戦略級核弾頭搭載巡航弾発射。着弾まで3秒』 『随伴艦艇群からも砲撃が。巡航艦艦首波動砲による砲撃を確認、北米大陸西岸部に着弾。周囲700kmは壊滅状態』 『アフリカ大陸全域、計25箇所での核爆発を確認。R戦闘機群、軌道上からの波動砲による地上掃射を開始』 『落ち着いて・・・落ち着いて下さい!』 『誰でも良い、医療魔法が使える奴は居ないか!? 鎮静効果の在る奴だ!』 何か、騒ぎが起こっている様だ。 どうやら、誰かが錯乱しているらしい。 何故かは解らないが、先程の戦闘で精神的な負荷が限界を迎えたのだろうか。 『ユーラシア大陸東部、R-9Sk2部隊による地表への大規模焼却が進行。中間圏界面でのデルタ・ウェポン発動を確認、宙間核融合反応強制励起を観測。ロシア東部、中国、朝鮮半島全域が炎に覆われています』 『マサムネ、偏向光学兵器照射。樺太島の北端に着弾、列島を南下しつつ掃射中』 『よせ、暴れるな! 落ち着くんだ、一尉!』 『手が付けられない! 誰かバインドを!』 『欧州全域、宙間巡航弾18基の着弾を確認。核爆発発生を観測』 『南米大陸、陽電子砲着弾。続いてオーストラリア大陸への着弾を確認』 何故だ。 第17異層次元航行艦隊は何故、この様な意味不明の行動に出たのか。 自身等の故郷を破壊して、何の意味が在るというのか。 『故郷ね・・・』 『何か?』 『北極圏および南極大陸に置いて核爆発を観測。周辺海域での大規模な海面隆起を確認、津波発生』 『奴等、本当にそう思ってるのかな』 セインの意識を読み取り、キャロは成程と納得する。 こういう時、意識共有は実に有用だ。 相手の真意を、余す処なく理解できる。 どちらかが隠そうと、或いは誘導を試みない限り、擦れ違いなど起こりようも無い。 『第17艦隊、対地攻撃中断。汚染艦隊との交戦を開始』 『あの21世紀の地球が、彼等の故郷である22世紀の地球と繋がっている訳ではありませんからね。違うと判断したからこそ、彼等は攻撃を実行した』 『もし繋がっていたとして、奴等が攻撃を躊躇うかどうかは怪しいけどね。でも問題は、そんな事をして何の得が在るのかって事だ』 正に、其処が問題である。 第17艦隊が上層部に対する叛乱を起こした事は間違い無いであろうが、だからといって21世紀の地球を攻撃する道理が解らない。 これまでに確認された第17艦隊からの攻撃を見る限り、既に原住民は全滅に近い被害を受けている事だろう。 違う時間軸であるとはいえ、自らの祖先に当たる人々を虐殺して、何が得られるというのか。 『独立表明の心算でしょうか。第17艦隊が独自の文明圏となる、その為の意思表示の可能性は』 『誰に対してそんな事するのさ。それで、私達はもう地球とは何の関係も在りません、これから仲良くしましょう、何て言うとでも?』 『在り得ませんね』 『それ以前に、曲りなりにも地球軍の一員であった彼等が、そんなセンチメンタルな理由で無駄な攻撃行動を起こすとは思えない。何か別の理由が在る筈です』 圧縮念話を交しつつ、外殻上に腰を下ろしていたセインが立ち上がる。 加速した意識の中、その動きは酷くゆっくりと感じられるが、体感時間に関する制御を少し弄るだけで違和感は消えた。 そうして、特に新たな念話を交すでもなく次の言葉を待っていると、簡単な柔軟体操を終えたセインが首を捻りつつ支局艦艇を指す。 『如何でも良いけど、早く行かない? 奴らより先にバイドの中枢を抑えなきゃならないんでしょ。今から行ってもキツイと思うけど』 言葉を紡ぎ終えるなり、彼女は外殻を蹴って宙へと躍り出た。 飛翔魔法には不慣れと聞いていたが、泳ぐ様にして飛ぶ彼女の姿は中々に様になっている。 加速し支局艦艇へと向かう彼女の背を見送り、キャロは傍らのエリオへと視線を移した。 彼は宙を見上げたまま、その場を離れようとはしない。 エリオは、キャロが動くのを待っているのだ。 そんな彼の様子を横目に眺め、微かに息を吐くと、彼女もまた外殻を蹴って宙へと浮かび上がる。 『ライトニング02、これより第2支局に・・・』 『総員、耐衝撃態勢!』 その、直後。 ティアナからの警告と同時、視界が白く染まった。 衝撃が来ると理解したのも束の間の事、何ひとつとして対策を実行に移せない儘、全身を襲った破壊的な力の壁に思考を粉砕される。 麻痺する聴覚、背面に衝撃。 エリオが自身を受け止めてくれたのだと、すぐに理解する。 全身を外殻へと打ち付け意識を失う事態こそ避けられたものの、閃光により視覚を、轟音により聴覚を奪われたキャロ。 だが、彼女はそれらの障害を無視し、念話の傍受に意識を傾ける。 その傍ら、エリオより発せられる圧縮念話。 『今のは何だ! 艦艇、詳細を!』 『第1支局より総員、先程の閃光は砲撃だ! 波動粒子による砲撃、第12層を貫通し天体中枢部へ!』 『何処だ、視覚が麻痺して何も見えない!』 『総員、本艦からの映像を転送する。目標までの距離、約20000・・・警告! 第12層崩壊地点よりR戦闘機の複数侵入を確認!』 未だ回復しない自身の視界内ではなく、意識中へと直接展開される並列視界。 其処には第12層、先程の砲撃により破壊された地点から空洞内へと侵入する、複数のR戦闘機が写り込んでいた。 見覚えの無い外観、機体上部および後部へと突き出した柱状構造物、下部へと延びる2基のスラスターユニットらしき部位。 『目標補足。「R-9B STRIDER」全領域巡航型試作戦略爆撃機。T&Bエアロスペース製、試作型純粋水爆弾頭搭載宙間巡航弾「XACM-508 BalmungⅡ」による戦略級核攻撃能力を保有』 戦略爆撃機。 その機種に対し思う処が在るのか、エリオが不審を覚えている事を感じ取るキャロ。 そうして、彼が許可する範囲での意識共有を深化させると、すぐに疑念の内容が判明した。 何故、爆撃機が人工天体中枢部への侵入を試みるのか。 より突入に適した機種など幾らでも在るだろうに、宙間巡航弾による超長距離攻撃に特化した爆撃機を天体内部への突入戦力に選んだ理由とは何か。 内部に存在するであろう汚染艦隊を攻撃する為か、或いは別の目的が在るのか。 エリオは、それらの点を訝しんでいるのだ。 そして更に、新たな疑念が圧縮念話を介して共有される。 『試作型というのは本当? 正確な情報なのかしら』 『はい。R-9Bは超長距離単独巡航を目的として試作された機体であり、極少数が試験的に前線へと配備された記録こそ存在しますが、大量生産されたという記録は在りません』 『それも疑問ではあるけれど・・・クラナガンの戦闘に於いて、類似機体が確認されているの。確保したパイロット達の証言から、機体名も判明しているわ』 『何だ?』 『「R-9B3 SLEIPNIR」よ』 念話を交す間にもR-9Bの一団は加速し、瞬く間に天体中枢部を目掛け飛び去った。 その全貌が意識内より消えて失せた事を確認し、並列視界を閉ざす。 念話では、更に問い掛けが続いていた。 『そのR-9B3とやらの情報は「Λ」が有する記録には残されていないのか』 『確認済みです。全領域巡航型戦略爆撃機開発計画は既に、完成形であるR-9B3の戦線配置を以って完了しています』 『試作機には、量産型で除外された特殊な機能でも在るのか』 『該当する記録なし。R-9B3はR-9Bの正式な上位互換機であり、量産型が試作型に劣る点など何1つとして在りません』 『なら何故、そんなガラクタを突入させたんだ。地球への攻撃といい、第17艦隊は気でも触れたのか?』 『そうとは限らない』 割り込む念話、聞き覚えのあるそれ。 キャロ個人としては決して好ましい訳ではないが、現状に於いてある程度は有用であると判断できる人物。 狂気に侵され、狂気を是とした科学者、ジェイル・スカリエッティ。 『あの部隊が第17艦隊所属であると証明する情報は無い』 『つまり?』 『あれが例の「増援」という可能性も在る、そういう事だな』 スカリエッティの発言に対する応答に、それを認識したキャロの意識中へとノイズが奔る。 焦燥を示すそのノイズは、瞬間というにも満たない極めて僅かな時間ではあるが、確かに彼女の意識を埋め尽くした。 更に加速される思考、密度を増す念話。 『・・・地球軍空母の位置は把握できたのか?』 『いいえ、未だ捕捉できず』 『第17艦隊は既に真実を知っているんだから、増援と接触したところで同士打ちが始まるだけじゃないの?』 『決め付けるのは早計だわ。バイドの殲滅まで行動を共にして、その後に排除へ移行する事も・・・』 『全勢力の殲滅を担う増援艦隊の戦力が、第17艦隊のそれに劣るとは考え難い。そして、第17艦隊が戦力の5割を失っている現状を考えれば、彼等が増援艦隊との共闘を選択する可能性は低いでしょう』 『できるだけ多数の勢力とぶつけて疲弊させ、其処を一気に叩くという事か』 『いえ、他勢力を撹乱に用いて、艦隊の被害を抑えるといった方が正しい。増援艦隊の戦力に対抗し得る勢力は、現状では第17艦隊を除けば2つです』 増援部隊に抗し得る勢力。 その言葉の指す処は、正確に理解できる。 だが、それは決して愉快な内容ではない。 意識中に奔る不満を示すノイズを無視し、キャロは念話を発する。 『私達とバイド・・・いえ、「Λ」とバイドですか。第17艦隊は、既に「Λ」の存在を知り得ているのですか?』 『気付いていると考えた方が妥当だね。送り付けた情報からそれ位は察しているだろうし、何よりメテオールに「Λ」そのものを捕捉されているしね』 『それも計算の内でしょ? 「Λ」が増援艦隊に抗し得る存在であると、連中に売り込んだって訳だ。中々にやり手だね、ノーヴェ』 『アタシ達が発生させた艦隊との交戦を通じて、共闘はできずとも利用はできると判断しただろう。その証明に、一時的にとはいえニヴルヘイム級を行動不能にしてやったんだからな。こっちは奴等の戦略に乗じて、増援艦隊を根こそぎ潰すだけだ』 『バイドは? まさか、放っておくの?』 セインの問い掛け同様、キャロもまた疑問を抱いていた。 第17艦隊がバイドと増援艦隊の相打ちを狙っているというのなら、バイド中枢の制圧作戦はどうなるのか。 仮に、いずれかの勢力により、バイドが制圧されたとしよう。 状況は第17艦隊と増援艦隊による全力戦闘、それに巻き込まれ崩壊する次元世界という、最悪の局面を迎える事となる。 如何に「Λ」という切り札が在るとはいえ、次元消去弾頭を起爆されてしまえば其処で終わりだ。 異層次元航行能力を有しない次元世界の各勢力は文字通り消滅し、後は何処とも知れぬ空間にて無数の次元を巻き込んでの、地球軍同士による殲滅戦が繰り広げられる事だろう。 では、セインの言葉にも在る通り、バイドを放置した場合はどうか。 何らかの要因により中枢の制圧に失敗し、バイドに充分な時間を与えてしまったならば。 「R-99 LAST DANCER」の制御中枢を完全に掌握したバイドは、全能たる「群」としての存在を維持しつつ、同時に比類し得るもの無き絶対的な「個」としての存在へと変貌を遂げる事となる。 そうなれば最早、バイドに抗い得るものなど存在しない。 R-99を中枢とする模倣されたRの系譜、或いは「TEAM R-TYPE」により生み出された数々の技術を用いて創造される新種のバイド群が、あらゆる次元を埋め尽くす事だろう。 バイド中枢は絶対的存在たるR-99をハードウェアとして獲得する事で無敵の「個」となり、中枢である機体そのものを狙った処でそれを撃破し得る可能性は余りにも低い。 あらゆる存在を自身と同等の次元にまで引き摺り下ろし、同一次元の内に存在し得る最大にして最強、最上にして最悪の暴力で以って殲滅する、具現化した悪意と攻撃的概念の結晶。 認識すら出来ぬ塵芥に等しい存在も、人智を超えた神にも等しい存在も、平等に自身と同一の次元へと固定してしまう、悪魔の機体。 そうして真正面から、対象の全てを否定し、破壊し、蹂躙し、消去する。 そんな存在に、どう抗えというのか。 『このままじゃ増援に殺されるし、バイドがR-99のシステムを掌握すればそっちに殺される。一体、どっちがマシなのさ』 『進むも地獄、退くも地獄か。個人的には、地球軍を相手取る方がまだマシに思えるが、どうなんだ?』 とても難しい問題だ。 どちらを選んでも、その後には高確率で破滅が待つ。 だが、それは次元世界に限っての話ではない。 『だから、奴等の尻を叩いてやるんだ。第17艦隊の尻を』 『・・・説明してくれ』 『このままバイドを始末しちまったら、奴等は増援艦隊に嬲り殺しにされちまう。だからR-99の破壊を可能な限り遅らせて、バイドが別のハードウェアに逃げる為の時間を稼ぐ心算だろう。要は増援艦隊の攻撃から、ある程度バイドを護ってやるのさ』 『皮肉な話だ』 『他に手は無い。ハードがR-99でなければ始末できる可能性も在るし、何よりバイドの抵抗はより激しくなるだろうから、増援艦隊に対して相当な出血を強いる事が出来るだろう』 『我々はR-99に替わるハードを攻撃しつつ、天体外部では増援艦隊に攻撃を仕掛ける、という事で良いのか?』 『外部の事は混成艦隊が頑張ってくれているし「Λ」の支援も在るから任せても大丈夫だろう。アタシ達は此処で、徹底的に戦場を引っ掻き回すだけだ』 『具体的には?』 『R-99を破壊した後、増援艦隊所属戦力の攻撃からバイドを護る。状況をバイドと第17艦隊の優位に整えてやって、増援艦隊と真っ向からぶつからせるんだ。そして、増援艦隊が有する次元消去弾頭の破壊を確認した後にバイドを叩き、続いて疲弊した第17艦隊を始末する』 『・・・単純明快だけど、随分とハードだね』 無茶苦茶な話だとは思いつつも、他に手は無いと自身を納得させる他なかった。 バイドによるR-99の制御中枢掌握を妨害しつつ、増援艦隊の攻撃からバイドを護りつつ三者を疲弊させ、最終的に第17艦隊を含む全ての敵対勢力を排除する。 事が上手く運ぶとは、到底思えない。 だが、やるしかないのだ。 『異層次元航行能力を有するバイドが1体でも残っていれば、次元消去弾頭を起爆しても意味は無い。増援艦隊にせよ第17艦隊にせよ、バイドを殲滅しない限り状況の進展は望めない』 『だからバイドを護りつつ地球軍を疲弊させよう、って訳ね。叩く順番を間違えたら、その時点でお終いじゃない』 『そうならない様に、可能な限り速やかに天体中枢へと向かおう。さっきのR-9Bはメテオールや他の第17艦隊所属機に始末されるだろうけれど、不測の事態も在り得る』 『空間情報の再解析が完了しました。変異した本局艦艇からの干渉は続いていますが、短距離ならば艦隊を転移させることも可能です。状況を確認しつつ数回に分けて転移し、一気に中枢へと突入します』 ティアナからの念話が届くや否や、周囲の空間を埋め尽くすフォース、その全てが一斉に青白い光を放ち始める。 フォースを触媒とする魔力増幅だ。 本局艦艇からの干渉を無効化しつつ、更に連続で短距離転移を実行する為には、想像を絶するまでに大量の魔力を要する。 必要量の魔力を短時間の内に確保する為、フォースが有する魔力増幅機構を利用しているのだ。 フォースの周囲へと集束した青白い光の粒子は徐々に拡散し、周囲の艦艇から機動兵器、魔導師にまで纏わり付いてゆく。 この分ならば、転移実行まで2分といったところか。 『支局まで行く必要は無いかな。何人かで集まって、周囲警戒をしておこう。転移直後に交戦状態へ突入する事も在り得る』 ストラーダを右腕へと携え、再生した左腕の調子を確かめるかの様に、掌部を握っては開く動作を繰り返すエリオ。 その様を横目に、キャロは自身のデバイス、ケリュケイオンの自己診断プログラムを起動する。 診断は数瞬の内に完了、異常なし。 そして、移動を促すエリオの念話に対し無言のまま頷く事で答え、キャロは移動を開始すべく飛翔魔法を発動させる。 『フリードを此処に呼ぶ。ヴォルテールは艦隊側に・・・』 『総員、警戒。第2空洞に於いて空間情報の不一致を観測。当該個所の調査を開始』 ノーヴェからの警告。 「Λ」により展開される並列視界、第2空洞内部の映像。 新たに発生した「四十四型」戦闘機より転送された光学情報だ。 『悠長だな。フォースなり何なり、目標座標に発生させれば済むんじゃないのか』 『目標周辺空間への干渉ができない。空間歪曲って訳ではないみたいだが・・・』 『ノーヴェ?』 途切れる念話、訝しげにノーヴェの名を呼ぶセイン。 同時に、並列視界へと映り込む、青い光。 揺らぐ視界、拡大表示される発光源。 其処に、それは居た。 『・・・嗚呼、畜生!』 集束する波動粒子の光の中、全長15mにも達する砲身を構えた人型機動兵器。 『構えろ!』 瞬間、視界の全てが白光に埋め尽くされる。 全身を襲う衝撃、意識を蝕む異音。 それらが2秒にも満たぬ内に消え去った後、視覚を回復したキャロは周囲を見回す。 特に変化が在る様には見受けられない。 だが何が起きたのかについては、正確に理解していた。 短距離転移を強制実行し、敵の砲撃を回避したのだ。 『くそ、今のは危なかった!』 『短距離転移を強制実行した。大した距離じゃないが、奴の砲撃を躱すには充分だったか』 『砲撃? やっぱり砲撃を受けたのか、アタシ達は?』 『馬鹿を言うんじゃない、奴が居るのは第2空洞だぞ! 此処まで砲撃が届くとでも・・・』 『いえ、その通りです。敵性機動兵器による砲撃、第3層から第12層までを貫通。第12層構造物破壊痕の直径、約8300m』 絶句するキャロ。 彼女だけではない、無数の意識が信じ難い報告に、紡ぐべき言葉すら見付けられずに凍り付いている。 ティアナより齎された情報は、それ程までに信じ難いものであった。 人工天体各階層構造の厚さは400km前後、階層間に存在する空洞の幅は700km前後。 即ち、あの人型機動兵器が放った砲撃は単純計算で4800kmもの厚さの特殊構造物を撃ち抜き、計12500kmもの距離をほぼ減衰なく貫いて艦隊を襲った事になる。 余りにも常軌を逸した貫徹力だ。 『第12層、上層部と下層部に於いて、砲撃貫通痕の直径が一致しません。目標の砲撃は、指定の距離で炸裂する機能を備えていると推測されます』 『目標、再砲撃体制! また転移して躱すぞ、備えろ!』 並列視界の中、砲撃態勢を維持した儘の人型機動兵器。 ダークブルーに覆われた外装の所々に白いラインを引かれたその巨躯は、これまでに目にした如何なる人型機動兵器とも異なり、余りにも重厚かつ無骨だった。 全身を覆う分厚い装甲、背面と両脚部外縁に備え付けられた4基の巨大なブースターユニット、計8基もの大型ブースターノズル。 放熱機構であろうか、頭部後方からは直上へと垂直に構造物が突き出し、その前面にはフィルターらしき構造物が位置している。 そして何より目を引く箇所は、外観より確認できるだけで計3基にも達する、その巨大な砲身だ。 1基目、左肩部に供えられた大型装甲板上へと位置する、比較的に短い砲身。 現在は機動兵器の直上へと砲口を向けるそれは、装甲板と接する基部が可動式となっているらしい。 外観としては迫撃砲、或いは無反動砲に近いそれは、しかし当然の事ながら単なる実弾兵器ではないだろう。 2基目、背部ブースターユニットの陰へと隠れる様にして固定された、長大な砲身。 宛ら対物狙撃銃の如き外観のそれは砲口を機体左側面、砲身基部を右側面へと向けた状態で腰部背面へと固定されているのだが、優に10mを超える全長の為に砲身が機体の陰から完全に迫り出している。 基部周辺にグリップが設けられている事から、恐らくはマニピュレーターへと保持した上で砲撃を行うものなのだろう。 3基目、今まさに砲撃を実行せんとしているそれ、巨大という表現ですら及ばぬ異形の砲身。 機体右背面から右肩部へと掛けて伸長するそれは全長15mを優に超え、砲身基部に至っては其処だけで機動兵器の胴部ユニットを上回る質量を有しているだろう。 それもその筈、砲身最後部には砲撃時の反動に対処する為か、機動兵器自体から完全に独立した2基の巨大なブースターノズルが備えられており、ブースター起動時の放熱から機体を護る為か追加装甲板までもが設えられているのだ。 砲身全体の質量は、機動兵器の機体と他の砲身、それら全てを合わせたものにすら匹敵し得るだろう。 機体に砲身が備えられていると云うよりは、この砲身の為に機体が備えられていると云った方が適切であろうか。 馬鹿馬鹿しい発想であると一蹴したい処ではあるが、残念ながら地球軍兵器に限っては思い違い等ではあるまい。 そして今、人型機動兵器の右腕部マニピュレーターは右肩部の砲身下部に位置するグリップへと携えられ、その砲口を第3層構造物へと突き付けている。 砲身基部、六角柱状の外殻から3箇所の装甲が開放され、各々が120度の間隔を於いてシールド状に前面へと展開。 砲身最後部の2基を含む計10基ものブースターノズルがアイドリングを開始し、砲身基部3箇所の装甲開放部へと大量の波動粒子が雪崩れ込む様にして集束を始める。 集束し切れなかった波動粒子が干渉しているのか、周囲には青い稲妻状のエネルギーが間断なく迸り、一部は集束体と化して機動兵器の装甲上へと接触、炸裂して大量の火花を散らしていた。 自身が集束する波動粒子によって表層部を損傷しながら、それに対し一切の注意を傾ける事なく、更に波動粒子の集束を加速させる機動兵器。 最早、周囲の空間は極高密度の波動粒子によって完全に安定を失い、機動兵器の光学的認識すら困難なまでに歪み始めていた。 そんな中、一際強烈な閃光が走ると同時、消失する並列視界。 『何だ?』 『極高密度波動粒子の余波により、四十四型が破壊されました』 『集束の余波だけで!?』 『転移15秒前、耐衝撃態勢!』 再び、フォースより拡散した青白い光の粒子が、周囲の全てへと纏わり付く 短距離転移による回避だ。 この程度の時間では大して魔力の増幅はできず、砲撃から逃れる為の距離を移動するだけで精一杯だろう。 だが、他に打てる手など無い。 無様に逃げ回り、反撃の隙を窺う他ないのだ。 『5秒前!』 『遠距離より機動兵器の発光強度上昇を観測、砲撃間近!』 『急げ!』 新たに目標へと接近した四十四型から、再度に人型機動兵器の映像が送信される。 そうして意識中へと映し出された光景は、想像を遥かに超えて異常なものであった。 機動兵器が、青い爆発に曝されている。 外部からの攻撃ではない。 極高密度にまで集束された波動粒子、それにより発生していた稲妻が、青の業火と爆発へと変貌しているのだ。 だが、それでも機動兵器は微動だにしない。 この瞬間にも自身を害し続けている全ての現象を無視し、未だ波動粒子の集束を継続している。 余りにも異常な行動、理解の及ばぬ光景だ。 破滅的な波動粒子の奔流が此方を飲み込むか、或いはそれを掻い潜った此方が目的を達成するか。 連続する異常な状況に麻痺し始めた自身の完成を認識しつつも、状況打開の為の策を練り始めるキャロ。 彼女の意識、そして共有される全ての意識中に、迷いなど微塵も存在しない。 機動兵器を撃破し、R-99を破壊し、バイドと地球軍を殲滅する。 どう足掻こうと、それしか道は無い。 失敗すれば、死ぬだけだ。 今更、何を迷う事が在るのか。 自身等の往く手に立ち塞がると云うのならば、実力で以って排除するまでだ。 私の、私達の生存を脅かすものなど、その存在すら許しはしない。 『そうでしょ、エリオ君』 他の視界より隔てられた上で、これまで一瞬たりとも途切れずに常時展開されていた並列視界。 その中へと、決して途絶える事なく表示され続けていた少年の横顔が、微かに頷く。 キャロは満足と共に薄く笑みを浮かべ、フリード及びヴォルテールへと指示を飛ばした。 大切な人。 もう絶対に、目を離さないと決めた。 少しでも注意を逸らせば、すぐに居なくなってしまう人だから。 ならばずっと、何時でも、何時までも、それこそ自身が死ぬ瞬間まで。 絶対に、目を離さない。 何時までも、見守っていてあげる。 幾ら距離が離れようと、離れる事を選んだとしても、絶対に見失ったりはしない。 だから。 『居なくなっちゃ嫌だよ、エリオ君』 薄く微笑むキャロ。 彼女は気付かない。 微笑んでいる筈の自身の表情が、実際には全くの無表情である事に。 表層意識を共有する中、無表情である筈のそれをエリオが何の疑問に思う事もなく、笑顔として認識している事に。 迷い無く戦う事を選んだ無数の意識の中、故郷を襲った惨劇に泣き叫ぶ声が在る事に。 「微笑んでいるつもり」のキャロは、決して気付かない。 全ての視界を埋め尽くし爆発する、転移魔法と波動粒子の光。 全身を襲う衝撃の中、キャロは無表情の儘に「微笑む」。 表情筋を収縮させ、笑みを浮かべんとする彼女。 その行為に何ら意味が無い事を、彼女は未だ理解してはいなかった。 * * 常軌を逸した暴虐。 良心など欠片も感じられない破壊。 呆ける事さえ許されぬ内に為された殺戮。 臓腑を抉るかの様な激情に支配される中、自身の内に響く醒め切った声が告げる。 下らない事に気を取られている場合か。 戦略を生み出せ、敵を撃滅しろ、故郷を護れ。 お前には使命が在る、義務が在る、護るべき人々が居る。 自身に関係の無い世界、そんな所に対して為された暴挙など忘れてしまえ。 激情と理性の鬩ぎ合いは、長くは続かなかった。 自艦を含め各艦艇のクルーと共有された意識の中、洪水の様に押し寄せる情報。 各々の立場、役割より導き出される、無数の戦略。 其処へ「Λ」による情報と新たな戦略の提供が加わり、一時は思考が氾濫する事態に陥りもした程だ。 だがそれにより、自身の内に渦巻く激情の大部分は、強制的に払拭された。 今は唯、新たな戦略の完成を待つ高揚感に支配されんとする思考を、未だ燻り続ける憤怒の残り火で押し込めている状態だ。 不謹慎である、非人道的であると認識しつつも、その瞬間を待ち遠しく思ってしまうのだ。 「Λ」により発生する艦艇群、その制御権の一部が此方に付与されたと理解した瞬間、この戦略は発動した。 各艦艇指揮官ではなく、技術者を中心に発案されたそれは、艦長である自身としては俄かには受け入れ難いもの。 というよりも、理解し難いものであった。 技術者達の主張は、こうだ。 「Λ」により発生した艦艇「兆級巡航艦」及び「京級戦艦」が有する打撃力は、確かに驚異的ではある。 だがそれでも、地球軍およびバイドの艦艇、そして友軍である「グリーン・インフェルノ」のそれには及ばない。 ならば単艦ではなく、複数艦艇の機関を結合させる事で出力を増大させ、その上で攻撃を行えばどうか。 各艦艇の構造については、既に「Λ」より詳細な情報提供が為されている為、問題は無い。 後は情報通信艦艇を中枢として共有意識中にて改修計画を構築し、それに基き新型艦艇を発生させる。 要は、戦域に於いて新造艦を建造してしまおうというのだ。 戦略とも呼べぬ余りに現実離れした計画に、当初は反対の意見が相次いだ。 だが、無尽蔵に出現する汚染艦隊を相手取る中で、現状に於ける最大戦力であるグリーン・インフェルノの対処能力に限界が見え始めた今、新たな戦力の確保は必須要項であった。 そして、ごく短時間での議論の結果、計画は実行に移される事となったのだ。 現金なものだとは思う。 あれだけ反対し、実現不可能だと決め付けていたというのに、その計画の結果が眼前へと具現化した今、自身は湧き起こる興奮を抑え切れずにいる。 3隻の新造艦、内1隻の指揮を任されたというだけで、意識中の何処かで子供の様に喜ぶ自身が居る。 だが、本当にそれだけだろうか。 違う、そんな訳は無い。 この興奮は、そんな純粋な理由から湧き起こるものではない。 もっと昏く、陰惨な理由から起こる興奮。 そう、復讐の興奮だ。 彼等は、地球軍は、あの世界の人々を虐殺した。 今回の事件が起こる直前まで、自身と家族もまた、其処に住んでいたのだ。 善良なる人々、美しい風景。 優しい潮風に包まれ、穏やかな時間が流れていた、あの町。 最早、永遠に失われてしまった、記憶の中だけに存在する光景。 その世界の全ての地域がそうであった訳ではないが、しかし決して忘れる事などできない大切な世界。 今や炎と水に覆われた大地、大量の粉塵に覆われた空しか持たぬ、死の惑星。 第97管理外世界、地球。 第17異層次元航行艦隊、彼等が何故この様な暴挙を働いたのかは、全くの不明だ。 だが如何なる理由によるものであろうとも、自身の故郷たる世界を自らの手で以って破壊するなど、正気の沙汰ではない。 何より、約60億もの人々を僅か5分足らずの間に虐殺するという、バイドにも劣らぬ程の暴虐極まる行為を為しながら、彼等の行動からは僅かなりとも躊躇というものが見て取れなかった。 彼等の思考が非人間的である事は疾うに理解していた筈であるが、それでも激しい憤りを覚えずにはいられない。 しかし「Λ」より齎された情報の存在が、第17艦隊への積極的な攻撃を許しはしない。 今、彼等に消えて貰っては困るのだ。 そうなれば、次元世界は地球軍増援艦隊かバイド、いずれかの手によって滅ぼされる事となってしまう。 よって、第17艦隊への攻撃を可能とするには、増援艦隊とバイド双方の殲滅を先に実現させねばならない。 つまり、今この胸中を埋め尽くす攻撃衝動と報復を望む意識は、本来それを向けられるべき第17艦隊ではなく、現状では増援艦隊とバイドへと向けられているのだ。 八つ当たり以外の何物でもないが、しかし積極的に止める気も無い。 どの道、全て殲滅する他ないのだ。 そして、何よりも受け入れ難い真実。 他ならぬ「Λ」もまた、第17艦隊に先んじて地球への無差別攻撃を行っているのだ。 地球軍からの干渉により失敗したとはいえ、成功していればその時点で地球は消滅していた事だろう。 そんな無慈悲かつ非人道的な存在の支援を受けねば戦う事も出来ぬ、その現実が何よりも気に食わないのだ。 『艦長、新造艦の調整が完了しました』 クルーからの報告。 その言葉を意識中にて反芻しつつ、彼は並列思考を増設する。 既に80を超えるそれら思考の内、半数以上が新造艦の制御に充てられているが、完璧な制御を為すには更なる増設が必要となる様だ。 だが、彼はそれを負担とは認識しない。 寧ろ、自身が艦艇全体の制御中枢として完成してゆく充足感を、逸る復讐心と諸共に抑え込む事に腐心していた。 焦る事はない、その時は近いのだと、意識中にて只管に自身へと言い聞かせる。 そして遂に、その瞬間が訪れた。 新造艦のシステム全体が正常に稼働を開始し、それらより齎される情報が彼の意識の隅々まで奔り抜ける。 衝撃にも似た感覚と共にそれを感じ取り、彼は徐に念話を発した。 『此方クラウディア、ハラオウン。経過良好、全システム異常なし』 その念話を発すると共に、意識の大部分を新造艦へと移行するクロノ。 合計570にも到る彼の並列視点は、自身が操る艦艇の外観を余す処なく映し出した。 そうして得られた光学的情報は1つの像を結び、巨大な艦影を意識中へと正確に投影する。 それは、奇妙な外観の艦艇だった。 兆級巡航艦の艦首より延びる、巨大な環状構造物の連続体。 5基の環状構造物が連続して直線上に配置され、其々を接続する固定部によって巨大な円筒構造物を形成している。 円筒部の全長は、兆級巡航艦のそれとほぼ同等だ。 更にその先端部は、京級戦艦の後部へと接続されている。 左右両舷エンジンユニットの間へと接続されたそれは、京級戦艦後部と兆級巡航艦前部とを繋ぐ連結ユニットであった。 ユニット内部には青い光の筋が奔り、それらは絶えず兆級巡航艦から京級戦艦へと流れ続けている。 戦艦と巡航艦を繋いだ、奇妙な巨大艦艇。 だがそれは、恐るべき破壊を為す事を目的として生み出された、混成艦隊の切り札。 そして今、その艦艇は他ならぬクロノの指揮下に於いて、実戦へと投入される事となるのだ。 暴力的なまでに高まる艦内の魔力密度、獲物を求め執拗な策敵を開始する各種センサー群。 餓えた肉食獣の如く唸りを上げる魔力炉心、その咆哮を意識中へと留めつつ、クロノは宣言する。 『現時刻を以って「EX-BS01-F 兆京級合体戦艦」実戦運用を開始する』 空間全域に存在する全ての艦艇、あらゆる機関が一斉に唸りを上げる。 それは反撃と迎撃の狼煙、獲物を求める機械の獣達の咆哮。 そして、新たなる地獄の始まりを告げる、亡者達の雄叫びであった。
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A.D.2163、始まりの鏃が、悪魔を貫いた。 A.D.2164、人知れず悪魔と戦った3人の英雄がいた。 A.D.2165、突き抜ける最強が、悪魔を撃ち砕いた。 A.D.2169、三度目の雷が、悪魔を焼いた。 それでも、悪魔は滅びなかった。 A.D.2170。そして、最後の踊り手たちは静かに舞台へと上がる。 この戦いに、幕を下ろすために――。 R-TYPE RPG オンラインセッション “最後の踊り手” 第1話:いきなり緊急事態 第2話:胎動する水瓶 第3話:緑色の地獄 第4話:天使がいた物語